翌日。
私は、ジークロイドにお茶に呼ばれた。
なんだろう、かしこまって。とりあえず行ってみる。
「リリアフレイヤ様。話はすみました。婚約の話は、リリアフレイヤ様の好きにすると言いそうです。ただし、今、よからぬ輩がバリークラルフ殿下の妻の座を狙っているとか。その策謀を打ち払った後の破棄となります」
「嬉しい。でも、良いのかしら? 政略結婚のはずでは」
「そこは、手柄を貰います。貴方が殿下のために危険を冒したという筋書きです。それに、いざとなれば、俺がこの国の貴族令嬢と結婚します。一応、俺も遠い血筋ですが、皇室の血が入っていますし、幸い、早くも良いお話をいただいております」
「へ?」
ジークロイドは、キリッとした顔で言った。
「私と違って王子との婚約を破棄した貴方に、もはや婚約話は出ないでしょう。夢見た騎士になれますよ。冒険者でもいい。ただし、もう国のバックアップは得られません。傷の回復も十分に出来ませんし、騎士となれば規律に従い、厳しく訓練し、冒険者となれば身を守る事も自分でしなくてはならず、何をやらかしても国は関知しません。それでも、政略結婚、いえ、誰も娶ると声を上げなかったあなた様を望んでくださった殿下を拒むとは、夢を追い続けるとは、ドラゴンのために死ぬとは、そういうことです。……覚悟は、お済みですね?」
全くもって、覚悟など済んでいなかった。正直に言おう。
婚約が破棄になれば、ジークロイドと結ばれると思っていた。
「ええと、準備、そう、準備の時間はもらえるのよね? 調査の時間も!」
なんとかそう言うと、ジークロイドは頷いた。
「殿下が敵を処分されるまでの時間が準備期間です」
「Oh……」
「このために、命をかけて直談判してきました。殿下は、器の大きく心優しい方です。婚約を決めるやりとりの中で、リリアフレイヤ様の武芸を頼りがいがある、ドラゴンを追う事をロマン溢れる夢だと思う、ドラゴンと仲良くなれればもっと良い、などと仰るお方。それが苦しい褒め言葉ではなく、本心から姫を褒めていたと確信いたしました。本当に、残念ですが……」
それもまた、聞いていない。私はドラゴンの鱗をきゅっと握った。
「姫様、かくなる上は邪なる輩をさくっと倒して、自由を得ましょう!」
ええと、それは追放の書類にサインをすることと同義よね? お城から出されるの!?
ど、どうしてこうなった!
「姫様、手柄を得るためにも、仲良くなる振りくらいはしていただきますよ!」
「わ、わかったわ!」
わかったって言うしかないじゃない。ないじゃない!
「ひとまず、今日の午後に顔合わせをします。きれいな格好をしてきてくださいね。呪われた者になんか会いたくないなんて言ったら僭越ながら、ぶん殴りますよ!」
「わ、わかったわよ」
とにかく、ドレスを見繕わなきゃ。
そうして、私とバリ―クラルフ殿下は顔合わせをすることになった。
待ち合わせの場所で待っていると、人々のざわめきが聞こえる。
顔を上げると、びっくりするほどのイケメンがいた。
ジークロイドもそれはそれはイケメンだ。顔の造形では負けてはいない。
でも、眼。眼は、私が今まで見たどの眼よりも、いや、そもそも比較にならないくらい、何故だか惹かれてしまう眼をしていた。なんて美しい、深い黒の瞳なのだろう。
黒髪なのにウルウルと輝いていて、まさしく夜を統べる王子様と言ったところだった。
「リリアフレイヤ姫……。庭園を案内させていただいても?」
「……っ お願いします」
ああ、駄目だ。腰砕け。立て! 立つのよ、フレイヤ! これは呪われてるわ。呪いでなければあり得ない、とにかく人知を超えた美しい声だ。なんでこんな方がぼろくそ言われるんだ。イケメン王子と知っていれば……いや、それならそもそも私の所まで話が来ない。事故物件と思われていたから私の所に来たのだ。優良物件ならかっさらわれているに違いない。
