歳の頃は20代前半だろうか? 十代後半の大宮司があと数年経ったらこんなになるのではないかと思わせる姿で、恐らくは近親者なのだろう。ただし、女としての完成度は教祖の方が圧倒的に高く、妖艶といった言葉がこれほど似合う女性は中々に居ない。
そして圧倒的な存在感と威圧感はこの場に居る誰よりも大きく、流石は教祖サマといった感じだ。
ついでに言えば、大宮司よりもかなりきわどい服を……というか赤い紐を適当に体に巻いて局部を隠しているだけという、全裸の方が健全と言って良いレベルで、こんなのが近くに居たら大宮司の改造セーラー巫女服もまともに見えるだろう。
教団が何を目指しているか分らないが、こんな露出狂的な格好をしなければならない信義とは一体何なのか? 少なくとも服のデザインだけは絶対に相容れない。
オレは恥ずかしさよりは、いたたまれなさを感じて教祖サマから目を逸らした。
「驚いた……耐えるのですね」
「教祖ッ、戯れが過ぎます、この男は我がL~%*にすると宣言したでしょう!」
もしかして、教祖の艶姿に興奮して鼻血でも出すことを期待していたのか? 流石にそれは馬鹿にし過ぎではではないかな。
この調子で遊びに付き合わされたら大変だろうなと思い、教団幹部連中の方を見てギョッとした。
全員が黒くて分厚いサングラスを掛けていた。何処かの戦術長が対閃光防御! とか言って掛けるアレだ。教祖の艶姿は原●爆弾級とでもいうのだろうか?
「馬鹿な……生身で耐えるだと!」
「姫様自らが選んだだけの理由があるということか」
「俄然、興味が湧いてきたね」
なんだろう、この茶番は。
鼻血を出さなかっただけでえらい持ち上げようだ。オレの存在に否定的だった幹部も感心した表情を見せている。
こんなことの為に呼び出したのだろうか? ……帰りたい。
一気にやる気を失ったオレは繋がれたままの大宮司の手を離し、元の位置に戻った。
「あの、えーと……あの方、私に頂けませんか?」
「お断りします、気まぐれも大概にしてください。さぁ、いつまでもその姿を俗世に晒すものではありません。レンジの処遇は我らに任せてお休みください」
まだ何か言い募ろうとした教祖を力づく(ヤ●ザキックともいう)で廟の中に押し戻し、上がっていた御簾を叩き付けるように下ろす。
その様は生ゴミを蓋付きのゴミ箱に押し込むようで、あまり仲が良くないことが見て取れた。
「さあ、これで教祖様へのお目通しは終わりだ。あとの審議は場所を移して行うとしよう。もっとも先ほどのアレを経て、レンジを我がL~%*とすることに反対の者が居るとは思えんがな!」
御簾の奥からの声を無視して大宮司が謁見の間の脇にあった扉を開くと、会議室と思わしき部屋があって10人ほどが座れる円卓が置かれていた。
大宮司と幹部連中はオレを連れて、そそくさとその部屋に入り扉を閉める。
それによって教祖サマの哀願とも呪いとも取れる声が聞こえなくなり、ホッとしたような雰囲気が場に流れた。
「さぁ皆の者、席に着け。あぁ其方は我の隣だ。改めて自己紹介といこう。よもや嫌とは言うまいな、レンジ?」
……なんだかどんどんと外堀を埋められて行っている感が凄い。
未だ翻訳されない謎の言葉は、前後の言語から察するに従者かそれに近い何かを指しているのだと思う。彼女を車で撥ねてしまったという負い目があるし、情報を得るという目的を果たすためにも彼女の従者という立ち位置は都合がいいから流れに身を任せていたが、従者をするだけで済むのか不安になってきた。
しかし、今この場で逆らったらどんな事になるのか想像も付かない。謁見の間に入る前に脅されたし、此処は無難に乗り切るとしよう。ただなぁ――
「自己紹介はいいけど、何度も言うがオレは記憶喪失だぜ? 何を話していいやら」
「なに、自分が知る範囲で話せることを話すがよい。特に%=“&デバイスの事は……居を同じとするならオルトロス・チャイルドを召喚する機能があることを伝えねばなるまいて」
あぁ、それはそうだ。
1日1回、猛獣を呼び出すとなれば近くに住む人としては気が気でないだろう。というか、それを理解してオレを側に置こうとする大宮司の感覚が分らない。
現に目の前の幹部連中の幾人かは席を立つほど驚いているし、座っている幹部も眉をひそめて不快感を表している。
「オルトロス・チャイルドですと! あのような凶獣を呼び出すなど、誠ですか!?」
「いくら%=“&デバイスといえど、そのような機能があるとは思えんが」
「いひっ、いひひひ、解剖、実験! 小生ならソヤツを有効に活用出来ますぞゥ!」
声を上げたのはガチムチのオッサン、眼光鋭いご老人、汚れた白衣を着る陰気な少女の3人だ。いずれも最初からオレに否定的な視線を向けていた連中である。
半信半疑、そして、異常な執着を示す視線を感じる……というか最後のは何だ、怖いわ!
