広い部屋だ。
視界の端に見える窓の造りから、ここは城か、それに類する建築物だと思われる。そこから見える空は近く、この場所が高い位置、恐らく最上階であることが窺えた。
外は暗黒の空に稲妻が奔っているだけで日の光は無く、青白い炎だけが部屋を不気味に照らし出している。
内装は最低限の飾りだけ。禍々しい石像も、巨大な絵画もない、広さに似合わず驚くほど簡素な空間。
その最奥の玉座に、男が座っていた。
どこか妖しさを感じさせる美しい顔立ち。ウェーブのかかったくすんだ金色の髪は背中に届くほど長い。並の者なら、触れただけで死に至る呪術が施された服の上からでも、完成された肉体の持ち主だということがわかる。
まさに完璧な存在。この部屋に飾り気がないのは、彼自身が至高の芸実品足り得るからか。
しかし、その瞳は血のように紅く、瞳孔は縦に裂けている。なにより、頭部の両側から生える二本の角が、彼が人間で無いことを如実に語っていた。
部屋には、この完成された美を持つ男と、もう一人。
「よくぞここまで来たな。女神に愛されし者、カインよ」
聞く者を魅了するバリトン。しかし、発した口元はいやらしく歪んでいた。
男の前に立つのは、黒い髪の青年、カイン。彼は玉座の男を睨み付け、声高に叫んだ。
「貴様もここまでだ、魔王!」
カインは純白の鎧を身に纏い、左には紋章が描かれた盾を持ち、右に構えた剣は淡い光に包まれていた。
どれもこの世に二つとない一級品ばかり。これらは全て目の前にいる男、魔王を討伐するため、女神から授けられた武具である。
扱うカインもまた、己を必死に鍛え上げ、武具に相応しい力量を備えていた。仮に粗悪な剣しか持っていなくても、千の軍勢に後れを取ることはないだろう。
「はぁあっ!!」
振るわれた刃から、光が真一文字に放たれる。光刃は一直線に魔王へと向かい
「くくっ」
容易く防がれた。魔王は玉座から立つ事も無く、ただ手を振っただけで光の刃を霧散させた。
カインの方にも焦りはない。元より、今ので倒せるなどとは微塵も思っていない。ほんの小手調べだ。
「そう急くな、カイン。ようやく会えたのだ。この時をもっと楽しめ」
「断る!」
今度は左手を翳す。カインの魂から発せられた魔力が、無数の光の弾丸となって魔王へ降り注ぐ。
部屋どころか城全体を震わす衝撃が奔るが、これも魔王は防いで見せた。魔力で作られた壁が光弾を遮り、玉座にすら届いていない。
「やれやれ。落ち着きのない奴め。折角の親子の再会だというのに」
「親子……だと?」
カインの眉がピクリと動き、瞳に憎しみの炎が宿る。刃を握る手に、より一層の力が込められた。
「僕の父さんを殺したのは貴様たちだ! それを何が再会だ! ふざけるな!」
最強の軍事力を誇った国の、最強の精鋭部隊。それを率いていたのがカインの父だった。彼の父は、十万の軍勢で城を包囲し、さらに精鋭部隊を率いて城に潜入。魔王へと挑んだ。
結果は……部隊の誰一人、帰っては来なかった。城を包囲していた軍隊は崩壊し、多大な犠牲を払いながら撤退した。国に帰還できたのは極僅か。十万いた兵士の数は、千人を切っていた。
もう、十年も前の話である。
だからここに、彼の父がいるわけがないのだ。
だというのに
「いいや。ここにいるぞ」
魔王はそう繰り返す。
「戯言を」
もはや聞く耳はもたないと、全身に力を込め、飛び掛かろうとした時、
「“ここ”に、いるぞ」
魔王が視線を下げた。まるで自分が履いている靴を見るように。
「?…………ッ!」
初めは、その視線の意味を理解できなかった。だが、
「ま……さ、か…………!?」
聡明なカインは直ぐに理解した。
魔王の顔が歪む。昏く、おぞましい喜びに満ちた笑みに。
――なかなか履き心地が良いぞ。貴様の父親は
「キ、サマァアアーーーーッ!!」
◇◇◇
視界が暗転する。
今度は狭い部屋だ。小さな灯りが、心もとなく揺らめいている。
そこに魔王が立っている。先程とは違い、所々に傷を負い、立派にそびえていた二本の角も片方が半ばから折れている。だというのに、彼は楽しそうに壁を見つめていた。
「魔王様。準備が整いました」
暗闇からカエル顔の小男が台車を押しながら現れる。台車には様々なサイズのナイフや、ハサミのようなものが並んでいた。
魔王はナイフを一振り手に取ると、その刀身を見定めるようにゆっくりと眺めた。
「差し出がましいようですが、なにも魔王様がなさらなくてもよろしいのでは? 我々にお任せいただければ、前回の時のように……」
「よい」
カエル男の言葉を遮り、
「これは褒美だ」
再び、視線を壁に向けた。
そこにはカインがいた。彼は魔王以上にボロボロで、鎧も衣服もはぎ取られ、裸で壁に手足を杭で打ち付けられている。
だが、その瞳にはまだ意志が残っており、声が出せないほど衰弱してなお、魔王を睨み付けている。
