オレがこの1ヶ月間、食べ続けたものは何なのか?
よくよく考えれば何の表示もされていないゼリーを食べ続けるって馬鹿だ。選択肢は他にいくらでも……ないか、オレは白カラス先輩達をどうこう出来るほど傑物ではない。
何にしてもカロリーゼリー改め『ヒールゼリー(適当命名)』に傷や体力を回復させる効力があるなら、オレが短期間で非常識な怪力を得たのも頷ける。
山頂では食事や睡眠といった時間を除くとずっとシャベルを振るっていた。
モンスターに殺されるのは嫌だったし、自身を成長させる――技術を磨く時間は楽しく、修練にのめり込んだ。
正直なところ、記憶喪失な自分と、ずっと一人で居続けなければいけない状況に現実逃避していたんだと思う。
筋肉痛は食事を取ると不思議と感じなくなったので、早朝から深夜まで我を忘れてシャベルを振り回し続けた。そして超回復を短期間で繰り返した結果、驚異的な筋力を持った改造人間が爆誕したというワケだ。
てっきり妖怪時計の仕業だと思っていたんだけど、ヒールゼリーのおかげと考えた方が腑に落ちる。
「成分が何なのかは分りませんが、兄さんが経験したことを纏めると、体を治癒させる効果があることは確実ですね……凄い! 一つだけでよいので僕に頂けませんか? 再現できるかどうかは分りませんが、これは僕たちの医療を飛躍的に発展させる糸口になるかもしれません」
「あ、はい……こんなものでよければ。足りなくなれば言ってくれ、全部とは言えないけど少しは融通できる」
「ありがとうございます!」
取りあえず予備としてポケットに収まっていたヒールゼリーを差し出すと、少年はそれを恭しく受け取り、ポータブルの保温庫らしきものに収めた。後で分析なり、再現の為の実験でもするのだろう。オレとしても中身がよく分らない物を食べ続けるのは嫌なので、分析してくれるのは有り難い。
さて、怪我の治療も済んだし、ヒールゼリーについても話はついた。まだ月が昇るまでは時間があるし、これから何をすべきだろうか?
そんな思いが表情に出ていたのか、目の前の少年が助け船を出してくれた。
「もう少し此処でお待ちください。兄さんが目覚めたことはコールボタンで大宮司様にお知らせしましたので、すぐに迎えが来ます。僕としてはもう少しお兄さんとお話ししたいところなのですが、大宮司様に止められていまして……あ、誤解しないでくださいね。直接、ご自身の口から伝えたいとの要望でして」
「そう、か……この街の事とか、これから何をしないといけないとか、あと御神体についても……聞きたいことは沢山あるんだけどな。しょうがない、大宮司サマに聞くことにするよ」
「申し訳ありません。僕も昼休みが終わるので医局に戻らないと。やはり大宮司様とお話し頂く方が良いと思います」
色々と世話になった少年にこれ以上迷惑を掛けるのは気が引ける。それに上役が話すと言うのだから従った方が良いだろう、彼女とは直接話したいこともあるしな。
彼自身、教団の医療部門のトップで忙しいらしく、挨拶して部屋を出て行った。
しかし、どれくらい待てばいいのか。
ただ座っているだけじゃ暇なので、自分が今いる病室を観察してみることにする。
部屋の作りは至ってシンプルで、少年が座るには少し大きい椅子と机、ベッドは2床でカーテンに仕切られている。照明は蛍光灯で、今は消えているが昼なので窓から差し込む光で十分だ。壁は白いコンクリート、床は特徴的な光沢を発していてリノリウム製だと思われる。
少なくともオレの知識にある日本の病室と遜色ない設備で、国外の病院でも多くが似たようなものだろう。
これであんなモノがなかったら、此処は地球じゃないかもなんて疑わないんだが……。
何度目が覚めても窓の外にはあの非常識で巨大な構造物――船がある。
少なくともオレの知る21世紀にあんなモノはなかったワケで、畏れ半分、好奇心半分て、ところだ。
勝手に口から出た『超弩級星間航行船』という言葉は意味不明で、しかし、それが無意識に出たって事は、未だ戻らないオレの記憶と何らかの関係があるに違いない。
時間が掛ってもこの場所でアレを見極めなければいけないという気がしている。
「ここか、入るぞ! ……なんだ、元気そうではないか」
「大宮司サマか、無様な姿を見せてしまったようで……君の何とかになるって話は立ち消えかな?」
走ってくる足音が聞こえたと思ったら勢いよく引戸が開き、大宮司サマが顔を出した。
やはり目のやり場に困る衣装はそのままで、気恥ずかしかを隠すためにそんな言葉を発してしまった。
「馬鹿な事を言うでないわ! そこな愚か者を止められなかった我らにこそ責がある。済まなかったな」
「いやいや、真剣勝負の中で気を抜いたオレがどう考えても駄目駄目だ。凄く痛かったけど……良い勉強になったよ」
なーにが、『もう少し粘って欲しいものだな(キリッ)』だ!
