ゼニス編
「空を飛んだり海に潜ったり、我ながらハードスケジュール過ぎるわ」
ミサイルサイトの地下から潜水した先は海底トンネルで、四本の地下通路が十字に伸びていた。四人はそこで、それぞれの目的地に向かうべく別れた。まりなの目的地はモーリーの潜伏する潜水艇だった。
真道カスミの七つ道具の一つ、『アクアラング』で潜水した後であった為、まりなは空挺迷彩服を脱ぎ捨て、迷彩柄のビキニ姿である。銃は潜水には邪魔になるのでベレッタM1919だけで、殆どの装備を捨てなければならなかった。
「水も滴る何とやら、という日本語があったね。今の君に相応しい形容詞じゃないかね、まりな君」
「あーら、お世辞にしても本当の事を言われたら、まんざらでもないわね。本来は男性を指して使う言葉だったらしいんだけどね」
「日本語は難しいね。さて、海底研究施設『SeaLab』にようこそ」
「お久しぶり、教授。『本物の』私が貴方と会うのは10年ぶりくらいになるかしらね」
まりなは海底に設置された定置式居住施設でモーリーと対峙していた。円筒状のタンクのような居住ブロックが数十棟も連結され、海底トンネルでミサイルサイトと繋がっていた。
「私にとってはつい先日の事のようだよ。何せ、クローンのキミと昨日までやりあっていたんでね」
内部は潜水艦と大差無く、限られた閉鎖空間の中で台所や寝室、トイレと実験スペースなどが機能的に配置されている。まりなとモーリーはメイン居住区となっている『主室』というエリアにいた。
「わざわざクローンまで使って自演?それにしても私、記憶を複製された事なんてないんだけど」
「それは当然だろう。キミの記憶は『レディオ』の能力による『憑依』を利用したのだ。『レディオ』がキミに変装した事があっただろう?アレと同じ事をして『イメージ・トランスクリプション』で記憶のデータ化を行った」
「記憶のデータ化、それ自体は既に動物実験で可能とされているわよね。PTSDの治療では薬物の投与によってトラウマとなっている記憶を弱めて治療する、という実験まであるそうだし。つまり、消去が可能なのだから、定着も可能って事になるわね」
「記憶の移植にはμ-101の4つの重要技術の内の3つ、『強催眠導入剤』『細胞安定剤』『イメージ・トランスクリプション』が用いられているのよね?洪の自室でデータを漁ってたら出てきたわ。起動コードをオジサマ……桂木源三郎が隠蔽。でもそれは、『洗脳装置』の起動コードではないのよ」
「ほう……何だと言うんだね?」
「起動コードが無くても、サブセット機能の一つであるマインドセット・シュミレーターは作動可能で、その機能は度々アップデートを受けてきた、とされているわ。今ではVR技術を取り入れた『VR射撃訓練』や『VRパラシュート降下訓練』が実施されているのよ。私が降下訓練100回に満たないのに正確に降下出来るのは、その訓練を受けたから」
「たった1回のシミュレーションで、ベテラン空挺隊員と同じレベルに仕上がったのよ。これが『洗脳』の驚くべき効果よ。これによって米軍の訓練課程を一気に短縮出来る。ただし、問題も当然起きたわ。それがあのオカマ……『レディ・ガルデニアス』の存在」
「あのオカマはそういったVR洗脳訓練を各種受けまくった結果、解離性同一性障害……つまり二重人格になった。そりゃそうよね。普通じゃ考えられないスピードで強制的に経験を積ませたんですもの。俗な言い方をすれば、『強化人間』って事」
「相当なストレスはあったと思うわ。だから寝ゲロ吐きまくったんだし……まあ、それは今はいいの。あのオカマは自分が洗脳された事を自覚していた。だからダイイングメッセージを残してた。『あの女に気をつけてください』って。暗殺者『クローン法条まりな』の事よ」
「どこでそのようなメッセージを受け取ったのかね?」
「オカマに気絶させられた時ね。目が覚めたらメモが手に握らされてたわ。だから本部長にはメールで報告してあるのよ。『クローンまりなが生み出されてるかも知れない』ってね。さて、それで起動コードの件について」
