一揆を起こした村を取り囲む毛利正規軍。
彼等の多くはモヒカンである。で、あるが故に陽動にはピッタリだった。
村人の多くの目は毛利正規軍へと向いており、その誰もに一揆の交渉の失敗を頭によぎらせた。
村人の中で高まる絶望感。
そしてその絶望感と共に湧き上がる投げやりな感情。
その感情の捌け口が毛利の娘・ちぬへと向けられているのを隠密で動いている吉川きくは敏感に感じ取っていた。
「っち…これ以上はどうしようもねぇ」
何一つ事態は動いていないが、これ以上待ってもいい方に転ぶとは思えない。
正規軍に取り囲まれている村人たちの精神的苦痛もそろそろ限界だろう。
多少の危険はあるがきく救出を強行する他道はあるまい。
【おい、お前ら。準備しろ】
【へい、姐御!!】
きくはそう判断し、ハンドサインで背後に控える配下に命令した。
忍者という隠密で動く必要がある以上、言葉を交わす必要なく指示を出せなければいけない。
きくの指示に隠密型モヒカン達(モヒカンが深緑色。周囲に紛れる)は一瞬にして周囲に散る。
数えて五秒。
全員が四方に散って効率良く村人を殺せる位置につく充分な時間である。
きっちり五秒数え終えたきくは口元に指をやり。
〈ピーーーヒョロロォォォオオ……〉
勢い良くきくが息を吹くと口から漏れるのは鳥の声。
鳥の鳴き声の真似をした十秒後にきく達は村人へと跳びかかった。
■
きく達が強襲を決断し、村人たちへと襲いかかる僅か前。
状況のマズさを理解しているのかと言いたくなるような笑顔のちぬの横で転げまわる祐輔。
何もいい考えが思い浮かばない。人間限界まで追い込まれると意味不明な行動をするものである。
「あああああああああああ。俺の冒険はここまでなのかぁぁあああ!?
嫌だ嫌だ、童貞のまま死にたくない!! 先生の次回作にご期待下さいエンドは嫌だぁぁああ!!」
「え、ユウちゃん童貞なの? ちぬが相手してあげよっかー?」
「今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!?」
嫌だ嫌だと叫びながら転げまわる祐輔の童貞発言に食いつくちぬ。
まぁまぁと言いながら転げまわる祐輔の回転を止めて、祐輔の服に手を付ける。
「童貞のまま死ねないよねー。
こんな状況ってちぬも初めてだから、燃えるね☆」
「ああああ嬉しいようなそうでもないような期待に胸高まるというかこんな場合どうしたらいいんでしょうかうぇwwうぇwwwあけど俺呪い憑きのせいで不能だからヤリたくてもヤレないじゃないかガガガガガガガチクショウちくしょう!!――――――って、あれ?」
色々と限界に近づいていて、色々な事を口走った祐輔だがここで重要な事に気づいた。
ちぬはこの部屋に放り込まれた時、後ろ手に縄を縛られていたはず。
じゃあ今―――何故、ちぬは不自由なくモゾモゾと祐輔の着流しを脱がそうと出来ているのだろうか。
「ストップ! 止まれ、っていうかヤメれ!!」
うん? と祐輔の褌にまで手をかけていたちぬが顔を上げる。
もはや祐輔の息子とご対面まであと少しというところであった。
ちなみに余談だが祐輔の下着はFUNDOSHIスタイルである。大陸の下着は高いのだ。
城主や有力武将ならともかく、一庶民と変わらない祐輔に手が出るものではない。
「どしたのー?」
「なん、で、ちぬは手が自由になって…?」
それはともかく、ちぬの両手に縄は縛られていなかった。
ちぬを縛っていたと思われる縄はちぬが座っていた場所に落ちている。
その縄は不自然に千切れていた。断裂面は腐敗しており、それを無理やり捻切っている。
「あ、ユウちゃんも手が不自由だったら嫌だよね☆
初めての体験がSMプレイもいいと思うけどー」
祐輔の疑問にそう答えながら、ちぬは祐輔の息子を探し当てる作業を中断し、祐輔の両手に縛られている縄に両手を翳す。
「―――――な!?」
〈ジュワ〉
それはありえない光景だった。
ちぬが触れている縄の表面の色が休息に貪色へと変わっていく。
急激な色の変化と共に部屋の中に嫌な匂いが広がった。
腐敗。
何年も使えそうな丈夫な縄が目の前で腐敗していく。
祐輔が呆然とする横で縄は完全に腐敗してしまい、ちぬがうんと頷いた。
「うん☆ ユウちゃんこれで縄、千切れるよー」
「ホントだ…でも、これは何をしたんだ?」
祐輔が言われたとおりに力を込めると、いとも簡単に縄は千切れた。
ちぬはちょっと困った顔をしながら思案する。
「んーっとね…ちぬが「えい」って思うとこうなるんだよ☆」
それはつまりタネも仕掛けもないというわけだ。
ちぬが縄に腐食性の毒を塗ったわけではなく、本当に手を翳しただけで縄を腐食させる。
そんな事を出来るはずもない―――人外の力でも有していない限り、は。
「まさか、封印が解けかかってる‥って、いや、今はこんな事言ってる場合じゃない」