「我をここまで傷付けたのは貴様が初めてだ。故に、褒美として、我自らが貴様を父親の隣に並べてやろう」
「素晴らしい御心遣いでございます」
「そう褒めるな」
魔王は楽しげに笑うと、ゆっくりとナイフをカインの顔に近づけて――
「もうやめてくれ!」
堪らず目を背けた。
人間の、それも自分によく似た人が生皮を剥がされるところなんて見ていられない。
『状況は、理解していただけましたか?』
不思議な声だ。耳はもちろん心にも響いてくる。
今度は声の主ほうへ目を向ける。そこには自分と同世代くらいの、まさに絶世と言っても過言ではない美少女が立っていた。
「……要は勇者と魔王が戦って、魔王が勝ったってことでしょ? それが俺と何の関係があるって言うんですか」
『貴方に、我々の世界の魔王を倒していただきたいのです』
「は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。だってそうだろう? あまりにも脈略が無さすぎる。
「いや、何で俺なんですか? 貴女たちの世界のことでしょ? 貴女たちで解決して下さいよ」
『それは、貴方がカインの完全同位個体だからです』
完全同位個体? 字面から、何となく意味は察することが出来るけど、そこから、何故俺が魔王を倒さなければならないのかにつながらない。
『魂こそ違えど、貴方の肉体を構成する要素はカインと全く同一、ということです。故に、貴方なら魔王を倒せる可能性があります』
「それで何で俺なんですか。可能性なら、それこそ誰にだってあるでしょう。別に俺である必要は――」
少女は俺を無視して、この真っ白な空間の、あちらこちらに浮かんでいる光の玉の一つを引き寄せる。そして、見ろと言わんばかりに差し出してきた。
この光の塊は、ある種の映像媒体らしい。先程までの勇者と魔王の顛末もこれで見ていた。
「だから、さっきっからなんなんですか!」
少女は答えない。ただ無言で光の塊を差し出している。とにかく見なければ、これ以上話を進ませる気はないようだ。
釈然とはしないが、このままというわけにもいかない。しかたなく、光の塊を覗き込む。
――映し出されたのは、この世の地獄ともいえる光景だった
盗みのついでに人を殺す男。死人の肉をむさぼる老婆。路上で体を売る痩せ細った子供。他にも数々の、それこそ、口に出すのも憚られる光景が次々と映し出される。
『これはかつて、世界最強を謳われた大国のなれの果てです』
少女は訥々と話し始める。
『この国は、魔王が現れた時、周辺諸国と力を合わせて挑みました。が、結果は御存じのように惨敗』
それは、先程の映像で出たカインの父親たちのことだろう。
『軍の再編、増強の名の下に行った増税のせいで国民の生活は苦しくなり、犯罪が多発。治安維持部隊ですら対処しきれなくなってしまいました。しかし、鎮圧する軍もまだ再建できていなかったため治安は悪化の一途をたどり、魔王討伐失敗で元々下がっていた国への信頼は民衆の中からさらに失われていきます。悪化する治安。迫る魔王軍の脅威。やがて民衆は国王の言うことを聞かなくなり、暴徒と化し、最後には国としての体裁すら失いました』
映像に男が首を切られるシーンが映し出される。闇夜にまぎれて逃げ出そうとしたところを見つかり、取り囲まれ殺された。彼がこの国の王様だったのだろうか。落ちた首に冠を被せられ、口汚く罵られている。
『ですが、それでもまだ希望はありました。英雄の子、カインが魔王討伐に立ち上がったのです。カインは次々と魔王軍の幹部を打倒し、遂には魔王へとたどり着きました』
少女はそこで言葉を止める。
結果は……さっき見せられた通り、か。
『世界は今、絶望に飲まれようとしています。多くの人が、今日をどうやって生き延びるか、どう他人を出し抜くかということしか考えられなくなっています。現状を変えるには希望が必要なのです。カインに代る、新たなる希望が』
「それで俺、というわけですか」
はい、と少女は頷いた。
そういうことか。俺が選ばれた理由は理解できた。
確かに、あの惨状を見たら何とかしてあげたいと思う。俺に出来ることなら手伝ってあげたい。
でも、
「残念ですけど、貴女の希望には答えられません。俺は戦いはおろか、ケンカだってした事ない。格闘技って言ったら学校の授業で柔道や剣道をやった程度です。魔王を倒すなんて不可能です」
俺は、何処にでもいる普通の高校生だ。暴力なんて近くになかったし、近づこうともしなかった。そんな俺に、何か出来るとはとても思えなかった。
『確かに、今の貴方は無力です。ですから、力を付けてもらいます』
「どうやって?」
どこかの達人に弟子入りでもするのだろうか。それとも、なにか不思議な力でパワーアップさせてくれるとか?
