―――― 一乗谷城後方1、5km。
織田全軍はランスの指揮の下、集結していた。
既に全軍展開しており、後はランスの号令さえあれば突撃できる。
織田の本陣にて織田の家臣達が顔を突き合わせて最後の軍議を行っていた。
今回は事前に補給部隊も大量の物資を運んできているため心配ない。
更に言うならば浅井朝倉の領地に入ってからというものの、積極的な攻撃は控えられている。
その証拠に牽制程度の小競り合いしか起こっておらず、織田は全軍欠けることなく浅井朝倉の居城にまで辿り着いていた。
「…しかしというか、やはりと言うべきか。
かなりガチガチに固められていますね。これは落すのに苦労しそうです」
遠目に小さく映る一乗谷城を眺め、やせ細った一人の武将が自分の見識を告げた。
その武将の名は明智光秀。まだ若いというのに苦労しているのか、疲労が眼尻に色濃く表れていた。
居城というだけあり、攻め難い造りになっている。
通常城を落とすには五倍の兵力が必要と言われているが、正しくその通り。
そして今や城の周りには何重にも柵が作られ、堅牢な城塞と化していた。
「ふん。あんな守り、俺の必殺技一発で消し飛ばせる」
どれほど時間がかかるかという光秀の言葉を遮ったのは、やはりランスだった。
堅牢? 確かに一般の感性からすれば城門に辿り着くためにどれほどの犠牲が必要か考えたくもない。
しかし彼――――ランスの手にかかれば、それこそ片手間に可能なレベル。
「うむ、ランス殿の言うとおり!
あの程度、この勝家の槍の一振りで蹴散らせてくれるわ!」
「流石に一撃というわけにはいかないが…時間をかければ可能なのは間違いない」
そして織田には一騎当千の猛将が揃っている。
織田の忠臣乱丸といえば女の身なれど、鬼と恐れられる武者。
豪快な笑いと共に自分の槍を見せ付ける柴田勝家も諸国に名を轟かせている強者揃い。
彼等の敵、浅井朝倉も既に布陣を済ませている。
光秀も自軍の武将が精鋭揃いで信頼が置けるのはちゃんと理解できている。
しかし、それでも拭いきれない嫌な予感がするのだ。
「鈴女殿。敵が畳を大量に持ち出しているとは真なのですか?」
「ニンニン、そうでござるよー。
槍も弓も刀も持たずに、普通の畳を持ってきていたでござる。
あとよくわからない白い包み(つつみ)も持っていたでござる」
そして意味がわからない兵士の存在もある。
一部隊と呼んで差支えない程の人数が用途の不明な行動に出ているのだ。
軍師としてはこれほどに不気味な事はない。
また布陣にも素人がひいたのではないかと思える部分があるのだ。
その畳を持った戦闘力のない一団が分散し、前面に一列となって配置されている。
畳を持っていれば弓矢は多少防げるだろうが、刀や槍の一撃ではばっさりと切り捨てられてしまうというのに。
「何を恐れているというのだ光秀! 敵は臆病者の集団。
その証拠に小癪にも柵など作りおって、あの程度の小細工で足軽隊の勢いを止めようなどと方腹痛いわ」
勝家の言うとおり浅井朝倉は何重にも柵を作り、後方の部隊にまで侵攻されないようにしている。
現に直接攻撃されたら脆い弓兵部隊は何重にも張られた防護柵の内側に身を寄せている。
無論直接刃を交えなければならない武士隊や足軽隊は防護柵の外側に展開していた。
「たしかに、ですが、いえ、やはり…」
しかしここでも奇妙な点が一つ。
身を守るための防護柵がたった一つだけ織田と浅井朝倉の【中間】に作られていたのだ。
本当に中間に作られている防護柵は織田の攻勢を防ぐための物なのか?