「そだよー。ちぬと一杯気持ちイイ事しないと。
ちぬも死ぬんなら、気持ちイイ事してから死にたいし☆」
「それでもない!!」
どこか食い違っている祐輔とちぬだが、これで活路が開かれた。
今まで両者の手がふさがっていたため逃げられなかったが、今は違う。
「玄さん!」
【…おぅ。俺は何も見ちゃいねぇから気にすんな】
「そんな気遣いはやめて!! 心が痛いから!」
どことなく気まずそうな玄さんの鳴き声に祐輔はさっきの乱心ぶりを思い出して死にたくなる。
「とにかく小屋の外に出て来れ。
これから俺が操れる最大数を集めるから、そいつらと合流して。
それで俺が小屋を出た瞬間に村人たちの目を覆ってくれ」
まずは村人たちの視界を奪う。
そうすれば逃げ切る機会も生まれるに違いない。
祐輔だけ逃げるだけならそんな必要もないが、ちぬも逃げる必要があるから。
「ちぬ、ここから逃げるぞ。
俺が小屋の扉を開いたら俺の後について走ってくれ。
一気にちぬの奪還に来てると思う毛利の軍まで走りぬくから」
「えー? 気持ちイイ事はー?」
「モチロンなしだ。そんな顔しても駄目だからな」
ぷくーっと不満そうに頬を膨らませるちぬ。
そんなちぬを意図して見ないようにして、祐輔は神経を集中させる。
これから操るのは祐輔の限界の数であり、玄やインテリ雀といった契約している雀も協力しくれるとはいえ容易ではない。
「――――――――」
目を瞑って呼吸を整える。
すーーふぅーーっと深く息を吐く祐輔の姿にちぬも祐輔が何かを始めた事に気付く。
なにしてるんだろう? とちぬの興味が気持ちイイ事から移る。
「――よし」
祐輔の呪い憑きとしての能力を司る感覚から手応えを感じる。
この感覚は呪い憑きとなってから祐輔に備わったものだ。
触覚とも聴覚とも視覚とも違う第六感。その第六感を通して祐輔は鳥を操る。
「わ」
「はっ」と短く祐輔は息を吐いて目を開く。
祐輔の纏う雰囲気が僅かに変わった事を、そして変化にちぬは驚きの声をあげる。
祐輔の目が【赤い】――先程まで黒かった左目が赤くなっていた。
「わー、きれー。凄いね、それどうやったのー?」
「何が…って、とにかく逃げるよ。用意して」
「はーい」
祐輔の左目の変化にはしゃぐちぬだが、祐輔は何の事だかわからない。
祐輔は自分が能力を使えば左目が赤くなるようになるなんて知らないのである。
鏡を見ながら能力を使った事がないので当然といえば当然だが。
ちぬは祐輔を面白い人だと思い始めていた。
さっき転げ回りながら意味不明な言葉を口走った時に言ったある言葉がきっかけ。
そして今の変化によってちぬの中で祐輔は興味深い人間の枠内に入ったようだ。
変に素直だなと思いながらも祐輔は操った雀に指示を出す。
一揆に巻き込まれただけの男の静かな反撃の始まりだった。
■
最初に襲撃に気づいたのは補充されて守りについた村人だった。
五人一組で小屋の周りを警戒していたのだが、男の前を歩いていた二人が音もなく倒れる。
急にどうしたと声をかけようとしたら今度は自分の隣にいる男が倒れた。
先に倒れた二人の深々と苦無が刺さった首筋から真っ赤な血飛沫が吹き上げている。
サン、と。男の隣にいた男は瞬時にして脚の靭帯を切断されて地面に転がった。
五人組の内二人が殺され、一人が無力化された時点で男の目にフリルのついた服が写る。
「て―――」
「敵襲だhy」
男二人が他の村人に襲撃を知らせるべく声を張り上げようとするものの。
一人はフリルのついた服が翻り、何処からともなく現れた中華鍋が顎を砕いて言葉を潰した。
そしてもう一人は助けを呼ぶことは出来たものの、喉に狙いたがわず投げられた苦無のせいで絶命する。
「仕留め損ねたか」
「があああ、はひあrはkまっはっやあ」
チッと舌打ちをしてフリルのついた服――メイド服を着たきくは手元の鎖を手繰り寄せる。
すると先程男の顎を慈悲なく砕いた中華鍋が彼女の手元に戻り、ジャラリと鎖が重厚な鉄の音を鳴らした。
「ひゃひはあはゆは」
「ああ、ウルせえよ。そこで死んどけ」
彼女は男に付き合う時間も勿体無いと激痛に転げわる男の首を踏み砕く。
そして男が絶命するのを確認するまでもなく、ちぬが捕らえられている小屋へと跳んだ。
その跳躍は既に人として人の領域に非ず。
一足飛びに5m近くを跳び、まるで本当に飛んでいるかと錯覚するかの如くの跳躍。
見るもの全てを唸らせる忍者としての強みの一つがそこにあった。
彼女の本来の予定であれば、この時点ではまだ敵に発見されてはいない。
四方に散った彼女の部下はそれぞれ一人でも村人達を相手に出来る猛者揃いである。
しかしながら今回はちぬの救出任務であったために出来る限り事を荒立てないように行動したのだが―――
「やっぱりコソコソやるのは苦手だな!!
