<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.43386の一覧
[0] マギノ戦記[融電社](2019/11/01 23:30)
[1] 襲撃[融電社](2020/08/21 19:41)
[2] 道筋[融電社](2020/09/15 17:05)
[3] 狩場[融電社](2021/05/13 18:50)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[43386] 狩場
Name: 融電社◆f1c5a480 ID:dddad5af 前を表示する
Date: 2021/05/13 18:50

 
 ■.狩場 
 
 
 「――――それで、次の獲物は誰なの、兄様?」
 
 溌溂と、凛とした声が弾かれ、傍らの輩へと伝えられた。自信と誇りに溢れた声色。十代後半だろうと思われる流麗な茶色の長い髪が風で煽られる。
 時計塔の頂上に位置する、狙撃には絶好のポイント。街全体を俯瞰できる絶好の狩場。
 
 「ああ、手強い相手だ、例の子供と契約したのは、あの『早撃ち』のベルモット・ハーウェイだ。アルムスの先発隊はしくじったようだな――――全滅だ」
 
 答えたのは、精悍な若者二十代だろうと思われる風貌。燃えるような赤毛の髪が、滲み出る野心からか、口調はやや粗い。傍らの狙撃銃の調整に余念がない。
 特注のカスタマイズがされた装弾数5発 7.62×54mmR仕様のボルトアクションライフル『M』、銃身に純ミスリル鋼を素材として使われており、魔導効率に優れた性能、命中精度、耐久性が、一般に出回っているモノと桁が違う性能を誇る。
 
 魔導式高性能暗視スコープが取り付けてあるのは夜間戦闘を見越しての配慮、これで数々の獲物を狩ってきたのだから。当然といえば、当然といえる。
 これから狩るであろう、獲物に思いを馳せる。今までにない、打倒すべき強敵。
 5発の弾丸が纏められたクリップを銃の上から押し込む、がちゃりと音がして、全ての弾丸が弾倉へと納まった。
 
 「まぁ、それはそれは、冥福を祈りましょう、今は亡き戦友の魂に、安らかな平穏のあらんことを」
 
 胸元で十字を切る。眼を閉じ、手向けとして祈る。礼儀を以って。傭兵の流儀に則って、長いともいえず、それほど短いとも言えない、小さな祈り。それゆえに、真摯。
 祈る事に意味はない、祈るという行為にこそ価値がある。誰のためでもなく、唯、祈る。
 祈り終え、短く、呼気を漏らす。ため息に近いようなそんな息吹。
 
 「通り名持ち……大層な御仁なのでしょうね……」
 
 通り名を冠する傭兵は、少なからず、それに値する技量を持っている、『赤い爪』アルムス『片羽』のアーウィン『鉄拳』キブン・リー『双剣』のヨルダ『橋守』ローンスタイン。
 
 数ある者の中でも、『早撃ち』を冠する者は、ただ一人、ベルモット・ハーウェイ。銃兵としての腕前は傭兵の中でもトップクラス、右腕と両眼を機械化された銃兵、唯の拳銃一丁で過酷な戦場を生き抜いてきた、とびきりの機械化適正を以てして、戦火をくぐり抜けて来た強者。
 人外の早撃ちをして数々の武勲を上げてきた。正規の決闘でも負けなしの逸材。一種の天才だろうと思われるその才能は抜きんでている。
 
 「師匠を撃ち殺して『早撃ち』の名を手に入れたって噂、本当なのかしら」
 
 「それは確かな情報だ、正式な決闘で、奴は称号を――――師匠殺しの上で手に入れたんだ。心臓に一発、それで決着がついたって話だ、信じられるか?、育ての恩師を殺せるか? 決闘とは言え――――」
 
 険悪を露わする、男。彼にとってそれほどに許されない行為なのだ、師匠殺しという行為は。寝食を共に生き、過ごし。生きてきた人間をそう易々と殺せるものだろうか? 俺には絶対にできないだろう。
 
