人類は今、危機に瀕している。
ネウロイという正体不明にして強大な敵の侵略を受けているのだ。
敵の戦闘能力は凄まじく、通常兵器ではとても太刀打ちできない。せいぜい時間稼ぎがいいところ。
そんなネウロイに対抗できるのは、魔法の力を行使できる少女たち、通称ウィッチだけなのである。
かく言う私、宮藤芳佳も一応ウィッチではあるのだが、戦闘訓練など一度もしたことがない。
扶桑が戦火にさらされていないとか、そもそも私は戦争が嫌いだとか、色々と理由はあるが、幸いにして戦闘訓練をしたことはない。
(ああ、でも……)
今はそのことを少し後悔している。ほんの少しでも、戦い方を学んでいれば良かったと今は本気で思っている。
そうすれば、我が家の天井を突き破り、食卓に落下して晩御飯を台無しにし、あまつさえ私のおかずのサンマを握りしめ、
「EDF---ッッッ!」
訳のわからないことを叫ぶこの悪漢を、懲らしめることができたのに!
第一話 魔法少女の憂鬱
「でも本当、芳佳ちゃんに怪我がなくてよかったよ」
「ごめんね、心配かけちゃって」
今日の授業が終わり、私とみっちゃんはトラクターにガタゴト揺られながら帰宅の途についていた。
「なんだ、またなんかやったのか?」
「それが聞いて、おじいちゃん! 芳佳ちゃん、木に登って降りれなくなっちゃったにゃんこを助けようとしたんだけど、芳佳ちゃんも降りれなくなっちゃったの!」
「いやぁ、お恥ずかしい……」
ばつが悪くて、頭をポリポリする。
「私の予想だと、ねこちゃんを抱きかかえて木から飛び降りて、華麗に着地を決めるはずだったんだけど……失敗しちゃった」
「それ、予想じゃなくて妄想の領域に入ってると思うんだけど」
「あ、みっちゃんひどーい!」
「ふふ、ごめんね」
みっちゃんはころころと、おじいさんはからからと笑う。
「そりゃ、華麗に着地は無理かもしれないけど、ねこちゃんを抱えて飛び降りるくらいはできると思ったんだけどなあ」
「芳佳ちゃん……」
深ーいため息をつく私を見ると、
「最近、影響受けすぎだよ」
そういって、苦笑した。
「べ、別に! ストームくんは関係ないよ!」
「わたし、ストームさんのこととは一言も言ってないよ?」
「あぅ!」
うぅ、みっちゃんにしてやられた。彼女は、さらに笑みを深くしている。
「このままいくと、芳佳ちゃんがトラクターで爆走する日もそう遠くないかな」
「そんな日は絶対来ないから! ストームくんみたいになんてならないよ!」
「……本当、ストームみたいになっちゃダメだぞ」
「おじいちゃん、冗談だから、そんな真顔で心配しないで……」
ストームくん。ストームさん。ただ単純にストーム。あるいはストーム1。
呼び方は数あれど、その名が示す人物はただ一人。我が家の天井を突き破り、私のサンマを握り潰した、あの悪漢だ。彼はあの後、色々とあって家に下宿している。
一応、本名は別にあるのだが、私たちは勿論、彼を知る人物は、みんな彼のことをストームと呼ぶ。
その理由は……
「ね、ストームさんの様子どう? そろそろ良くなってきた?」
「それがぜーんぜん。未だに自分のことをEDFのストーム1って思いこんでるよ」
彼は、私たちにそう名乗り、また、私たちにそう呼ぶよう頼んできたから。
勿論、それだけが理由じゃない。これがまた、色々と複雑なのだ。
「そっか……そういえば、そのEDFって何だっけ?」
「えっと、確か……」
EDF。正式名称「全地球防衛機構軍」。彼はそこの「遊撃部隊ストーム」のリーダー「ストーム1」であるらしい。
自分はストーム1として、地球外から来た侵略生命体「プライマー」と戦い、長く苦しい激戦の末、その司令官を倒したという。