こんな事ならもっと暗殺も習っときゃよかったぜ!!」
彼女は暗殺などが苦手であった。
というのも正々堂々と戦ってこそ面白いし、格の差を見せつけられる。
そんな考えが毛利家にとっての家訓でもり性質でもあるので、暗殺などのチマチマした技能が必要とされなかったからである。
忍者としてそれはどうかと思うのだが、今はそれを言っても仕方ないだろう。
今度からちゃんと暗殺技能も鍛えようときくは内心反省しながらも猛スピードで跳ぶ。
そしていの一番に小屋へとたどり着いた彼女は首をかしげた。
「なん、だ、ありゃ?」
男の敵襲の声に警戒して小屋の周囲を固めるのはわかる。
小屋を中心にして大の男が二重に円を組、間断なく槍を構えていたようだった。
そう、いたようだっただ。しかし円陣は崩れに崩れて乱れてしまっている。
「鳥…?」
悲鳴をあげながら槍で追い払おうとしている男たちに共通しているのは一つ。
その誰もが5~10羽ほどの鳥に襲われて混乱しているのであった。
■
数、200余羽―――把握。
距離、約30m―――把握。
方角、小屋頂空――把握。
操作ニ支障――――問題ナシ!!
「ちぬ行くぞ!!」
「はーい☆」
操っている鳥の現在状況を把握した俺はちぬの手を引いて小屋の扉前で準備。
そして俺が小屋を蹴破るタイミングを見計らって雀達に最終指示を念じた。
これは俺が呪い憑きになってから出来るようになったというか、新たに出来た器官のようなものだ。
立つという動作にいちいち必要な筋肉の収縮を全て思考する必要がないように、鳥をどういうふうに操りたいか考えれば鳥はそのように動く。
そのため俺はこの器官を通じて感覚的に操れる最大限度の数や距離をなんとなくだけど把握しているわけなのだ。
【行け!!】
指示は単純明快。
最大限度の数を使役しているのだから、命令も単純な物になってしまう。
だがこの場に限って言えば最大限度を使役していても許容範囲内だった。
「うわっ、な、なんだ!?」
「ちきしょう、いた、痛いタタタ!!」
「敵がきたってのに、なんだこいつら!?」
小屋の周囲にいる人間を襲えという指示。
この小屋の中にいるのは俺とちぬだけだし、小屋の外にいるのは一揆を起こした村人達のみ。
ならば敵と味方の区別をつけなくて無差別に襲わせてもなんら問題はなかった。
「おっっっらぁぁあああ!!!」
ドン! とここ一ヶ月で鍛えられた脚でボロい小屋の扉を蹴破る。
逃げる以外には貧弱だった俺の脚力も放浪の旅で幾分か強化されている。
ちょっぴり痛かったけど小屋の扉を蹴破る分には充分足りていた。
ここで初めて外の様子を確認したのだが、いい具合に村人たちは突然の襲撃に混乱してくれている。
人間である敵ならばともかく、普段は人間を恐れて気配だけで逃げてしまう雀が自分たちを襲ってきたのだ。
予期しない形での、しかも予期しない敵からの襲撃に未だ村人は立ち直っていない。
「ちぬ、こっちだ!」
傍らにいるちぬの手をぎゅっと握って、事前に玄さんに聞いていた毛利軍のいる方向へと頑張って走る。
雀達はあくまで敵を怯ませるだけの効果しかないので、正気に戻られたら文字通り命懸けの鬼ごっこになってしまう。
村人たちが雀による小さな襲撃に驚いている隙にどこまで逃げる事が出来るかが今回の作戦のポイントだった。
そう、ポイントだったのだが。
「ギャアアアアアア!!」
「俺の、俺の目ガァァァアア!?」
その……なんで、カラスが混じってんの?