「要領を得ない奴だ。もういい、さっさと攻めて城落とすぞ。
それで雪姫を尾張に連れて帰って、シィルと一緒に3Pだ!!」
ガハハハと大口を開けて笑うランスではあるが、あやしい所があると言って足踏みしているわけにもいかない。
そしてその違和感を感じている光秀だが、その違和感の正体がはっきりとわかったわけではない。
彼の合戦における戦法において、中間に位置する場所に柵を用意してもはっきり言って意味がない。ない、はずだ。
「おー、可愛い雀でござるな。
ここは戦場になるから、早く何処かに逃げるでござるよー」
他の小動物は既に逃げ出しているというのに、一羽の雀がジッと見るように本陣の隅でランス達を見ている。
鈴女がさっさと逃げるように手で追い払うと、チチチと鳴き声を上げて飛び立った。
合戦開始の合図、法螺貝を鳴らすようにランスは控えていた兵士に命令を下す。
こうして織田と浅井朝倉最後の戦いが幕を上げた。
後世の歴史家が注目している【鉄砲】が初めて運用された戦として。
■
「がっはっは! 死にたい奴から前に出ろ。
織田の一番槍、柴多勝家の槍の錆びになりたい奴からな!!」
勝家率いる足軽隊が織田の最前線を務める。
そもそも戦国時代の戦の開始といえば、槍の突き合いから始まる。
この戦いで勝利した勢力がまず戦いの流れを作るといっても過言ではない。
そのためより長く、より遠くへと届くように槍の長さを競って各国は伸ばしていった。
戦場の華といえば刀での斬り合いだが、それは乱戦になってからの事。
戦場に始めの一文字を切り刻むのは長い槍を持つ足軽隊なのである。
そして勝家率いる足軽隊は群でありながら個、巨大な怪物となって浅井朝倉に襲いかかる。
その密度、その圧力、その突進力。どれを取ってもJAPAN一と言っても過言ではない。
急造で造られた防護柵など吹けば飛んで行くかのように地響きをならす。
戦場の高揚に勝家は顔を愉悦に歪めていた。
幼子と共に遊ぶのも楽しいが、戦の空気も比べようがないほどに興奮する。
戦場に雄叫びを響かせながら先頭の足軽隊が防護柵にまで到達した。
横の兵士と槍を突き合わせて防護柵を吹き飛ばす。
防護柵の一角が吹き飛び、他愛ないと勝家は続けての進軍を全部隊に指示しようとする。
まだまだ本番はこれからだ。命のやり取りをしてこそが戦場。
後方織田軍からも弓の射程に入ったのか、援護射撃が開始される。
手柄をやるものかと勝家自身も防護柵に辿り着き、槍で弾き飛ばそうとした瞬間。
<ドガァァアアアアアアアァァン!!!!!!!!>
今まで耳にした事がない、つんざくような轟音が織田全軍の兵士に叩きこまれた。
それは例えるなら目の前で雷が落ちたかのような空気の震えと体に走る激痛。
何が起きたか理解する猶予も与えないとばかりに、次々と前のめりに倒れ伏す足軽隊。
勝家は完全に鼓膜を震わされ、三半器官も影響を受けたのか体をよろめかせた。
焼けるような痛みを訴える右腕を見ると、ダクダクとドス黒い血が流れている。
その勢いと出血量を見るに、太い静脈が傷ついたのだろう。
「ぐぬぅぅぅぅぅぅぅ!!! 一体、何が?」
攻撃されたのか? しかし、相手側から弓は放たれていなかった。
そしてあの轟音は一体何だというのだ?
勝家らしからず暫し呆然としている間に先ほどと同じように轟音が戦場に鳴り響く。
織田足軽隊は開始数分で壊滅状態にあった。
■
時計の時間は少し遡る。
ランス率いる織田軍が合戦を開始する数刻前、織田軍が進軍している事を知った浅井朝倉は重警戒態勢で準備を進めていた。
兵士全員に鎧と武器が手渡され、拠点防御用の布陣が敷かれていく。
「言われたとおりに鉄砲隊を配置したよ。
武士隊にはちゃんと刀と槍を一本ずつ、鉄砲隊の壁部隊には前面を覆うための畳を持つようにも言ってある。
弾の弾数も浅井朝倉にある半分の数を待たせてあるから、弾切れの心配はないだろう」
「随分と早いですね。それと俺がお願いした命令の指示は徹底して頂けましたか?」
「ああ。それは大丈夫。
敵の総大将ランスの首を持って帰ってきた者は一族郎党鏖(みなごろし)の厳罰。
加えて君の作戦に関して怯えないようには全軍に通達してある」
「よかった。それならなんとかなるかもしれません。
……今さらですが、俺が指示を出してもいいのですか? 一郎様の部隊なのに」
「ははは、そうは言ってもね。
鉄砲隊を任せられても、僕はその運用方法をよく知らないしね。
普通の足軽隊や武士隊ならともかく、父上も無茶を言うよ。それに僕は全軍も指揮しないといけない」
一郎は驚くことに、鉄砲隊を任された自分の隊。
そして全体の作戦の指揮に関しても、深く裕輔の意見を取り入れたのである。
もっとも取り入れたというだけで、全面的に裕輔が指示を出すわけではないが。
「あくまで俺が作戦は考えるだけであって、戦場の指揮までは出来ません。
乱戦になった場合、一郎様に指揮を執ってもらわないといけませんよ?」
「それは勿論執るよ、鉄砲隊の運用が終わってから…ね」
裕輔は作戦指南書を読んだことがあるだけのペーペーである。
そんな裕輔が全体の指揮を執るなどは不可能であり、周囲もそれを認めるはずがない。
あくまで裕輔が手を出せるのは作戦立案の時点での上申のみ。
合戦が始まってから実際指揮を執るのは一郎なのだ。
「それとさっき言っていた事は本当にできるのかい?