 「冷酷なのね、きっと、血も涙もでない冷血な人、強い人。これから相手をするのはそんな人。だけれども今は、私たちの方が――――強い。そうでしょう? 兄様」
 
 手元の半自動狙撃銃『D』を、構え、スコープを見据える。≪企業≫が造り出したものの中で、最高の一品を厳選し。尚且つ独自のカスタムを加えた、純然たる兵器。
 楓材と胡桃材の合板で、肉抜きされ軽量化が施されたストック、骸骨を思わせる廃熱を重視した堅実な銃身。寒冷化地域での活動を可能とする剛性の高い切削加工で作られ、作動方式はガス圧利用式、ボルトの閉鎖はロータリーボルト・ロッキング方式。の12倍率の熱赤外線探知能力を持つ、光学照準器を装着している。
 200mでゼロイン調整されたそれは、完璧な仕上がりだ。どんな獲物だろうと仕留められる自信があった。
 
 「無論だ、我が妹」そう、確信した。血の繋がりはなくとも、時として、血縁以上の繋がりがあるという事を証明してみせよう。
 
 「そういえば、例の子供はどうするの?」
 
 「ベルモットを始末したあとでな、依頼主は生け捕りをご所望だ、死体でも構わないらしいが、値が下がる。所詮は子供の逃げ足。捕まえるのは難しくはないさ」
 
 「そう、なら優しくしてあげないといけないわね」
 
 そういって滑らかに『D』の遊底を動かし、引き金のチェックを行う。別段と問題はなく可動した。
 箱型弾倉に10発、弾丸を押し込める。白磁のような指先で、人間の頭蓋をたたき割るであろう7.62×54mmR弾、尖形をした被甲弾頭をぱち、ぱちと手際よくはめ込んだ。
 
 銃はいいわね、と呟く。こんな遠くから人を殺せるのだから。良い時代になったものね。以前の少年兵時代は短剣片手に人の喉を捌く仕事だった。それに比べればどうだろう。
 安全な距離から、遥か遠くから、スコープを覗いて、まるで神様になったような気分を味わえる。だけども過信は禁物。そうやって返り討ちにあった狙撃手を何人も知っている。その末路も。最期も。
 ましてやあの『早撃ち』だ。銃に関することなら完全に熟知しているあろう事は間違いない。体が小さく震える、恐怖なのか武者震いなのか、どちらなのかすら判然としなかったが、たぶん両方だと思う。
 
 震える妹を心配し、肩を寄せ合う、二人、不思議と安心する。長年にわたって連れ添った夫婦を思わせる様相。
 
 「奴の戦闘方法は熟知しているとも、奴の領域に入った連中がどうなってきたのか、良く知ってるのさ」
 
 決闘の記録映像を見たときには、胆を冷やした。抜き撃ちが見えないのだから。
 
銃には3つの過程がある。一つ銃を抜き、二つ狙い、三つ撃つという三段階に分けられる、そのどれもが完璧だった。
 
 動作が速すぎて、ただひとつの動作として完結していたのだから。この早撃ちに隙など微塵もなかったのだ。
 
 決闘開始の号令と同時に相手が倒れ伏すのは、ほぼ同時だった。この完成された早撃ちに対抗する術など存在するのだろうか? 
 いつしか震えは止まっていた。そして熱く、揺るぎない自信が心から滲み出してきた。
 
 「奴の等級はB1+、Bクラスとしては最高峰の相手だ」
 
 「勝てるかしら、B3の私たちが、B級トップに挑むなんて」
 
 「勝てるさ、その為の『策』と『道具』だ、それなりに高くついたがな」
 
 「ちゃんとこの街に来るのかしら」
 
 「それは間違いない、無線を傍受したからな、戦場を避けて傭兵支部に一番近い街はここを通るしかない、罠を張るにはうってつけの街だ。『早撃ち』を倒し、俺たちはのし上がる、この世界でな、その為、奴には踏み台になってもらう」
 
 互いの拳と拳とを打ち合わせる。それはジンクスでもあり、信頼の証。勝利の証だった。
 
 
 ■.旅路 
 
 
 無言という言葉がある。それはこういった状況で使われるべきものなのだろう。
 会話というものは至極、面倒なものだ。互いの意見を交換しあう、あるときは言葉のキャッチボールに例えられるように。言葉を投げ合い、駆け引きを楽しむというものだったりする。
 世の中にはそういった事を楽しむ輩が大勢いたりする、孤独を埋め合わせる為の、単なる独白に近いような無意味な会話。は時として害毒である。
 
