酒田くんの童貞喪失
食後の一服を楽しみ、一息吐いてお腹が落ち着いてからはショッピングの続き。
インテリアショップで生活に必要な家具や食器等を注文し、電気屋で配達予定日を4日後に変更して貰って、ガンショップでライフルの手入れ用品と亜音速《サブソニック》仕様の22ロングライフル弾のホローポイントを5箱。それに、ファイブセブンに使う5.7×28ミリの徹甲弾《SS190》10箱と専用の弾倉を5つとスポッティングスコープと三脚を。
それから、ブティックに行ってパンツとパンスト、靴下やシャツにブラジャーと言った下着。他にも、ジーンズにカーゴパンツ、チノパンと言ったズボンやジャケットにTシャツ、ワイシャツやらの着替えを買ってショッピングは終了。
荷物持ちと運転してくれた酒田に手間賃と煙草貰った御礼として3万円あげたら、彼に3日分の着替え持って来る様に指示。
着替えの入ったバッグを手にして数十分後にやって来た酒田に56式歩槍の3型《AKMの中国コピー》と、30発の7.62×39ミリ弾《M43》が詰まったバナナ型の弾倉《マガジン》を6本を自衛用の武器として提供。いや、拳銃だけじゃ不安だろうからさ、僕なりの心遣いだよ。
そして、バカから耳を引き千切るインタビューして教えて貰ったアジトの位置から3キロ離れた所にある立体駐車場にエスカレードを停めさせて、ハンドルを外してから徒歩で移動。
で、今はアジトから2キロ位離れたビルにOP《監視所》構築して、アジトを監視してる。
「今、踏み込まないんですか?」
「え? こんな明るい時間に正面から1人で仕掛けたら殺されるのがオチだよ?」
机の上に置いた三脚に据えられたスポッティングスコープを覗きながら、呑気に答える時雨の言葉に酒田は納得。
「確かにそうですね」
実際、22対1となれば5秒と掛からず、あの世。それか、連中に玩ばれ、輪姦《まわ》されて肉便器。
最後に奴隷商人等に売り飛ばされるか……だ。
「あ、煙草を吸うなら奥の、中心の部屋で吸ってね」
「解りました。それにしても、凄い格好すね……何か、映画で見た特殊部隊染みた格好じゃないですか」
酒田の言葉に時雨は対物レンズ側にハニカム《蜂の巣状》シートをセットされた30倍率のスポッティングスコープから目を離した時雨は、今の自分の姿を見る。
あぁ、確かに……今は被ってないけど、暗視ゴーグル付きの防弾ヘルメットに黒の野戦服と、プレートキャリアに肘と膝にプロテクターは確かにどっかの特殊部隊みたいな格好だわ。
時雨の今の格好は、この世界へと飛ばされる前……元の世界で勇名を馳せる国際的コングロマリット、九鬼グループの極東本部へ戦争を仕掛ける時の格好《詳しくは1話目を読み返せ》であった。
そんな時雨は「僕と特殊部隊を一緒にしちゃ駄目だよ?」 と、返すと再び、スポッティングスコープを覗き込む。
見張り達はビルの3階の窓際に立ってる。
武器はAK……いや、フロントサイトの形状から見て、ノーリンコの56式歩槍か。
チンピラにしては良いの持ってるなぁ……て、ゆーか、チンピラ如きが手に入れられる代物じゃないよね?
「ねぇ、酒田さん」
「何ですか?」
「今度定時連絡する時ですけど、奴等……鼓舞羅《コブラ》ってギャングにケツ持ち居ないか? 確認の為に聴いてくれます? チンピラから聞きそびれちゃったんですよね」
「解りました」
ケツ持ち……その言葉を聞けば、酒田は直ぐに携帯電話を手に応じてくれた。
嫌だよ? 正体隠して仕事するとは言えさ、末端なチンピラ共を皆殺しにしたら、手下殺られて報復に移ろうとするどっかの組織に的にされるとか笑えない。
下手すると、僕を消す為の罠なんじゃないか? って、思えて来ちゃう。
え? 被害妄想じゃないかって?
