私はかつてのアイザック大佐の弟子、アルフォールという人物が入院しているという部屋まで足を運んだ。
ノックをするが、中からは反応がない。
一声掛けて恐る恐る扉を開けると、そこにはベッドに横たわる美しい金色の髪をした青年が横たわっていた。
傍まで近づくが、ピタリとも動く気配がない。まるで死んでいるかのように静かだが、彼の生命反応を示す電子機器の表示系は彼がまだ生きていることを証明している。
「セドリック殿はいないのですか」
病室を見渡しても彼の気配はない、聞いた話では彼が介護をしていると聞いたが。
肝心のアルフォールとは話せそうにないので、出直そうと部屋から出ようとすると外から扉がゆっくり開かれる。
その扉から入ってきたのはアルフォールとは対照的な見た目をした黒髪の男性だった。その男は私の存在に気づくと、入った手前で立ち止まった。
「―――ん?、その独特な礼服はレイロード......?あなたは、これはダグネス・ザラ様。なぜ閣下がこのようなところに?」
そういうと、至って落ち着いてた身のこなしで彼はアルフォールの傍に行き、置かれていた五色の花が入った花瓶の手入れをし始めた
「突然押しかけて申し訳ありません、少しアルフォール殿かセドリック殿にあるお話を聞かせて頂きたく参りました。貴殿は、セドリック殿でよろしいですか?」
黒髪の男は花瓶をもとの位置に戻すと、近くに置かれていた椅子に座り込む。
「はい、そうです」
セドリックは短く返事を返した。
「セドリック殿、貴方は先日の件でアイザック大佐と対峙していましたよね?それは元々彼を追っていたのですか?」
「いや、そうじゃないです。俺たちは元々空中強襲揚陸艦の非常勤の艦長補佐で、都市圏巡回中にアンビュランス要塞からある通信が入ってきたんっすよ。それが移送中の重要人物、通称『印』が強奪されたという連絡で、近くに居た俺たちが即応で対応しにいったら、たまたまそこにアイザック大佐が何故か奴を庇っていたというわけです。なんでそんな事をあの人がしてたのかまでは俺らにも分からんすよ」
セドリックはまるで何度も同じことを説明してきたかのように、流暢に当時の状況を語ってくれた。
「なるほど、状況はよく分かりました。それを踏まえて少し気になってることが」
「なんです?」
私は度々、特異点を聞くたび呼び名が所々で異なっている事を気になっていた。
「なぜ、その例特異点やらは印やらと呼び名が異なっているのですか?」
「あぁ、それは彼を探している勢力がそれぞれに別の呼称を用いているってだけですよ。例えば『印』なら、いわゆる卿国の傀儡組織って言われてるエターブの連中がそう呼んでますし、特異点なら主に我々が使っていますしね。まぁ連絡を受けた時は要塞の連中は『印』と呼んでましたけどね、恐らくはエターブ経由の仕入情報だったって事なのでしょうけど」
『エターブ』。最近世間を騒がせていた過激組織だ、たしか帝国に潜むかの卿国の傀儡組織だとか噂程度のそんな話は以前から聞いていたけど、もしそれが本当ならこの案件は卿国絡みの話でもあるということになる。
「傀儡組織の噂、それが本当なら特異点は世界中から追われる身の人物だって事になりますね。世界勢力が必死に特異点を追い求めてるなんて、何者なんですかね特異点というのは......」
「さぁ、俺も分かりませんよそんなこと......」
セドリックは心底興味なさそうに受け答えると、涼しげな眼差しで横たわるアルフォールに目線を向ける。
「そういえば、彼。アルフォール殿は例の“禁忌術”を?」
セドリックは静かに頷く。
「神人へと至る道と言われ、憧れられてきたレナトゥスコード。あれを産みだした古代のレイシス達は何とも罪深い、あれができるのは現時点でも枢爵達くらいのものです」
アルフォールの体は、酷く焼けただれたような皮膚に纏う黒い流体の物質が揺らめいていて、近づくことすら躊躇する禍々しい装いをしている。
レナトゥスコードの達成者、すなわち神人化はこれが全身を纏り尽くすというのだから恐ろしい話である。
