「―――世界......最強......?ははっ......そんな冗談みたいな話......ある......かよ......」
レオはアイザックの語った内容を鵜呑みにし、彼女の方へと再び視線を向けると、先ほどまでの彼女から受けていた印象とはまるで異なる像がそこに見え始めた。
体の闘争本当はいつしか逃走本能へと置き換わる。
微粒子レベルで感じとれるような、圧倒的な無力感。あのアイザックですら口元を震わすような存在、それが今。
彼らの前に立ちはだかっている。彼女の意思で、この場の運命、全てが定まる。そんな予感をレオに思わせる。
彼女はアイザックとレオの一連の会話を経て、怪訝な表情を彼らに示した。
「......おっと、なにか怒らせちまったかね......?」
アイザックは冷や汗を掻きながら様子を疑う様にそう言うと、彼女は一間をおいて深い溜息を吐いた。
「はぁ......、いえ。そういう化け物にでも出くわしたかのような言い草。昔から好かなかったもので。それに、世界最強だなんて......、そんな恥ずかしい呼び名では呼ばれたくありませんでした。いや、ほんとに。どうかお願いですから、私の事は以後『クロナ』とお呼びください」
クロナはそっぽを向きながらそう言った。
「そうかい......んで、”世界最強のディ”―――」
アイザックがクロナの言葉に構うことなくそう言いかけた瞬間、テーブルから下げられカウンターに置かれていた珈琲用の小さなカップが、突如。クロナによって予備動作なしに放たれた何かによって勢いよく小皿ごと砕け散る。
「はぁ......あの。私は別にこんな典型的で短期そうな小物がしそうなこと。したいわけじゃないんです......が!?!?!?」
彼女はそう言いかけてる間に、アイザックの銃型ソレイスによってつかさず一撃の反撃を受ける。アイザックの放った高圧粒子弾はクロナの寸前で障壁に相殺されるかのように打ち消され、その後。アイザックがソレイスを持っていた右側の腕が刹那の瞬間にクロナの放つ自動的なカウンターによって切断される。
そして、アイザックの右腕は木目の床に転がり落ち、手に持っていた銃型のソレイスは床に衝突すると同時に消失する。
アイザックは左手で己のその傷口を塞ぎ、大量の血を流しながら苦しんだ様子で座り込んだ。
クロナはその一連のアイザックの行動を見て、彼のとったその行動の異常性に、思わず我が目を疑う。
(―――え?うそでしょ?なぜ......?コイツ今、私に反撃を......?このタイミングで?なんで......?わたしは......傷つけるつもりなんてなかったのに......)
クロナはアイザック大佐に対して傷害を与えてしまったことに、呵責に苛まれた。
「―――ちっ、やはりダメか......。いまのは最大出力だったはずなんだがな、傷一つねぇどころか、Sフィールドにすら損傷は......なさそうだな。爪痕を残せず......こりゃお手上げだなぁ。いやぁ、参った参った......」
「ちょ、ちょっとー!!なんでぇ!?なんでいま反撃したんですか!?今のは大佐が明らかにおちょくる様な真似したのが悪いのにぃ‼さいてぇーです!!」
クライネはそうアイザック大佐に向かって叫んだ。それに対してアイザック大佐は「まぁまぁ」と言いながら事なきを得ようとする。
「......彼女の言う通りです。人をおちょくっといて反撃してくるなんて、本当にいい度胸です。私を前にしてそのような行動出た人物は、無知蒙昧な連中を覗けば貴方が初めてですよ。ですが、貴方のような。仮にも帝国連中の高官が、考えもなしにこのような行動を取るとは考えにくい。様子を見るからに、この中の誰よりも私を知り、恐れる人物が私に攻撃を仕掛けるなど、普通に考えて意味不明。安易な挑発に乗った私も私ですが、貴方の行動にはまるで理解が出来ません、一体どういうおつもりなのですか。アイザック大佐、私と本気で事を構えたいと......?」
クロナは自らの腕を抑え、儚げな様子でそのように言った。クロナは己の好奇心から取った行動が、彼らに対し余計な警戒心を抱かせてしまったという事について深く自省した。
「お、おい!大丈夫か⁉アイザック⁉」
目の前で起きた一連の風景に呆気にとられたレオはすぐに意識を戻すと、そういってアイザック大佐の元に駆け寄った。
「あぁ......平気だぁ。この程度の損傷、すぐに治る。いちいち慌てるこたぁない」
アイザック大佐はそう言って転がり落ちた自らの右腕を左手で拾い上げると、それの切断面同士をくっつけ始めた。
本当に平気なのかとレオはクライネの方を見るが、彼女に慌てるような様子はなく、むしろ平常の様子だった。それを鑑みるに、このような事態はディスパーダやそれに付き従う者たちにとって日常茶飯事的なものなのだろうと、レオは新たな認識を得る。
「ふぅ......、よし。くっ付いたなぁ」
アイザック大佐はそういって右腕をぐるぐると振り回す。