あのね、僕はヤクザの賭場を滅茶苦茶にして損失与えたんだよ? ヤクザって言うのはメンツとカネで生きてる。
だから、この街で小娘にメンツ潰された上、賭場の一つを台無しにされたら、嘗められたら殺すを地で行くヤクザにすれば絶対殺すべき存在だ。
それだったら、上手く切り抜けて『僕を殺すより、雇って利用する方が利益だって示す』 だけの事だよ。
え? 殺すんじゃないのか?
そう言うのは好みじゃないし、損の方が大きい。だったら、此方も利用出来る立場を作って、日本最大のヤクザって言う権力を利用出来る様にすれば良い。
そうすれば、僕の目的である元の世界への帰還の為のリソースなり、よしんば帰れないと解ったとしても仕事に使えるコネにすればメリットは豊富だろ?
殺し屋するなら、コレぐらいの頭は回らないと長生き出来ないよ……
「今、連絡しましたが『連中にケツ持ちが居ようと関係無い。人のシマ荒らすボケ共は組の敵だから殺せ……』 だそうです」
携帯電話を手に高山に確認を取った酒田から、高山の言葉を聴けば時雨は「なら、雇い主の意向に従うか」 と、ボヤいて座ってる椅子から立ち上がる。
「あの、何処へ?」
「他の見張りの位置を確認して来る。酒田さんは此処で留守番頼むよ」
そう言って、時雨はコンチネンタルホテルのソムリエールにカスタマイズして貰ったM4A1を肩に掛けると、更に言葉を続ける。
「あ、物音したら大声でヘッドライトって叫んで。僕はハゲって返すから」
「解りました。因みにですけど、何も返って来なかったり、違う言葉が返って来たら?」
「その時は、敵だから君に渡した鉄砲で相手を撃ち殺して……撃ち方は教えたよね?」
「は、はい」
酒田は返事する。が、彼の顔は不安でいっぱいだ。
「あ、撃ち殺せって言ったけど、本当に敵が来たら、先ずは上の階へ上の階へと逃げて屋上を目指しながら時間を稼いで」
「屋上って、逃げ道無いじゃないですか!?」
酒田の言う通りだ。
屋上に出るのは、自ら袋小路へと飛び込むのと一緒。
しかし、時雨は違う。
「そうなったら、最後の手段として戦うんだよ」
「戦うってどう言う事ですか!?」
「どう言うって……そのままの意味だよ。君に渡した鉄砲は玩具じゃないんだからさ」
ゴクリ……と、緊張からツバを呑めば、改めて見る56式歩槍3型《AKMコピー》が急に恐ろしいモノだと、酒田は感じてしまう。
すると、そんな酒田を安心させるかの様に時雨は優しげな微笑みを浮かべ、告げる。
「大丈夫だよ。僕等は気付かれない様に2キロも離れた所から監視してるし、此処まで来るのに途中で歩きにして静かに入っただろ? それなら、奴等に気付かれる心配は無いよ」
「本当さ。嘘だったら、僕は君を助ける。で、全てが片付いた後、埋め合わせとして君に美味しいご飯を奢って、お小遣いだってあげちゃう」
言葉は幼げだが、顔や醸し出される気配は真剣そのもの。
この世界へ入りたての酒田でも解ってしまう程に。
それ故、酒田は「解りました。頑張ります」 と、自分よりの年下の少女を姐御と思えてしまった。
「姐御」
「時雨で良いよ。僕は君と盃を交わしてる訳じゃないし、単なる余所者だからね……あ、敵が来たかも知れないってなったら直ぐに電話して。駆け付けるからさ」
時雨はそう言うと、部屋を後にした。
独り残された酒田は再び、56式歩槍3型を見詰めると、時雨から教わった言葉を反芻しながら、56式歩槍3型を弄り始める。
「撃つ時は安全装置《セレクター》を一番下まで下げる……」
言葉を口にしながら、56式歩槍3型の右脇にある大きな安全装置……セレクターレバーと呼べる所をカチッ、カチッと一番下まで下げる。
「下げたら、槓桿《チャージングハンドル》を後ろまで引く……」
ガチャンと金属音をさせ、内部のボルトを完全に後退させると、酒田は56式歩槍3型を構えた。
「そしたら、敵に向けて引き金を引く」