俺が使役している鳥の中には思いにもよらない奴らが混じっていた。
雀の何倍もあろう大きな黒い身体をはためかせて鋭い嘴を突き出すカラス達。
俺が雀だと思っていた鳥の中に1:4くらいの割合でカラスが少ないながらも混じっている。
彼等の攻撃は牽制という範囲を大きく超えていた。
端的に言うと目、抉れてるんじゃね?
襲撃早々に目や顔を庇った奴は無事そうだけど、咄嗟に反撃して追い払おうとした奴は悲惨な目にあっている。
まるで天空の城の大佐みたいなリアクションで地面を転がっていた。
けれど、なんでカラスが?
俺が操れるのは雀だけのはずだったんじゃ―――
【彼と貴方では年季が違いますしね。
せいぜい今の貴方の呪いの侵攻度から言っても、およそ50が妥当です】
そういえば、以前インテリ雀がこんな事を言っていた。
発禁堕山と比べて呪い憑きの力は弱く、その効果範囲も狭いと。
しかし呪い憑きの呪いが強くなるに比例して力も強くなる、と。
まさかこういう事なのか。
妖怪に近づくに連れて雀だけじゃなくて他の鳥も操れるようになる。
妖怪化するという代償の大きさに比例して。
そういえば俺も最初は【鳥を操る】能力だと認識していた。
しかし操れるのは雀だけだったのでそう思っていたのだが…まさか、そういう事なのか?
「なんか…ゴメン!」
それはともかくやり過ぎかもしれない。というかやり過ぎだ。
俺は村人たちに短く謝罪をして、ちぬの手を引いて小屋の包囲網を抜け出す。
過剰防衛気味だとはいっても注目を引き剥がすには充分役立ってくれた。
よっし、このままの勢いで毛利軍の所まで―――――
「っ!」
ゾクリと首筋に悪寒を感じたのは一瞬。
俺のスピードにちぬを巻き込むわけにもいかないので、ちぬの手を離して横に跳ぶ。
周囲の景色を置いてけぼりにして首筋の疼きを感じた地点から離れる事に成功。
ザリザリと足袋が地面を抉って少し離れた地点にまで後退する。
移動後すぐさま疼きを感じた地点を確認…って、苦無か。
俺がすんでのところで回避した場所には一つの苦無が地面に突き刺さっていた。
あの角度からして――上か!
「へ、へぇ…あれを避けるなんてやるじゃねぇか(今、全然動きが見えなかった…こいつ何モンだ?)」
ふわりと音もなく俺達より前方から降り立つメイド服の青い髪の女性。
右手には中華鍋を、左手には中華鍋から伸びる鎖を握って何故か引き攣った笑みを浮かべている。
なんでこんな所にこの人がとも思うが、俺はなんとか命の危機は去ったという事を悟った。
■
祐輔の今の心境を表すなら【あっるぇー?】だった。
どうして、何故こうなった…! と頭の中がグルグル回っている。
それもそのはず。祐輔はきくとの衝撃の出会いを果たした後、何故か毛利の城の天守閣に身を寄せていた。
「ほぅ、この男が。とてもそのようには見えぬがな」
祐輔を見下ろすようにして、実際に見下ろしながら値踏みしている女。
その女ときく、ちぬの三人が天守閣における二番目の上座から順番に座っている。
きくとちぬはどこかワクワクしながらその様子を見守っていた。
ではまずこのような状況に陥っているかの説明をしなければならないだろう。
あのきくと祐輔の対峙はちぬが間に入る事によって和解する事に成功。
ちぬをきくが抱えて逃げる事によって神速の逃げ足を使う事ができるようになった祐輔は二人とすぐさま村を離脱した。
一揆の村を抜けてきて毛利正規軍に囲まれた時はどうしたものかと立ち尽くした祐輔だったが、それは後から離脱して来たきくの説明によって誤解は解けた。
さて、ここで祐輔の思惑から外れてしまう。
祐輔はそのままジャッ!と爽やかな笑顔で去ろうとしたのだが、そうは問屋がおろさない。
事情の説明とお礼がしたいとガッチリきくとちぬに捕まり、毛利の城まで強引にお誘いを受ける事になってしまった。
面倒事は勘弁と逃げようとした祐輔だが、そこでちぬの事について思い直す。
ちぬの中にいる奴、そして拾中八九復活しているであろう魔人ザビエルはJAPANで過ごす以上避けて通る事は出きない。
なら逃げ出すのは毛利家でちゃんと説明してからでもいいのではないだろうか。
そう判断した祐輔は毛利家まで着いて行く事にした。
しかし祐輔は城に行って一揆について事情を聞かれる程度だと思っていたのだが、通されたのは玉座の間にあたる天守閣。
