「まったく……落ち着きのない大宮司サマだな」
仮にも組織の幹部というならもうちょっと落ち着ついて行動して欲しい。そんな感じだから色々と疑いたくなるのだ。先ほど幹部達に見せた威厳は凄かったが、ドタバタと廊下を駆けていく様は外見相応のティーンエイジャーでしかない。
「そうだな。しかし、ああいった隙を見せてくれた方が担ぎ甲斐がある」
「!!」
突如として発された声に体が硬直する。
既に少年と大宮司は退席しており、部屋にいるのは意識を失った甲冑ウーマンを除けばオレだけだったはず。なのに、背後から発せられた声に心底驚いた。
ゆっくりと振り向くと、オレの寝ていたベッドに腰掛ける老人の姿があった。
たしか大宮司に『飼』と呼ばれていた眼光鋭い幹部で、何かとオレに否定的な意見を出していたヒトだ。
問題はそのヒトが誰にも気付かれずに部屋の中にいたということで……しかし、本当にどうやって? 部屋を仕切るカーテンに隠れていただけか? だが、音も、匂いも、温度さえも……さっき声を出すまで本当にヒトが存在している気配がなかった。
彼がその気ならオレは確実に害されていただろう。
「そう警戒するな……少し観させてもらったが、お主の性根は悪人ではないらしい。善人でもないがな。『先』や『工』、『医』といった職人に近い人種であるように思う。なれば儂にお主を害する理由はない」
「…………貴方は」
「む、そうか、まだ名乗っていなかったな。儂は『飼』の役割をもつ宮司よ、教団のために……まぁ、色々とやっておる。教祖様は人使いが荒いのでな」
それはオレのような不審者の始末も含むということか……突然現れて大幹部の近くに配され、しかも厄介な機能付きとくれば当然ではある。どうやらこの御老人が言う「色々」の中には組織の保安も含まれているらしい。
しかもさっき見せた気配の消し方から察するにエキスパートって感じだな。少なくともオレや甲冑ウーマン程度では歯が立たないだろう。
要するにオレの命は目の前の老人に握られているって事になる。藪を突いて蛇を出してしまったか……? だが、こうやって話しているってことは交渉の余地があるという事だと思いたい。
「貴方の目的は?」
「さて、先に言ったとおり儂も忙しい身だ……一番の目的は果たしたのでな、退散しても良いのだが―― 先ほどの遊びの結果を鑑みるにオルトロス・チャイルドを任すのは不安よ、追試といこうではないか」
本来なら『護』の仕事なんじゃがの、と呟く『飼』の宮司にオレは安堵した。少なくとも問答無用で殺されるって状況ではないらしい。
しかし、同時に羞恥も覚える。彼のような実力者から見ても、あの試合は無様であったということだ。もしかしたら慢心も見抜かれていたかもしれない。
汚名返上の機会を貰えるのであれば、喜んで追試を受けよう。
「まぁ、お主の身の上からすれば理不尽に感じるかもしれん。しかし――」
「いえ、大丈夫です。何かを得たければ相応の何かを捧げなければならないって事は子供でも分ってる理屈だし、理不尽を覆せるのは自身の力だけって事も弁えています」
納得はできていないけど、対抗する力を身につけなければ座したまま殺されるだけだと、あの山頂の一ヶ月でオレは学んだ。そしてオレはまだ死を受け入れるつもりはない。少なくとも記憶を取り戻さない限り、生を諦めることはないだろう。
『飼』の名を持つ老人は一瞬だけ鋭い眼光を放った後、ベッドを迂回してオレの横を通り過ぎ、そのまま病室を出て行った。
これはオレに付いてこいという事なのか? いつも思うんだけど歳を重ねたヒトは一言少なくて分りにくい。
オレは慌てて老人の後を追った。
---
『飼』の宮司に連れてこられたのは、先ほどの試合で使った訓練所だった。先ほどとは違って衛士達が訓練を行っているようだ。
教団幹部が現れたことで、訓練に精を出していた衛士と思われる人達が手を休めて此方を覗うが、御老人が何でもないと手を振ると再び訓練に戻る。
「それで、追試とは何をすれば良いのですか?」
「……文月、葉月、長月、おるか?」
オレの質問には答えず、御老人が手を叩いて誰かを呼ぶと、訓練をしていた衛士達の中から3人が進み出た。いずれも強面で甲冑ウーマンに負けず劣らずの暴力的な雰囲気を醸し出しており……しかし、彼らも頭の上にネコ耳を生やしていた。
くっそぅ、幹部だけだと思いたかった! そのギャップは何なんだ、突っ込み待ちか? ツッコミを待っているのか? いくら文化とは言え、オレの我慢ゲージも一杯一杯なんだが!?
……因みに言い忘れていたが、今まで出会ったネコ耳装着人類の側頭部には、ちゃんとヒトの耳がある。耳が4つある哺乳類なんて、いかにオレが寡聞であったとしてもあり得ないから、アレは絶対にファッション――いや、教義の類いなのだ。教団、恐るべし!
そんなワケで、オレが必死にポーカーフェイスを作っていると、『飼』の宮司は呼び出した3人になにやら指示を与えたようだ。
うん? なんか指示を受けたサマーカレンダートリオから凄い敵意を感じるんだけど……。
「先ほどの質問への答えだが、お主にはこの三人を相手に戦ってもらう。いずれも魔獣を相手に実戦を経た者達だ。我らの氏族は三人一組で魔獣の討伐にあたり、無傷での帰還をよしとする。無論、お主が戦ったというオルトロス・チャイルドであってもな。つまり、この三人を相手取って傷を与えることがお主を認める条件だ」
「なっ? ちょ、ちょっと待った、三人同時に相手をしろと!?」
てっきり順番に試合するものだと思っていたら、まさかの3人相手のバトルロイヤルを提案されるとは。
山頂でのモンスターとの戦いは常に一対一だったので、多数を相手に戦った経験はない。いきなりの高難度戦闘を持ちかけられ、オレは大いに慌てた。
「それとな、文月達にはお主が大宮司様のL~%*になることを伝えておる。この教団にいる多くの者が望む立場だからな、只人が優先されるとはいえ、奴ら凄まじく憤慨しておる。大宮司様の勅命ではあるが、相応の力を見せなければ彼奴らも、他の者達も納得できまいよ」
「なんの慰めにもなっていないんですが……必要性は理解しましたけど」
「儂が相手をしても良いが、手加減はできんぞ?」
「それは勘弁してください!」
小さな老人の体から吹き上がった、敵意というか殺意というか不可視の何かに肝が冷えた。周囲を見ると呼ばれた3人も顔を青くしているのでオレの気のせいではないだろう。
何にせよ、これで3対1の試合は決まったようなものだ。
あの変態構造物に興味を持ったが為に色々な困難が群れをなしてやってきている気がする。困ったことになってしまったぞ。