 その点、彼女等には都合がよかった。
 
 車内では基本的に会話はなかった、一方は安らかに眠っているのだし、片方は運転に集中しているのだから、自然と会話はなかった。
 ただ淡々と時間が流れてゆく、車体の軋む音。流れゆく風景。時おり、地図を確認する、道を間違っていないかどうかの確認。
間違っていない、快調である。車体に組み込まれた、一抱えほどある抗魔遮蔽硬化ガラス瓶に充填された魔力と、小型化軽量化された魔力炉心は順調そのもの、魔力計をみれば、完全な充溢をしめしている。半年間乗り回したとしても、微量な消費で済むことは、長年に渡って操縦してきた、運転手にとってみれば、当然の事だった。
 
 良い買い物をしたと思っているし、いまも思っている。自然、愛着も沸くというものだった。余分な金をかけて全てのガラス窓を防弾仕様にしたことは後悔していない。それだけの価値があるというものだ。戦場では何が起こるか分からない、備えあれば憂いなしだ。
 
 今いる場所はレベナ平野、古来より通商路として栄えた街道路。戦時下の今でこそ閑散とした風情だが最盛期には、旅人や商人の往来も激しかったのだ。
 
 戦闘区域を避けて通る道の先には、小さな都市がある、街の中心部にある長大な時計塔で有名な都市クロックタウン。
 
 大河レオン川の中州に位置するこの街は、元々は時計職人が始めた小さな工房があり、≪企業≫の融資を受け、そこから段々と市場規模を大きくしていき、世界有数の時計職人の街として君臨していた。それはいまや過去の話である。
 私の懐に納まっている銀細工の懐中時計もこの都市で作られたモノのひとつ。正確さと頑丈さを両立した一品。一種のブランド。
 
 時間を計る機械を生み出してきた、今はもう時間の止まった都市。
 
 派手ではないが、さほど地味でもない都市へ通じる城門を前にした。誰もいないので、出迎える門兵も監督者もおらず、勝手知ったる、趣で、ベルモットは城門を開ける準備に取り掛かった。
 巨大な正面入り口の脇に付けられた、誰もいない通用門をこじ開け、門を操作する開閉装置にいじくり回し、多少の試行錯誤の後に、巨大な門が左右に開かれてゆく。長らく使われていないのであろう、機構が錆び付き、はた迷惑な騒音を響かせた
 
 異音と、同時に幼い少女が目を覚ます、小さな欠伸を手で隠しながら、外を眺めた。
 完全に登り切っていない太陽の中途半端な朝日が差し込んだ、空模様のよろしくなく、まばらに散らばる雲が朝日を遮っている、全体的にどんよりとした空模様、雨が降るか、降らないか、不確かで、どっちにしろ不安定だ。
  
 寂れてはいるが、荒らされた様子もなく、シャッターが閉められた職人街を見回す。どれもが時計細工の店で、精密な部品を扱う職人達の店であった。以前は人で賑わっていたであろう街中は、沈黙で満ち溢れていた。
 
 誰もいないことは、初めから知っている。だからという訳ではないが、街中は、当然のように空いていて、二車線の道路とそばに立つ街灯の群れ。誰のためにでもなく、律義に点灯している様は、思いのほか無駄であるように思える。都市制御機構はまだ生きているのだろう、ただ誰の為でもなく、住人がいなくなった後も稼働し続ける、街。
 閑散とした空気、誰もいない事の証明。静けさと、空虚さだけがこの街の主となり、街全体を支配していた
 
 だからという訳でもないが、そんな時間の止まった世界に足を踏み入れたのは、単なる偶然だろうか。なにもかもが無変化、進化の止まった袋小路。戦争の蔓延る世界の中だけで、ここだけが唯一のオアシスかのように思える。住む場所には事欠かないし、保存食も探せばあるだろう。
 どんな場所でも、人間が生きていれば、澱みができる。人間が生み出す闘争の爪痕は場所を問わず残り続けるものなのだ。
 
 が、此処にはそれ等が無い、澱みのない世界。真に美しい世界があるとすれば人間の居なくなった世界なのだろう。
 
 だけども、一人で住むには広すぎる。引っ越すには向かないだろうと、諦める。
 
 車を市外から市内へと、車を走らせる。
 市街地への道はどれもかれもが、閑散としていて、この世の終わりのような静けさ。魔導エンジン音だけが耳へと響く。
 
 別段やることもなく車を走らせる。
 
 ただなんとなく、時計塔を見た。この街のシンボルでもある巨大な時計塔をさぞかし眺めも良いのだろうと推測する、上空から見れば円形上の街の中心に位置する。ちょうど時計塔は零時を指している
 街のどこからでも見えるその時計塔は、狙撃にはうってつけだった。
 