引き金が引かれる。
ガチャンと金属が響けば。ボルトが素早く前進し、撃針が空を打った。そうして、撃ち方の練習をした酒田は何か大業を果たしたかの様にホッと、溜息を漏らしてしまう。
「俺に人殺しなんて出来るのかな……」
一人静かにボヤく。が、答える者は居ない。
シーンとした静寂の中、酒田は急に煙草が吸いたくなったのか、立ち上がって部屋を後にした。
ビルの廊下を歩き、喫煙所と札に書かれた狭い部屋へ入ると、ポケットからセブンスターを取り出して1本抜き取る。
煙草を咥え、安物の使い捨てライターで火を点した酒田は紫煙と共に大きな息を吐いた。
「ふぅぅぅ……事務所の番とかしたけど、留守番てこんなにしんどいんだな」
部屋住みとして、組事務所の留守をした事もあった。時には組員が出払って、独りで事務所の掃除等をしながら電話番をして留守を熟した事もあった。
だが、今の世の中、抗争すれば即座に警察が取り締まり、組長すらも使用者責任を問われて逮捕される時代。
ヤクザ同士での抗争は滅多に無ければ、余程のバカじゃない限り、組事務所にカチコミ掛ける様な奴は居ない。それ故、組事務所と言うのは安全な場所と言えるだろう。
しかし、酒田が今居るのは組事務所でも無ければ、組の持つ物件の中でも無い。
此処は難民共が強盗する追い剥ぎストリートの一角。更に言えば、組の敵から2キロも離れたてるとは言え、直ぐ近くだ。
つまり、それは敵地のど真ん中に居る。と、言う事を意味してる。
マジで何も起きないでくれ……頼むから、誰も来るな。
心細さと緊張。それに恐怖が酒田の胸を締め付ける。
酒田は煙草を1本吸い、2本吸って、恐怖を紛らわせようとした。が、恐怖や緊張、心細さ《不安》が解消される事は一切無かった。
畜生……何だって、アイツ《時雨》は俺を選んだんだよ!?
本人が居たら、こう答えるだろう……
『特に理由は無い』
『ただ、目の前に居たから』
そんな答えを聞けば、酒田も思わずキレるだろう。が、時雨は彼にOPと言う、ある意味で安全な所に待機させて彼の身の安全を保証してる。
しかし、それでも完全に安全とは言えないのは言うまでもないだろう。
酒田は喫煙所のドアを開け、着替え等の荷物を置いた部屋へと足を進める。
部屋に入り、扉を閉めると、ホコリだらけのソファーへドカッと座って携帯電話《スマートフォン》を手にソシャゲアプリをタップして起動させた。
ソシャゲを起動すると、女の子が「お帰り」 って言ってくる。
そんな子をスルーし、デイリーを回す。数分もすれば、APは0となって終わり、色んな素材が手に入った。
だが、それだけ。時雨は戻って来てないし、後、どのくらいで戻って来るかも解らない。
手持ち無沙汰になりながらも、此処に来る前に買ったペットボトルのお茶を飲んで喉を潤す。
沈黙が支配する中、酒田は再び携帯電話《スマートフォン》を操作し、今度は麻雀牌のアプリをタップする。
読み込みが始まり、程無くしてメインメニューが開かれる。すると、酒田はCPU達との対局をタップし、麻雀を始めた。
萬子は1と2。それから、赤ドラ込みで5が2つ。
筒子は3と9だけ。
索子が7、8、9と揃って、字牌は東が1つ。それに白2つ……ドラは萬子の3で西家か。
東家が南を捨て、南家が東を捨てると、西家の酒田に番が回って来る。
引いた牌は東。
どうするか……後、1個東があるし、手牌に入れよ。
筒子の3を捨てると、北家が白を捨てた。
表示が現れ、ポンするか? 問われればYESをタップ。
『ポン』
白が3つ揃い、役が出来た。後は牌を揃えて和了《あがる》だけとなる。
そんな酒田は残った筒子の9を捨てると、北家が牌を引いて萬子の4を捨てた。
暫くの間、対局は大きな動きを見せる事なく進んだ。
そんな時だ……南家が東を捨てた。
酒田はまたポンして東を3つ揃え、迷った。
どうする?
