目の前を馬車が走っている。
儀装型のソレには立派な意匠がしてあって、まさにエラいさん専用ですよといった感じだ。
日本じゃテーマパーク以外では見ないあれには大宮司が乗っていて、ちょっと妄想癖が強いコスプレガンナーじゃなかったんだなーと、今更ながらに納得している。
走る速さは割とあって、時速十五キロといったところだろうか? 視線を下げて軽トラのメーターを見ると大体そのあたりで安定している。
山の麓から住む街までは10kmほどだと言っていたから、1時間も経たないうちに着くだろう。夜にこれだけの速度を出すのは危険ではないかと思うかもしれないが、相変わらず4つ月が煌々と辺りを照らしていて危なげが無い。
月が大地を明るく照らす光景は、この一ヶ月ほどで見慣れてしまったのだが、日本ではもっと夜は暗かったと知識にある……本当に此処はどこなんだろうか?
「おい貴様ッ、なんだそのだらけた表情は! もっとシャンとしないか、姫様が乗る御車に当てたら処刑だからなっ!」
「アイアイサー ……その時は一蓮托生ですぜ、衛士長殿」
「ふざけるなっ、何で私が貴様の尻ぬぐいをしなければならん!」
「そりゃあ、一緒にコレに乗っていますからね。いやだったら前の馬車で御者でもしてたらどうです? オレの隣りにいる理由はないでしょう」
「姫様の命令だ! そうで無ければこんな狭い場所にいられるか。いいからちゃんと運転しろ!」
オレの隣りに座る美丈夫――いや、男装の女騎士殿は甲冑を着込んでいることもあって、えらく窮屈そうにしている。オレとしても運転の邪魔になるので降りて欲しいんだけど、大宮司サマの命令なら仕方が無い。
これ以上文句を言われるのもイヤなので、ちゃんと背筋を伸ばして運転を継続する。
「まったく、何故このような無礼者を……姫様は一体何を考えられておるのか」
それはオレが聞きたいと思いつつも、口には出さない。
短い間ではあるが、この甲冑ウーマンは生真面目で融通が効かないことは理解している。余計な事を口にすれば倍になって小言か怒鳴り声が飛んでくるのだ。
ふと上を見ると、サンバイザーに挟んでおいたSRカードが目に付いた。
あのときコイツを使っていたらどうなっていただろうか。例えば車内スペースが増えるとか、変形して飛行機になってたとか…………あー、駄目だ駄目だ! この妖怪時計に引っ張られてオレの発想も妖怪的になっている。
今日は街に着いたらとっと寝よう、うん。
前を走る馬車を眺めつつ、オレは思考の海に沈んでいった。
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「そこな貴様、何者だっ」
「この神山を男子禁制の場と知っての狼藉ですかッ!?」
助手席に頭を突っ込んでSRカードを挿せる場所を探していたら知らない声が聞こえた。声の高さからすると女性であるが、大宮司サマではないし2人以上いるようだ。
もしかしてまた厄介事だろうか? 今日はもう山頂の出来事から始まったイベントで一杯一杯なんだけどな……
突っ込んだ頭を車外に出して振り向くと、そこには西洋風の甲冑を着た女性二人が並び、此方に剣を向けていた。
「衛士長、ほ、本当に男ですよ!? あのこれ、凄い失態になるんじゃ……」
「うろたえるなッ! 姫様さえ無事なら何とでもなる」
「其方ら、我の話を聞け! 彼奴は我の――」
「姫様は前に出ないでくださいッ、目を合わせただけで妊娠させられます!」
なんか突然出てきて初対面のオレに酷い言いがかりだ。
オレはそんな野獣じゃない、というか、どうやったら目を合わせただけで子供ができるのか。
まるで昭和初期の女学院的なノリを見せつけられてゲンナリする。
えーと、でっかい方が衛士長とやらで、その隣りにいる背の丈半分ほどの方が副官みたいだな。発した言葉から察するに大宮司サマの関係者だろう。いずれもネコ耳と尻尾を付けている所為か、それを除いた見た目は立派な兵士なのにとてもシュールだ。
どうやら酷く警戒しているらしく、オレに剣を向けて視線を逸らさない。
つーか、アンタらも大宮司サマと同じ女だろうに、視線を合わせていいのかという疑問は無粋だろうか?
「姫様の盾になるのが近衛の役目ッ、姫様を守って孕んだなら喜んで産む、必ずな!」
――いや駄目だろ、もっと自分を大事にしろや。
オレの思考を察して答えてくれたのは有り難いが……副官、そして大宮司からも疑問の視線を受けると、衛士長は誤魔化すように咳払いをして再び剣をオレに向けた。
「いい加減にせんかッ、我の言葉を無視するでない!」
「姫様こそ護衛の言うことを聞いてください! この&4#%を男子禁制の場と知っての侵入、Y6=の尖兵やもしれません」
えっと……相変わらず翻訳出来てない言葉もあるけど、もしかして例のネズミ男と同類に思われている?
確かにこの山を男子禁制と知らずに1ヶ月滞在してしまったのは事実だが、オレはまだ何もしていないし、言葉すら発していない。何故この段階で敵対勢力と判断してしまうのか。
衛士長って事は広い視野を持つべき役職だろうに随分と狭窄的だ。
視線で大宮司に助けを求めても、頭を抱えて呆れる事に忙しいらしく頼りにならない。
……コレはもう逃げるしかないか?
