「今すぐに集められるのはどれぐらいだ」「二十名。一応非常勤扱いだから、今ごろ酒でも飲んでるだろう」「水ひっかぶせて高い酒で釣ってこい。キララクララ姉弟はどうしてる?」「彼らを含めて指定の位置に向かうようにシェントゥが伝令に出した」 本館へ向かう途上、リィミィに対して指示を出し、報告を受けながら、星舟は件の荷の後を追っていた。 だが、目につくはずのそれは一向に姿を見せず、星舟の中には焦燥が静かに積み重なっていくようだった。「やってくれたな」 という独語は、犯人のみならず、随従させているジオグゥにも向けられていた。「あんたの頼んだ荷が、どうかしたのか」「オレじゃない」 首をかしげるリィミィに憮然として短く答えた。「オレは、頼んでいない」「ですが、あれを持ってきた人夫たちは間違いなくあなたの手形を持っていました」「偽造だ。そもそも、つい今しがたまでオレは軍務についていた。出せるわけがないだろう」 その迂闊さを直接咎めたいところだが、シャロン付きの侍女衆やジオグゥ当人が欺かれるほど、星舟の筆跡を真似た偽判は見事なものだった。 ともすれば、自身でさえ勘違いしてしまうのではないかというほどに。 偽書とともに品を搬入した男たちは、五名。 名のある商家の者からの使いを名乗り、それを証明する紋つきの羽織も、たしかにその店の物であったらしい。 侵入者らは、どこかに潜伏していたわけではなかった。堂々と、この屋敷に入ってきていた。 その途上に事を成就をひそかに誓い合ったのを、シェントゥの聴覚がつかんだ。「夏山様より、『こっそり準備してお館様を驚かせたいので、どうかそれまで内密に』と承っております」 という口上を、「あの隻眼ならやりかねない」「またあの片目か」とすんなり彼女らは信じてしまったらしい。 なるほど、派手好きの数寄者でもある自分ごのみの趣向には違いない。星舟はひそかにうなずいた。 ……あくまで荷が伝票どおりのものであったのならば、の話だが。 星舟に対する悪感情が、この場合はジオグゥの嗅覚をかえって鈍らせたらしい。「ふざけたマネしやがって」 口汚い罵声を、かろうじて小声に抑える。 ただ単純に、暗殺をもくろむのであれば、ただ単純に武功をつかむ好機だ。だが、自分の名を騙られたのであれば、話が違ってくる。 サガラやジオグゥのごとき連中に、いらざる疑念としこりを残す。 もし、自分がこの夜宴の警護を買って出ていなければどうなっていたことか。きっと、何も知らない間に犯人に仕立てられていたに違いない。そのことを考えると、軽く背筋に冷汗が流れた。 そうでなくとも、ジオグゥは今まさに疑いのまなざしを向けてきていた。「真実、夏山殿の謀ではないかと思いましたが」「なに?」「自分に見抜かれそうになったので、あわてて口封じに行こうとしている。違いますか?」「大外れだ。仮にそれが本当だったとしても、貴殿の過失に違いあるまい。それにこそ、自分としては猛省を促したいところなのだがね。そもそもだ。見抜いたと豪語されるが、ここまでの会話で、その品とやらの正体がわかったとでもいうのか?」 星舟は正論で畳みかけた。ジオグゥは淑女然とした顔だちをわずかにしかめて、ちいさく舌打ちした。軽く地が出た。ざまを見ろ、と星舟は内心で舌を出した。 自覚はあるらしく、反論はしてこない。おおかた、今の邪推も八つ当たりが主な動機だ。「そういうあんたは、わかったのか? 連中の手口と狙いが」 それまで静観していたリィミィが口をはさんだ。 星舟はかるく頷いて見せた。「ここまで回りくどく、かつ周到な仕掛けだ。費用も人数も、年数もかけていただろう。となれば、宴に来ているひとりふたりの暗殺じゃあ割に合わん。