手牌は萬子の1と2でドラ待ち。でもって、赤ドラの5と普通の5も1つずつ2つ揃ってる。
オマケに索子は7、8、9と揃ってる状態……どれ、捨てりゃ良いんだよ?
迷った酒田は他の面子の捨て牌を見詰める。
ドラである萬子の3は捨てられておらず、5も捨牌に含まれてない出てない。
コレ、相手側がドラ牌を待ってるか、未だ山の中に残ってるか……だよな?
うわ、マジでどっち捨てよ……
少し長考し、意を決して萬子の1を捨てる。
すると、北家が鳴いた。
『チー』
場に萬子の3から5が並ぶ。
酒田は舌打ちすると、場の流れを見詰める。それから、少しして、引いた牌がドラである萬子の3が出れば「マジかよ!」 って、悪態を吐いてしまう。
今の手牌を見て、酒田は自分の選択ミスに大きな溜息を漏らすと、ドラである萬子の3を捨てた。
『ポン』
「はぁ!? マジか……」
鳴いたのは北家。しかも、対局中に北をポンして和了だけとなってる奴が鳴いた。
コレ、北家にロンされたら死ぬ。
役牌、ドラ3。コレ、確実に満貫やんけ……
北家に警戒しながら、引いた牌である赤ドラの筒子の5を捨て、捨牌に5の萬子が来るのを祈って待った。
そして、祈って待ったかいがあった。
最後の方で自分の手牌に5の萬子がやって来る。
酒田はノーテンからテンパイとなる為に萬子の2を捨てた。
最後の最後の牌……海底が引かれ、場に牌が捨てられて流局。
テンパイは自分と北家だけ。
自分と北家に1500点ずつ支払われ、南家だった者が今度は東家となって、酒田は南家……2番目となる。
手牌が並ぶと、酒田は自分の手牌と引いた牌を見比べて牌を捨てる。
そんな麻雀を暫くの間……時間にして1時間半ぐらい続けていると、電話が鳴った。
「はい!」
『酒田さん? 此方は見張りの位置確認が終わったから……そうだね、30分くらいで戻るよ』
「解りました!」
電話が終われば、ホッと一息。
麻雀をしていただけであった。が、留守番は果たせた。
そんな時だ。部屋の外から物音が聴こえて来る。
な、何だ?
酒田は急いでソファーの脇に置いていた56式歩槍3型を手に取ると、ドアをソッと開けてキョロキョロと辺りを見回す。
だが、物音……否、幾つもの足音と共に、微かながらも声が聴こえて来た。
「……ほん……居る……か?」
「間違いねぇって! 此処に男女が2人入ったの見たっての!!」
「……ご……出す……」
酒田は急いでドアを閉めると、携帯電話を再び手に取り、急いで時雨に電話する。
『どうしたの?』
「人が来ました。数は解りませんが、俺達が入るのを見たって言ってます」
声を聞かれない様、小声で伝えれば時雨は直ぐに指示を飛ばした。
『銃に弾込めて』
「は、はい」
酒田は言われた通り、56式歩槍3型に弾倉を慌てながらもマガジンハウジングにキチンと嵌め込み、安全装置《セレクター》を一番下まで下げてから槓桿《チャージングハンドル》を一番後ろまで静かに引いて報告する。
「弾込めました」
『ヨシ。そうしたら、行く前に言った通り、屋上へ逃げて。見付かったら、適当に撃って逃げて……良い? 無理に当てようとしなくて良い。屋上に付いたら、また電話して』
「わ、解りました」
返事と共に電話が切れた。
酒田は深呼吸すると、56式歩槍3型を手に部屋の外へと出る。
「居たぞ!!」
廊下から声がした。その瞬間、酒田は声のする方に向けて引き金を引いた。
