たしか、ヒトの最高握力は200kgに届かなかったハズ。それは競技における測定値だろうから、さっきのオレみたいに火事場の馬鹿力を発揮したらもう少し行くかも知れない。
嘘か本当か……通常は非力な女性が、出産の激痛を紛らわせるために凄い力を発揮してベッドを構成する鉄パイプを握って曲げた、そんな話を聞いた事がある。しかし、そんな馬鹿力を発揮できたとしても石を砕いて砂利にするなんて無理な気がする。
因みに霊長類最大の圧力を持つとされるゴリラの握力が500kgとされているが、そこまでゴツい彼らでさえ石を握って砕くというイメージが湧かない。
じゃあ、目の前で起こっているこの現象は何なのか?
実は砂の塊でした♪ ……なんてことは無く、小さな石の粒が手の中にある。
「其方、手を出せ」
「え、ああ」
「違う。手の甲を上にして我の手を握れ、こうだ……よし、全力で行く。抗って見せよ」
「へ? おぉぉおおおおっ、何すんだ大宮司!?」
言われるままに、手の中の砂利を払って彼女の手を合わせるように握ったら、凄い力で圧力を掛けてきた。そりゃあ、こんな力で握られたらあのネズミ男が膝を突くのも納得だ。
見た目は白くて細い女性らしい手なのに、まるで機械に挟まれたような絶対的な力を前に膝を突いて屈しかける。
「そらどうした、抵抗しなければ手が砕けるぞ?」
「いっつも突然すぎるんだよっ、後悔するなよ!?」
手を握り潰される恐怖もあって、しかし、下手をして彼女の手を握り潰す訳にもいかず、7割ほどの力で抵抗した。
立ち上がり、彼女の手を握っている手にもう一方の手を添えて力比べを仕掛ける。
軽く力を入れても石を砕く力だ。容易く彼女を屈服させると思ったオレの握力は、なぜか優位に立てずに均衡した。
え、何々なんなの。オレのいつの間にか異常成長してた握力も大概だけど、それと互角っておかしくない!?
「クク、よいな。オルトロス・チャイルドを押さえ込めたのはまぐれではないということか。只人にしてこれほどの力……何度我を驚かせれば気が済むのか! あぁ、#$&が疼いて堪らぬ、今一度この場で$H&`してくれる!」
「一人だけなんだか分っているような顔をするのは止めてくれ! あと近い、女の子なんだから慎み持ってだな、っておい、その左手はなんだ。握力勝負中に急所を狙うのは反則だろうが!?」
右手で握力比べをしつつ、なんだか妙に複雑な動きをする大宮司の左手から体を逸らして逃げる。
勝負に勝ちたいとはいえ、男の急所に躊躇無く手を伸ばすとか、この国――いや教団か? の情操教育はどうなっているのか。そういえば山頂でも躊躇無く裸で水浴びしていたし、最初に着ていた服はまるで痴女だった。意識も、そして、知識も小学生並らしい。
見た目とスタイル、共に抜群の上、こんなに無防備だといつか必ず痛い目に会う。
少なくとも一緒にいる間は気をつけてやるべきだろう。
「む? おぉ……馬鹿な、まだ余力があったのか! 教団最強を誇る我の力を上回るだと!?」
「オレの勝ちだな。満足したらさっさと山を降りようぜ、急いでいるんだろ? 手を離してくれたらホルスターに収まっているそれを何処で手に入れたか教えてやるよ」
取りあえず全力の握力で屈服させた上で、意識を別の方向に誘導した。
力比べに負けて悔しいだろうが、オレが言ったことはどちらも優先度が高く、無視できないだろう。
その予想は当たり、大宮司サマは酷く悔しそうな表情をするも手を離し、まずは黒光りするブツ――もう面倒だから言ってしまうが、ハンドガンの出所をオレに尋ねた。
「結論から言ってしまえば君がデバイスと呼ぶこの時計が出した。なんか物質変換としか思えない方法で、オレが倒したモンスターの核らしきモノを物資に変えてる。君が着ている服も、さっき食べてた食料もその賜物だよ」
「…………其方、頭がおかしくなったのか。それとも我を馬鹿にしておるのか? 物質変換なぞフィクションでも神の領域よ! いくらL~%*デバイスであってもそのような機能を発揮できるわけがない!」
「そりゃあ、オレも未だに信じられないけどさ……さっき出てきたオルトロス・チャイルドとやらも、空間をねじ曲げてコイツが呼んだんだぜ。あのマットブラックの穴――オレは適当にワームホールって呼んでるけど、あそこから這い出てくる。そんな不思議穴を作れるなら物質変換も納得しちゃうっていうか」
「は? 待つがよい、先ほどのオルトロス・チャイルドもL~%*デバイスが呼んだと申すか……確かにあの突然の現れようはおかしく思ったが、空間をねじ曲げるなぞ……そのような力も物質変換能力も、我が知るL~%*デバイスは備えておらん。嘘を吐くならもっと説得力がある嘘を吐くがよい」