車で撥ねてしまった事については十分に借りを返したと思うし、託せる先は見つかった。病院まで連れて行けない事には悔いが残るが、これ以上関わると凄まじく面倒な状況に陥りそうな気がしている。
記憶喪失は……この場から離れた後、安全な環境でゆっくりと治せばいいだろう。
よし、腹を決めた。この場から離脱する――しかし、その行動は辺りに響いた銃声に遮られた。
空に放たれた銃弾はもちろん大宮司のもので、素早く銃をホルスターに収めると、驚いて振り返った衛士2人の顔を掴み、その腕力をもって吊り上げる。
いや、まてまて。いくら握力が強いからって完全武装の大人をアイアンクローで持ち上げるってどんな握力だ!? それに打ち勝ったオレの握力ってなんなんだ?
にわかには信じられない光景に唖然としていると、かなりの怒気を含んだ大宮司の声が辺りに響き渡る。
「我は話を聞けと言ったのだが……なんだ、貴様らは大宮司たる我より偉いのか?」
2人の衛士の顔には大宮司の指がめり込んでいて、ギリギリという音が聞こえて来そうなくらい力が入っている。事実、コメカミからは細い血の筋が下に流れ落ちており……あれは人類が出していい力ではないだろう。
そのアイアンクロー ……いや、ヘルクローを掛けられた2人は痛みのあまり、声も出ないようだ。
「此奴はL~%*にすると我が決めた。貴様らが崇拝する&#QLGの名において、祭司であり巫にして大宮司たる我が決めたことに、よもや異論はあるまい? 分ったなら我が腕を軽く2回叩け。拒否するのなら――このまま頭蓋を握り砕いてくれようぞ」
その言葉に衛士2人はゆっくりとだが大宮司の腕を2回叩き、解放された。
地面に倒れ込んで咳き込む二人に、虫けらを見るような無慈悲な視線を落とした後、満面の笑顔をオレに向けた。
「すまぬな、此奴らにはよっく言い聞かせる故、気を悪くするでない。街に帰ったら我がL~%*として歓待するからな、期待しておくがよい」
いや~、えーと、うん…………こんなん、逃げ出せないわ。
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そんなワケで、和解(?)したオレ達は一緒に山の麓まで降りると、大宮司が帰るまで待機している予定だった馬車に合流した。
大宮司は引き続き軽トラの助手席に乗り続けたかったようだが、教団のエラいさんという面子もあって御者が操る馬車に乗り換えた。
小さい方の近衛衛士は、山頂にネズミ男が出たことを知らせるため、馬に乗って伝令に出た。大宮司のヘルクローが堪えたのか随分と憔悴していたが、失態を重ねるのが恐ろしいようで全速力で駆けていった。
大きい方――近衛衛士長はオレの隣りに座ってぶちぶちと文句を垂れている。
恐らくはオレが逃げ出さないように大宮司が付けた監視だろう。あのとき考えたコトを洞察されたようで……やっぱり役職が高いヤツは目端が利くのだ。
狭い車内の中では衛士長の尻尾が不機嫌そうにオレを叩き続けている。運転を阻害する程じゃないけど、うっとうしいことこの上ない。
まるで本当の猫の尻尾のようで、どういう構造で動いているのか是非とも聞きたいけど、聞いたら後戻り出来ないような気がしている。
そんな感じで早く着かないかな、と思って運転していると目に人工の光が飛び込んできた。
馬車の影からも分るこの光量は間違いなく電気の恩恵を得たモノだろう。
ありがたい。少なくとも電気が通っているのだ。小さい島国とかだと未だに電気や上下水道が整っている所があるから、実はとても心配していた。
電気が通っていると言うことは通信が使える、そして助けが呼べる。
もしかして日本の大使館は無く、帰国手続きに手間取るかも知れないけど、希望は繋がった。少し気が楽になったことで、運転にも少し力が入る。
「随分と嬉しそうだな」
「まあ、一ヶ月もサバイバル生活をしてたら文明が恋しくなるさ」
それを聞いて事情を知らない衛士長が変な表情をしているが気にもならない。徐々に明るくなっていく周囲に期待感が膨れていく。
しかし、なんか……明るすぎやしませんかね?
道を進めば進むほど、昼のように明るくなっていく光量に違和感を覚えた。
東京や大阪といった大都市部でも、夜にこれだけの光はないと断言できる。まるで本当に昼のようで……な、なんだ、あれは!?
前を行く馬車が曲がったことで正面に現れた光景、巨大な構造物にオレは圧倒された。
鉄、いや、金属の塊だが、全高はオレが今まで住んでいた山ぐらいにデカく、全長は視界の端を越えて続いていて全容が不明。
その流線型のフォルムには透明感を持つ材料が等間隔にならんでおり、アレは窓だろう。明るい光が漏れている。
どう考えても翼としか思えない部分は小さな都市ほどもあって、下から見れば広く太陽を覆い隠すに違いない。
この――現代を生きる日本人が知るはずの無い巨大構造物の名を、オレは何故か知っていた。
「超弩級星間航行船14番艦…………紀伊」