耳を劈く銃声がビル中。否、ビルの外にまで響くと、汚い悲鳴が轟く。
「嗚呼ァァァ!!? 畜生! 野郎、撃って来やがった!!」
酒田は走って逃げ、階段を駆け登って行く。
途中、下から銃弾が何発も飛んで来た。酒田は踊り場で伏せると、下に向けてデタラメに何度も引き金を引いて何発も撃った。
「危ねぇ!!」
下からの銃声が一瞬止む。その一瞬だけ銃声が止んだ隙に酒田は立ち上がると、必死に階段を駆け登る。
ひたすら階段を駆け登り、時には下へ何度も撃って相手の足止め。そうして、死に物狂いで屋上まで来れば、時雨へ電話。
『今、ビルの前に着いたよ』
「ハァ、ハァ、ハァ……こ、こっちは屋上に出ました!!」
『ヨシ。偉いぞ……そしたら、屋上の扉から離れた所に行って』
酒田は言われた通り、扉からうーんと離れた錆びたフェンスが立つ端っこまでふらつきながらも、走る。
「来ました!」
『そしたら、扉に顔向けた状態で伏せて』
「え?」
『良いからさっさとやる!!』
「は、はい!!」
急かされた酒田は急いでコンクリートの床に伏せた。すると、時雨は更に指示を告げた。
『銃を扉の方に向けて構えて!』
「はい!」
言われた通り56式の銃口をポッカリと開いた屋上の扉へと向ける様にして構えた酒田は、直ぐに「やりました!!」 と、報告。
すると、今度は問いが投げられる。
『屋上に来るまでに撃ったよね?』
「撃ちました!!」
『なら、急いで弾倉を交換して』
56式から残り少ない弾の入った弾倉を抜き、ズボンに挟んでた予備の弾倉を手に取って56式に嵌め直した酒田は「やりました!」 と、直ぐに報告した。
『良い? これから電話を切る』
「え? そんな!?」
『今の君は僕が来る迄、自分の身は君自身で守るしか無いんだ。良い? 誰か屋上に来たら、迷わず引き金を引いて……其処からなら、屋上に来る奴は丸見えだ』
「俺だって丸見えですよ!?」
『銃弾ってね、伏せてれば中々当たらないもんなんだ。今回の仕事が終わったら、約束通りご飯とお酒奢るから頑張って生き残ってね……じゃ、切るよ』
励ましの言葉と共に電話が切られた。
ツバを呑み、緊張する酒田は「やって来たら撃つ。やって来たら撃つ」 と、何度も唱え、その次に「来るな来るな来るな……」 って、何度も唱え祈る。
しかし、そんな祈りの言葉は神に届かなかった。
「逃さねぇぞ!!」
「アアアァァァァ!!」
酒田は引き金を狂った様に何度も引いた。
何発もの喧しい銃声と、何度も肩を蹴られる感触と共に屋上へ飛び込んで来た拳銃を持った相手は、腹や胸に幾つもの7.62×39ミリ弾を喰らってバタりと倒れて動かなくなる。
もう一人の姿も見えた。酒田は引き金を引いたが、ソイツは扉の脇に隠れてしまって狙えなくなった。
それでも、酒田は何度も引き金を引く。無論、相手も撃ち返して来る。
だが、拳銃だけ出してデタラメに撃ってるが故に酒田には当たらない。が、1発か2発は頭上を掠める。
何度も引き金を引いてる内、金属音が空を打った。弾切れだ。
「へへへ……ビビって撃ってりゃ、世話ねぇぜ」
悠々と歩いて来る死に銃口を向けられた恐怖に身を震わせる酒田の頭の中は真っ白になり、思わず目を瞑ってしまう。
「死ぃ……」
何時まで経っても銃声がしない。恐る恐る目を開け、相手を見る。