原則としてヘラクロリアム適合者であるディスパーダ達は、“古ければ古いほど”より強力な性質を示す事が分かっている。
しかしそんな中のオールド達でも神人化に至れるのは極わずか、それが枢爵達だ。
ハッキリ言って規格外の存在にしかお目のかからぬ領域なのだ。
「そんな事はアルにも分かってたことっすよ。目先の敵が今の自分では到底敵わないとかそんなことを思ったんでしょうねコイツは、普段からコイツは合理的に判断する奴だったけど、そんなコイツも先生の前では非力なんです......、ただ、それだけの事だったはずなのに」
セドリックは酷く落ち込むように顔を下に向ける、アルフォール殿と現場に一緒にいた彼もまた同じように、彼が言うようなことを反復するように思っていたことなのだろう。
これ以上彼達から聞けるようなことは余りなさそうだ。
「ふむ......いや、長居してすみませんでした、そろそろお暇とさせて頂きます。アルフォール殿が目覚めたら、挨拶を申し伝えておいてください。それでは......」
私は軽い会釈をした後、静かに病室から退室した。
「ふむ、彼らは旧師弟と言えど先の件では特に意図ある接触ではない、と」
アンビュランス要塞を後にした私は、後のベルゴリオとの待ち合わせ場所であるレイシス教会の公邸へと向かった。
公邸で無事ベルゴリオと合流すると、先に彼から口が開かれた。
「―――アイザック大佐についてなのですが、大佐は例の強奪事件以来消息を絶たれているようですね。指揮下にあった旅団は現在は運用を停止中、代替の者が来るまで待機しているようではあるのですが......不可解なことにこちらも例の時期と同時期に旅団も消息が絶たれているようです」
ベルゴリオから告げられた事実に、私は思わす驚愕する。
「なんだと......!?旅団規模の人員が姿を消したのか?少なくとも五千人はいるぞ......、一体どこに消えたんだ。外国にでも逃亡したのか?」
ベルゴリオは一息置くと、「それはありえないでしょう」と言って退けた。
「どうやって姿を眩ますにしても、国外にあの規模の人間が移動すれば入国管理局の包囲網にどうあがいても止まります。あまり現実的ではないのですが、恐らくは帝国内のどこかに潜んでいるのではないかと。しかしそんな施設をどうやって用意するのかって話でもありますが」
ベルゴリオから得られた情報を整理して見えてくることは、アイザック大佐は特異点をも利用し何かを企んでいるのだろうと言う事だ。
しかもそれは大佐個人だけでなく、旅団......いやそれ以上の規模で進行している。
「大佐は、この非常時にクーデターでも引き起こす気なのか?」
「まぁその気であるなら、むしろこのタイミングの方が都合がいいのかもれませんが......」
そもそも今回の共和国との開戦は、四大枢爵によって引き起こされたといっても過言でないものだった。
枢機士評議会が事前に開かれてたとは言え、反対する我々の意見を押しのけ、四大枢爵達のみで初期の軍事作戦は強行された。
当然帝国の大半の最高戦力を占有している彼らに敵うはずもなく。
彼らの言い分はただの一文、ただひたすらに“世界統一の為に”と。このままではいけないという思いは同じだが、しかし......。
「ベルゴリオ、彼らを見つけよう。彼らを見つけて、何を企んでいるのか私も聞きたい」
「それは本気ですかザラ様?その事が枢爵に知れればどうなるか分かりませぬぞ」
ベルゴリオは真摯な眼差しで私に強い目線を注いだ、しかしその目線からはどうにも反抗の意思がないように思えた。彼も心のそこからまるで、私の行いを肯定したいかのように。
「あぁ、やるぞ。だがベルゴリオ。お前や枢機士団にまで迷惑はかけたくない。もし、重大な決断が迫られるその時が来たら、どうか私は見捨ててほしい」
私のその言葉に、ベルゴリオは緩やかに微笑み返す。
「ふふふっ、それはありえないですよ。ダグネス・ザラ様」