光龍三十五年。 その日、一つの国が竜によって滅ぼされた。 人の軍は竜に負け、竜は人を支配した。 ……だが、そんなことには関係なく、少年は餓えていた。渇いていた。病んでいた。その左眼は……腐食して欠落していた。 重い足取りで歩けば、針の波にさらされるかのごとくに幼い身体を激痛が苛み、その痛みが寄せ引きを繰り返すつど、口の端からは苦悶の声がちいさく漏れた。 すれ違うものはいる。 だが、彼ら人間はそれぞれの荷や財産を持って自主的に退去するのに手一杯で、彼に拘っている余裕はない。 そもそも、日常時においても彼らに施されたためしなど一度もなかったが。 彼らにすれ違いざまにぶつかれば、向けられるのは嫌悪と忌避。 痛みと餓えと嫌厭の狭間、朦朧とする意識のなかで、彼は自分がどうやってたどり着いたかはしらない。 だがそこは、竜たちに占拠された庁舎だった。 戦勝の祝賀会を開く彼らは、酒を飲み、肉を喰らっていた。 笑っていた。喜びを噛み締めていた。「あ、あぁ……」 少年は悲痛に呻く。 知らず、身を潜めていた垣根から這い出て、腕を突き出していた。 竜。 強き者、硬い者、賢い者、輝く者、美しい者、誇り高い者、貴い者、富める者、奪う者、与えられる側の者、支配する側の者。 食う側の者。 自分と彼らの、何が違う? 髪がある。目鼻がある。同じ肌を持ち、二足で立って行動で意志を示し、言語を交わす。口や鼻から呼吸し、肉を食らい、水や酒を飲む。衣服をまとい、文化文明を生み出す。 広げた五指が、虚空をつかむ。 彼らの影を、彼らの放つ栄光の輝きを、その上に広がる無限の星々へと。 隻眼の少年は、空の左眼から血涙を流して渇望した。 彼らのごとき力を、権威を、名誉を、財を。 いや、それだけでは足りない。 もっと、もっと……! 何もかも、ぼくの……ッ!! 伸ばしたその手を、何かがつかみ返す。 全身を強張らせた少年の前にいたのは、一人の、いや一匹の竜の少女だった。 命と気品に満ち足りた彼女は、小柄なその身を屈ませて、にっこりと微笑んだ。「一緒に、食べる?」 その出会いが、すべての始まりだった。