 赤毛の狙撃手ユージーン・オルコットは、安全装置を外し、遊底を操作して薬室へと弾丸を込めた。
 
 使用する弾頭は二級の炎熱式魔導弾、通常の窓ガラスを打ち破り、人間ひとりを撃ち殺すには過ぎた弾丸だ。少々威力過大だが、念には念をいれて、このような弾丸を選択した次第だった。一発あたりの弾単価が高価なのがネックだったが、懐を痛めるにはおよばない、これは支給品だからだ、雇い主から数発支給された、切り札。
 
 この一発で仕留めてみせる。

 一度、深く呼吸、深く、たっぷりと。全身へと酸素を供給する。
 
 肩を上下させたり、胸を膨らませてはいけない、たとえ僅かな動きであっても上半身に加えれれた力は、銃床を密着させた肩から小銃全体へと伝わって安定した射撃体勢を台無しにしてしまうからだ。
 
 全身は微動にもさせずに、呼気はゆっくりと、吸気は短く――。
 
 頃合いをみて、息を止める。
 
 全身の筋肉が適度に弛緩し、身体と銃器の両方に安定した理想的な状態が実現する。
 
 ゆっくりと息を吐き、短く吸い、息を吐いて短く吸い、息を吐いて止める。
 
 可能な限り静かに、無駄な動作なく、緩やかにレティクルの中心に標的を合わせる。
 
 片方は目標となる貴族の子供、標的となるのは運転手の手練れの銃兵だ。宣戦布告もなく、逃げ場のない車内という、動く棺桶。そこが彼女の死に場所だった。だが決して彼の行為は卑怯ではない、それは戦場の常であるから。
 
 標的と目が合う、おそらくは偶然に。まだ、気付かれてはいないはず。そっと、絞り込むようにして、引き金を引いた。
 
 鈍く、光る、点滅。発砲炎。
 
 湿りを帯びた大気を切り裂いて、飛来したのは、亞音速を超える9.7gの弾頭。同時に、機械化された眼球は立体視と動体視力に優れ、その弾道が自分を狙ったものだと、感覚した。思考してはいない。条件反射に近いものだ。
 
 弾道を見切ったベルモットはハンドルを切った。直後、フロントガラスに蜘蛛の巣状の白い花が咲いた。
 7.62×54mmR魔導炎弾の運動エネルギーと熱量を完全に吸収したのは、ガラスに含まれた複層マイクロ・コーティング。透明で薄く何層にもわたって張り巡らされた積層フィルムは対衝撃性に優れ、熱に強い。余分な出費が功を奏した。
 
 沈黙の世界を切り裂く、銃の残響音。
 
 遅れて付いてくる、思考。狙われている。スナイパーだ。
 
 一瞬遅れの判断で、アクセルを踏み込み加速。市街地を走り抜け、手頃な建物の陰に隠れるべく、急停止。時計塔から見えない場所へと隠れる。
 時計塔から死角となりえる、レミテ時計工房の看板が掲げられた店舗の陰へと車体を隠す。
 
 「……ったく今日は厄日だな、余計な出費を…」
 
 防弾ガラスとて安価ではない、交換する必要があった。愚痴りつつも、思考は冴え渡っている、初撃を外した狙撃手のその後の行動は、どう行動するのだろうか? 
 
 選択は二つある、反撃を恐れ移動するか、問題ないとして陣取るか。初撃を外した以上、こちらが警戒するのは当然のものとして、あちらは行動してくる。
 
 そして、私が狙撃手なら、間違いなくあの時計塔に、陣取る。この状況では狙撃のロケーションとして抜群の場所だ。街全体を見渡すことのできる高台、反撃を許さない長距離射撃。時計塔から移動する車体への狙撃、腕前は相当なものだろう、無駄のない、合理的な手法。十中八九、罠。待ち伏せされたか。
 