話を聞いてみると、バリークラルフもドラゴンが好きらしく、仲良くなるのが目的だったら探すの手伝ってあげられたのだけれどね、などと言われた。それに、剣の腕を尊敬してくれるのは、バリークラルフが初めてだった。ジークロイドは認めてくれはしたが、憧れまでには行ってない。
ううん。私は、ジークロイドに振られたんだ。その上で、命をかけて庇われた。
でも、今更、婚約なしはなしに出来ませんか? なんていえない。
しかもしかも、花を昨晩みたいに摘もうとしたら、やんわり「花が可哀想ではないですか?」と止められた。男に優しさで負けるって何よ……。
ああ、逃した魚はでかい……。
何より、私。
かっこわる。
とにかく、私に出来ることは、セルフ自業自得自爆追放後の準備をすることと、バリークラルフ殿下の為に悪い奴をあぶり出すこと。
ここまでかっこ悪いんだから、せめて、水面下でもがく白鳥のように、バリークラルフ殿下には格好良い所を見せて去ろう。
そう一人決意していると、庭園の花の棘に髪を絡ませて難儀している、美しい娘がいた。
黄金の髪、嫋やかな手、ほっそりとした体、お姫様! といった容貌の美しい侍女である。
「参ったな……。ここは私の庭園で、勝手に入ると罪となるのだが。許してあげたいが、それをすると誰もが入ってくるようになる。この庭園は、とても大切な物なんだ」
私は胸を押さえた。
「も、申し訳ありません! どうか、お慈悲を……知らなかったのです」
鈴なるような声。侍女が悲壮な顔をする。その顔は、哀れを誘った。
しばし、殿下は考えていた。
そして、頷く。
「姫の前で、野蛮なことはよそう。ただし、許すのはこれきりだ。君の名は?」
「リリーエンデでございます、殿下」
「リリーエンデ。知らない名前だな」
「は、はい。ワルア・クヤーク男爵の落とし胤で、最近引き取られました……」
「わかった。行って良い」
「しかし、髪が……」
「庭園は、君に出て行けと言っているようだ。髪を振りほどいてしまったよ」
その言葉に、いつの間にかあんなに絡まっていた髪がするりと解けていることに気づく。
「呪われた庭園の、妖精のいたずら……」
ぽかんとして、呟くリリーエンデ。はっとして、頭を下げて去って行った。
「随分と舐められた物だね。あれが私への刺客らしい」
「し、刺客!?」
「そうだ。だが、あの蒼白な顔は本物だった。脅されているのだとしたら、なんとか助けてやりたい……。利用されているだけなのかも知れないからね。すぐに彼女を調べなくては。今日はここまでとしよう」
「はい、殿下。あの……本当に刺客、なのですか?」
「ここは、美しいが勝手に入ると不思議な不幸が侵入者に起こる、呪われた庭園なんだ。いくら新入りといえど、間違えて入ることはあり得ない。クヤーク男爵は良くない噂があってね。間違いないだろう。姫からすると不思議だろうが、刺客が皆、戦闘訓練を受けているわけではないのだ。その上、彼女は色香担当だからね」
「な、なるほど」
「淑女にこんなことをさせるのは申し訳ないが、彼女との恋のさや当てをお願いしたい。相手に乗った振りをして、時間を稼ぎたい」
「お任せください!」
どんと胸を叩く。
ついでに、うまく出来たら成功報酬をねだろう。当座の資金とか。
私に出来ることは、それしかない。
それと、町に降りて情報収集ついでに冒険者と騎士の生活について情報を集めますかね。
なにせ、ジークロイドの話だと、生活費の援助とか、どうも怪しい。
身一つで追放されそう、マジで。
私にも、皇女としてのプライドがある。
格好悪い皇女として退場しない為にも、せめて最後ぐらいは見栄を張りたい。
格好良い引退の為にも、頑張ってお金を稼ぐのだ。