戦場の全ての様子を即座に把握するなんて…そんな事は神様じゃないと無理だと思うけど」
裕輔はこの戦、自分の持てる全てを使うと決心した。
それは自身の呪い付きの力も、原作における知識もひっくるめて全て。
一郎にそんな進言をしたのも呪い付きの事がバレてもいいという覚悟の現れだ。
「実はですね、動物使いなんですよ。
魔法で動物を自由自在に操れる…こんな風に」
裕輔が右手を頭上に掲げると、数羽の雀がぴたりと止まる。
雀とは元来人に懐かず、人の気配に敏感で裕輔のように手懐ける事は難しい。
裕輔に寄り添うようにおとなしい雀を見て、一郎は感嘆の声を上げた。
「すごいね。それは元々連れていた雀じゃないんだろ?
その場の雀をそこまで操れるなんて、まるで――――」
まるで――― 一郎は自分の口から出てきそうになる言葉を飲み込んだ。
【まるでパンダを自由自在に操ると言われている仙人みたいだ】という言葉を。
そして一郎はその仙人が修行で得た力ではなく、呪い付きだという噂も知っている。
(まさか…ね)
裕輔が呪い付きなわけがない。
何か月も一緒に城で生活していたが、裕輔に呪い付き特有の異変が起こったことはない。
体に異常が出たわけでもないし、性格が豹変したという事も一度もない。
「魔法の応用ですよ。しかも、雀の言葉もわかります。
こいつらを使って、上空から戦場を見下ろして俺に伝えさせます。
そうすれば、戦場の様子全てを見渡すことが出来ますよ」
「それは凄い。期待しているよ」
裕輔と会話を交わしつつも、一郎は纏わりつく嫌な予想を振り払えずにいた。
そんな事はある筈がない。しかし完全にないと否定できない自分もいる。
一郎の心を葛藤させる一因は裕輔の左腕にもあった。
「それで裕輔君。夜盗に傷つけられたという左腕の調子はどうだい」
「え、えぇ…まだ痛みますので、包帯に薬を塗りこんで処置しています」
「夜盗が現れるとは嘆かわしい事だけど、今は戦時中。
悔しいけど、夜盗や山賊に対応できるようになるには暫くかかりそうだ」
裕輔の左腕全体に巻かれた白い包帯。
その真っ白な包帯を見るたびに、一郎の心はざわつくのだ。
包帯の事を指摘した裕輔の顔に動揺が浮かんだように見える自分が尚更一郎は気に食わない。
(何をやっているんだ、僕は。合戦前に背中を合わせる相手を疑ってどうする)
浅井朝倉の現状を打破してくれたのは裕輔だ。
鉄砲という凄まじい兵器を用意し、軍師としても全体を把握できるという特技で貢献してくれている。
そんな裕輔が忌み嫌われる呪い付きだと考えるなんて、どうかしてる。
「それでは一郎様。俺は技師さん達のところに行ってきます。
頼んでおいたものがどれくらい出来ているのか気になりますので」
「…………」
「一郎様?」
「あ、ああ、すまない。技師さん達にも礼を言っておいてくれ」
それではと頭を下げて走って行く裕輔を見送る一郎。
胸の中のモヤモヤを振りはらうように一郎は最終チェックを始めるのだった。
■
そして合戦開始直前。
裕輔は最前線の鉄砲隊の中にいた。
最前線とは言っても、ずらりと横一列に展開している鉄砲隊の一番後ろである。
裕輔自身も鉄砲の手ほどきは受けていたが、呪いによって左手が動かないために使用は不可能。
そのため鉄砲隊の後方でタイミングの指示を出すべく待機していたのだ。
一人目を瞑り、精神集中をする裕輔。
ピリピリと高まる戦場の緊張に裕輔の精神はガリガリと削られていく。
手と首筋にはじっとりと汗を掻き、軽装の鎧の布地は汗で湿っていた。
裕輔のいで立ちは非常に身軽な物だった。