「記憶を転写する装置……記憶情報を蓄積、統合した人工知能。それが『HADETH』……『High Availability Dominateor Extra-Tracking Horizontally』高可用性支配権・特別追跡水平分散システム。エルディア科学局が前国王亡き後、国王に代わって統治を代行する為に研究が進められたペーパープランの一つ。オジサマはきっと『まだ早い』と思って封印したんでしょうね」
「洪の屋敷で手に入れたのかね?やれやれ、ヤツが死んだ事で情報の流出が激しいようだ」
「さあ、貴方の企みはおおよそ掴んだわよ。もっとも、元々貴方は国際指名手配犯。問答無用で逮捕出来るんだけど。まずは蘭子ちゃんを保護させていただくわ。彼女は何処?」
「隣の部屋に寝かせているよ。もっとも、本人が帰りたがるかどうかは分からんがね」
まりなは内腿のガーターホルスターからベレッタM1919を抜いた。
「両手を挙げて。先に入りなさい」
「言う通りにしよう」
「やけに往生際がいいわね」
「これでも重症でね。ようやく歩いているような状態なのだよ」
「信じないわ。本当に怪我を負ってるとしてもね」
「分かったよ。大人しくしよう」
「そう。それでいいわ。ゆっくりね」
「……私はね」
「!?」
首の後ろにぞくりとした悪寒を感じ、まりなは咄嗟に身を引いた。
バチュン!!
「発砲!?こんな狭い場所で!」
『SeaLab』の通路は潜水艦と似ている。剥き出しの配管がいくつも通っており、人ひとりがすれ違うのもやっと、という幅しかない。そんなところで発砲すれば、跳弾が自身を襲う事もある。発砲は隣の部屋からで、モーリーは部屋の奥へ姿を隠した。
それと入れ違いに現れた人物は―――――まりなと同じ顔だった。
まりなは咄嗟の判断で通路の角に隠れる。
「……おっどろいた。本当に私のクローンなんてものを生み出したのね」
「私がクローンですって?いいえ。クローンは貴女よ。ゼニス最強の殺し屋『XX』さん」
「ちょっと、聞き捨てならないわね。アンタが本物だと言うなら、どうして教授を庇うのかしら?」
「庇ってなんていないわよ。暗殺教団『ゼニス』の頭目と、犯罪組織『アウトフィット』の影の総帥。どちらを優先して捕まえるべきか、その優先順位の問題」
「いい事を教えてあげる。実は私、本部長から『麻薬密売ルートを持っているんじゃないか?』って疑われてたんだけど、その濡れ衣を晴らすのも私の目的の一つ。暗殺教団『ゼニス』の頭目、クローン法条まりなが麻薬王。散々私を騙ってくれたわね。おかげでようやく、その尻尾を捕まえる事が出来たわ」
「それは貴女の事でしょう?シスター・ローサの持つネットワークを使い、中南米ルートを開拓しようと企んでいたのよね?さらには蘭子ちゃんが記憶しているという東南アジアルートの顧客リストを手に入れようとしている」
「……クローンが自分を本物だと主張する訳ね。中々厄介な手を使うわね」
「それはこちらのセリフだわ……教授、こうなるように仕向けたわね」
「とんでもない。私としては、元々片方には『引退』していただくつもりだったのだよ。これは予想外の展開だと言える」
「……一つ、いい事を教えてあげるわ」
「何かしら」
「クローンはね。指紋だけは誤魔化せないのよ。スマホの指紋認証でアンタの化けの皮を剥がしてあげる」
「こんな海底ではスマホの通信は出来ない。ハッタリはよしたまえ」
「教授、海底ケーブルって知ってる?」
「無論だ。日本が海底地震計や津波計を敷設しており、人民解放軍の潜水艦を常に捕捉しているという話も聞いている。まさか、海上自衛隊の潜水艦でも呼んだかね?しかし自衛隊がこのスプラトリー諸島にまで来るとは思えないがね」
「そうね。自衛隊が海外に出張って活動する訳にはいかないわね。だけど、このスプラトリー諸島に敷設されているケーブルの保守点検用の民間のケーブル敷設船があってね。どうやって保守作業するか知ってる?水中作業ロボットが大活躍なのよ」
