「話をするのは構わぬが、我はだらだらとした時間の使い方は好まぬ。お互いに3つ質問をしてそれに答える、という事にしたい」
「……あぁ、わかった」
本当は、この少女に聞きたいことは山ほどある。
だけど全てを聞いていたら時間がいくらあっても足りないし、早くこの場を離れたいこともあって彼女の提案を受け入れる。
しかし、三つだけか……よく考えて質問をしないとな。
頭に浮かんだ候補を整理していると、満足げに頷く少女が先に口を開く。
「まずは我から質問しよう。第一に、其方の名を教えるのだ。L~%*であるのに、いつまでも呼び名が無いのは不便であろう?」
笑顔でそう言われて言葉に詰まる。
今まで一人だったから気にしていなかったが、確かに対人関係で最も基本的なことだ。
しかし残念ながら、オレは記憶喪失で自身の名前を覚えていないし、所持品からは自身が何者であったか推測できない。
ここで咄嗟に適当な名前を考えて伝えたら、後ほど厄介な事になりそうな気がする……
「どうした、自分の名を答えられぬのか?」
「いや……実はオレ、ここに滞在して一ヶ月なんだけど、それ以前の記憶が無くてね。名前も、なんで此処に来たのかも全然分らないんだ」
「は? 記憶が無いだと……そんな立派な%=“&デバイスを持っておるのにか? 其方、我を馬鹿にしておるのか?」
「いやいや、本当だって! 少しだけオレの話を聞いてくれ!」
険しい表情になった少女に慌てて弁解する。
やはりこの子が怒るととても怖い。やたら迫力があるし、凄みもある。それは敵とはいえ、簡単に人を殺すことができる精神性から来ているのだろう。
ここまで怖い雰囲気を出せるヒトは現代日本じゃそうは居ないんじゃないか? ……こんなヤバイ少女に欲情しかけた自分を殴ってやりたい。
「一ヶ月くらい前、目が覚めたらこの軽トラックの荷台の上で! ……君がなんとかデバイスと呼んでいるのはこの妖怪時計か? これも何で身に付けているのか分らないんだ。これのおかげで生き延びる事はできたけど、これを着けているせいで命の危険もある。これが何なのか知っているのなら教えて欲しいけど……いや、まずは君の問いに答えるのが先か。本当に悪いんだけど、記憶喪失ってヤツらしくて自分の名前を覚えていないんだ!」
記憶喪失なんてフィクションでも中々出てこないようなレアな症状だ。それを引き合いに名前を伝えられないと言われたら馬鹿にされていると思って当然だろう。だが、ここで適当な作り話をしたらヤバいと本能が危険信号を出している。嘘だとばれたらあのネズミ男と同様の末路を辿るに違いない!
そう思って出た言葉は、とにかく自身が記憶喪失であることを主張するもので、相手を信じさせる要素は一つも無かった。
これはもう無理にでも逃亡するしか無いかと覚悟を決める俺の前で、しかし、少女の暴力的な雰囲気はなりを潜め……微かに笑みを浮かべている?
「只人で、L~%*デバイスを持ち、しかし記憶がないだと…………本当であるなら……クク、なるほどなるほど、これは良い拾いものをしたのかもしれぬ――おい其方、自身の名を思い出せぬと言ったな」
「まぁ……そうだけど」
「ならば我が決めてやろう――レンジだ、これから其方の事はそう呼ぶ。そして我のことは大宮司と呼ぶがよい。其方が自身の名を思い出せたら、我の本当の名を教えよう」
……まぁ、記憶が戻るまでの呼び名なんてどうでもいい。なんだか不穏な言葉を呟いていたけど、それより少女の機嫌が治った事の方が重要だ。
それにしても大宮司か……妖怪時計が日本語に訳しているだけで神道のそれとは違うのだろうけど、この少女は宗教のかなり高い役職に就いていることになる。
幼い見た目に反する老成した雰囲気、喋り方は伊達じゃないってことだな。
そして予想通り宗教関係者で……どうもオレは知らない土地で宗教関係の紛争に巻き込まれたらしい。凄く不運であるが、起きてしまったことを後悔してもしょうが無い。対策を練るためにも少女との問答を続けよう。
「次はオレから質問をいいかな? ……この場所に居続けても大丈夫なのか? オレが目覚めて一ヶ月ぐらいは凄い濃度の硫化水素が漂っていて、今日まで下山できずに足止めされてしまったんだ。また毒ガスが出てくるなら、すぐにでも下山したいんだけど」
「それについては心配ない。この神山が高濃度の毒ガスを吹き出すのは年に一ヶ月だけよ。其方は運が悪かったな」
