【日常編その1 短編×3+没ネタ×1】
“side レジアス” 『弱み』
「では、本当に関係ないのだな」
「ああ、そう言っているだろう?信用してもらえないというのは悲しいものだね」
「どの口がほざくかっ!!!」
そう言ってレジアスは通信を一方的に絶った。
(ちっ、スカリエッティめ。)
そう忌々しく呟く。
当然であるが内容は先日の1件。海の局員の連続失踪事件ならび大量殺人事件である。
これは陸にとって絶対的なアドバンテージをとれる好機であることは間違いない。
だが、一方でレジアスは大きな癌を抱えていたのだった。
それが、スカリエッティであり、突き詰めれば犠牲を出してでも大勢を救うという彼の正義の在り方だった。
レジアスはスカリエッティの研究のため多くの局員を直接的であれ、間接的であれ、犠牲にしてきた。戦闘機人の租体としてや、その研究を邪魔してきた者。レジアスのかつての親友、ゼストもその1人である。
それに加え、今回の失踪事件は陸の局員には被害者はいなかった。少なくとも発見された局員の12人の中には1人も、だ。他の不自然な失踪者も陸からは出ていない。これでは逆にあまりにも不自然すぎる。
この不透明な状況下、あまり突っ込んで叩くと、本局の連中がレジアスの背後を本腰を入れて探ってくる可能性がある。今までは体裁もあり表立って攻撃を仕掛けてこなかったが、本局の優位を揺るがすような事態になると話は違ってくだろう。もともと海は優秀な人材やレアスキルもちの宝庫だ。下手につつき過ぎて本気にさせたならば、スカリエッティとの関係や、過去に隠蔽した事実を暴かれる可能性は非常に高くなる。
もともと黒い噂が絶えないレジアスであり、本局がレジアスを疑って反撃してくる可能性は十二分にあった。
その上、本当にスカリエッティが関与していないという証拠もない。科学技術こそ優れてはいるが、あの人間性はとてもじゃないが信じることはできない。スカリエッティの話を鵜呑みにするなどできようはずも無かった。
(ちっ)
現状維持、今の所はそれしか無い。責任は追及しつつ、本局が反撃に転じないぎりぎりのラインを読み取るような政治手腕が必要だった。レジアスはそんな切り札を生かしきれない状況に苛立ちを隠せないまま、次の会議へと向かっていった。
“side ティアナ” 『数日後』
木々が生い茂る雑木林
燦々と照らす日光も、その葉に遮られ地上までは落ちてこない
聞こえるのは、僅かな風に揺らされる木々のざわめきと、一人の少女の息遣い。
「はっ、・・・・はっ、」
彼女の愛銃、クロスミラージュを構えて照準を付けてはまた戻す。
何度も、何度も、何度も。
少女は高すぎる壁を迎えてなお、
心が折れそうになりながらまだ、
地道で、堅実な、反復練習を繰り返す。
こんなことをしていても、圧倒的な力の前にはなんの意味も成さないのではないかという思考が常に彼女を束縛するが、それでも止めることはしない。
非才の身でありながら進むのを止めたら、それこそ届かなくなってしまうから。
本当に諦めるまでは、走るのは中断しても、立ち止まってはいけない。
歩きながらでもいい、決して止まらないと決めた。
「はっ、はっ、………は、」
疲労が蓄積し、規則正しく吐かれてた息に乱れが生じる。
動きとしては六課の戦闘訓練よりも少ないはずだが、単調作業を続けることによる精神的なダメージからくる疲労蓄積は殊の外大きい。
数日間のブランクがある体に限界が近づき始めたと、体が悲鳴を上げ始めた頃、
「ティアナ」
後ろから呼びかけてくる声があった。
声の主は衛宮士郎。彼女の現在の居候先の家主である。
この場所に来た理由はティアナを迎えに来たためだろう。
この日は、ティアナが居候を決めたので生活用品を買うことになっていた。
その出かけるまでの数時間を無駄にしないために、士郎が使っているという訓練場で自主錬に励むことにしたのだった。
管理局の訓練場と比べ、お世辞にもいい場所とは言えないが、それでも結界が貼ってあり、破壊音を気にせずに思いっきり射撃もできるのは今の状況を考えると幸運とも言える環境だ。
