「アンタに恨みはねーが、腹は立っている。大宮司様は俺らの女神だからな」
「どこ馬の骨だ貴様……ぶっ殺してやらぁ!」
「…………ぐぅるるる、ふしゅ~、ぶふぅ~」
うぅ、サマーカレンダートリオからの殺気が凄まじい。
上からボディビルダー、細マッチョ、百貫デブって感じで、いずれも眼光鋭くオレを睨んでいる。試合にかこつけて殺しに掛ってきそうな勢いだ。
再び御老人に目をやると満足そうに頷いており、この勢いを止めることは出来ないだろう。
それにしても3対1か……いかにオレの腕力が強くても不利だ。しかもモンスターとの戦いに慣れているとくれば、ほぼ勝ち目はない。
多数で標的を囲む有利性は『死角』を得られるという事だ。
なにせ大抵の生物は後ろに目がなく、前方180度の外に出られたら途端に感知が困難になる。次点として音や匂い(更には体温)で後方を感知するという術はあるものの、“見る”という光速に対して、空気を媒介にした感知は音速を超えることはない。対するヒトが攻撃に要する時間は1秒未満だ。大抵は感知と同時に殺されている……なんて状況が出来上がる。
これが武道の達人であれば経験と勘所で後方からの攻撃を躱し続ける事ができるかもしれないが、こちとらシャベルを振り回して一ヶ月の若輩者だ。
故に最も有効な対応策は、多対一の状況に追い込まれないように立ち回る、が正解なのだが、まさか採用試験でその状況に追い込まれるとは予想できなかった。
「決着はお主が戦闘不能となったとき、もしくは文月達に一撃を当てたならとする。後はそうさな……その一角、10m四方の白線が引かれている内側で戦うのだ。その線の外側に出たら負けとする」
「!! そんなの袋だたきにされるだけじゃ――いや、そういうことか」
「うむ、この広い訓練場を逃げ回られては興ざめするのでな。正々堂々、打ち破ってみせよ」
白線を背にして立てば、先ほど述べたような死角は生まれないので一方的にやられることはない。ただし、真っ正面から3人を相手するのも結構な状況だ。なにせオレの腕は2本しかないのに相手は3倍の手数、ほぼ面といっていい攻撃手段がある。その上――
「宮司どの、武器の使用許可を。実戦を想定するのであれば当然でありましょうや」
「…………現在、身につけているものに限定する。魔獣用の投網まで使っては試験にならぬからな」
ああもう、オレを袋叩きにしたい欲が凄いな! ……それだけ彼らは大宮司サマを慕っているのだろう。
接した時間が短いオレでさえ、とても魅力的に映るから信者が熱狂する気持ちは分る。
彼女の側に居られるという立場は垂涎の的だろう。そこになんだかよく分らない男が割り込んだのだから怒って当然だ。
しかし、譲るつもりは全く無い。
不純かもしれないが、オレには大宮司サマとお近づきになるための理由がある。
オレの失った記憶に絡むであろう、あの変態構造物。
『御神体』と呼んでいることから察するに、よそから現れた不審者がおいそれと触れる事は許されないだろう。しかし、教団の幹部は別だ。アレと手っ取り早く接点を持つには教団幹部と近い立場になるしかないのだ。そして、そのための労は惜しむつもりは無い。命だって懸けてやる。
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オレ達は御老人が指定した白線の内側に移動した。
目の前の3人は訓練の時に使っていたであろう剣、槍、斧を構えている。いずれも木製だが、強打されたら骨が砕けるだろう。
対するオレは“素手”だ。御老人が宣言したときに何も持っておらず、武器の貸与要求も拒否されてしまった。
どうやっても勝たせたくないようだな。
「お主が自分で言っていたことよ。理不尽に打ち克つ力、見せて貰おうではないか」
……どうやらあの余計な一言が御老人の勘所に触れてしまったようだ。
久しぶりにヒトと話すという浮ついた状態が迂闊な一言を、しいてはこの状況を産んでしまったのか……反省しなければ。だけど今は目の前のコトに集中しよう。
御老人が片手を上げ、勢いよく下げるといった合図と共に3人が襲いかかってきた。
剣を持ったボディビルダーを中心に、向かって左側に槍を構えた細マッチョ、右側にデブの斧使いという配置だ。
ならば――こうかな!
