艦隊は、北上を続けていた。レイフO1への市民船団の移送を終了した「フォード」級駆逐艦五隻は、フォークランド諸島近海のもう一つの南極探索拠点─レイフO2への進路を正確にたどっていた。
商船改装巡洋艦「ラプラタ」級二隻、「フラワー」級護衛駆逐艦八隻、さらに新造した最新鋭の商船改装巡洋艦「マタンサ」を含む海賊集団、アルゼンチン共和国領邦再興艦隊と合流するためだ。この海賊集団は、予想通り旧アルゼンチン共和国領邦艦隊であり、フォークランド諸島の奪還のためには力を貸すと表明していた。
「本当に、大丈夫なんでしょうか…」
タオ「フォード」艦長がそう言った。失っていた左腕に関しては、急遽作られた義手で凌いでいたものの、やはりバランスは安定しないらしい。タオはかなりの時間椅子に座っていた。
「何がだ?」
「艦隊行動もしたことがないのに、艦隊戦を行おうとしていることですよ。それに、信用できるんですか?」
エリクセン准将は、一応控えめに頷いた。この指示を出したのは、戦闘指揮官のヤンである。戦闘指揮官が言う以上何とかなるのかもしれないが、どちらにしても心配でしかない。
「タオ艦長、大丈夫ですよ。見たところ、フォークランド諸島をアルゼンチン共和国領邦の手に戻す…、奪還することが、彼らの目的です。その目的が変わらない限りは大丈夫でしょう」
「ですが…」
海賊ですよ、といいかけてタオは止めにした。これ以上なにか反対意見を唱えることは生産的でもない。ヤンの決定ならば、そのまま従ったほうがいいだろう、というのがタオの判断だった。
「ヤン提督、エルンスト=フェリス殿より緊急電です。スクリーンに表示しますか?」
「必要ない、そのまま概要のみ説明してくれ」
「了解。空風旗艦隊が再編成を終え、現在モンデビオ港にいるとのこと」
ヤンの顔が変わった。
「モンデビオ港…。早すぎる…」
「続きを読みます。帝國側が、ワシントンバイパスを復旧した模様です。未だ限定的な使用のみではあるものの、空風旗艦隊級の小艦隊ならば十分に使用可能とのこと」
澪の読み上げに、エリクセン准将、ヤン、そしてタオの顔がやや青くなったように見えた。わずか十日間のうちに復旧したというのが信じられなかったのだ。
「ヤン提督、この分だと…」
「犬吠埼バイパス、マニラバイパス、そしてポート=モレスビーバイパスといった主要なバイパスは殆ど使用不可能にしたはずだ。恐らく、帝國は総力を上げてワシントンバイパスの復旧に尽くしたのだろう…」
「どうして…?」
タオが疑問の声を上げた。
「どうしてか?簡単な話だ。帝國は、こちらに対して常に先手に立つことによって一気に蹴りをつけようとしている。タオ、君にはそれがわからないということはないと思うが…」
「ですが准将…、いえ、エリクセン現行指揮官、帝國は、先に民間インフラの復旧に務める必要があるはずです。それを放棄してまで…」
「タオ艦長、私から説明しよう。帝國の目的は極めてシンプルだ。こちらが戦力を増強しないうちに、一瞬でケリをつけることによって各地の自由派を蹴散らそうとしている。つまり、帝國は、今この瞬間に大量の戦力を投入して艦隊にいる自由派を蹴散らすだけでなく、その後方効果も狙っている、ということだ。
ついでにいうと、民間インフラの復旧に関しては、たかが十日遅れたのみで大損害が出るというわけでもない。むしろ、我々のほうが実害が大きいと判断した、ということだ」
タオは、なんとなく納得したといった顔をした。戦闘指揮官と現行指揮官が一致していない現在、ヤンとエリクセンの考えが違えば大変なことになる。二重指揮系統の弊害だが、これに関しては仕方ない。旧憲兵隊からの転入組と旧市民の計三〇〇名のうち、転入組の方が多いから、その指揮官であるエリクセン准将はどうしても指揮官につかなければならない。
だが、戦闘時にはエリクセンでは力不足なのでヤンが指揮を取らなければならない。つまり、根本的に解決するには流入がなければならない。
だが、対策はできる。しっかりと作戦目標を認識させ、どうするべきかということが二人の中で一致していればいいのだ。だから、先程ヤンはタオに対してかなり丁寧に説明していた。もちろん、それをエリクセンに聞かせるために。
「となると、我々は蒼風旗艦隊と空風旗艦隊の双方を相手にしなければならないということですか…」
「まあ、戦力的にはそこまで問題はない。航海中に武装の操作と運用方法は部下に叩き込んでおいた。前みたいに、敵の目の前で一発も打てないということはありえない。それに、蒼風旗艦隊と空風旗艦隊の総力を上げても、合計すると巡洋艦一二隻に駆逐艦一二隻の計二四隻。対して、こちらは駆逐艦一三隻、巡洋艦三隻だ。向こうとしては、フォークランド諸島まできて士気も下がっているはずだ、十分に勝ち目はある」
タオの問いかけに、エリクセンはそう答えた。