「どうだ、調子は?」
振り返ったティアナからは汗が滝のように滴り落ちており、体中が疲労で震えていながらも、それを押し込めて返事を返した。
「大分いいですけど、本調子ではないですね。怪我の方はもう大丈夫ですけど、何日か動かなかったせいで体が鈍いかな」
「そうか………明後日は間に合いそうか?」
「大丈夫です」
即答
間髪入れず答える。迷いは無いという意思をしっかりと示しておかないといけない。
「そうか…………」
そう返事をする士郎が続いて何かを言おうとしているのは分かったし、それは都合の良くないことだと容易に推測できたのでティアナは話を強引に断つことにした。
「すいません、着替えてくるので少し待っててもらえますか?」
「ん……ああ、わかった」
まだ何かを言いたげだった士郎を余所に、ティアナはいったんこの場所から離れた。
流石に、汚い恰好で外に出るかけにも行かないし、汗臭い体で車に乗り込むことなんか恥ずかしくてとてもじゃないができない。
迎えに来た士郎には悪いと思ったが、結界のせいで連絡が着かなかったので仕方ないと思いつつ、ティアナは士郎を待たせることにした。
彼女達の向かう先はニブルヘルム近郊のショッピングモール。この街にしては比較的に治安のいい場所で、家族連れもちらほら賑わう。
目的は士郎の食材調達(居酒屋で働いているらしい)とティアナの生活用品の購入。
ここでは両方が揃うので都合のいい場所だった。
そう、ティアナは士郎の所に居候をすることにした。
管理局と離れて、落ちついてじっくりと考えたかったからだ。
そんなことをしたら昇進なんてもっと難しくなるだろう。下手をすれば訓練生に逆戻りかも知れないし、最悪解雇も考えられる。
現実的に考えて執務官を目指しているのであれば、管理局に戻った方がいいのは間違いない。悩み事はそこでもできるだろう。
だが、戻れなかった。
管理局にいたら間違えなくティアナの心はささくれ立ち、暴走し、悩み事をする所ではなくなってしまう。
傍から見ると目的と行動が矛盾している行動に思われるかも、何をしているんだろうって思われるかも知れない………
だけど今のティアナには、高町なのは達の顔を見ることはどうしてもできそうになかったのだ。
人はそれを逃避というのだろう………
それでも、管理局から離れて、よく自分のことを考えてみようと思った……士郎さんも言ったように。
そう決めた後、深刻な問題として、財布すら持っていなかったという事実が存在した(この前の夜は免許不携帯でもあった)
しかもティアナには家族もいないし、変わりとなる当ても思いつかない。
その旨を士郎に相談したらいくつか案が出てきたのだが、(お金だけ貸してくれるとか、他に住み込みのバイトを探すとか)、最終的に士郎さんの所に住むことにした。
理由はいくつかある。
まずは士郎の人格。ここ数日接してみて理解した士郎の人柄は、今のティアナにとって好ましいものだった。
寡黙ではあるが、話は真摯に聞いてくれ、でも下手に“こうすればいい”とか諭すようなことは言わない。そんな距離感が心地よかった。
それに「正義の味方」
本人はその言葉は使わないで欲しい(ここら辺の事情はまだ突っ込んで聞かない方がいいのだろう)と言っているが、それでも管理局とは関係なく戦っているらしい。
組織である管理局では手が出せない場所を叩く。違法ではあるが、少なくともティアナにはそれが倫理的には悪いことだとは、あまり思わなかった。
だからというか、訓練をする場所もあるし、それに………戦闘にもついていけば、実戦経験も積める。無理やりにでも同行する心算である。幸い幻術はティアナの得意分野だ。変装ぐらいならどうとでもなる。
衣食住に、訓練のための場所や実践の機会。正直、出来すぎであり、懐疑の念も出なくはない。
士郎の話が真っ赤の嘘であるという可能性も否めないし、そもそも出会ったばかりの自分に、ここまで話してくれるのもおかしいような気がする。
男女が一緒の所に住むのも………っていうこともある。
だが、ならばなぜティアナを助けたか?
面倒を見てくれたか?
選択肢を多く与えたくれたか?