これには度肝を抜かれて今更ながら恐縮してしまっているというわけなのである。
「や、それがてる姉マジなんだって。
こいつこんな顔してやがるけど、相当やりやがるぜ?」
「そだよー。ユウちゃん凄いんだよー」
信じられんと祐輔をジロジロ見る女にきくとちぬの二人がフォローを入れる。
きくは自分の苦無が見切られ、想像を遥かに超える速さで動いた事から。
ちぬは祐輔をいろんな意味で凄いと認識しているから、そのままの印象を述べた。
「まずは礼を言わねばなるまい。
私はコレ…ちぬの姉の毛利てると言う。旅人よ、妹が世話になった」
「おっ、そういえばあたしも名乗ってなかったな。毛利家次女の吉川きくだ。よろしくな」
毛利きく。
猛将揃いとされる毛利家において、毛利の後継者となるべく選ばれた女性である。
きくやちぬといった妹達が嫁ぐ中、きくは毛利の後を継ぐため婿を取る予定だったから苗字が一人だけ違う。
彼女も三姉妹共通のメイド服を纏っている。
背は低く三姉妹の中では小柄な印象を受けるが、その性格は三姉妹で一激情家だ。
誰よりも戦を愛しており、小柄な身体からは信じられない力が発揮されている。
そんな彼女は毛利家において足軽隊を率いて毛利を支える一柱となっていた。
「申し遅れました、森本祐輔と申します。以後お見知りおきを。
祐輔でも、森本でも呼びやすいほうでご自由に」
「ユウちゃんはユウちゃんだよ? ねー」
「…はい、ユウちゃんでいいです」
きくとてるの名乗りに合わせて祐輔も名乗りをあげるが、ちぬの笑顔に屈した。
そんなちぬの様子を見て二人の姉はほぅと内心で祐輔の印象を上方修正する。
誰にでもフレンドリーなちぬだが、ここまで懐くのは結構珍しいのである。
「ではユウちゃんよ。褒美を取らせようと思うが何がいい?
酒、金、女…ユウちゃんが望むなら毛利家で士官させてやってもいい」
(え、マジでユウちゃんで通すの?)
そんな祐輔の心の声を見通したのか、てるはクックと喉を鳴らして笑う。
思ったよりも頑固でなく、洒落も通じる相手らしい。
遠慮なく言えとてるは祐輔に促した。
まだ報告はきくから軽くしか聞いていないてるだが、ちぬの無事救出に祐輔が起因している事は理解していた。
大事な妹を傷つけることなく助け出せた。ならばその働きに応じた褒美は出さなければいけない。
多少の事なら便宜をはかってやろうと考えていた。
「では失礼ながら…戦を一時休戦してみては如何でしょうか?」
だがてるにとって。いや、祐輔以外は褒美にこんな事を望むだなんて完全に想定外だった。
明石との戦を休戦しろなどという、大それた事を褒美に望むだなんて。
■
「おいおい、それはどういう意味だ?
なんで一介の旅人のはずのお前がそんな事望むんだ?」
きくが俺をみる目は鋭い。
なんでかしらないけどきくは俺を過大評価しているらしい。
それほどまでに神速の逃げ足のインパクトが大きかったのだろうか。
場合によってはこの場で殺すとも言えそうな鋭い目付きである。
「きくの言うとおりだが、それは如何なる意図の元での望みだ?」
対しててるの眼差しはこちらを深く観察する光秀のような視線。
探る、といったほうがいいのだろうか。俺が何者であるかを見極めるような感じである。
まぁこちらも場合によってはMK5(マジで斬る5秒前の略)だけど。
もっとも早く弁明しないとここから本気で逃げ出す羽目になってしまうのは目に見えて居る。
場合によっては明石からの回し者と誤解されて、今回の一揆の原因とされかねない。
「別に戦自体が悪い、と言っているわけではありません。
ただちぬの身の事を考えるなら戦を控えて欲しいとお願いしているのです」
「え、わたしー?」
「そう、ちぬだ。このままだとちぬが死んでしまう」
突然水を向けられたちぬはぽかんとしている。
なんで自分が戦を休戦するという話で議題に上がったのか理解できていないのだろう。
ただ俺も言葉が足りなくてマズイと思ったのだが、案の定誤解されてしまったらしい。
「ま、まさかちぬ、お前病気だったのか!? それとも本当に妊娠でもしたのか!?」
「えー、やだなきくおねたま。病気も妊娠もしてないよー」
「だ、だよな、ハハハ。焦ったぜ」
どうもきくはちぬが身重だと勘違いしたらしい。
ないないと手を振るちぬにほっと安心して座り直した。
「ならばユウちゃんよ。ちぬが死ぬとはどういった意図だ?