其処に居たのは、首と床を真っ赤に染め倒れるビクンビクンと身体を大きく痙攣させる相手だった肉塊と、手に血塗れの黒いコンバットナイフを逆手に握る時雨であった。
「悪党について、一つだけ好きな点……それは、引き金を引く迄に必ず長話をする事だ」
心の底から安堵し、股間を濡らす酒田は大きな、大きな溜息を漏らして一言。
「へ、ヘッドライト……」
「ハゲ。さて、仕事終わった事だし、街に戻ろっか」
「え?」
「コイツ等ね、鼓舞羅」
「はい?」
その言葉に耳を疑う酒田に時雨は説明する。
「取り敢えず、何者か知りたくって一人目を拉致ってインタビューしたら、鼓舞羅だって名乗ってくれたんだ」
「え? そんな事が……」
「僕も驚いたよ。だから、僕は背後から襲う形で全員殺せた……しっかし、何なん? 頭から角生やした赤い肌の鬼っぽい奴が居たけど……鬼って実在するの?」
「そ、ソイツはどうしたんですか?」
「え? 周りの兵隊共を始末してから、柔らかい喉に5.56ミリNATO弾をブチ込んで血塗れにした後、目に銃口突っ込んでフルオートで脳味噌ミンチにしてやった」
サラッと言う時雨に酒田は思わず、ゾッとしてしまう。
自分は眼の前の死にビビり、更には小便さえ漏らした。が、眼の前の少女は涼しい顔で敵を皆殺しにし、ボスであろう鬼を殺して退けた。
それ故、彼女は自分達とは違う生き物だと嫌でも理解させられてしまう。
しかし、当の本人はそんな事を気にせず、酒田を褒めた。
「良くやった」
「え? 俺、何も出来ませんでしたよ……」
「何言ってるのさ、君は敵から逃げ延びた上に、敵を殺した。最高の結果だ」
「でも、俺は時雨さんの指示に従っただけで……」
「なーに言ってるのさ……屋上まで逃げ切れるか? に関しては君次第だったんだよ? つまり、生き残れるかも君次第。僕はただ、生き残り方を教えただけ……その先は君が自分で勝ち取ったんだ。自慢したって良いくらいさ」
時雨の言う通りだ。
確かに、酒田は時雨の指示通りに動いただけかもしれない。
しかし、逃げ切れるかどうかは本人自身の働きに掛かっていた。言われた通りの行動とは言え、この状況でそれを実際に熟すのは至難の業。
死ぬか、生きるかの修羅場を酒田は、少しの助力と励ましを受けながらも、自分の力で生き残った。コレを称賛せずして、何を称賛すれば良いのだ?
「じゃ、先ずは着替えよっか? 流石に血の臭いさせたままは気分良くないし……」
「は、はい!!」
2人は死体を残し、屋上を後にするのであった。
鼓舞羅を皆殺しにした後、僕達は血と硝煙の臭いのしない更衣室で血と硝煙臭い下着と上衣と下衣を着替え、ボスと思わしき"赤鬼"の顔写真を酒田のスマートフォンに納めてからOPにしていたビルを後にした。
仕事後の疲れた身体に鞭打ち、追い剥ぎストリートとやらの周囲を警戒しながら立体駐車場へ。
幸い、エスカレードは無事に残ってた。
僕は童貞を棄てた《初めての殺人を犯した》酒田に変わって、運転する事にした。
そして、確認する。
「酒田さん」
「…………」
エスカレードで廃墟の街を走る時雨は助手席に座る酒田を呼ぶ。が、彼は上の空のまま返事をしない。
「酒田さん!」
「……は、はい!?」
大声で呼んで、漸く反応。
「ちょっと、聴きたいんだけどさ、良いかな?」
「何ですか?」
「高山さんに定時連絡する時、今どこに居るか? 場所聞かれた」
「聞かれました。それが何か?」