方法をいくつか考えてはみたが、少女はどの想像とも違う行動をとった。
彼女は俺に両手を向ける。すると、青い光が俺の胸から現れた。
「え……な、なにを?」
少女は、聞いた事の無い言語で何かしら呟く。すると、青い光の周りを見た事の無い文字が取り囲んだ。
『これは貴方の魂です。今、貴方の魂に祝福を授けました。これから、貴方は本当の意味で死ぬことはなくなります』
「死ぬことがない? 不死身になったってことですか?」
『厳密には違います。例え死ぬことになっても、復活できるということです』
「それは不死身と何が違うんですか?」
聞いた限り、結局死なないことに変わりはないような。
『今の貴方の肉体でも、戦えば傷つき、傷が深ければ当然死に至ります。ですが、例え肉体が滅んでも再構築することが可能ということです』
なるほど。つまり、某RPGのように「死んでしまうとは情けない」状態になっているというわけか。
『さらに、肉体を再構築する際、死ぬまでに経験したことをフィードバックすることで、より強靭な肉体へと変わっていくのです』
それはすごい。つまり、俺は死ねば死ぬほど強くなるってことに…………。
そこでふと、一つ疑問が浮かんだ。
「経験のフィードバックって、死ななきゃ起こらないんですか?」
『その通りです』
「うわぁ」
思わず声が漏れた。正直、これは素直に喜べない。
『御気持ちはお察しします。ですが、強くなるには実戦を繰り返すことが一番効率が良いのです。辛いでしょうが、耐えて下さい』
少女が申し訳なさそうな顔をする。見ているこちらが辛くなる表情だ。
俺も男だ。美少女にこんな顔をされたら、例え強がりでも笑ってみせるしかない。
「……わかりました。任せてください。どんどん死んで、どんどん強くなってみせますよ」
『感謝します』
少女が、初めて微笑んだ。その笑顔が見れただけで、強がりが無駄じゃなかったと思える。
『それでは、貴方を私たちの世界へと送ります。少し気持ち悪くなるかもしれませんが、気をしっかりと持って下さい』
足元に魔方陣が描かれる。この空間に来た時と同じ魔法陣に見えた。きっとこれが、転送用の魔法か何かなんだろう。
景色が歪み、薄れてゆく。
「ま、いつか魔法とか使えるようになれば死ぬこともなくなるでしょう。それまでは生き返らせて下さいね」
薄れゆく景色の中で、別れの挨拶とばかりに軽口を叩いた
だが、そんな軽口に対して帰ってきた言葉は、
『いえ、貴方は魔法を使えません。魔法は魂の力を引き出す法則ですから、魂がここにある貴方は魔法を覚えることすらできませんよ』
衝撃の事実だった。
景色が完全に消え、足元の感覚がなくなる。
落ちているような、浮いているような変な感覚に翻弄されながら
「そういうことは、先に言ってください!」
俺はそう叫んでいた。
◇◇◇
「ぅ……ぁ…………?」
脳みそがシェイクされたような感覚とともに目が覚めた。
「こ、ここ……は……?」
世界が揺れているような感覚が治まってきて、ようやく自分のいる場所を確認することが出来た。
どこかの廃墟の中だ。窓という窓は割れ、二枚両開きの扉は片方が取れて倒れている。朽ち果て、壊れているものもあるが、木で出来た長椅子が規則正しく並んでいる。
椅子が向いている方に視線をやると、女性を象った石像があった。祈るように手を組み、優しく微笑んでいる石像。台座に掘られているのは名前だろうか。見た事の無い文字で、残念ながら読むことは出来ない。
これは御神体、というやつだろうか。だとすると、ここは
「教会、なのかな?」
今いるのは礼拝堂だろう。しかし、酷い荒れようだ。放置されていたのはもちろん、至る所から物が盗まれた形跡がある。少し中を散策しただけでも、人が生活する空間はあっても、食器や燭台といったものが無くなっている。