「民間船だと?いや、確かに何隻かの貨物船が航行しているのは確認しているが、全て南から北上する船だ」
「自衛隊なら日本から来る、って思うのは当たり前よね。先入観って怖いわよね」
「……成程。それで民間船か。我々が捕捉出来ても、敢えてスルーするのを見越していたか」
「内調って通信系企業と仲良くしててね。俗に言う天下り先ってヤツね。自衛隊は防衛庁管轄だから、当然ながら内調とは命令系統が別。それよりも天下り先にお願いした方が早かったりするのよ。ちょうど海底ケーブル敷設船が日本に戻ってくるタイミングでよかったわ。しかもAS332シュペルピューマ級のヘリが発着可能なのもポイント高いわ」
「ふむ、しかしだ。それでどうしようというのかね?指紋が今すぐ調べられるという訳では無いのは変わらない」
「インマルサットによるデータ通信でスマホも通じるのよ。まあ今すぐケーブル敷設船に移れる訳じゃないんだけど。私が言いたい事はそっちじゃないのよね。この海底研究施設、貴方達の潜水艇を全て繋げたものでしょう?」
「構造がまるっきり潜水艦と同じなんだもの。隣のモジュールへの移動は艦橋部のハッチのみ。連結用のタンクがそれぞれと繋がってるんじゃないかしら?」
「金塊を盗んだのはただの過程であって、本当の目的は金触媒によるナノマシン開発……いえ、ウイルスの生成。酸素発生装置で海水と反応させて電気分解出来るのよね」
「その名は『リーヴワン(Leave One)』……『ロストワンウイルス』の進化形。海水でアミノ酸ナノマシンウイルスを増殖させて、世界中を汚染する。あらかじめ仕込んだ暗号を電気信号で送信すると、潜伏していたウイルスが活性化。コンピュータウイルス『アスクレピオスの杖』と連動して発動する」
「……一体、何処でそこまで知ったのだね?洪にもその件は伏せてあったのだがね」
「教授。貴方、内調のエージェントが私一人だけしかいないと思ってない?」
「……何だと?」
「教授は国際指名手配犯。だけど私は、かつて貴方に利用された身。だから私は教授に対する捜査から外されていた……今まで、ずっとね。『ロストワン事件』の後、ずっと貴方を追いかけていたのは別の捜査官よ」
「……そんな者がいたようには感じなかったがね」
「桐野杏子よ」
「杏子ですって?あの子は寿退社した筈よ」
「私のクローンが私のいない隙に本部ビルに侵入して情報を掠め取っている可能性があったから、杏子は寿退社と見せかけて姿を隠したのよ。ドジでマヌケな欠陥捜査官……そんな風に見えていたでしょう?」
「リベラル寄りな両親の思惑で、二重スパイとして入り込んでいたんじゃなかったの?」
「あの子、三重スパイよ」
「え?」
「両親どうのこうのってのは本当だけど、内調がそんな程度見抜けない組織だと本気で思っていたの?あの子は座学においては私以上の秀才なのよ。あの子はカウンターインテリジェンス……防諜専従の捜査官。ドジっ子の演技がいつしか本物になってしまったくらい優秀なの。後は本人に話してもらうわね」
「……本人、ですって?一体何処にいるって言うの?この海の底で?」
『……ぱーい』
「π、ですって?約3?どういう事なの文科省!私の学生時代と違うじゃない!」
『……せんぱーい!聞こえますか、先輩!』
この海底研究施設の放送設備から、年若い女性の声が響いた。
「聞こえているわよ、杏子。さすが日本の高感度地震津波センサー。そりゃ米軍の原潜さえも出し抜くわよね」
『もう、先輩ってば。私の頃には既に円周率は3で習いましたよ!』
「これだからゆとりは!」
『そんな事はどーでもいいんですってば、先輩!わざわざ民間の海底ケーブル敷設船『パシフィックリンク』に相乗りさせてもらった上に、海底作業ロボットの無線まで借りてるんですから!無駄話は一切許しませんよ!』
「あー、ハイハイ。とにかく、アンタの口から説明してあげて頂戴」
『丸投げ!?しかも前後の文脈がぜんっぜん分からないんですけど!』
「……『ロストワン事件』からずっと、私を追っていたというのかね?何故だ?桐野杏子君、だったかな」