多くの屍を乗り越えて掴んだ勝利。志半ばで倒れた仲間たちのためにも、自分をストーム1と呼んでくれと、彼は言ったのだ。
「なかなかに壮大なストーリーだよね」
「だよね」
確かに、私たちの世界は侵略されているけど、侵略者の名前は「ネウロイ」だ。
一応、おばあちゃんが軍部にも確認してみたけど、「プライマー」は勿論、「全地球防衛機構軍」も「遊撃部隊ストーム」も「ストーム1」も存在しないらしい。
「ひょっとして、サインをお求めですか?」なんて、よくわからない返答をもらった以外では、私たちの予想通りの結果になった。
彼のいう部隊は存在しない。しかし、そう説明しても彼は頑として譲らなかった。
さて、これは困ったぞ、となった時に、ふとおばあちゃんが言った。
『体が病気になるように、心も病気になることがあるんだよ』
つまり、彼は心の病気で、自分のことをEDFのストーム1だと思い込むようになったのではないのか、と。
さらに困ったことに、心の病気の治療法は、まだよくわかっていない。
よくわからない以上、無理して認識を改めさせるのも良くないということで、とりあえずは彼の話に合わせよう、となったのだ。
だから彼はEDFのストーム1なのだ。
当然、そんなストームくんだから、住む場所も、帰る家もない。お巡りさんに頼んで探してみたけど彼を知っている人もいなかった。
だから今、彼は我が家に居候しているのだ。
「しかし、みんなウィッチとはいえ、女所帯に赤の他人の男が一人ってのはどうだかなぁ」
「もう、おじいちゃん、まだそんなこと言ってるの?」
まあ確かに、いくら心の病気とはいえ、体は健康な青年だから、おじいさんの心配はわからないでもない。
「でも、ストームくんて記憶も曖昧みたいなんだよね」
それが心の病気が原因かはわからないけど、ストームくんは少々常識を知らない。
地名や国名を微妙に間違えてたり、一般常識ともいえる歴史を知らなかったりする。
知り合いも、帰る場所もない。日常生活を送れないわけではないが、一人で社会生活を送るのには不安が残る。
さすがにそんな人を放り出すわけにもいかない。
「それに、彼って働き者だし、困ってる人は放って置かないし、なにより、怪我の応急処置がすごく上手なんだよ! ホント、おばあちゃんが褒めてたくらいだもん!」
そう。止血の仕方や包帯の巻き方などは、私なんかよりもずっと上手なのだ。まるで、何度も経験したみたいに。
「もしかしたら、本当に兵隊さんだったのかもしれんな。戦っていたのなら、怪我だって日常茶飯事だろうし」
「でも、軍隊に問い合わせたけど、ストームくんのこと誰も知らなかったんだよね」
「なら、外国の軍人さんじゃない?」
「ストームくんの本名からして扶桑人だと思うんだけどね。扶桑語ペラペラだし。本人曰く英語?ってブリタニア語そっくりの言葉もできるけど、思いっきり片言だったよ」
それに、本当に外国の軍人さんだとしたら、さすがに問い合わせるのは難しい。
「……まさか、本当にEDFだったりしてな」
おじいさんの言葉に、一瞬だけ無言になる私たち。
そして
「なわけないかー」
「なわけないよね」
「なわけないな」
いつもの結論に至るわけだ。
「あん? ありゃ、ストームじゃないか」
「え……あ、本当だ」
道の前方に、件の青年が立って、こちらに向かって手を振っている。
「そういえば、今日はこっちの方に届け物があるって言ってたっけ」
手ぶらなところを見ると、用事はすでに終わっているみたいだ。
「ひょっとして、迎えに来てくれたのかな?」
面倒見のいい彼ならありそうなことだ。
「……もう、私子供じゃないんだけどな」
笑顔で手を振る彼を見ると、子供扱いされているような気恥ずかしさと、ちょっぴりの嬉しさを感じた。