……そして、それを遂行するための手段は自然限られてくるし、運ばれてきた荷の形状や大きさを考えれば、あとの見立ては容易だ」 ……その手段を、自分だって今まで考えなかったことはなかった。 人は、竜には勝てない。 だが、それはあくまで正面からの殺し合いでの話だ。 『牙』を抜き、『鱗』をまとっていなければ人類と彼らに大差はない。彼らが生身でいる瞬間、死角からの狙撃、平時での毒殺を行えば、殺せないことはない。 だが、真竜種は『鱗』をまとわずとも、常人を超える敏捷さと五感と頑丈さを持っている。 側背から飛んでくる矢玉は、大方避けられる。毒は、触れるだけで肌がただれるような強烈なものでなければ通用しない。そんなもの、混入させた時点で露見する。 よしんば討てたとしても、その場から逃れることはできまい。その場で、他の同輩に八つ裂きにされるのがオチだ。 であれば、どうするか? 消去法でいけば、自明の理だ。 直前まで気取られることをせず、気付いたときには『牙』を剥く間も逃げる間もないほどの速度で、自分をふくめた周囲を巻き込み、跡形もなく吹き飛ばす破壊力を有するもの。 そんなものを、対象を中心とした地点に仕込む。 そこまで説明すると、ジオグゥにもどうやら察しがついたようだった。「……そうだ。どうせ狙うなら、鏖だ」 星舟は舌打ちして、ドアを開いた。「夏山様よりの戦勝祝いの品でございます」 宴の場より、どよめきが漏れていた。 五人の侵入者は何食わぬ顔で台車を停めた。どれも、比較的若い男たちだった。 彼らが館内に運びいてていたのは、巨大な硝子細工の像だった。 天井に食らいつかんほどの、大蛇のようなそれが、かつての竜たちの原型であったという。そんな民話も人の地方には残っている。 彫られた鱗は分厚く細かく複雑で、灯火の輝きを乱反射し、中の様子を見せなかった。 だが、その内部には縄のようなものが見え隠れしていた。尾から入ったそれは、その像が三本の指で握りしめた黒ずんだ宝玉へとつながっていた。「えー、この導火線に着火いたしますと、なんと宝玉が赤く鮮やかな光を放ちます。うまくいけば、拍手のほどをよろしくお願いいたします」 などと気取った言い回しとともに、感嘆して像をあおぐ竜たちの中央で、彼らは尾に火種を近づけた。「待った!」 星舟は入り口で声をあげ、腰のホルスターから拳銃を抜いた。「いつ、誰が、そんなことを頼んだと?」 ぎょっとした表情で見つめ返し、動揺する彼らにもわかるように、ゆったりと聞いた。 だが、その中でもっとも年長者である男が、背にいる四人を振り返った。「かまわんッ! やれ!」 という号令の下、導火線に火をつけた。 星舟は舌打ちし、前へと進み出る。 だがそれよりも速く、強く踏み込んだ女がいた。ジオグゥだった。 長丈のスカートをひるがえし、白く引き締まった脚部を腿までさらしながら身を屈し、絨毯の上をすべるようにしながら爪先を突き出した。 妨害しようとする男たちの股の間、人と人の隙を潜り抜けて像までたどり着くと、足裏を台車に密着させて、一度大きく退いてからそれを蹴り飛ばした。 台車は推進の力を得てバルコニーに向けて走りだした。途中、サガラを轢きそうになったが寸でのところでグルルガンにかばわれて避けられた。星舟は舌打ちした。 だが、ジオグゥの脚力と台車の加速は、星舟の予測をはるかに上回っていた。 竜たちを避けながら、あるいは避けられながら、台車に固定された像は窓ガラスを突き破る。いくつもの破片をまき散らしながら放物線をえがいて落下するそれは、空中で轟音とともに、爆炎を咲かせた。 本棟全体を揺さぶるほどの衝撃が館を襲い、竜たちの口から、先ほどとは別の色の動揺が漏れていた。 その中で、残心の構えをとりながら呼気を泰然と吐く侍女長。 そして彼女の背を呆然とながめながら、「……えぇー……」 と、星舟は立ち尽くしたまま呆れ声を出した。