「皆、落ち着きなさい。話は大宮司様から全てを聞いた後に」
ざわめき始めた場を抑えたのは、大宮司の左隣りに座る若い女性だった。
その静謐ながらも芯に強さを感じる声は威厳があり、先ほどオレの半ズボン姿を要望していた女性とは思えない。
彼女も大宮司や教祖とよく似ており、何らかの血の繋がりがあるのかもしれなかった。
「いつも済まんな『司』。まぁ、『工』と『飼』の思いはもっともであるが、それはこれから説明しよう。『進』は自重せよ、この者は我がL~%*にすると教祖の前で宣言したであろうが!」
「いひィッ! 申し訳ありません!!」
『進』と呼んだ萎縮する白衣の少女を強く睨んだ後、大宮司はオレに目を向けて顎をしゃくった。
自己紹介をしろということなのだろう。
しょうがない。一ヶ月前に山頂で目覚めてから今までの出来事をかい摘まんで話すとしよう。
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「さて、先ほどまでレンジが話していた事は全て事実だ、それはこの大宮司が保証しよう。その上で汝らに問う、この者が我がL~%*に相応しいかどうかを」
オレの話を聞き、大宮司の宣言を受けて暫く黙っていた教団幹部達だが、やがて年長者らしく『飼』と呼ばれた眼光鋭い老人が手を挙げる。
「我が君が仰られる事に疑問は持ちませぬ。かの凶獣を呼び出す事も、時が来れば自ずと知れる。ただ、そこな者がオルトロス・チャイルドを一人で押さえ込めるかどうかは確かめさせて頂きたい。逃せば街に深刻な被害が出るでしょう」
老人に続いて他の幹部達からも発言が続く。
「ああ、それは『護』の名を冠する僕も確かめないといけないと思う。自分の尻ぬぐいも出来ない人を姫様のL~%*と認める訳にはいかないよ」
「採用試験としては打倒じゃないかい? アタシとしちゃあ、%=“&デバイスから吐き出す物資とやらの方が気に掛るがね」
「ボクの兄さんになってくれるなら、手助けするよ?」
大宮司の言葉を鵜呑みにするのではなく、まっとうな意見が出た事に安心する。
多様な意見で穴を塞ぎつつ、変化を恐れず前に進む意思。
それは組織として最低限備えていなければならない機能で、それが無くなった組織は内部から腐れ落ちていく。大幹部の服飾センスは最悪だが、一時的に身を寄せるのに問題はなさそうだ。
……ただ、さっき発言した白衣の少女も、やたらとオレを兄にしたがる少年も、凄く怖いので教育はしっかりやって欲しいと思う。
「汝らの意見は分った。ではどのようにしてレンジを試す? 此奴は我を凌ぐ怪力を身に宿しておるが、其方らは誰も我に敵わぬであろう? ……フム、我が本気の本気でレンジに挑むというのも一興か。力では負けたが鳳の如くと評された技、久方ぶりに――」
「「それは止めてください!!」」
意見の割れていた幹部達が声を揃えて叫んだ。
大幹部に万が一の事があったら大変だからその反応は分るが、それよりは別の事を恐れているような?
「僕の配下で最強と評される彼女を試し役としましょう。ちょうど神山に敵の侵入を許した罰を与えなければと思っていたところです。大宮司様と互角の脳筋ゴリ――っと失礼、強者との試合は十分な懲罰になり得る。一挙両得というものですよ。え、誰かって? ずっと君を監視していた彼女、近衛衛士隊長です」
どうやら、力を示せという事になったらしい。