頭には何も纏わず、篭手と胴を守るための鎧、下半身には何も付けていない。
また普通の太刀は裕輔が扱うには重すぎたので、一振りの小太刀を腰に指している。
本当はカッコつけて二本差したかったが、指していても扱えないのでは動きを阻害するだけなので付けていない。
【おーい! マスター! 本陣に行ってきたっすよ!】
「よし。早速聞かせてくれ」
そんな初めての戦場にガタガタ震えている裕輔の頭の上に一羽の雀が降り立った。
裕輔は『こいつ緊張でおかしくなったな…』という視線を受けるのは嫌なので、小声で応対する。
皆緊張で自分を研ぎ澄ませているのか、裕輔の奇行に目をやる者はいなかった。
【向こうはマスターが言った通りボインの姉ちゃんもいたっすけど、鉄砲には気付いてないっす。
中央に置いた柵の意味も不審がっている奴はいたけど、気にしないで攻めてくるみたいっす】
よし、と裕輔は内心でガッツポーズと冷や汗を拭う。
裕輔は危惧していた事態を見事潜り抜けたのである。
この合戦で一番危惧しなければならないのは織田に鉄砲の存在がバレてしまう事だ。
鈴女と裕輔は一度種子島家で遭遇しているし、鉄砲の存在を知っている可能性が非常に高い。
鈴女が織田陣営にいる=織田軍、少なくとも上層部は知っているという認識でいい。
また少なくない可能性でランスが気づくという可能性があった。
この世界で鉄砲とはチューリップという兵器の模倣であり、最初は劣化版でしかなかった。今は裕輔の知恵も借りて独自の路線を築いたが。
ランスとチューリップの開発者・マリアは既知の間柄なので、ランスが気づいてもなんら不思議はない。
「そろそろ攻めてくるっぽいな…紅組、射撃準備」
ずらりと横並びに並んだ兵士が布に包まれたままの鉄砲を構える。
布はギリギリまで被せる事によって、少しでも相手に違和感を持たせないようにするための措置。
前面の兵士は敵の弓の射撃を防ぐため、畳を盾代わりにする事で対策とした。
裕輔率いる鉄砲隊の構成は鉄砲を撃つ部隊、鉄砲の弾を補充する部隊、畳を持つ部隊の3つである。
鉄砲を撃つ部隊は総勢300名。最初に用意された中で一番鉄砲の扱いに長けた者を中心に編成。
そして残りの部隊200名は鉄砲の弾薬の補充、応急の整備にあてられる。
畳を持つ部隊は本来武士、足軽隊の面々だ。
ちなみにこちらの兵士の皆さまは浅井朝倉の訓練を受けた兵士である。
鉄砲隊の運用が終わった後に裕輔の部隊に槍と刀を渡すため、二本以上の武器を持っている。
彼等も鉄砲の運用が終わり次第、武士隊や足軽隊に早変わりして戦線に参加する予定だ。
鉄砲隊だからと言ってゲームと違い、弾薬が尽きたからと言って何も出来ないわけでない。
弾薬が尽きたのなら武器を持ちかえればいい。ただそれだけの話だ。
<ボオオオォォォォォ……>
戦場に合戦の合図、法螺貝の音色が響く。
地を鳴らす地響きと共に声にならない声で雄叫びを上げ、織田軍が進軍を開始した。
■
地平線全てを埋め尽くす、織田の大軍。
さっきから俺の体は情けない事に震えが止まらず、脚やら腰やらがガクガクブルブル状態。完全に膝が笑ってやがる。
多分この地響きも何割かは関係あるのだろうが、震えの殆どはビビりまくってるせいだろう。
【敵先鋒は槍を持った侍、その後に例の緑色の剣士が率いる武士隊が突進してきてるっす!】
そんな事報告されなくても、見ていればわかるわ。
圧倒的なまでの圧力と死の気配を撒き散らしながら距離を詰めてくる織田軍。
ともすれば気を失ってしまいそうになるが、ここで一番鉄砲について知っているのは俺。
「まだ撃つなよ! 敵が防護柵に到達するまで、絶対に撃つな!!