「……まあ、そう言うような。だから実演してやるよ。ちょうど白カラス先輩がモンスターの核を運んできてくれた。コイツで試せる、って今日のはデカいな」
オレ達の話が一段落するのを待ってくれていたのか、宝石としか思えない綺麗な石を目の前の地面に置いた。
それを見て大宮司の瞳がギラリと光ったが無視する。宝石に目が無いのは何処の国の女性も同じようだけどコレをくれてやるわけにはいかない。
白カラス先輩に礼を言って石を拾い、妖怪時計に近づけると、いつものように吸い取ってホログラフ・ウィンドウが連続的に立ち上がる。
『初めての殺人を記念して、SR宝箱が解放されました』
『討伐対象のモンスターレベルが上がります』
『SR、R宝箱の排出確率がUPします』
『宝箱の通常排出個数が3→5個にUPします』
『初回特典として、SR宝箱が1個確定します』
一番上の表示を見て左手をその辺の岩に叩き付けたくなったが、大宮司の手前もあって抑える。それよりも注目すべきは続く表示だ。やはり、といった感が強い。
そしてホログラフの表示に続き、何の音も立てずに出現した大きなダンボールに大宮司が顎を落として驚いている。
やっぱり驚くよなと思いつつ、ポケットにしまっていたカッターで封を切り、中を覗く。
えーと、金色のが1つ、銀色のが2つ、茶色のやつが2つか。ウィンドウに示された通り宝箱の排出個数、そして『R』の輩出率が上がったようだ。
排出個数が増えたのは素直に有り難い。『R』宝箱の確立が上がったのは……本来なら喜ぶべきだろうけど、オレは素直には喜べない。
『R』が出る確率が上がった分だけ『N』の日常品が出る確率が下がったってことだ。生きてく上で必要なのは『N』で、装備品はそう壊れるモノじゃないし、使わないモノが嵩張って増えていくのは避けたい。売れってことだろうか?
ま、いいや、覆水盆に返らずと言うし、後悔してもコレについては意味が無い。順番に宝箱を開けていこう。
まだ驚きで固まっている大宮司を横目に『N』のダンボールから開けていく。
中身はいつものカロリーゼリーと……これは嬉しい、トイレットペーパーだ。在庫が無くなりそうになっていたから心配してたんだ。まぁ、街に行ったら買えるかもしれないけど、街の発展度合いによっては必要になる。いくらあってもいい物資に頬が緩む。
次は『R』の宝箱だ。
一つ目は、おお、シャベルじゃないか! 金属部分がより多く、輝いていて、壊れたヤツより高級感が漂っている。穴掘りに、武器にと用途が広いから重宝する。正直、さっき魔獣に壊された時はかなりショックだった。初代サマの破片は集めて丁重に供養してやらねばなるまい。
次は………………あ、これアカンやつだ。
再び出てきたハンドガン、今度はリボルバータイプで『MATEBA Modello 6 Unica』と刻印されている。
なんかやたらと造詣がかっこよくて男心をくすぐられるが、こんなモン封印指定だ。見つかったら即逮捕される。
箱の中に戻して軽トラの荷台に積んでおこう、と思ったら横からかっ攫われた。箱を奪った大宮司サマは中身を取り出し、目を輝かせてMATEBAに見入っている。
見た目はエロ漫画に出てくる剣術使いっぽいのに、ガンマニアでガンスリンガーとはこれ如何に?
――ま、仕方ないか。オレは何も見なかったし、何も知らない。持ってることを咎められたとしても大宮司の権力でなんとかするだろう、多分。
嬉々として弾倉に弾を込め始めた彼女を横目に、オレは金色のダンボールを取り出した。
流石にこれを開けるのは緊張する。日常品、武器や防具などの装備品ときて、次は何が出てくるのか。
もしこれが毒ガスとか、ロケットランチャーとかの大量殺戮兵器だったとしたら、左手首を切り落としてでも妖怪時計とは縁を切らなければならない。箱の大きさと重さからは、そんな物騒なモノが入っているような感じはしないが……
恐る恐る『SR』と表示された金色のダンボール箱を開けると、カードが一枚入っていた。
サイズはクレジットカードと同じでよく見る大きさだ。しかし、磁気テープやICチップといったあるはずのモノが無く、『First Step』の文字が表示されているだけ。なんだこりゃ?
胸をなで下ろすと同時に、苦労して魔獣を倒した結果がこれかと少し落胆する。
使い処が無いカードとか持っていても…………あ、そういえば一つ思い当たるところがあるな。
両手にハンドガンを持ってなにやら踊り出した大宮司サマを生暖かい目で眺めつつ、オレは軽トラの助手席側のドアを開けた。