お前が何かちぬに仕掛けたというのならば、生きてこの城から出れるとは思うな」
と、いつの間に用意したのだろうか。
右手に軍師がもっている軍配団扇(相撲のアレみたいなやつ)を握ったてるが有無を言わさない威圧感を放って先を急かした。
その軍配団扇は赤く鈍い光沢が光っており、拭いてはいるんだろうけどアレで何人も撲殺されたんだろうなぁ。
「驚かずに聞いて頂きたい。今、JAPANで未曽有の危機が迫っています」
その鈍い光沢を見て背筋に冷たい物が走ったが、ある意味でこの感覚はこの世界に来てから慣れっこだった。
狒々との闘い、織田との戦、乱丸との対峙…恐怖という感情が麻痺しているともいえる。
そのため俺はすんなりとてるの威圧感に負ける事なく魔人ザビエル復活の事を説明する事が出来た。
俺の説明はとても簡単な物だ。
毛利家にもある天志教からあずけられている瓢箪には8つに分けられた魔人の魂が眠っている事。
その魔人の魂を封じている瓢箪の一つが割れて、恐らく魔人が復活しているという事。
流石に信長が魔人であろうという事は憶測なので話せなかったが、この現状がやばいという事は伝えた。
しかし実際の話を終えた毛利家の面々の反応は――――
「クックック、いいな、魔人か!!
腑抜けた人間とは違う、人類の敵である伝説の魔人!
血湧き肉踊る!! ならば復活を早めるためあの瓢箪を割るぞ!!」
「流石に瓢箪割ったらマズイんじゃねーの?
ま、あたしも魔人には興味あるけどな。ウチにも天志教の信者いるし」
「んー楽しそー! 魔人も毒で死ぬのかな?☆」
………えー?
真性のバトルジャンキーここに極めり。
やだ、何この人達こわい。
この人達にとって魔人とは恐るべき存在ではなく、闘いがいのある強敵らしい。
慌てふためるどころかむしろ率先して瓢箪を割ろうとする始末である。
……あぁ、相談する人間間違えたかもしれない。ここにも瓢箪あるから気をつけてもらおうと思ったのに。
「ですが、魔人が完全復活してしまえばちぬの命も同時に失われてしまいます」
「そこなんだよ、そこ。
魔人が復活するのはお前の話でわかったけど、なんでちぬが死ぬ事になんの?
あたし達が魔人に殺されってんならともかく、お前の言い方だとちぬが死ぬのと魔人の復活が一緒にされてるじゃねーか」
「…説明してくれるのだろうな、ユウちゃん?」
モチロンですと俺は即座に二人の疑問に答える。
「魔人には使徒という自分の力をわけた部下がいます。
そいつらは魔人の封印と共に誰かの魂に縛られて同じく封印されました。
そいつらは魂の輪廻転生と共に何度も転生を繰り返しますが、魔人が封印されている限りは使徒の魂を封印されている誰かに危害は加わりません」
まさか、ときくとてるがちぬをバッと見つめる。
「ですが魔人が復活すれば、使徒の魂は活発化して封印を自力で破ります。
そして封印が破られれば…その誰かの命はありません。死んでしまいます。
ここまで言えばわかると思いますが、ちぬ―――君の魂には使徒の一人が封印されている」
「そっか…コレ、赤ちゃんの呪いじゃなかったんだ」
「お、おいちぬ、嘘だよな。お前の中にそんな奴、いねぇよな?」
「うぅん、きくおねたま。ユウちゃんの言ってる事は多分ホント。
ちょっと前から、ね、夢に出てきてたんだ。ぶっさいくな顔の変なのが」
うろたえるきくを他所に、ちぬは実に落ち着いている。
そういえば原作でもあったな。彼女は自分の中にいる何かについて気づいていた。
「――つまりだ。魔人の復活が不完全な内に滅ぼせばちぬは助かる。
それは理解した。次は戦を休戦しろという意義について説明しろ」
「使徒の復活には個人差があります。
なるべく感情を昂らせず、その特別な力を使わないと復活は遅くなります。
ちぬでいえば腐食させる力とか、特別な毒とかを使わない事で復活は遅らせる事が出来ると思います」
「成程。感情を昂らせる戦は下策か」
しかもちぬの中にいた魔導はぶっちゃけてしまうとザコキャラ臭かった。
他の戯骸や煉獄に比べれば力は弱い方だし、早期に魔人を殺せれば復活を未然に防ぐ事も可能だと思う。