「てめぇっ!」
オレは白線を背にするという無言のお約束を捨て、剣を振りかぶるボディビルダーに向かって突貫した。
事前の会話から向かってくるとは予想できなかったのか一瞬だけ動きが止まるも、振り下ろす剣の勢いは止まらない。横の2人も直ぐに軌道を修正して武器を繰り出してくる。
そう、それだ。
仕込みは上々、オレに向かって3人の武器が重なるこのタイミングが欲しかった。
オレは頭蓋、胸、腹に向かって振るわれた武器を、地面に伏すようなスライディングで躱し、くぐり抜ける際に手に持ったモノを振るった。
オレの手から飛んだソレ――紐の両端に重りが付いたアメリカンクラッカーと呼ばれるモノは3人の武器に絡みつき、自由を奪った。
「っんだとぉ!」
「この……卑怯者、っが!?」
あとは後ろから蹴りを入れるだけ。
見様見真似で放った大宮司サマの得意のヤ●ザキックは、オレを卑怯と罵った細マッチョの体幹にヒットし、勢いよく吹っ飛んで白線の外に出た。
ルールに従えば勝負ありって所だ。しかし――
「ふしゅわぁらあららら、ぐぉもおお!!」
結果を不服に思ったのだろう百貫デブが武器を捨て、巨体を活かしたぶちかましを仕掛けてきた。
先ほどは武器を避けるのに役立った己の小さな体躯であるが、目方250kgを越えるタックルを受けたなら体が訓練場の壁まで吹っ飛ぶに違いない。
そう、何もしないならなっ! 此処はあえて挑戦させて貰おうか!!
「馬鹿な……葉月の巨体を真正面から受け止める、だと……俺は夢でも見ているのか」
「大宮司様並の怪力とは聞いていたが……フム、それだけではないな。面白い」
大きな肉の打ち付ける音が静まると、オレの足はくるぶし近くまで埋もれていた。
がっぷり組んでいる目の前の巨体からの圧力だけではこうはならない。
自分の爪先蹴りで地面を浅く削り、出来た窪みに踵を引っかけてぶちかましを受けたからこうなった。この時ほど爪先まで鉄板が仕込んである安全靴を履いていて良かったと思ったことはない。
さて、この運動エネルギーを失った巨体をどうするか……そうだな、見た目が昔見たあの漫画の敵キャラに似ているし、彼を倒したあの技を再現してみるか!
自身の腹肉が邪魔になって届かない百貫デブの腕を尻目に、オレは連続で拳を叩き込み始めた。
本来なら足でやるものだし、あんな人知を越えた速度は出せないが、腹肉が波打っているからこのまま続ければ分厚い脂肪を貫くことも…………あれ? 倒れちゃったぞ。
倒れた彼の顔を覗き込むと、白目を剥いて酷く苦しげな表情で気絶していた。
…………そりゃあ、内蔵の前にある筋肉、脂肪も、皮膚にも神経が通っているから当然か。
想像通り、大きくて、重い、実に叩き甲斐があるサンドバッグだったんだけどな。
「えぇっと……文月さんでよかったかな? 蹴っ飛ばした長月サンは腰を押さえて悶絶しているし、サンドバッグにしてしまった葉月さんもこの通り気絶している。まだ、続ける気はある?」
「小僧が……舐め腐りやがって。よくも俺の仲間を」
「因みにオレの握力は石を砂利に変える。アンタの頭蓋骨は石より硬いかな?」
「あっ、スミマセン。俺らの完敗です、勘弁してください!」
仲間を倒されて怒り心頭の様子だった彼だが、地面に落ちていた木製の斧を拾って握り潰すと、慌てて白線の外に出て仰向けに寝っ転がり、両腕を孫の手状にして腹を見せた。
いわゆる負け猫のポーズである。
……もしかしてこれがこの文化圏における最大級の謝罪なのだろうか。いくら頭にネコ耳を付けているからといっても、そこまで猫をリスペクトする必要はなかろうに。
大の大人が晒した土下座よりみっともないその姿にオレの戦闘意欲は完全に萎えてしまった。元から一撃を当てるって勝利条件は達成しているし、もうこれってオレの勝ちでいいよね?
ずっと横に立って観戦していた御老人を見やると、そんな衛士の負け姿に頭を抱えてしまっている。頭を抱えたいのはこちらですけどね……。