怪盗ごはん
「まぁ、なんて綺麗な食べ方なの」
ラーメン屋の看板娘が思わず声を上げた。
視線の先にいるのは猫背の男子高校生だ。
「なんて美しい食べ方なんだ」
ラーメン屋の店主も思わず驚いた。
彼の目の前には、ラーメンを食べている高校生がいる。
「うおお見習いてえ」
鼻たれ坊主が叫ぶ。
坊主の隣にはラーメンをしぶきひとつ音ひとつ上げずするりと口の中に吸い込まれて男子高校生がいた。
「‥‥‥‥おいしい!」
声ひとつ上げて、立ち上がる男子高校生がいた。
彼の名は田中善久。
先ほどからしゃなりしゃなりとラーメンをすすっていた男子高校生だ。
彼の所作はとにかく美しかった。
しつこいくらいに。
そんな彼が、立ち上がって何をしたのかというとーーー。
軽やかな足取りで、後ろに歩いていった。
そして、そのまま、美しく店の入り口を抜けーーー。
男子高校生は、姿を消した。
一連の動作は、見るものの心を打つほど、鮮やかだった。
しつこいくらいに。
彼は、食い逃げ常習犯だった。
「うへへへへへへへへ今日もやっちまっただはだはだはだは」
糞カスの食い逃げ常習犯は、生意気にも、自宅で、食い逃げの思い出に浸っていた。
今日だけで、ファミリーレストラン、アイスクリーム屋さん、そしてラーメン屋と、3つの店舗で食い逃げを働いていた。
男は、食い逃げジャンキーだった。
「ああ、俺の知らない食い逃げの世界に行きてえなぁ‥‥‥」
糞カスは、感傷に浸っていた。
そんなとき、男の目の前を、しゃなりしゃなりと歩く紳士がいた。
「‥‥‥お前さん、食い逃げだな」
今日だけで、3つの店舗を食い逃げてきた食い逃げジャンキーは、目の前の美しく歩く男子高校生に気安く声をかけた。
「そうだが‥‥‥なにかね?」
男子高校生は、紳士的に答えた。
「‥‥‥俺と一緒に、食い逃げしに行かないか」
食い逃げジャンキーは、男子高校生田中善久を、気軽に誘った。
「‥‥‥いやだよ。僕は食い逃げなんて下らないことはこれっぽっちにしたいのさ」
田中善久は、首を縦に振らなかった。
「食い逃げが下らない!? てめぇ、本気でいってんのか!?」
食い逃げジャンキーは、キレた。
「‥‥‥ぼくの専売特許は、物を盗むことなんだ。食い逃げなんて、そのついでさ」
田中善久は、さらり、と身の上を明かした。
美しい田中善久は、泥棒だったのだ。
「‥‥‥お前さんが、物を盗む‥‥‥? はは、いいだろう、じゃあ、俺の食い逃げと、お前さんの食い逃げ、どっちがすげぇか競争しようや!!」
食い逃げジャンキーは、犯罪貴公子田中善久に勝負をふっかけた。
「‥‥‥いいよ。丑三つ時にね」
「おうっっ」
こうして、食い逃げ犯と、犯罪紳士の勝負が、幕を開けたーーー。