「いや、やっぱり聞かれるんだなぁって思ってさ……因みに正直に答えた?」
「そりゃ、答えましたよ。神武本家のカシラ《若頭》に聞かれたら答えるしかないですし」
酒田は何を言ってるんだ? と、言わんばかりの表情。
時雨は「だよねぇ」 って、納得。そして、確信。
あの高山って野郎がチンピラ共に僕等の居場所を"チクった"と見て良い。
殺すつもりか、値踏みのつもりか……まぁ、どっちでも良い。
証拠も無いし、責める気も起きない。
でも、嫌がらせはしてやろ。
「酒田、高山さんに任務成功の連絡して」
「解りました」
言われれば、直ぐに電話。
『どした?』
「若頭、酒田です。例の件、片付きました」
『おー、そうか。良くやった』
時雨は酒田に手を伸ばし、スマートフォンを寄越せと手配せした。
スマートフォンを受け取ると、時雨は告げる。
「何故か、何故か、僕達の潜伏場所をピンポイントで探し当てて向こうから仕掛けて来たんですよ。何か、心当たりあります?」
『……知らねぇな』
「まぁ、何か赤鬼っぽい頭に二本の角生やした奴は殺したんで、証拠送ります。なので、メルアド教えてくれます?」
『電話番号からも写真は送れるの知らんのか?』
「そうなんですか? なら、今から送るので電話一旦切ります」
そう言って、電話を切った時雨は酒田へスマートフォンを投げる。
「さっき撮った写真送れ」
「え? あんな画像送って良いんですか?」
「キチンと仕事を果たした。って、証拠は大事でしょ? てな訳で送れ」
恐る恐る。恐る恐る。
酒田はメッセージを開くと、神武組本家若頭の携帯電話の番号をタップ。それから、カメラのアイコンをタップし、件の証拠画像を添付して送る。
無論、時雨さんから送れって言われました。って、言う断りを入れてから……
すると、直ぐに電話が掛かって来た。
「さ、酒田です」
『おう、酒田か。時雨に変われ』
「スピーカーフォンにして」
『確かに確認したぞ。しっかし、魔界の鬼族を殺すとは思わなかった』
どうやら、嫌がらせのつもりで送ったグロ画像は効果は今一つの様だ。
時雨は心の中で舌打ちすると共に「流石はヤクザの大幹部」 と、感心しながら返す。
「一先ず、コレでそっちのおメガネに叶いましたかね?」
『おう、文句無しだ。取り敢えず、疲れたろ? お前等、3時間後にキタにあるウチの事務所に来いや……後でGPS座標送るからよ』
電話が切れた。
時雨はフゥッと息を吐き、酒田に言う。
「取り敢えず、僕んちに行こう……流石に本家のカシラ《若頭》の所に行くのに、汗臭い、火薬臭い、血の臭いもさせてたらスゴイシツレイでしょ? シャワー入るでしょ?」
「ありがとう御座います」
「しっかし、今日はトラブル続きで嫌ンなるよ」
「ホントですね」
今日は散々だった。
特に酒田にすれば、初めて人を殺した日にもなってる。
時雨は青い顔をする酒田を見詰めると、懐かしい気持ちに襲われた。
中2の頃に半年訓練させられて、初めての実戦と言う事でクソ野郎《師匠》に連れられ、チャイマ《チャイニーズマフィア》である三合会《トライアド》を襲撃に参加させられた。
その時、初めて人を殺した。
今でも、殺したチャイマの構成員の顔やそん時の罪悪感や、生きて家に帰って来れたって時の嬉しさが複雑に混じり合った感覚も覚えてる。
多分、彼も……あの時の僕みたいな気分なんじゃないかな?