そう考えれば、疑いと同じぐらい、信じる要因もある。
だから、信じることにした。何よりもティアナの勘が大丈夫だと告げていた。
士郎さんには迷惑をかけるだろう。だってティアナには何も返す者が無い。
でも、今は甘えさせてもらう。答えを見つけたら、その時にどんな形であれ絶対に恩を返すと誓った。
まあ、そういうわけで、士郎さんに住む所から生活用品まで頼ることになってしまった。本当に申し訳なく、そしてありがたく思っている。
車で30分ほど快適に飛ばしてシティモールに着いてからは、店を転々と見て回ることになった。
カジュアルショップにいったり、(服を選んでいるとき、『ティアナは奇麗だからなんでも似合う』などという主旨の感想を不意打ちで言ってきた。士郎さんは天然で女たらしではないのかという疑惑が浮上)
歯ブラシやシャンプー等の日常品を始めとする、ティアナの生活用品を買ったり、
居酒屋の食品の買い足しをしたり、(主婦に交じって、鷹の目のように鋭い瞳で野菜や肉を品定めをしている身長190cm(推定)で筋肉質の白髪オールバック男は、流石に異様な光景だった)
他にも雑貨、インテリア等を見て回ったり、喫茶店などで休憩するなど、ちょっとしたデート気分でショッピングモールを徘徊し、ティアナにとって久々の休息と言えるものを過ごした。
『その、とある喫茶店での話』
(うわ………機嫌悪そう)
彼、士郎さんは喫茶店で男の人にしては珍しく紅茶を頼んだのだが、一口飲むなり顔を顰めたのだ。
いつもムスッとしているので表情の区別は付きにくいが、そのオーラが明らかに『不満だ』と伝えてきている。(数日の付き合いだが、そのぐらいは分かるようになってきた)
やはり、コーヒーでなく紅茶を頼んだ所からしても味に拘りがあるらしい。
「やっぱり、士郎さんに飲ませてもらった紅茶の方がおいしいですよね」
不要かもしれないが、会話作りも兼ねて機嫌をとってみる。もちろん本音でもあるんだけど。
「む、そう言ってもらえると嬉しいが………」
多少お世辞が効いたのか、それともこっちに気を使わせたと気づいたのか、トゲトゲしたオーラが弱まった。(やはり表情は変わらないけど)
と、同時に
(やっぱり料理関係が趣味なんだな………)
と再確認する。
本人はこの前は否定していたが、自覚していないだけで好きなんだろう。
「別に味に拘るつもりはないんだがな………ただ注ぎ方次第で全然、味が良くなるはずだな、これは。まあ、アルバイトか何かなんだろう」
「まあ、チェーン店ですしね……この店」
チェーン店でも、凝っている所はあるだろうが、この店は違うらしい。
仕方ない、と言いながら士郎さんは再び紅茶に口をつけた。
そんな会話をしながら、ティアナはケーキを食べていると向こうの方でテレビが放映されているのが見えた。
(レジアス中将か………)
そのテレビの中では、ここ最近見慣れた、レジアス中将の質量兵器に関しての演説が行われていた。
前のティアナなら盲目的に彼を否定していたが、今は少し違う。
それは質量兵器云々の話の前に、おそらく彼が持っているであろう本局へのコンプレックスといった部分に幾ばくの共感を感じるからだ。
質量兵器に関しては………正直分からない。
ただ、今までは、ソレは悪い物として、世界を滅ぼした原因だとして、教育を受けてきた。
確かに海と陸の格差を埋めることができるかもしれないが、一旦、認められたならば、大量生産は免れず、犯罪を起こす者達にとっても容易に手に入れることができるようになる。
誰でもが扱える故に、その危険性は絶大である。
そして兵器の開発競争が激化し再び世界の混迷へ…
それが本局の懸念するシナリオ。
だが、そうなるとも限らない。レジアス中将の言ったように、(特に陸の)平和のために多大な恩恵をもたらすかもしれない。
また、質量兵器は誰もが扱うことのできる道具ゆえに、魔法が使えない人達にとっては、そのコンプレックスを埋めることができるだろう。
管理局に入り、平和のために闘う。そう思い描いても………魔法の資質で叶わない。日の当たらない所でしか働くことができない。
その、スポットライト達が当たることの叶わない人にとったら絶好の機会だ。
噂ではあるが、今までに、そういう人達によるテロが何度もあったと聞いている。
魔力資質だけで決まる現状に比べたら状況は改善するだろう。
今のティアナになら、テロを起こすそういった人達の気持ちもよく分かる。
いや、それに比べたらティアナは恵まれているといえるだろう。
少なくとも、不可能を叩きつけられた訳ではないのだから………
ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、と首を横に振る
考えない。考えちゃいけない。『自分が恵まれている』なんて考えてしまっては、先に進めなくなってしまう。
「どうしたんだ?」
いきなり首を振ったティアナを不審に思ったのだろう。士郎が疑問の声をかけてきた。