 辻強盗にしちゃ洗練された狙撃、私と同業の傭兵だろうと推察する。おそらくは嬢ちゃん狙いの一党だろう。狙撃手単体で行動しているのだろうか、近くには観測手が潜んでいるはずだ。正確な狙撃を行うには優秀な観測手が必要だ。
 
 もし単騎で行動しているのなら余程、腕前に自信があるのだろう、窓ガラスの惨状からみるに炎熱式の魔導弾と断定。確実に殺す気でいやがる。
 
 初撃で私を狙ったのは、戦闘能力の一番高い者を狙ったとみて間違いない、嬢ちゃんは確実に足手まといで、もしかしたらもう契約についての情報も洩れているのかもしれない。
 たぶん、その可能性が一番高いだろうと、溜息を吐く、無線通信は便利な反面、こういった情報漏洩の確度が上昇してしまう。おそらくは『赤い爪』アルムスの任務失敗を予測し、予防線を張っていたのであろう。用意周到なことだ。
 
 追撃者があとどれほど残っているかは知らないが、中立地帯である管理局まで逃げおおせれば一息は付けるだろう。
 
 だが、狙撃に対処したのはこれが始めてではない、それなりに場数は踏んでいる。返り討ちにしたのは二度や三度ではすまない、相手がどれだけ凄腕の狙撃手だろうと必ずセオリーがある、それは幾度も経験している。
 
 シリンダーに弾丸が収まっていることを確認し、助手席に向けて一言。
 
 「狙撃野郎を始末してくる、安全を確保するまで車からでるな」警告と忠告。いまやここも『戦場』だ。
 
 「分かったわ」と、少女の素直な返答。物わかりの良い雇い主で助かる。
 
 車のドアを開き、ゆるりと出る、石畳を踏みしめる軽快な靴音だけが明瞭に響いた。所詮、平和とい言うものは、弱者の戯言に過ぎないのであろう。
 
 命と命が、生死を賭けて、ぶつかり合う、勝負の場。幾たびの決闘を経験してきた身としては、良く馴染んだ感覚。
 
 ひりつくような戦場の香り。硝煙と火薬に塗れた日常。  
 
 車の背後に回り込み、後部ドアを開く、そこには満載された武器の数々があった、小銃から爆弾まで武器と名の付くものならば、大抵のものがここに揃っている。武器の見本市であり、私のコレクション達。 
 
 勝負は武器の多寡では決まらない、扱う者によって弱くも強くにも成りうるからだ。しかるに最強の武器は存在しない。そして弱い武器もまた存在しない。扱う者によって弱くも強くにも成りうるからだ。
 
 人間は弱い。だから、何かしらの武器を持つ、それは鍛え上げた肉体であったり、人を出し抜く知恵であったり、何もかもを吹き飛ばす爆弾であったり、何かしらの武器を持つ。
 
 だから、人間は強い。様々な種類の『力』を駆使し、生き延びる。
 
 最強の矛であり、最強の盾である。身を守るためにそれを装備し、鍛錬し、研磨する。そこに矛盾は存在しない。
 
 武器とは単体では役に立たない、装備しただけでは、なんの役にも立たない、扱うには意思が必要だ。魂が必要だ。
 
 数々の武器の中から、最適な一品を手に取る、目には目を。歯には歯を、狙撃には、狙撃だ。
 
 ボルトアクション式小銃、口径7.92×57㎜弾を使用。最大射程500mを誇る。銃床にはクルミ材と樫の木の合板を使用、衝撃を吸収しやすいようゴム製のストックパッドも装備し、スコープは必要ない、そこは自前の眼でなんとかなる。
 
 安全装置を解除し、滑らかにボルトを操作、オープンボルト。そこへクリップで止められた五発の銃弾が装填された。高価な魔弾ではなく、軍用の単なる徹甲弾。それでも対人用としては十分な殺傷力を有している。
 
 魔弾は高価な上、入手し辛く、貴重だ。魔導師の伝手がなければ手に入る事も稀だ、それでも強力な魔法を扱えるという点でいまだに需要が高い。とくに暗殺のような使用法が一般的だ。
 
 弾頭には魔術と相性の良い金属、高価な金属、銀、白金、ミスリル銀が用いられた。魔導師が直接手で触れ、魔法を封入し、攻撃魔法が一般的だが、回復や補助魔法も、作られる、これには弾頭成形の時間が掛かり、コストが掛かる。
 
