かの東方領主の居館は、六ッ矢の街の西端に位置する。 元はそこを収めていた斉場(さいば)家の所有だったものを召し上げ、装飾一切を竜ごのみの白を基調としたものに入れ替えた。 本来であればそうした処置は『かの当主殿』の好むところではないが、そこが森、庭園そして河川とを障壁とした天然の要害であったことと、指導者の変更を民に伝えるためにはやむをえない処置であった。 ただ、戦に敗れた斉場家の遺児旧臣のうち、望むものは藩国本土への移住を許し、また居留する者の多くを、そのまま相談役として残し、その生活と身分を保障した。 今宵のような戦勝祝賀の夜会においても、招かれる立場であった。 ……とは言え、元が自分たちの城であったことを思えば、面白くはないだろうが。「聞きましたかな、例の男の件」「あぁ、あの男」「またも、武勲を立てたとか」「横から野良犬のごとくかっさらったの間違いだろう」 湿気と粘性をふくんだ声で、彼らはささやき合う。「夏山家といえば、絶えて久しい旧家であろう。そればかりを重用なさって。他家との均衡も考えてほしいものよ」「おや、ご存じないのか。夏山とは名ばかり。実際は、どこともしれぬガキよ」「なんと!?」「あの戦のドサクサにまぎれてここに紛れ込んだのを、あの変わり者の姫様が気に入られたのさ」「そのようなものに夏山の名を与えたのか! ……まったく、何がどうなってそうなったのやら」「竜の考えていることはよくわからん」 リィミィは、たまに獣竜であることがうとましくなることがある。 なまじ五感が人間や真竜よりもすぐれていると、いやな情報まで頭に入ってくる。「人気だな」 会話の内容までは聞こえずとも、時折向けられる視線から悪意は伝わってくるのだろう。礼服姿の星舟は肩をすくめた。「放っておけ」 傲然と壁にもたれて腕組みしながら、彼は嗤った。「どうせ直接言う気概もない連中だ。まして、直接オレや竜に手をかけることもできない。あーやって自分らの中で完結させて、満足してるだけさ」 東方領主が彼ら『相談役』に諮問したのは、せいぜい二、三回だった。 それも基本的な文化や習慣のみ。あとはその下の下級官吏や街の顔役、商工の寄り合いから話をし、それからもろもろの調整をしていくのがもっぱらだ。 つまり彼らは形ばかりの名誉職で、生活が約束されているだけで何の権限も実兵力も与えられてはいないのだ。「その事実だけでも、連中がいかに閣下を呆れさせたか知れる」 時刻になった。 貴人の来着によって場の雰囲気が変わりつつあった。星舟はわざわざ『相談役』たちの前を素通りして、賓客たちの前に出た。「皆さま、長らくお待たせいたしました。開会の前に、東方領主アルジュナ・トゥーチ様よりお言葉を頂戴いたします」 手身近に前置きを済ませると、星舟は背後に控える主に目配せをした。 鮮やかに赤くも、熾火のような温かさと柔らかさを持った双眸は、そんな彼に輝いて応じて進み出た。 上下一対となった白い礼服は、ふつうの竜と比べて五割増しの布が用いられている特注品。それほどの大柄な肉体が動けば、それだけで客人たちは背を伸ばすというものだ。「皆も知ってのとおり、あちらの藩王が死んだ」 竜たちが軽く沸き立ち、杯を捧げ持った。「だが敵とは言え、確たる戦略眼を持った良き大将であり、直接会うたこともないが尊敬にたる人物と言えよう。こたびの勝利を喜ぶなとも、嘆けとも言わん。だが、かつてかの仁を主と仰いだ者たちが、この場に少なからずいることを忘れるな。それが、強者たる者のつとめである」 まるで鉄を声帯に持つような、低くもよく響く、公明正大にして堂々とした言であった。 その巨体の裏で、星舟が顔を伏せて一瞬間笑ったのが、リィミィからの角度から見えた。 だが、その意図までは読めなかった。「それでは、乾杯!」 顔を持ち上げて宣言した時には、彼はすでに竜の忠実な副官だった。