『あ、はい。桐野です。『ロストワンウイルス』について、不可解な点が残されていたからですよ。そもそもコンピュータウイルスの筈なのに、どうして水道水を介して人体に感染するのか。そこがあまりにも突拍子なくて、おかしかったんです』
『バーチャルなプログラムがリアルに感染するのはおかしい。その疑問点について、私はずっと捜査を続けていました。そしてようやく掴んだのが、コンピュータウイルス『アスクレピオスの杖』の存在です』
『このコンピュータウイルスが電気信号で実験用マウスのDNA情報に対して攻撃を行ってガン細胞への変質という効果を示した論文を、ケンブリッジ大学トリニティカレッジのレン図書館で発見しました』
『奇しくも、旧エルディア情報部出身のアウトフィット幹部の三名が作った『トリニティ・グループ』と名前が被っていますし、ジェームズ・洪が『ヘルメスの緑玉板』を盗んだ場所でもあります。実はこの三名、旧エルディア王国の国費留学生としてケンブリッジに留学していた事が判明しました』
『マイケル・モーリー教授。貴方はこの三名と、同じくケンブリッジで学んだご学友だったんですよね?そしてロストワンウイルスを生み出したアルタイル社の桜把という人物とも知り合いでしたよね?彼に元内調のエージェント、見城陽一を紹介した。『ロストワン事件』の真の黒幕は貴方です!』
「説明ありがとう、杏子。あとは私のサルベージ作業、監督よろしくね」
『ええっ!先輩、私の出番これだけ!?酷いっ!』
「……ふー、やれやれ。まりな君。君の後輩は実に優秀だ。だが、証拠は何もない……などという言い訳はあまり意味を成さない。何せ私は国際指名手配犯。証拠など、捕まえてから後ででっち上げてしまえばいい」
「よく分かってるわね。杏子の捜査は状況証拠ばかり。でも、でっち上げっていうのは違うわね。充分に説得力を持った状況証拠から、物的証拠は見つけ出せるものなのよ。そして、この場合の物的証拠は、クローン法条まりなの指紋よ。アンタの身柄を確保すれば問題ないわ」
「私が法条まりな、なのよ」
「観念なさい」
「……私が!法条!まりな!なのよ!」
みしっ!
もう一人が叫ぶ。必死の形相で、自身の両腕をかき抱く。
「……そういえばアンタ、両腕を骨折してた筈よね?それが綺麗さっぱり治ってるって、まさかアレかしら」
かつて、死にかけた事があった。手首の腱をナイフで切られた事もある。
「あははははは!!あははははははは!!」
突如、もう一人は狂ったような哄笑と共に内腿からベレッタM1919を抜いた。
パン!パン!
「残念だけど」
バチィン!
CARシステムによる半身の立ち位置へ構える動きが、同時に至近距離からの射撃を躱す体捌きでもある。僅か数ミリの見切りで逸れた弾丸が、背後で何かに当たった。
――――パン!!
至近距離からの射撃。CARシステムの利点は素早く構えが取れる事である。
しかし。
「なっ!?」
ベレッタの弾はクローンまりなの額に命中し、大きく後ろに仰け反る。しかし、みるみるうちに弾が体外に排出され、ボトリと床に落ちる。額に空いた銃創がまるで逆再生したかのように修復され、やがて跡形もなく元通りになる。
「いくら25口径だからって!あのオカマもそうだったけど!」
「君自身が言った事だよ。『強化人間』だと。レディ・ガルデニアスもXXも、洗脳と同時に『リーヴワン』を投与している。その効果は細胞を異常増殖させ、がん細胞化する事だが、刺激をコントロールする事で肉体の強化を促す事が可能だ」
「それなら!」
内腿のガーターホルスターから予備のマガジンを抜き、入れ替える。弾倉にまだ弾が残っている状態でのリロード。
ガチッ!――――ガチッ!パン!ガチッ!パン!
「――――がッ!?」
交換後の一発目はやはり弾が体外へ排出されてしまうが、二発目は排出されずに傷口だけ塞がった。
「NYPDなどに納入されているスピアー社の25ACPホローポイント弾よ。内部で弾頭が拡張して抜けないのよ。だから傷が治らない。対オカマ用に用意したものだったけど、役に立ったわ」
パン!パン!パン!