なんてことだ。
どうやらオレはその一番悪い時期にこの山頂にやってきて閉じ込められたらしい。重ね重ね記憶のある頃のオレを殴りたくなる。
……まあ、いい。
いつでも下山できるってことが分かったのは大きい。急いで山を降りる必要は無いわけで、焦ってうかつな答えをしなくてすむ。
それにしても「神山」か。この場所が神域であることに違いはないようだ。
まぁ、鳥居と社があることから予想はついていたが……って、鳥居と社って日本神道のものだよな!? じゃあ、この少女は、そしてこの場所は……いや、そんなワケが無い。ここが日本だとしたら何で言葉が通じないんだ。
これは凄く聞きたいけど、少女――大宮司から許されている質問の数はあと2つ。それ以外に聞きたい重要なことがあるから、そちらを優先させないと。
「見た目はアレであるが、悪くない味よな」と言って、渡したカロリーゼリーを食する大宮司を眺めつつ、次に質問すべき内容を整理していると声が掛かった。
「次は我だな。といっても記憶がないのであるなら、まともな答えは期待出来んな……そうよな、これより共に#$93Pする身だ。人となりを知るため、これを聞いておこう――其方が考える『最も罪深き事』は何か? 細かい解釈はよい、いま我に問われて思い浮かんだ事を簡潔に答えよ。どのように答えても構わぬが、嘘は許さぬ」
うへぇ……流石は宗教関係者だ。哲学的で意図が分りにくい上、解釈でどのようにでも答えられそうな質問だ。ただ、これも先ほどと同じようにオレの本質を見抜こうという意図が見え隠れする。真面目に答えなければ痛い目に合うだろう。
オレは大宮司が食べ散らかしたカロリーゼリーの残骸を横目に答える。
「食べること。それは生きる全ての命が持つ原罪。己以外の生命を奪わなければ生きられないという事実、生存競争は……ヒトが規定する全ての罪の大元だ」
そんなオレの答えに少女はキョトンとした表情を一瞬だけ浮かべ、今まで見たことも無いような嫌らしい笑みを浮かべた。
「生きることが罪……其方はそう言いたいのか?」
「究極的にオレが考える罪はそれだけだ。他の罪は人間社会が決めたルールから逸脱することで、それは責任が取れる範囲で上手くやれば罪にはならない。だから……話は少しずれるけど、オレはアンタの殺しについてとやかく言うつもりは無い」
未だ軽トラの向こう側からは、白カラス先輩達が屍肉を啄む音が聞こえてくる。
無駄に死んだ彼はさぞかし無念だろうが、仇を取ってやろうという思いは全く無い。武器を向けたのは彼が先であるし、明らかに殺意があった。殺すつもりなら殺される覚悟も当然あるだろう。生存競争に敗れたモノの末路はいつだって同じだ。そんな考えなので、オレは目の前の少女に恐怖心はあっても嫌悪感はない。
だが、そこには少女は疑問を抱いたようで質問を重ねる。
「ふむ……アレを始末したとき、其方はとても激高していたように見えたが?」
「そっちの作法は知らないけど、オレは無駄な殺生は嫌いなんだよ。それに……ヒトが殺されるのを見るのは、さっきのが初めてだ」
あと、何であろうと大量の血はいけない。スプラッタ展開はオレが最も忌み嫌うモノだ。
っと、本当に話がずれてしまった。だけどオレの人となりを知るには十分な問答だったようで、その証拠に目の前の少女は満足そうな笑みを浮かべている。
「なるほどな。話に筋は通っておるし、その自覚、知性は好ましい。やはり拾いものよ、これならば我がL~%*として迎えるに反対する者は居ないであろう……よし、下山の準備をせよ。日が暮れるまでには麓まで降りるぞ! 我を%&4$したアレに乗ればそう時間は掛からん」
「いっ!? いや、そんないきなり、残りの質問は……」
「大宮司を待たせるでないわ! それと山を降りたらその言葉遣いは改めよ。我は良くとも他の者が許さぬからな」
……駄目だ、話を聞いてくれない。やっぱり暴君だ。
少女はオレとの話を打ち切ると、立ち上がって自分の荷物を軽トラックの荷台に載せた。次いでここ一ヶ月の滞在で貯めたゴミも次々と載せていく。やはり神域にゴミを残すのはアウトなようで、そこを責められたらオレは何も反論できない。
この腕時計の事とか、この国とか、宗教紛争の事とか、聞きたいことはいくらでもあるのだけれど……道すがら話をするか。