この世界の信仰がどのようなものかは知らないが、少なくとも、この地域では完全に死んでいることはわかる。
「さて、これからどうしようか」
あの少女は実戦を繰り返して力を付けろと言っていたけど、その実戦をするためには準備が必要だ。
「魔法は憶えられないんだよな……なら武器か。でも、見せられた国の状況を考えると、武器どころか買い物自体できそうにない…………って」
今、物凄く重要なことに気付いてしまった。
「そもそも、俺この世界のお金持ってないじゃん」
もしかしたら、あの子が気を利かせてくれてはいないかと、淡い希望を抱いて財布を確かめる。残念ながら、中身は日本円のままだった。千円札が二枚に、小銭が少々。
「……宝箱に期待しよう」
出だしから躓いてる気がしないでもないが、気にしないでおこう。
「とりあえず戦ってみるか。ゲームだと、たいていモンスターがお金を落すし」
そうと決まれば行動あるのみ。まずはこの教会を出よう。
扉をくぐり抜け、外に出る。するとそこは、一面に枯れ木が広がる森の中だった。
「ここ、森の中の教会なのか」
ちょうど秋が終わり、冬が来るといった季節なのか、木々から落ちた葉が大地を埋め尽くしている。風も少し肌寒い。
「あの子、もうちょっと季節を考えてくれても良かったんじゃないか?」
なぜなら俺は、ちょうど衣替えが終わったところで、今着てるのはしっかり夏服だったりする。
まあ、いい。とりあえず当面の目標は出来た。モンスターを倒してお金を手にし、そのお金で装備を整えよう。主に冬服。
モンスターと戦うにあたり、流石に素手では心もとないので、木の枝を拾って装備する。装備といっても、ただ手に持ってるだけだけど。
「適当に歩いてたらエンカウントするのか?」
地面からこう、うにょうにょっと生えてきたり。
「って、それはさすがにないか。オープンワールドみたいに、モンスターもその辺を歩いてるのか」
折角なので教会を拠点代わりとし、そこからあまり離れないよう散策する。それ程歩かないうちに、一匹のモンスターと遭遇した。
「オオカミ……いや、犬か? どっちにしろ、いきなり戦っていいモンスターじゃない気がするんだけど」
大きさは、俺の膝位までの中型犬といったところか。
ゲームだと、スライムとかそこら辺が妥当だと思うけど、まあ、出会ってしまったから仕方が無い。たぶん、なんとかなるだろうし。
「恨みは無いけど、倒させてもらうぞ!」
授業で習ったことを思い出し、竹刀を握る要領で棒を握る。先手必勝。一気に駆け寄り、そのまま全力でモンスターに向かって振り下ろした。
振り下ろしたのだが、あっけなく避けられた。モンスターは即座に反撃に転じ、俺の右腕に噛みついた。鋭い痛みが腕を駆け抜け、脳天を直撃する。
「あぎッ!?」
余りの痛みに棒を落してしまった。
「は、離せ! 離せよ、クソッ!」
なんとか引きはがそうとするけど、ガッチリと喰い込んだ牙はビクともしない。それどころか、さらなる血の味を求めたのか、噛む力が一層強くなる。
どこにそんな力があるのか、モンスターは全身を使って俺を引きずり倒す。そのころには、余裕はもう完全になくなっていた。
「離せ! 離せ離せ離せッ!」
半狂乱になってモンスターを殴る。それが効いたのかどうかは知らないが、モンスターがようやく離れた。でも、右腕の感覚がない。恐る恐るそこ見ると、肉がごっそり無くなっていた。赤黒く汚れた、白い何かが見える。
「う……うわ、うわぁああーーーー」
ここにきて、ようやく俺は自分の考えの浅はかさを思い知らされた。何が倒すだ。何がなんとかなるだ。こんなの絶対無理だ。無理に決まってる。とにかく今すぐここから逃げ――
「ぎゃぎッ!?」