おまけに戦が休戦になれば農民たちの負担は軽くなるに違いない。
あの村の農民たちはもうどうしようもないが、他の農民たちの負担は軽くなるだろう。
冷たいと思われるかもしれないが、あの村人達とはそんなに深い関係だったわけじゃない。ここで直談判までして助命をこう必要性を感じられない。
「これから俺は魔人についてよく知っている天志教に行こうと思います。
天志教とは魔人ザビエルを封印するために生まれた、という説もありますので。
ひょっとすれば使徒の復活を遅らせる秘術などがあるかもしれません」
使徒化を防ぐ方法を探すといえば目的地は天志教か陰陽師の総本山北条になる。
しかし原作において北条早雲が手を尽くしても使徒化を防ぐ手立てがないと言っていた。
ならば当たってみるべきは北条ではなく天志教だ。
それに個人的な感情を抜きにしてもちぬの件は放っておく事は出きない。
使徒の復活はただでさえ大変な魔人に金棒ではなくロケットランチャーを持たせるくらいの厄介さになる。
魔人が復活した以上、出来る限り使徒の復活を防がなければいけない。
「ちぬはここにいてくれ。自分一人で行ってきます。
最悪使徒の復活を防ぐためにちぬごと殺されかねない」
魔導の魂はちぬにくっついているため、ちぬが死ねば引っ張られる形で輪廻転生の輪に戻る事になる。
そうなれば魔人が復活する間に転生する可能性も低くなるし、仮に転生しても零から魂を侵食する必要がある。
時間稼ぎのためにちぬを殺すという選択肢がないというわけではないのだ。
ここまで唐突な事をつらつらと口にした俺だが、ちぬの自覚という確証があった。
俺だけの話なら何を馬鹿なと狂人の戯言にすぎないが、ちぬの命がかかっているのである。
信じない、というわけにはいかなくなったはずだ。
以前天志教を避けて通ったように、俺は今でも天志教に行くのにビビってる。
けれど今回は魔人が復活したという確信があるし、ちぬを助けるという名目も出来た。
会って間もない仲だけど、この後ちぬが魔人に喰い破られるというのは目覚めが悪すぎる。
性眼のおっさんが話のわかる人だったらいいのだけどなぁ。
魔人復活の情報を持っている以上、呪い憑きだからと即座に殺されたりもしないだろう。
しかも信長の魔人化がまだ初期であれば月餅の法(そんな名前だった)によって封印する事すら可能なのだから。
「どうする、元就?」
「こいつの話を信じるかって話だよな。
こいつはともかく、ちぬが心配だ。魔人をぶち殺すってのは確定事項だけど」
「おとたまー」
ここで初めて毛利の棟梁に指示を仰ぐ事になった。
ここの天守閣はともかく広くて大きい。単純な部屋の広さもだが、天井が途轍もなく高い。
織田の天守閣と比べれば2,3倍はあるだろうか。
その天守閣の一番上座にその男はいた。
東大寺の金剛力士像くらいの大きさと威圧感を周囲に振りまき、今まで静かに話を聞いていた。
冗談としか思えない巨躯と老人には思えない覇気の強さ。
毛利元就。
呪い憑きと化して以来、人類最強を誇った人外魔境の体現者。
毘沙門天の化身と謳われる上杉謙信に比類する化物である。
〈ズシン! ズン!〉
その大仏像のような大きさと威圧感を振りまく男が初めて動いた。
一歩歩くたびに天守閣の間に地響きが鳴り、床が振動する。
そんな光の戦士の敵役としても通用するような化物が俺の前まで歩み寄る。
な、なにか俺気にさわるような事言ったか?
まさか、ちぬにタメ口だったのが気にくわないとか!?
「避けてぇ、見ィろぉ」
「え?」
ゆらりと俺の何倍もありそうな刀身の刀が上段に構えられる。
そして呆気に取られている内に――元就の身体が僅かに揺らいだ。
〈ゾクリ!!〉
今まで感じた事がないレベルの首筋の疼き。
疼きなんてレベルじゃない、まるで焼きごてを押し付けられたかのような激痛。
俺は元就が何をしたのかも理解できないまま、今までで培った死の気配から逃げるように床を蹴る。
〈ダァァァァン!!!〉
まるで至近距離で爆弾が爆発したかのような衝撃。
目の前に畳の破片と思われる物が飛び散り、木材っぽいのも粉々に砕けて飛んでいる。
な、なんだこれ? 刀を振り下ろしたのか?