「人を殺したって罪悪感と、生きて帰れるって嬉しさが混じり合って、何か訳の解らない気分になってるでしょ?」
「しょ、正直……どんな気分って言って良いか解らないんです。あ、煙草を吸っても?」
「良いよ。好きなだけ吸って」
そう言われれば、酒田はポケットからクシャクシャになったセブンスターのソフトボックスを取り出し、1本咥えてからライターを手にする。
シュッ! シュッ! と、ローラーを親指で回してフリント《火打ち石》から火花を散らして煙草に火を点そうとするが、火は一向に点らない。
すると、真っ赤に赤熱するシガーライターを持った時雨の手が伸びて来た。
「あ、ありがとう御座います」
煙草の先を真っ赤に焼けるシガーライターに当てれば、ジジジっと先が燃えて煙が上がる。
「ふぅぅぅぅ……滅茶苦茶、煙草が美味く感じる」
「それが生きてるって実感って奴だよ。人を殺したって罪悪感も、生きて帰れる喜びも、煙草が旨く感じるのも……死んだら、苦しむ事も喜ぶ事も出来ない。だから、敵なら殺せ」
死線を潜ったからこそ、酒田は時雨の一言を理解してしまう。
特に最後の『敵なら殺せ』 と、言う言葉は深く心に残った。
「時雨さん」
「何?」
「俺に戦い方を教えて下さい」
「一度、その漢《おとこ》を組長《オヤ》と決めて組に草履を脱いだなら、それを貫くのが侠客……任侠の世界の道理」
「知り合いの受け売りだけどね」 そう言ってから、時雨は更に話を続けた。
「未だ盃を下ろして貰ってないとは言え、君は組長《オヤ》を認めて、その組に入ったんだ。入った以上、子として極道の務めに従って組を盛り上げる義務があるんじゃないの……って、事さ」
「……好きでヤクザなんかになった訳じゃねぇ」
唐突な返しに時雨は「そうだろうね」 って、適当に相槌を打って酒田の言葉に耳を傾ける。
「俺、こう見えて京都大に通ってた大学生なんすよ……で、ある日、俺は友達と此処に遊びに来たんですけど、それが間違いでした」
酒田は語る。
真面目とは言い難い。が、東の東大、西の京大と言われる最難関の大学の試験を潜り抜けるだけの知性と能力を持った彼はそれなりに大学生活を楽しんでいた。
「ある日、悪友がアミダハラへ遊びに行こうって言って来たんです。アミダハラの風俗で童貞棄てようぜってなって」
で、とある店で女と一発ヤッた。何もかもが初めてで、劇的な一夜だった。
しかし、その後の|余韻《賢者タイム》に浸っていた時に悲劇が訪れた。
逝った目をしたヤクザが拳銃手に、怒鳴り込んで来たのだ。
その後は銃を突き付けられながら、何度も殴られて「俺の女をレイプしやがったな!? 慰謝料払え!! 払えなきゃ、身体で払え!!」 と、支離滅裂な請求。
で、ヤクザの部屋住み若衆と言う奴隷にさせられた。
そんな話を聞けば、時雨は彼にシンパシーを覚えてしまう。
故に……
「ねぇ、そのヤクザになった元凶のクズを撃ち殺して、アンタが組を抜けられる様にしてあげる……って、言ったらどうする?」
「そんな事、出来る訳が……」
「僕には出来る。だから、ヤクザ辞めてカタギになりなよ」
「今更、マトモに暮らすなんて出来ませんよ! 俺は人を殺したんですよ!? それに、俺はヤクザの盃を貰ってないとは言え、ヤクザの構成員として見られてる以上、辞めても世間からヤクザとして見られるし、暴対法とかで銀行口座作れないし、部屋だって借りられない!! 就職だって無理だ!!」
「……だから、殺し屋になりたいって?」
「こうなったら、大金を稼げる人間になりたいんですよ……例え、人を殺してでね! じゃなきゃ、やってられませんよ!!」
酒田の言葉を聴くと、時雨は大きな溜息を漏らす。
そして、考える。
今の僕にはアシスタントが必要だ。
事務仕事が出来て、人を殺せる奴だと尚の事良い……
あんまり、気が進まないけど、彼を雇う事にしよう。
「酒田、君を雇う。無論、ヤクザから足を洗わせてやる。だけど、殺し屋って言うのは人間道に居ながら、畜生道で修羅道にして餓鬼道だ。そんなクソな生活だって理解してる?」
「もう、此処が地獄ですし、人を殺した時点で俺は死んだら地獄に落ちるのは免れない。だったら、トコトン悪行三昧で生きてやりますよ」
「そっか、だったら何も言う事は無い。歓迎するよ、ようこそ殺し屋の世界へ……とは言っても、君は僕のアシスタントになって貰うだけだからそんなに気負う事は無いよ。あ、無論、給料は出す……取り敢えず、毎月25万でどう?」
「ありがとう御座います!」
「但し、危ない橋ばかり渡る事になるし、君にも人をまた殺して貰うかも知れない。だから、その点は忘れないでね」
「はい!!」
後書き
感想下さい。何でもしますからぁ!!