今度は左の太腿に痛みが走った。別のモンスターが喰いついている。気が付けば、五匹のモンスターに囲まれていた。
「や、やだ……やめてくれ……俺が悪かった。悪かったから命だけは……ッ!」
言葉など、当然通じない。モンスターたちは一斉に目の前の肉に飛び掛かった。
「やめてくれーーーーッ!!」
死ねば強くなって生き返る。そんな情報は、生きたまま喰われる痛みの前には何の意味もなさない。それどころか、あまりの痛みと恐怖で思考そのものが停止していた。
「や、やめ、やべで、やげびゅ……」
――唯一救いがあるとすれば、奴らが頭から食べ始めたから、すぐに死ねたということか。
「――はっ」
目が覚めたのは、やはり廃墟となった教会だった。
喰いちぎられた腕や太腿、眼球や頬があることを確認する。それらは確かにそこにあった。
「ゆ、夢……な、はずない、よな……」
あの痛みが、恐怖が、夢であるはずがない。
そして、意識がはっきりしてくると、自分が裸でいることに気付いた。
「え、なんで……?」
あの子は肉体は再構築されると言っていた。なら何で裸なんだ……と、そこまで考えて気が付いた。
彼女は、肉体は再生されると言ったが、服まで再生されるとは言っていないということに。
「うそだろ……」
服を着ていてすら肌寒かったのに、裸じゃ寒いに決まってる。しかも、今はまだ太陽が出てるから良い。このまま夜になれば気温はさらに下がるだろう。ここはどれくらい気温が下がるのだろう。さすがに凍死はしないだろうが、無事でいられるはずがない。
なにより、外で裸でいるというのは想像以上に心許ない。
「なにか……なにかないのか!」
教会の中を必死になって探してみる。しかし、着れそうなものも、暖をとれそうなものも無かった。全て盗み出されている。
重い足取りで、礼拝堂に戻ってくる。優しく微笑む女神像を見た時、ふと、心の中で何かが折れる音を聞いた。
「あ、あぁ……」
なんだこれは。
「あぁああ……!」
なんだこれはなんだこれは。
「あぁああーーッ」
なんなんだこれは!
なんで俺は、こんな目に遭っているんだ!
「俺は、俺はなんてことをしちまったんだ!」
こんなこと、引き受けなければ良かった。半端な正義感なんて出さなければ良かった。
「帰してくれ! 俺を日本に、家に帰してくれ!」
涙ながらに叫ぶ。当然返事はなく、家にも帰れない。
「うわぁああーーーー」
俺は泣いた。恥も外聞もなく、ただうずくまって泣き叫んだ。
◇◇◇
「帰してくれ! 俺を日本に、家に帰してくれ!」
その叫びは、確かに少女に届いていた。
『…………』
しかし、少女はその叫びを無視した。
少女は青年が映っている光球から、興味無さそうに目を逸らすと、懐から緑色の光を取り出した。
『もうすぐ……もうすぐですよ、カイン』
少女は愛しそうに緑の光、カインの魂を撫でる。
『あの器が、最強の戦士として完成したら、貴方の魂を入れ、貴方を復活させます』
“あの器”とは、今泣き叫んでいる青年の事だ。
少女は青年自体には何の興味もない。なにせ、カインの新たなる器にするためだけに、完全同位個体の彼を探しだし、この世界に連れてきたのだから。
『そして、今度こそ魔王を倒してください。その功績をもって、貴方を神へと昇神させます。そうしたら……』
少女の瞳は潤み、頬は上気し、赤い唇をペロリとなめる。その“時”を想像し、少女は、あぁ、と溜息をつく。
『そうしたら、二人で愛し合いましょう。永遠に。何者にも邪魔されずに……』
少女は優しく、カインの光をその腕で包み込んだ。
彼女の名はユノ。世界の人々に崇められている女神ユノであると同時に、一人の男を愛する女である。
◆◆◆
シリアスの練習用に書いてみました。
続けるかどうかは、今のところ未定。