「あ、いえ、なんでもないですけど…………そうだ、士郎さんはどう思います?」
そう言って、思考を頭の隅に押しやってからテレビの方を指す。
「ああ、レジアス中将か………」
「ええ、質量兵器について士郎さんはどう思いますか?」
「そのことを考えてたのか。
正直私に政治だの思想だのを聞かれても分かるわけは無いんだが………まあ、強いて言うなら反対か。戦闘の規模が大きくなるのが目に見えている」
(まあ、それは一般論なんだけど………)
「でも、魔法が使えない人達にとっては、その、格差というか……そういった物が無くなるんじゃないかなって。質量兵器の導入で犯罪がどうなるかも本当の所は分かりませんし」
「まあ、それはそうだろうが………
だがそうなると、今度は生まれの差というものが、より顕著に表れるようになるだろうな。
今では魔法の資質が重宝されているから生え抜きでも、2世、3世などと互角に渡り合えているが、それが質量兵器で相殺されるとなると、今度は縦や横の繋がりが益々重要になってくる。そうしたコネの世界は、政府と何も変わらない。
現状では魔法による実力主義の傾向が強いから、新しい風を吹き入れ続けることができ、長期間続いている組織としては、比較的に管理局は健全性を保っているともいえるだろう、と思うがね」
閉じ切った組織というものは悲惨なものだ、と士郎さんは付け足した。
「そうですね…………なるほど」
ティアナは管理局以外の組織については殆ど知識は無いが……確かにそれは考えられる。今では、才能のある魔導士が嫉妬の対象であるが、今度は“生まれ“に対してコンプレックスの対象が変わるのか………あれ?でも
「さっき、今では生まれと魔法の資質が互角って言ってましたけど、今は実力主義の傾向が強いですよね?」
「そうだが、生まれがいい人間は基本的に魔導士ランクは高いらしいからな………」
「魔力は血筋によることが大きいということですか?」
「まあ、それも少しはあるが。
あくまで聞いた話だが、それ以上に大きいのは魔法を学ぶ環境だな。確かに努力は必要だが、生まれが良ければ最高クラスの講師により、幼少から英才教育を受けられる。それは大きなアドバンテージだろう」
余談ではあるが、その代表的な人物を挙げるなら、クロノ・ハラオウン提督が適当だろう。
ティアナと同じく、近しい者の死という『不幸』が行動倫理を形成しており(少なくとも過去は)、『凡人』かつ『努力の人』でありながら最高クラスの実力を手に持つ人物。5歳という年齢から、愚直なまでの猛特訓による成果により、若くして今の地位を手にしている。
では、その2人の差を分けるのは何か?
それは、魔法を学び始めた時期であり、環境であることは間違いない。
これは『正史』の未来の話ではあるが、ティアナは六課での訓練により飛躍的に能力が向上した。それまでBランクだったのが、短期間でAAランク相当の実力がついたといっても過言でないぐらいに、だ。
つまり、最高クラスの環境による訓練というのは、それ程の成果をもたらすのである。
それを5歳という年齢から受けた者との教育面での格差を考えたら計り知れないものがあるだろう。
「生まれも、育ちも、才能も、人の数だけ違うのだから、人間が人間である以上どんな形であれコンプレックスというものは発生して、それが争いの火種になる。私の世界では魔法の存在が隠されていたが、別の形でもいくつものテロが起こっていたしな」
「そうですか………もしかして、今までの話は士郎さんの経験からきたものですか?」
そう言うと、少し困った顔をして、士郎は返答した。
「そうだな。世界中を周っていたが、どこもそんなものばかりだった………
まあ、だが、いろいろ言ってはみたが、私などに本当の所はどうなのか分かるはずもない。
魔導士に対するコンプレックスが少なくなるのなら、それに越したことはないだろうしな。
こういったことを全く考えないのもどうかと思うが、今の段階であまり考え過ぎるのもどうかと思うがね」
そう言いながら首を竦めて、少し重苦しかった空気を霧散させる。
結局士郎さんは、あまり分かったようなことを言うのは好きではないのだろう。今回はティアナが悩んでいそうな顔をしていたから、自分の考えを述べただけなのかも知れない。
「はは、確かにそうですね………でも意外でした。士郎さんは今の管理局に対していいイメージを持っていない印象があったからてっきりボロボロに言うのかと思ってましたよ」
士郎さんはちょっと拗ねたような顔をしながらも、肯定する。
「むっ、まあ、私は組織とは相いれない人間だからな。私が唯の独り善がりなだけなのは自覚してる」
「あはは、そこまでは言ってませんよ」
ちょうどそう言った頃、ウェイトレスがデザートをティアナ達の席に届けにきた。
「デザートをお持ちしました」
なかなか繁盛している店で、結構待だされたが、ようやくケーキ一式がテーブルに並ぶ。というか作ってあったのを持ってくるだけなのに何故。飲み物より時間がかかったのだろうか?