 魔法が封入された魔弾を用いる場合は、魔法の素質のがなくてもいいのが利点だ。火薬と雷管、そして銃身に刻まれた特殊なライフリングが簡易的な魔術詠唱の代わりを務める。これは最近になって開発された技術だ、魔法適正がなくとも、一定した魔法を扱える、簡易的な術師を増やそうというアイディアから始まり、一般人が魔術を扱えるという点で、中々の成果を収めた。
 だが魔弾は大量生産には不向きだった。一種の工芸品や家内制手工業の域を出ず、軍全体へ配備するには絶対的に数が足らなかったのだ。ゆえに運用できるのは、資金に事欠かない国家か、魔弾を製造できる魔術師か、金に余裕のある傭兵かに分かれた。魔弾を運用することに特化した特殊部隊も作られたという噂も耳にする、所詮は噂、真偽のほどは定かではない。
 
 敵方の狙撃手はその伝手があるか、自身が魔導師なのであろう。一流の狙撃手であるとともに、それなりの魔法の素養を持ち合わせているとなれば、これは強敵となりうる。
 
 この闘いは長期戦になる事を覚悟しなければならない。狙撃戦は神経戦、機先の読み合いになることが戦いの九割を占めるからだ。
 
 地の利は敵側にあるとみて間違いない、銃使いには不慣れな市街戦、障害物に事欠かない複雑な裏路地や店舗。おそらくはそれを見越しての待ち伏せなのかもしれない。だが、私は負ける気など微塵もない、売られた勝負はきっちり買う主義だ。
 
 誰を相手に、勝負を挑んだのか、後悔させてやる。
 
 薬室へ弾丸を押し込み、戦闘準備が整った。
 
 ■.
 
 
 ≪防弾仕様とはな、用心深いヤツだ≫
 
 ≪初撃で殺せるほど甘い相手ではなくってよ、兄様≫
 
 ≪誘い出しはまかせたぞ、リリー≫
 
 ≪任されたわ、兄様。期待にお応えするわ≫
 
 
 ■.
 
 
 狙撃戦は長期戦になることが、多々ある。そして、決着は一瞬で付く場合が殆どだ。
 
 どちらが先に敵の居場所を特定し、先手を打てるかが勝負の決め手になる。その点、私には機械化された両目というアドバンテージがあった。
 暗視機能と望遠機能、そして弾道すら見切れる動体視力を持ち、瞬きの必要すらない。熱赤外線機能を使えば物陰に隠れていようともすぐさまに発見できる、
 
 街の中心に陣取る時計塔の頂上に確認できたのは、一人。おぼろげな輪郭から判断するとおそらく男性。魔弾を使い私の車を損壊させたのはこいつで間違いないだろう。街中の街路をぬうように歩を進める、射程は近ければ近い程有利となるからだ。
 
 かつ、かつ、と古びた街路に靴音が反響する。だんだんと時計塔へと近づいていく。
 
 薬室ににはすでに弾丸は装填済み、あとは狙撃手が隙をみせるのを待つだけ、忍耐と慎重さが勝利への道だ。
 
 が。
 
 銃声。突如として、死角からの銃撃。対応が間に合わない。
 
 飛来した弾丸は吸い込まれるように、彼女の肉体を打った。衝撃で身体が吹き飛ぶ。
 
 「……いっ痛ッ」
 
 企業製の高機能防弾コートだろうと貫通していないとはいえ、鉄球で殴られるようなものだ。衝撃自体は吸収できない。慣性に任せるままに鍵のかかっていない食料品店に逃げ込む。壁際を背に、守りを反射的に固める。
 
 荒く、荒く、息を吐く。脇腹に走る鈍痛。肺が圧迫されて呼吸が辛い、久方ぶりに食らった銃撃は身に染みた。
 
 だが、何故だ。私の眼で周辺を確認した限りでは敵は、一人のはず。隠れる場所なんてないはずだ。
 
 そう、前提が間違っている。
 
 時計塔とは、別方向からの狙撃。これから得られる答えは。
 
 狙撃手は二人いる。
 
 ■.
 
