ツァイトベルンの一件を経たレイロードのダグネス・ザラ。彼女は首都にあるレイシス教会の本拠地。
アンビュランス要塞へと帰還を果たしていた。
負傷した自分の部下であるファルファの元へと赴く最中、ある細い影の男が話を慌ただしい様子で掛けてくる。
「ザラ様!御身にお怪我はありませんでしたか!?」
騒々しい物言いで声を上げるこの人物は、私が側近に仕えさせる部下二人の内の一人、ベルゴリオだ。
見た目は細身だが、過去に何人のもイニシエーターを屠ってきた実力者の一人だ。そして同時に私を年齢と見た目の偏見で見ることのない数少ない理解者でもある。彼らに対しては、私は慣れない上官としての威厳を飾っている。
「あぁ、私は無事だが。それよりファルファが意識不明の重体だ」
ベルゴリオはそれを聞くと、あからさまな様相で怪訝な表情をする。
「チッ、あの役立たずが!ザラ様の護衛役でありながら何たる無様を......!やはり私もお供させていただければ良かったのですが......」
「よせ、ファルファは身を呈して私を不意打ちから防いでくれたんだ。十分以上の働きをしたし責められる言われもなかろう。余り言い過ぎるなよベルゴリオ」
ベルゴリオのファルファへの不甲斐なさを怒る様は見ていられないので、制することにした。私の言葉を聞いたベルゴリオはそれ以上彼に対して責める発言を自制するように静かになった。
「失礼致しましたザラ様......それで例の要請は、やはり罠だったと?」
ベルゴリオは改めて畏まる姿勢を取ると、私と共にファルファの元へと足を運ばせる。
「あぁ、完全にハメられた。あの書庫には最初一人の男が立っていたんだ、一見すると普通の一般人のように見えたが、ソレイスを持っていた。それでファルファは扉を開けた瞬間、私に目掛けて直進してきていた眩い光線が庇ったファルファに直撃したんだ」
ベルゴリオは考え込むような仕草で腕を組みローブを羽ばたかせながら顎を上げる。
「ふむ、それはおかしいですな。あの無......じゃなくてファルファには、中距離空間障壁があったはずです。それを一撃で貫いたというのですか?いくらソレイスと言えど、それほどの性能を持ち得たソレイスなど限りがあるでしょう。それに現在は戦時下です、そんな戦力を遊ばせている余裕など、我が軍はもちろんのこと、かの共和国軍にもありませんでしょう?」
ベルゴリオの疑問は最もだ、ただそんな状況すら納得のしうるモノを私は見てしまったわけだ。
「あぁ、だがあの場にはアイザック大佐も居た。あと奴の部下と思われる女性が一人。それであの男が持っていたソレイス、あれは完全にアイザック大佐の持っていたものと同一のものだ」
それはありえない、とベルゴリオは言って退けた。
「確かにそれなら破壊力の説明は付くでしょうが、そもそもの原則として、ソレイスは所有者以外の人間には扱えないはずです。ザラ様の扱ってらっしゃる人工ソレイスとは訳が違いますよ?」
「それはもちろん分かっている、だが私の目が確かならば。あれは二つあった......ことになるな、そう。まるで奴がソレイスを複製させたかのようだ......」
しばらく歩いたベルゴリオと私はファルファの病室にたどり着き、軽くノックをしてから扉を開け、中へと足を静かに運び入れる。
すると部屋に置かれていた堅そうなベッドにファルファは横たわっていた、私たちの存在に気づいたファルファはその場からすぐさまに上体を起こし、足をベッドから出して体を立たせようとしていた。
「よせファルファ、そこで寝ていてくれ」
「―――しっ、しかし......」
ファルファは申し訳なそうに酷く戸惑うが、再びベッドへと体を下ろした。
「申し開きもございませんぬザラ様、私が不甲斐ない余りに御身に怪我を負わすなど......」
ファルファが酷くうなだれる様子を見たベルゴリオは、嫌悪な視線で何かを言いたげであったが、私が視線で諭すとベルゴリオは顔をゆっくりと下へと向けた。
再びファルファの方を見ると、酷く体を震えさせていたのが見えた。
「いいんだファルファ、あまり思いつめないでほしい。これは余りにイレギュラーな事態だ。仕方ないだろう、私もこの状況はよく分かってないが。とにかくこの特命の真意を上に伺う必要があるだろう。果たして我々はダシに使われたのかをな」
ファルファは震えは止まり、落ち着きを見せると口を開く。
「はい、ありがとうございます......。それで、上に真意を伺うと申されましたが、私の推察だと今回の件、ネクローシス絡みではないのかと睨んでおります。となると、特命を課したのはやはり......四大枢爵の何れかではないかと」
ファルファの推察を聞き、私も最初はそう考えた。枢機士の連中が最近遠方より捉えた重要人物の特異点やら印を移送中に逃がしたと騒ぎ立てていたが、その特異点とやらが私たちが対峙したあの男なのではないかと簡単な推察が立つ。しかし、だからといって奴の捕獲命令なのであれば、何故私たちに赴かせたのか。これが不可解だ。
「ファルファ、お前の推察はもっともに思えるが、それでは余りに疑問に率直すぎる」
背後にいたベルゴリオは、ファルファに向かって口を開く。
「どういうことだベルゴリオ?」
「そもそも今回のこの特命、四大枢爵の御方々が下したものと限らんだろ?確かに普段からこういった特命は枢機士評議会は介さずに枢爵だけで下されるのが多いが、他にも同様の権限を持っているオールドレイシスの線についても十分に考慮せねばならん、こんなに分かりやすいことはない。対峙したアイザック大佐、奴が特命を出した可能性は極めて高い」
ベルゴリオの意見にファルファは唸る様子を見せるが、実際私も大方そうだと思っている。
今回の特命を枢爵と結び付けるにしても、そこには特異点にご熱心であったということでしか私たちは関連性を知らない。
「ふむ、私もこの特命は枢爵が出したものではないと思う。だがアイザック大佐が自らを攻撃させるような特命を出して一体なんのつもりなのかの方が余程分からないのではあるけど」
確かに特命には現地へ赴けという以外、なんの文言もなかったが。戦闘にならないとは限らないという事はアイザック大佐も重々承知のはずである。
「だが彼が特異点とやらを庇ったのはなぜだ......まさか!」
私の頭にはある一つの回答が得られていた。
「ワザと特異点に私たちを、接触させたのか......?」
ベルゴリオとファルファは、私の発言に困惑を隠せずにいる。
「しかしそうだとして一体なんの為に......?」
ベルゴリオは疑問を投げかけてくる。
「アイザック大佐が、移送中の特異点を奪った張本人なのかもしれません。彼は特異点を使って何か実験をしているのでは......?それで我々と接触させたなら筋は通る気はしますが」
ファルファは、ベルゴリオの問いに答えるように返した。
「ともかくだ、これから枢機士評議会が招集される。そこで私たちの仮設が正しいのか探りを入れてみるとしよう。これで何も得られないようなら大佐に直接お会いするまでだ」
ファルファはとベルゴリオはそれに頷くと、私はベルゴリオを連れて枢機士評議会へと向かった。