「―――では改め、クロナ殿?貴殿の疑問にお答えするとしよう。どの道我々では貴殿を実力でどうこうすることは不可能だ。そこで、本当に我々の敵でないのなら、私が反撃したところで?格上の貴方様が過剰な防衛反応をお示しになることはなだろうと、私目は考えたのですよ。故にこうして、まだ私は貴殿の前で息をすることを許されている。ということは、貴殿に本格的な敵意はないと判断できる。これで我々は、ようやく貴殿が敵対的な存在でないと身をもって知ることが出来た。これで信頼関係が気づけましたなぁークロナ殿」
アイザック大佐はほくそ笑みながらたそう言い終えると、クロナは大きなため息をつく。
「......なんと愚かなことを......やはり貴方もレイシスの端くれというわけですか。考えや発想、思想そのものがレイシスの持つ負の感情性を彷彿とさせられる。まぁ分かっていた事ですが、あなた方がそういうやり方ばかりをする属性というのはね。だから私は貴方方が嫌いなんですよ......まぁなんにせよ。これで私に敵対心がないことは知ってもらえたとのことで、なによりです。......それと、大佐の腕を損傷させてしまったこと、誠に申し訳ありません。これは私の周囲に展開された、見えない刃である”刃空片”に予め組み込まれた反撃機能のようなもので、思わず発動させてしまったようです。どのような形であれ、私はあなた方の身を傷つけるつもりなどありませんでした。ご容赦を......」
クロナはそういってアイザック大佐の方に向けて綺麗なお辞儀をする。
「それで......少しは私とお話に付き合ってくれる気にはなったのでしょうか?」
クロナはそういうと、アイザック大佐は静かに頷いた。するとクロナは目を輝かせるように前のめりになると、レオ達の方へと近づき、近くのテーブル席へと座った。アイザック大佐もそれに付き合うように向かい席と座る。その背後ではクライネが割れたカップと小皿の掃除を粛々と行っていた。
「ずばり......彼をどうしようと考えているんですか?あなた方は」
クロナはアイザック大佐にそう問うた。
「―――簡潔に言わせてもらえれば、枢騎士評議会......というよりは四大枢爵の連中が、レオの何かしらの特性......『特異性』とやらを軍事転用しようと企んでいるようでな。それを阻止するために俺達は途中で彼を保護した、まぁ現状我々においてはそれ以上の目的を持ち得ていない」
アイザック大佐はそう語ると、クロナはふむふむと頷く。
「―――俺の、特異性だと?」
レオはそう疑問を差し挟んだ。
「そうだ。枢爵共が漏洩した作戦データには一部そういう繰り返された記載があったんだが、それ以上の詳細は我々も知らん。解読する前に解析班が全員抹消されたからな。で、お前に何か特殊な素養でもあるのかと最初は思ったが。俺が知る限りではそうでもなさそうなんでな。すまんが特異性とやらの詳細は俺達にも分からん。ただハッキリしているのは、一連の作戦計画が発動してから近衛騎士団『ネクローシス』とかいう連中が陰で蠢き始めた、そいつらに何か関連してるのかもしれんが......」
そう言ってアイザック大佐は顎に手を当てると、何かを思い出したかのようにクロナの方へと視線を向ける。
「そういえば......あんたはさっき"残滓"がどうのこうのと言っていたな。それはどういう意味だ?言っていたように、ここにはヘラクロリアム感応を阻害する為の設備が備わっているから感じられなくて当然だと思うが......?」
アイザック大佐にそう言われたクロナは、腕を組んで口を開いた。
「言葉通りの意味ですよ。彼にはヘラクロリアムの"残滓"がない。それは、このカフェに備わった感応阻害機能に関係なく、彼そのものにヘラクロリアムは宿っていないんです」
それを聞いたアイザック大佐とクライネは驚愕した表情を見せる。
「い、いや。さすがにそれはありえないだろ。それは特異性云々の前にこの星の生命として破綻している。ヘラクロリアムは遍く生命活動の根幹に関わる存在だ。それに俺は尋問枢騎官程ではないにしろ、コイツからは人並みのヘラクロリアムを普通に感じ取れているぞ」
アイザック大佐はレオの方を親指で指すようにしながらそう言った。
「―――まぁ、貴方方程度の感応能力では表面上からはそうとしか受け取れない事は確かでしょうね。それは仮に尋問枢騎官であっても、恐らく彼から感じ取れる感応には然程差異はない。一般的な覚醒者の感応能力では、彼の真髄。即ち""を特異性"を計る事はできないでしょう、今の彼を正確に言い換えるなら......そう。"生きたふりをした屍"と言ったところでしょうか?」
クロナは微笑みながらそう言った。
「馬鹿馬鹿しいな......」
アイザック大佐は思わずそう言葉を漏らす。
「まぁ何を言った所で今の貴方達に理解されるとは思っていません......、見えている世界が違いますから。あっ、別に嫌味などではありませんよ、事実ですから。私は特別感応力に自信があるので。そもそも彼の正体を知りたいのなら、然るべき高度検査設備のある場所でもなければ無理な話ですよ」