声に出さなかったからいいけど、他人に聞かれていたら恥ずかしくて憤死しとるわ! 腹を切るわ!!
……言い訳をさせて貰えるなら、人と試合をするのは初めてで止め時を見誤った。いつものモンスター相手なら話が通じないので殺すまで戦うのだが、理性をもった人間を殺すわけにはいかず、勝負がついたと勝手に思って武器を下ろしてしまった。
「『司』の宣言に従っただけであろう?」
「そうなんだけど……真剣勝負なら、2人の間で合意があって試合を止めるべきだろう。そこに審判は関係ない」
「我にはよく分らぬ考えよ、やはり其方は変わっておる。が、嫌いではない。で、そこなベッドで目を回しておる奴の生殺与奪権は其方が握っておるわけだが、どうする? 殺すなり犯すなり好きにして構わんぞ、我が許す」
「別にどうもしねーよ! なんでお前らはオレを種馬にしたがるんだ!?」
そりゃあ1ヶ月の禁欲生活で溜まっていることは否定しない。大宮司や甲冑ウーマンみたいな美人でスタイルも良い佳人を前にすれば欲情もするさ。
しかしそれを実際に行動に移すかどうかは別次元の問題だ。
それにハッキリ言って病気が怖い。日本とは全く別の、もしかしたら地球じゃないかもしれない土地で濃厚接触するとか自殺行為だろう。
日本に今ある性病だって、放置すればアレが腐り落ちるくらいのヤツもあるし、進行すれば全身が腐敗する。
現地の人間だけが免疫を持っていて、フォーリナーは全く無防備って病気が絶対にある筈だ。
そこのところを蕩々と説明すると、大宮司の顔色が青くなった。グロい話も多分に含んでいたから想像して気持ち悪くなったのだろう。
これに懲りたら軽はずみな言動は慎んで貰いたいものだ。
オレは良識のある大人(?)なので、アレに関わる言葉を若い女性や少年がアッケラカンと口にするのは名状しがたい違和感がある。
「そ、そうか、そうだな! 其方、一度精密検査を受けるがよい。これから此処に住むのだから予防接種は必須であろう。話は『医』の字に通しておく故、必ず受けるのだぞ。絶対に、間違いなく、最優先で、受けるのだ!!」
「お、おぅ……まぁ、オレみたいなフォーリナーが現地に病気を持ち込む事もあるし、変な病気を持っていないか確認するために検査は必須だろうさ」
フォーリナーと言えばあのネズミ男の返り血を被ったんだから、大宮司も検査しておいたらどうかと聞くと、大宮司の顔色は青を通り越して白色に近くなり、オレを置いて病室を飛び出していった。
……どうやら、今後の話をするのは随分と後になりそうだ。