 半自動狙撃銃『D』を構えつつ、リリー・オルコットは不満を漏らした。車に続き、纏っているコート自体にも防弾処置が施されているとは、ほとほと用意周到な御仁なようだ。
 
 商業用ビルの屋上から覗き見た、傭兵は隙だらけそのものだった。敵は一人だという思い込みを逆手に取る作戦は思いのほか上手くいった。
 
 作戦の概要は単純、時計塔からの銃撃で目を引きつけ、傭兵は時計塔からの射線をさけて時計塔へと近づくだろうという予測は見事に当たった。
 
 そして傭兵が重度の身体改造者だということも事前に知ることができたのは幸いだった。
 
 抜き打ちに特化した高性能腕部と、熱探査機能を保有した強化義眼だということも事前に把握できた。
 
 傭兵の不意を付けたのはそれだけではない、環境追従迷彩服『神隠しMK‐Ⅱ』
 
 周囲の環境に適応しながら表皮を変色させる魔物、ニシエボシカメレオンの体皮を使用、その皮膚の色を素早く自在に変化させ、環境に対しカモフラージュする、微弱な電気信号により皮膚の色と偏光を変化させることができる。
 
 企業と連邦の共同制作らしい、これはその試作品だ。だが、なお十分過ぎるほどの性能を持っている。軍用品から払い下げられた一品を買い上げたのには一財産をつぎ込んだものだ。
 
 熱対策も施されており、熱探査網に引っかかる事もない。文字通り奴の目を欺く事ができたのだ。視覚に依存し過ぎたのがあなたの敗因よ。
 
 ■.
 
 ≪気付かれたかしら?≫
 
 ≪だろうな、警戒しろ、手負いの獣は狂暴だ≫
 
 ≪そうね狙うのは、頭ね。コートは防弾、弾の無駄≫
 
 ≪次こそは仕留めるぞ≫
 
 ≪ええ、行くわ≫
 
 ■.
 
 リリー・オルコットは下級ではあるが魔導師である。固有魔術として強化魔法が扱え、その能力は肉体の一部を強化するというものだ。
 
 主に脚力を強化することで、ビルからビルへと驚異的な跳躍を成すことが可能とする。市街地における遊撃手として、これほど適した能力はないだろう、と自負している。透過コートを身に纏い、三次元的に活動する彼女を捉えることは不可能と言っていい。
 
 狙撃にとって最適なポジション撮り、最適な俯角をとれる。が、しかし。標的は建物内に立て籠もっているようだ。長い膠着状態が続くだろうといういう予想。
 
 ≪兄様、燃焼系の魔弾を使うわ、炙り出してあげる≫
 
 ≪了解した≫
 
 弾倉を狙撃銃から外し、一発だけ装填する、弾頭は銀で出来ており、燃焼の魔法が封入されている。延焼効果を増幅させた魔法弾で、熱によるダメージのほか、急激な酸素消費で酸欠による窒息死が期待できる。
 
 「悪いけれども、これも戦争なのよね」
 
 油断すればこちらがやられる、油断はない。魔弾は高価だが、この状況では有効と言えるだろう。
 
 狙い澄まし、人差し指が引き金を絞り切る直前。
 
 標的のいる建物が突如として爆発。業火があたり一面にまき散らされる。出鱈目な火力によって家屋が崩壊する
 
 撒きあがる噴煙でスコープの中の視界が遮られる。
 
 自爆?
 
 そんな殊勝な輩ではないはず。なにか理由が――――そうか。
 
 ■.
 
 火元は店内に備え付けられたプロパンガスボンベと、店内を物色中に見つけた小麦粉の束。最初に小麦粉を辺り一面にぶちまけ拡散させる。もうもうとする店内。
 
 そして、ボンベを銃撃し爆破。そして小麦粉は粉塵爆発を引き起こす。容赦ない火災は店内もろとも舐め尽くすように、広がっていく。爆発は囮。この火災と煙に乗じて、態勢を立て直す。
 
 裏口から脱出しつつ、裏路地を駆ける。見えない狙撃手、と。時計塔の狙撃手のコンビ。二人の狙撃手がこの街にいる。
 
 完全に罠に嵌ってしまった。が、これも戦場。いつもの事。巻き返しはこれからだ。腹部の痛みも徐々に抜けてきた。これなならば戦闘に支障はない。
 
 ぽつり、ぽつり、と。まばらに雨が降り始めてきた。これが不利となるか、有利となるかは、私には分からなかった。
 
 
 


前を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024700880050659