――いやいやいや、なんだよ星間航行船って。
脊髄反射のように口から出た言葉が非現実すぎて、自分で突っ込んでしまった。
つーか、なんで知りもしないモノの名前が口から出たのか……じゃなくて、なんだよあれは!? あんなでっかい人工物があり得るのか。作ったヤツ、絶対変態だろ!
ヒトは途方も無く巨大なモノを見たとき畏敬を抱くというが、まさにこの時の自分がソレだった。
明らかに都市よりもデカい構造物、それも翼を備えて飛行を想定している、更に言えば構造物のあらゆる箇所から発せられている人工光から察するに、全て活きている設備なのだ――を前にして完全に思考が停止する。
SFフィクションであれば都市並みに大きな人工構造物は珍しくない。有名どころで最もアレに近いのはマク●スだろうか? しかし、あの都市を内蔵する巨大戦艦でも2kmに満たなかったハズで、今目の前にある構造物は翼だけで優に5kmを越えるだろう。全長に至ってはオレの視力を越えて続いているので想像もつかない。
しかも、それがなんと地上にあるのだから現実感が全くない。
「おい、どうした。車が止まっているぞ。妙な言葉を呟いていたが、もしかして御神体を見るのは初めてか? 圧倒されるのも無理はないが、今は姫様の馬車を追え」
「……アイ、アム、マム」
隣に座っている衛士長に急かされ、頭が真っ白になったまま距離が開いた馬車に向けて軽トラを走らせる。
馬車が向かう先には巨大構造物からケーブルのようなものが伸びていて、ポツポツとまばらに光が灯っていた。もしかして連絡通路、そしてそこに繋がる搭乗口か駅なのだろうか。
「……なぁ、もっかして、あの船の中に街があるのでするか? あのケーブルっぺいヤツの中を通って入れちゃうとか」
「馬鹿者っ、御神体――アメノトリフネに触れるなど間違っても口にするな、二度はないぞ!! ……それと少し落ち着け、言葉がおかしくなっている」
むぅ、どうやらあの変態構造物(御神体)の中に入るということは避けられるようで一安心だ。そんなことになったら、おそらく心が死ぬ。
しかし、なんであんなデカくて光っているヤツに今まで気付かなかったのか……あぁ、そういえばずっと出てた雲海で視界を遮られていたし、山頂の開けた場所とは反対側にあったからか。
そして、アメノトリフネか……古事記だったか日本書紀とかに出てくるカミサマの乗る船、若しくは神そのものを指す名前であったと知識にある。突っ込み処が多すぎる『超弩級星間航行船』とかより、よっぽど良い名前じゃないか。ホント、どこからそんな言葉が出てきたんだろうな。
ただ、どっちにしても気になるのは――
「なぁ、御神体って……ぶっちゃけ飛ぶのか? なんか、見た目が飛びそうな」
「いい加減にしろっ、私は貴様のトモダチでは無い! 姫様のL~%*に選ばれたからといっていい気になるなよ、私はまだ貴様を認めていないんだ。わかったら、さっさと運転しろ!」
……どうやら衛士長を怒らせてしまったようだ、気が動転しすぎて距離感を間違えてしまった。
ま、まぁ、常識的に考えてあんなでかいモノが飛ぶわけ無いか。
自重で崩壊するし、飛べたとしても燃料効率が悪すぎる。いや、それ以前に燃料自体を用意できないだろう。油田を1つ2つ枯らして足りるレベルでは無い。
きっと何処かの大国が、山の表面にだけ人工物を貼り付けて示威行為に使っているとかのハリボテなのだ。もし本当にアレが宇宙船だとしたら、ここは地球でも、現代でもなく……!?
遠目では分らなかったが、近づいて初めて分った。
衛士長が御神体と呼ぶそれは確かに浮いていた。だって、構造物の下わずか3mほどだけど、何もなくて向こう側の景色が見えているのだから。
そしてその脇を、大宮司が乗った馬車とオレが運転する軽トラが走り抜けていく。
――もう何も考えられない。
ただひたすらに、先を行く馬車を追って軽トラを走らせた。
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太陽の光を感じての目覚めは、まぁ、爽快だった。
車の座席にダンボールを敷き詰めた寝床と比べるものではないが、久しぶりの布団は快適すぎて王様にでもなった気分だ。
そしてこの昭和の旅館を感じさせる室内がいい。実家とまではいかないが、このレトロな雰囲気は長いサバイバル生活で疲弊した心を癒やしてくれる。これが高級ホテルの一室とかであれば違和感しか無かっただろう。
これで窓から見えるアレが無かったら最高の朝だったんだけどな……。
窓の方に視線を向けると、昨日見た巨大な構造物が鎮座しているのが見えた。距離は100mほどで、夜に発していた光は収まっている。
更に視線を移すと御神体から伸びたケーブルが、昭和然とした街の中心に伸びており、そこから蜘蛛の巣のように全ての建物へ伸びている。聞いたところによると、あのケーブルから電気、ガス、水が供給されているらしく、街のライフラインを担っているとのこと。
まぁ、そんなモノが近くにあれば崇拝するしか無いよな。他にも随分と恩恵も受けているようだし、まさに生きる御神体というわけだ。
「おい、いつまで寝ているんだ! 教祖様と姫様がお待ちなのだから、早く支度しろっ」
「へーい、へい、今行く」
これだけ短期間に怒鳴り声を聞いていれば慣れてくる。
ぞんざいな返事を衛士長に返し、着慣れた作業着を身に纏うと部屋を出た。
「貴様、昨日渡した服はどうした。必ず着ろと申しつけた筈だが?」
「済まないけど、複雑すぎて着方が分らなかった。それにこの服は故郷じゃ正装だし、アンタの主はそれを認めていた。教祖サマもそれを認めないほど狭量じゃないだろ?」
「このっ……えぇい時間が無い! 早く車に乗れっ」
甲冑ウーマンはそう言とオレに背を向けて歩き出す。朝から血圧が高くてご苦労なコトだ。
そうさせたのは自分であるが仕方ない。
だってあんな道化服……いい歳して半ズボンとか拷問以外の何物でもない。アレを着るぐらいだったら嘘を吐いても作業着の方が良い。
昨日、大宮司が着ていた改造セーラー巫女服といい、この教団のセンスは先進的すぎる。
建物の外に出ると、衛士長と同じ甲冑を身に纏った衛士達がズラリと並んでいた。
まさに近衛隊といった感じで隙が無い。
昨日からこの調子だったので、逃げようと思っても逃げられなかったし、逃げたら地の果てまで追いかけて来そうだったので諦めた。
未だに妖怪時計の翻訳が上手くいっていない部分だけど、大宮司の言い出したオレとの関係はよほど大事なモノなのだろう。
それに――正直言って、こんな知的好奇心をくすぐられるモノをほったらかして逃げるなんて出来ない。
昨日は本当に勘弁してくれって気分で、近衛宿舎に案内されて最低限のコトをしたら気絶するように寝てしまったが、寝たことで頭の整理がついたのだろう。
記憶喪失も、此処が何処かと言うことも、もしかして現代じゃないってことも全部横に置いて、アレを知りたいという気持ちが凄い。面倒なコトになるのは分っているが、御神体に関われるのであれば仕方がないという気分になっている。
更に言えば、この妖怪時計と御神体は何らかの関係があるんじゃないかと踏んでいる。
虎穴に入らずんば虎児を得ずという言葉があるように、どうしても欲しいモノがあるのなら身の代掛けて危険に挑むことが必要だ。
さて、蛇が出るか鬼が出るか……教祖サマとやらとご対面といこうじゃないか。