ずざざざーっボロ雑巾のように畳の上を転げまわって、跳び逃げた勢いのままだったのに抵抗して起き上がる。
全力で跳びのいたため、畳が擦れて腕と顔が大変な事になっている事だろう。ズキズキするし。
そして俺が見た光景というのは――爆心地もかくやという悲惨な現状だった。
振り下ろされた刀は畳と床を突き破って下の階にまで届いている。
余波とでも言うのだろうか。馬鹿げた威力によって爆弾が爆発したかのように畳が錯乱。
見るも無残な姿に成り果てて、木片と共に畳の残骸があたりに散っていた。
「な、なにを?」
「合ぅ格だぁぁああ。おまぇに任せぇるうぅう」
呪い憑きの影響である、特徴的な間延びした元就の声が届く。
間延びしたと言ってもちぬのように可愛らしいものではなく、地獄から響く鬼のような声である。
それはともかく合格? どういう事?
「そぉれならァ、簡ン単にィ死ななぃぃいだろォォおおお」
どうやらさっきの一撃は俺が信じるに足るかどうかのテストだったようだ。
本気で勘弁して欲しい。ちょっとチビッたじゃねぇか! どうしてくれる!
実際には口に出せない小心者の俺だが、心の中で元就に罵声を浴びせまくった。
「では元就」
「こぉいつゥううにィ、金をぉ渡しぃてえやれぇェ。
お前ェをおお信じィるぅうう。戦さぁわぁああ休戦んだぁああ」
こうして元就からの信頼を一応勝ち取った俺は即日に毛利を発つ事になった。
目的地は対ザビエルの総本山、天志教。
俺は魔人が月餅の法で封印できるレベルでしか復活していない事を祈りながら毛利を発つのであった。
おまけ
毛利家に移動すると言われて祐輔に用意されたのは自転車だった。
その自転車を用意したきくはフフンと得意げに胸を張る。
「こいつは自転車って言ってな、毛利家の強襲部隊が移動のために使うモンだ。
こいつで毛利家まで行くんだけど…どうしたもんかな」
そう言ってキキっときくは自分用の自転車に跨る。
きく達は訓練を積んで乗れるようになったが、この自転車に乗るというのは訓練が必要なためである。
馬とてばさきの機動力にはかなわないが維持費がまるでかからない毛利家の自慢だ。
二人乗りという方法もあるが、それでは自転車が潰れかねない。
さて、どうしたものかときくが思案していると。
「ちょっと借りますね。……うん、こんなもんか。流石にサドルの高さを変えるとかは出きないか」
するする~っといとも簡単に祐輔が自転車に乗っているではないか。
そんなアホなときくは目の前の光景が信じられない。
「おま、自転車に乗れるのか!?」
「? え、えぇ。乗れますけど?」
こいつタダ者じゃねぇときくが誤解を深めた一幕である。
現代人の祐輔から自転車に乗るスキルは一般的なのだが、それとは知らずすいすい乗る祐輔だった。
「わっ、すごーい。ねぇねぇユウちゃん、ちぬユウちゃんの後ろに乗っていいー?」
「いいけど…じゃあ座席に座って」
「けど座席に座ったら、ユウちゃん座る場所ないよ?」
「大丈夫大丈夫、それはこうして」
ちぬの要望を受けて祐輔は立ちこぎ且つ大きく身体をサドルと前輪の間に沈めて複雑な体制を取る。
それは現代でやった自転車に三人乗るためのポジショニングなのだ。
ちぬに車輪の部分でずっと立たせるわけにはいかないと祐輔はサドルを譲ったのである。
「なっ……!?」
なんだそれは。ありか、その体制はありなのか。
常識では考えられない乗り方にきくとモヒカン達に衝撃が走る。
モヒカン達は概念を覆す自転車のライディングポジションに、きくはそれにプラスちぬを取られたと思って。
「ちぬ、あたしよりそんな男のほうがいいのか…?」
「すげぇ、すげぇぜあいつ! あんな体制で車輪こいでやがる!!」
「ヒャッハー! こいつはイカレてやがるぜ! マジ狂人!!」
「アニキ! もはやあの人はアニキと呼ぶべき人だぜ!」
変な所でモヒカン達の人気を勝ち取る祐輔だった。
*元就のフォントを一々整えるのは大変なので、ここぞという見せ場だけ変えます。
普段は違和感ありますが、このまま普通のサイズでいきます。