俺が指示を出すまで待機。畳を持っている者は弓矢を死んでも防げ!!}
鉄砲という武器は射程が非常に重要な武器だ。
敵が迫りくる圧力に負けて射程外から発砲してしまえば、敵に当たる事はない。
しかも敵も馬鹿ではないから、一度撤退して様子見をする事も考えられる。そうすればこの戦、浅井朝倉の負けだ。
「鉄砲を隠す布きれを剥いで捨てろ! 敵に向けて構えるんだ!!」
敵の先頭の足軽隊が防護柵に辿り着くまで、あと100m。
もはや敵は走りだしている。仮に鈴女やランスが鉄砲に気づいたとしても、軍は止められない。
一度動き出した軍を止めるのは不可能。
「畳を掲げろ!!」
山なりに届く弓矢のほうが射程は長い。
前回の合戦では弓矢の一斉射でかなり痛い被害を被ったらしいが、今回は畳を用意してある。
弓矢には畳を貫通するまでの威力はなく、前線にいる者の被害はほぼ皆無。
また畳の盾を持たない後方の部隊の射程は遠く、前線が突破でもされない限りは大丈夫。
空が矢で埋め尽くされて殺到する風景はただただ圧倒されるものがあるが、呆然としている暇はない。
俺も近くにいる畳を持った兵士の影に隠れてやり過ごした。
何故畳かというと、ぶっちゃけ盾の代わりとなる物を即席で用意できなかった。
そのため城の畳という畳をありったけ流用し、急造の盾代わりに使用したのである。
おかげさまで城の畳はほぼ全滅。かなり殺風景な風景になってしまっている。
そんな事を考えている間にも、織田の足軽隊は足軽隊と思えぬ速度で防護柵に到達した。
そして柵が破壊され、先頭の物を中心として鏃状に広がり――――――
「鉄砲隊、紅組―――――――撃ェ!!!!!!」
遂に発砲の号令を下した。
耳をつんざくような轟音が耳朶に響き、俺の聴覚を一時的に麻痺させる。
覚悟が出来ていたからよかったものの、これだけでも失神するのではないかという破壊力。
まるで臓器をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたかのような空気の震えを全身で感じる。
だが戦場で停滞する事は許されない。
「ぼんやりするな! 紅組、青組と鉄砲を交換しろ!!
慌てるな、ちゃんと銃を水平にしてよく狙え!! ……紅組、撃ェ!」
続けざまに第二撃を発砲。轟音が鳴り響く。
紅組(射撃部隊)が青組(整備部隊)から鉄砲を受け取り、撃った後の鉄砲を交換するだけだから二射までは実にスムーズに進む。
ここで足軽隊をどこまで削れるかがこれからのポイントになる。
遠くからだからよくわからないが、こちらに走ってきていた者は消え去っていた。
消え去っていたという表現は違うか。走ってきていた前面の者全てが地面に倒れ伏し、物言わぬ屍となっていた。
我先にと防護柵を乗り越えてきた者の屍によって、再び織田と浅井朝倉を隔てる壁が出来ている。
「青組、次弾装填急げ!! 畳を持っている者は敵の突撃に備え、何時でも各自で迎え撃てるよう準備しろ!!」
鉄砲隊が次の弾を装填している間が無防備になるのが欠点だ。
そのための畳の部隊であり、弾を装填させるスピードを短縮するための整備部隊である。
畳の部隊は何時でも敵の直接攻撃に備え、鉄砲隊を守る壁となってもらう。
しかしながら、その必要もないかもしれない。
敵の部隊は先ほどの勢いはどこに消えたのか、生き残った足軽隊の動きは完全に停止している。
個人的には無理もないだろうと同情するが、浅井朝倉にとってこれ以上にない好機。
鉄砲の破壊力は敵を呆然自失とさせてしまうほどに凄まじい。
やっぱり鉄砲ってすげぇ。
敵の射程外から一方的に攻撃が出来て、尚かつ一撃でも命中すれば敵に致命傷を与えられる。
これぞ正に戦国時代のチート武器。味方に鉄砲があれば百人力だ。