続けて3発、4発、5発と叩き込む。クローンまりなの身体は反動で仰向けに倒れた。
「ごめんね。アンタに恨みは無いんだけど」
パン!パン!パン!パン!
足で肩口あたりを踏み付け、頭部にさらに残弾全てを叩き込む!
「ぎ――――あ、が」
血と肉が飛び散り、傷口が跡形もなく消え去る。しかし、クローンは倒れたまま動かなかった。急激な再生能力はそれだけ膨大なブドウ糖を消費し、或いはタンパク質などを栄養を消費する。さらに弾丸が大脳に残る為に脳機能が阻害され、欠損部分が腫瘍となって圧迫する。
「……死んだわ。自分で自分を殺す事になるなんて、最悪の気分だわ」
空になった弾倉を捨て、交換前の弾倉に入れ替える。そのままモーリーへと銃口を向ける。
「さあ、観念なさい教授。蘭子ちゃんの元に案内しなさい」
「……分かった。こっちだ」
いくつかの水密扉を抜け、ベッドに寝かされていた蘭子を発見する。まりなは蘭子の肩を優しく揺さぶった。
「蘭子ちゃん、起きて」
「うーん……あ、マリナン?」
「蘭子。『アロンの杖』だ」
「――――you i i i i i everything else」
蘭子は突然、意味の通じない英語を話し始めた。
「これが起動コード最後のピースだ」
「AIを起動させたって訳?」
「それだけじゃない。金と海水を反応させ、『リーヴワン』を活性化させたのだよ。世界中の海がナノマシンウイルスに汚染され、やがて全ての人類がウイルスに感染するだろう。『アロンの杖』の所有者、つまり蘭子の一声で細胞のテロメア構造に刺激を与える事が出来る。日本のクラスAディテクティブ、舞ノ小路水陰の『体質』も同じものだ」
「……不老不死」
「『アロンの杖』についての逸話は知っているかね?」
「知ってるも何も、旧約聖書の『出エジプト記』に出てくる、モーゼがエジプトに『十の災い』を起こしたとされる杖でしょう?ナイル川の水を血に変えたり、疫病を流行らせたり、腫物を生じさせたり……腫物、つまり腫瘍?……癌細胞?」
「エジプト第12王朝時代の書物に、『ナイル川の水が血のように赤くなった』という記述があったそうだ。地中海のサントリーニ島の火山噴火による酸性雨の影響、と考えられている。ナイル川の水源が酸性に変じたのだ」
「そして『アロンの杖』は『預言者』に授けられた『王権』であった。『神の杖』『悪魔の杖』などとも『ユダの杖』『エフライムの杖』などとも言われる」
「王の権利、とは何か。それが『預言者』が授かった『十の災い』を引き起こす力。現代風に解釈するならば、それこそがナノマシンウイルス『リーヴワン』なのだ」
「……前後関係が逆転してるわ。今作った技術が過去にどう影響するって言うのよ」
「タイムパラドックスだよ。今作られた技術が遥かな未来において、過去へと跳躍したら
どうなると思うかね?」
「与太話にいつまでも付き合ってられないわね」
「いいのかね?既に君の手は、使い物にならないよ」
「……手が」
いつの間にか、銃を握る手の感覚が無くなっていた。
ゴトリ、と床にベレッタが落ちた。
「くっ……!それなら左手で……っ!」
残る左手でベレッタを拾い上げようとするが、左手に激痛が走った。
「……っ!」
「要するに、だ。蘭子は『預言者』なのだよ」
「……500トンもの金塊を強奪して、最終的な目的がソレ?貴方、実は宗教家だったのかしら?死に瀕した娘を救う為に、怪しげなカルトにでも入信したの?」
まりなは両腕の自由を失って両膝で跪いてしまった。
その時だ。
蘭子の瞳に、意志の光が宿ったように見えた。
――――ゴゴゴゴゴ!
同時に、全身に伝わる激震。思えば、潜水する前からこのような音が鳴り響いていた。
「蘭子ちゃん?」
「避難して!この音は、海底火山が噴火する予兆なんだよ!!」
――――ドッ!!
その日、日本のつくば市に拠点を置く防災科学技術研究所は、南沙諸島の近海でマグニチュード9.0の海底地震を観測した。
~エクソダス編に続く