2019/02/21
02:11
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「昨日から生徒会長が艦を離れているけど、生徒はいつも通りの生活を送るようにして下さい。
また、こういった混乱に乗じたのか不審者の情報もあるので早めの帰宅をして戸締りをしっかりとして下さい。
校則は守る為にあるのよ」
風紀委員長の声が校内に響く。
廃艦の噂で浮足立つ生徒は少なくない。
その不安を和らげるために、正式に決まったわけではなく噂であり、明日から学園艦が無くなるわけではないことを何度も念を押して説明している。
麗子は修理が終わったⅣ号戦車の輪転のメンテナンスをしながらまだ誰も居ない格納庫で一人聴いていた。
修理費がかなりかかってしまったものの、売らずにまたは売れ残った分に関しては動かせる状態になった。
(Ⅳ号戦車に関しては麗子が乗っていた一輌だけ残していたが、破損状況が悪くて売れなかった側面もある)
しかし廃艦になれば、この残った戦車達はどうなってしまうのか。
目に見えない潮の流れに走錨している、そういう陰鬱とした空気が日常生活を送る中で感じられていて、戦車部の皆も練習に力が入らないようだった。
せっかく正式に戦車道として復活するのは来年度からのはずだったのに、先行き不明で部員達も不安がっている。
「知ってる?
不審者って、夜に出歩く女子高生にいきなりパンチパーマにならないか?って迫ってくる成人男性らしいわ」
Ⅳ号戦車の側面のハッチを開けた白洲が顔を出して麗子に話しかけた。
「居ると思った」
口元をひくつかせて笑いながらメンテナンス項目に沿ってチェックを進める。
「大人も不安なんでしょ。
学園艦が無くなるなんて想像ができないもの」
「……落ち着いているわね」
「そう?
私達が出来ることは限られているし、いざという時のために準備しているだけよ」
淡々とした口調で答える姿は、白洲には不思議なほど自然体に見える。
それが彼女に一抹の不安を抱(いだ)かせた。
目の前にいる少女が女性に感じられたからだ。
ずっと傍に居たはずなのに、初めて気付いた。
「今日の練習は砲弾の装填訓練のみだったわね?」
麗子が問いかけてきていることに気付き白洲は我に返る。
「発砲するにも弾薬費も燃料費も節約が必要だからしかたないわ」
戦車部の限られた予算を大切に使わなくてはならない。
だからこそなるべく節約した訓練を中心にせざるを得なかった。
麗子が目を輝かせて「そういえば」とほほ笑んで言った。
「白洲、装填訓練苦手だったよね」
「あの時は砲弾が重くて持ち上げるのも大変だったのよ……」
まだ軍神が居た頃に基礎練習として、砲弾を戦車に積み込むとこから砲撃前までの流れを一通り行った。
特に走行中に装填するのは難しいもので、白洲は「もたついている間に撃破されるぞ」と先輩に指摘された。
それを思い出したのだろう。
「そう言う麗子は、低血圧だからとか言って逃げたじゃないの」
「一回だけよ!
あんな重いの体格差があり過ぎるわ」
二人が2年前の懐かしい日々を思い出しては話に花を咲かせていると、突然サイレンが鳴り響き、広報担当の声で非情呼集がかけられた。
「戦車部、至急格納庫へ集まるように」
繰り返し早口でそう言われ、当の麗子と白洲は顔を見合わせて首を傾げる。
「まさか試合かしら?」
戦車部に何か起きる予感がして期待と不安が入り混じった顔の麗子。
対して白洲は変化のない表情のまま肯定も否定も出来ず曖昧な返事しかできなかった。
・・・
「凄い報道陣の数ですね……。
それだけ日本戦車道連盟に、いえ、貴方の手腕に注目が集まっているのでしょう」
「君達には迷惑をかけてしまったことをすまないと思っているよ。
かく言う私も担ぎ上げられた口でね」
大洗の生徒会長は報道のカメラが向けられる中を、確かな足取りで旧高校戦車道連盟の本部へと乗り込んだ。
廃艦されるかもしれない学園艦の生徒会長。
ネタにしようとしたカメラマンやリポーターが左右に分かれ、さながら人のアーチをくぐるかのように低い身長と長い二つに分けて束ねた髪の少女が無言で施設内へと入った。
そして案内されたのは小さな談話室だった。
学園でも良く見かける折りたためる長い机とパイプ椅子、出されたお茶は淹れたててで熱い。
窓は薄いカーテンで閉め切られて室内は薄暗い。
そこにやって来たのは児玉と名乗る男性職員だった。
「まさか時の人と会えるなんて思ってもみなかったので幸運でした。
何せ今回の騒動で連盟の不正を正すという大役を任されるほどの方が、突然押しかけた私に対応をして下さるなんて、いやあ運命ですねぇ」
はにかむ少女を前に、児玉がしきりに扇子を動かす。
ハンカチで額の汗を拭ってから自分の分のお茶を飲もうとしたが、熱くて持てなかった。
「新態勢、新しい組織、物は言いようとは良く言ったものです。
今はまだ高校戦車道連盟の店じまいを行っている最中ですよ。
ご用件は、といっても廃艦に関わる話でしょうな」
日本戦車道連盟が誕生するのは来年度。
それまでの間に児玉は自分に与えられた仕事をこなすのに日々を忙殺されていた。
世間からは連盟の救世主だとかナイトなどと持ち上げられて、上司だった者やいけ好かない奴の問題点を洗い出して退職を促す。
憎まれ役。
それが組織を裏切って密告をした児玉へと与えられたものだった。
そして現れた一人の少女。
彼女はどこまで知っているのだろうか?
児玉は気が気でなく自ら対応をすることにした。
「実は聖グロで近々試合があると思うのですが、ご存知ありませんか?」
「はて?
知っての通り、この体たらくですよ。
公式な試合は延期されています」
高校名を聞いて鼓動が高鳴る。
廃止派関係者には聖グロ出身者がいると聞いているから。
「変ですね、ダージリンからこのような電報を受け取りまして」
そう言って胸ポケットから折り畳まれた紙を広げて児玉に渡した。
そこにはダージリンがお茶会を大洗で開きたいから、いらない戦車を一輌のみ準備をするようにと書かれていた。
その下にお茶会の来賓と出される紅茶名がある。
「これは!?」
読み進めていた児玉の視線が釘付けになった。
学園艦廃止派へ情報を提供した人物として児玉の名前が書かれている一文に。
思わず反対の手に持っていた扇子を落としてしまうが、そのこと自体気付かない。
「もちろん騎士様も、このお茶会に出席するのですよね?」
大洗の生徒会長が呟いた。
「いやあ、聖グロリアーナ女学園って怖いですねぇ」
「何を始める気なんだね……?」
恐る恐る尋ねると、少女が目を細めて笑った。
「大洗学園艦を試合会場にします」
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次回更新日
02/23(土)予定