「緑の戦士の位置の確認、急げ!!」
【アイアイサー、ッス!!】
雀にランスの位置を確認させる。
万が一鉄砲の巻き添えで死んでしまったら、浅井朝倉の終焉を意味するからな。
若い雀が可能な限り上昇し、遥か上空から戦場を見渡した。
【豆粒みたいにしか映らないっすけど、まだ敵の武士隊の中心らへんにいるっす】
雀の利点とは空が飛べること、戦場を立体的に知覚できる事だ。
地上での人の目だと見渡せる範囲に限界があるし、敵もいるため集中できない。
雀と意志疎通ができる俺は戦場の移り変わりを立体的に。そしてリアルタイムで把握できるのだ。
【あっ、けど敵さん後退を始めてるっすよ! やるなら早くしないと!】
「装填できた者は紅組に鉄砲を早急に手渡せ。
紅組、狙いは敵足軽隊、並びに前面に展開する武士隊!!」
遠目にも半ば壊滅状態にある足軽隊、そして多分ランスが紛れているだろう武士隊に狙いを定める。
ランスは武士隊の中央にいるので、そこまで鉄砲の弾は届かないので問題ない。
これで敵の近接武器(刀、槍)を持っている前線部隊を丸裸にする。
雀の言うとおり、俺の目にも織田軍が後退を始めているのが見えた。
俺が敵の指揮官でもそうする。前線部隊は得体の知れない兵器によってボロボロ。
体制を立て直す意味でもここは撤退すべき。
「第三射――――撃ェ!!」
させないけどな。
鉄砲の一斉射撃はまだ射程内にいた織田軍に襲いかかる。
織田軍の退きが速かったために第一・第二掃射よりも倒せた数はかなり少ない。
そして敵が引いてしまった以上、こちらも鉄砲を運用するわけにもいかなくなった。
今ここで鉄砲を扱っている部隊は数日前に鉄砲に触れたばかり。
熟練度も低いため、移動しながらの運用は難しいと言わざるを得ない。
ここまでお膳立てする事により、やっとここまでの効果を発揮する事が出来るのだ。
「二郎様、後はお願いします。俺は一郎様の所に」
「おう、任しときな! 鉄砲隊は鉄砲をその場に捨て、畳を持ってる奴から武器を受け取れ!!
畳を持って弓矢を防いでいた浅井朝倉の野郎共、俺達の出番だ!!!
敵が逃げるなら背中を斬れ! 刃向ってくるのなら潰せ! 俺達が浅井朝倉を守るんだ!!」
鉄砲隊の面々も次々と鉄砲を地面に落とし、畳を持った兵士から槍やら刀を受け取る。
事前に作戦を話していただけあって農民である事を踏まえても、迅速に武器を装備。
織田が混乱から立ち直ろうとしている間に隊列を整え、織田に矛先を向ける。
これからは敵味方入り混じっての乱戦になる。
一郎様や二郎様が浅井朝倉の陣形を組み替え、知略を尽くして用兵しているのだろうけど、俺にはあんなの不可能だ。
経験値が違うのだと、改めて現代っ子である自分を強く認識させられた。
今までの鉄砲隊の流れだって、全て最初からシュミレーションしていた通りだったから指揮できたようなもの。
敵の位置を知っていて、守るべき拠点がある以上防衛戦となる。
ここまで最初のスタート位置を知っていて、敵が攻め込んでくるしかない状況。
鉄砲を発砲するタイミングさえ間違えなければ子供でも指揮できる。
しかもその発砲するタイミングでさえ自分の目で距離を測ったものではない。
事前に鉄砲の射程を測り、射程に入る位置に簡略な防護柵を配置。
あとは敵が防護柵まで到達すれば発砲を指示すればいいだけの事だったのだから。
「恐ろしければ敵を槍で貫け! 刀で斬り裂け!
正義は我らが浅井朝倉にあり! 全軍突撃!!!!」
二郎様率いる前線部隊が織田の撤退を見逃さず喰らい付くのを見送り、俺は一郎様の下へ急ぐ。
浅井朝倉全軍を指揮するのは一郎様なので、俺の能力を活かすには一郎様の所へいかなければいけない。
先ほどの雀のリアルタイムで戦場を見渡す能力は兵を指揮する上でこの上無い力となるのだから。