クロナにそう言われたアイザック大佐は、舌打ちをして彼女の言動に反応し、以後黙り込む。
一連の会話についていけなかったレオは、その隙をついて話題を差し挟む。
「......特異がなんだか知らねぇけどよ。生憎な事に俺は今までの長い傭兵業の間、自分に特別な何かを感じたことはなかったぞ?そんなに秘められた何かがあるってんなら、あんた達覚醒者みたいにブンブンと武器を振り回したいものだね、それにあんた達みたいに傷の治りが早い訳でもない。救急キットやらの人様の英知の産物がなきゃ、とっくの前にどこかの戦場で死んでたろうし。俺個人としては至って普通の用途不明の人間様だと思うんだけど」
レオはそう言うと、クロナは「確かに......それを一先ず特異性だとして、奴らは何に利用しようというのか......ふむぅ」と言いながら考え込むように額を下に向ける。
「......とまぁそれはさておいてだ。結局その『ネクローシス』とかいう連中は何なんだ。ヌレイで遭遇した時に同行していた俺の部隊は、奴らとの戦いで相当苦戦させられていたが......」
「―――あぁ、そりゃそうだろうな。我々の調査でも奴らネクローシスは並のレイシスとは常軌を逸した実力を誇ることが分かっている。しかし等級は不明、完全にぽっと出の連中だ。データもなく正体は分からんが、恐らくは何かしらの強化改造を施した元枢騎士辺りだろうと推測している。だが用いるソレイスは完全に特殊でな、当人とソレイスの放つ色相が一致しないどころか、極めて超高圧高密度のネガヘラクロリアムが感知された。我々の世界でこれらが意味する事は、そのソレイスの古さを意味する。そして古ければ古いほどより個体として強固になる。ざっと年代換算にして、最低でも二千年以上も前からそのソレイスが存在してなければありえない代物だ。オールド級を遥かに凌駕しているんだよぉアレらは......」
アイザック大佐はそう言い終えると、クロナはなにやら険しそうな表情を見せ始める。
「......そのぉ、ネクローシスとかいう奴ら使ってたソレイスって......多分『黒滅の四騎士』の遺物でしょ......こう、かなりおっきい感じの。四種類あるやつ」
クロナはそう小声気味に言いながら、大剣の素振りをするようなジェスチャーを披露する。
「―――ほぅ?妙だな。なぜ、嘗ての『黒滅の四騎士』の遺物だと貴女は断言できるんだね?」
「いやぁ。それはもう......その遺物は私達の発掘隊が入手したものですもの。それはもう心当たりしかありません」
それを聞いたアイザックは眉をしかめる。
「......というと?あんた達が奴らに与えたのか?あれを?」
そう言われたクロナはまさかと言いたげな身振りで否定する。
「いやいや、そうではないですよ......これは情けない話ですが、つい最近。ギリア領域で発掘した遺物が移送中に待ち伏せられていた帝国軍に奪われてしまったのですよ。まさかアレをソレイスとして再起動させるとは......帝国もなかなかやるようですね」
「......いや感心している場合ではないんだがな、あんた達のせいだったか。枢爵共を調子付けさせたのは、おかげで何かをしでかそうと躍起になっておいでだぞうちの御老人方は。何かのピースがハマったかのように国内での動きが活発になりやがったしな。丁度第三共和国への侵攻を始めたのも、ネクローシスが発足されてから直ぐに評議会で枢爵の意向だけで大規模軍事作戦が可決された。もう無茶苦茶だ」
アイザック大佐は心底呆れたような様子でそうクロナに言葉を放った。
「ちょっと大佐......」
クライネはアイザック大佐を叱るかのように声を掛けた。
「いえ、まぁ......、そこは我々の不手際です。それについては素直に謝罪致します。そうですね......あまり帝国のいざこざに関与したくないのですが、不干渉のあまりにこのまま帝国が共和国の軍勢に滅ぼされても困りますし、何かしらの対応を我々の方でも検討させて頂きますよ、アイザック大佐」
「へぇ......?あんたが直々に枢爵共を片付けてくれればそれで済む話なんだがなぁ?」
「―――ふふっ、さすがにそれは出来ませんよ。私にも立場というものがあるので、それに......私は争いを好まないので」
クロナはそう言うと、その場で席から離れた。
「さて、少し長居し過ぎました。ご迷惑をお掛けしてすみませんね、お開きにしましょう。機会があればまたお邪魔させて頂きます、このお店。普通に美味しいので」
クロナがそういうと、奥側に居たクライネは照れたような様子を見せる。
「あんたみたいな大物、次からはしっかりとアポイントを取って欲しいものだな」
アイザック大佐はそう言いうと、それを聞いたクロナは鼻で少し笑った後、颯爽と店内から去ろうとする。それをアイザック大佐やレオ達は、固唾を飲んだ様子で彼女を最後まで見送った。