まあ、そんなことはさておき、それからはケーキを食べたりちょっとした雑談をしながら過ごした。
その後、会計を済まして、店から出ようとした時、さっきのテレビの続きの映像が目に入った。
「………………」
ドクン、と心臓の音がした。
思わず立ち止まる。無視したいという心と裏腹に、それでも意識せざる負えない人物がそこには映し出されていた。
その人物は、空のエース・オブ・エース。高町なのは。最高ランクの実力に加え、圧倒的なカリスマ性、抜群の容姿で本局の顔としてメディアにも度々顔をのせている(本人は避けてはいるが)
今の自分とは、天と地ほどの差があるのだといやでも感じさせる。
その笑顔が、こんな所でくすぶっている自分を嘲笑っているかのように錯覚さえしてしまう。そんなわけはないのに…………
「どうした?」
「いえ……」
そう言葉を濁すティアナの視線の先にあるものを、士郎も見る。少し驚いたような顔をしていた。
「彼女は…………」
そう呟いた声に答える。
「ええ、なのはさんです。」
やりきれない思いから、声が低くなる。
「…………、そうか、彼女が…………」
士郎はそう言って声を詰まらせ押し黙る。
違和感のある返答だったが、気にする余裕は今のティアナには無かった。
“聖王教会” 『プロフェーティン・シュリフテン』
*注意
『なのは、Fateに出てこない登場人物その1
鎧衣左近(出典はPCゲーム:マブラヴオルタネイティブ)
オリキャラを作る代りに、登場させました
この人物を知らなくても全く問題ありません』
「それでは、また会える機会を楽しみにしているよ、クロノ提督」
「こちらはできれば2度と会いたくないんだがな」
なのはとフェイトは、騎士カリム達に招かれ聖堂教会に訪れていたのだが、ちょうど部屋の前に差し掛かろうとした時、中から話し声が聞こえてきた。
どうやら彼女達より前に先客がいたらしい。彼女達と入れ違いに帰ろうとしているようだ。
ガチャリと音を立てて開いた扉から、見覚えのない、スーツ姿の長身の男が顔を覗かせた。外見は、地球の日本人に似ているように思われる。年は40前後といったところだろうか。
彼女達と視線が合うと、おやっ、という顔をして話しかけてきた。
「おや、これは高町なのは一等空尉、フェイト・T・ハラオウン執務官。はじめまして」
初対面でありながら、さも当然といった様子でフルネームを呼ばれたことに多少驚きながらも、彼女達も有名人であることは多少は自覚しているので、少し変な人だなと思いつつも、気にせず返事をした。
「はじめまして………えと、あなたは……」
「ああ、このスーツかね?これはジェノバの古くからの仕立て屋で繕ったものなのだがなかなかいいだろう?」
「……………………………は???スーツ???」
え?なぜスーツの話になったの?といきなりの意味不明な展開に心の中で叫ぶ2人。
目の前の男は、呆然としている2人を余所に、どうやらお気に入りらしいスーツの自慢をさらに続けようとしている。
だが、とりあえず、会話をしようと2人は試みた。
「………いや、そうじゃなくて………名前を」
「私の名前かね?それならそうと早く言ってくれないと。そうだな、………私は微妙にあやしいも
「サコン・ヨロイ課長。政府の情報局の人間だ」
後ろから出てきたクロノは、サコン・ヨロイというらしい人物の言葉に被せ彼の素性を明かした。
「あ、クロノくん」
「せっかく私から自己紹介をしていた所なのだが………」
肩をすくめ、少し恨みがましい目をして答えるサコン。
「『微妙に怪しい者』と言うのがお前の名前なのか?お前の脈絡ない話に彼女達まで付き合わせないでくれ。
それはそうと、高町一等空尉、フェイト執務官。よく来てくれた。入ってくれ」
サコンを無視する形でなのは達に話しかけた。クロノがこめかみをヒクヒクさせているところを見ると、その脈略ない話と言うのに彼は付き合わされたのだろう。
「やれやれ冷たいな、ではせっかくの機会だが私は退散するとするか」
そういって、反対を向き別れようとしたが、
「ああ、そうだ」
何かに気がついたように振り向き
「これはムー世界のおみやげだ。折角の機会だから君達にも渡しておくとしよう」
と、ぬいぐるみ型の、同一のキーホルダーを渡して、去って行った。
クロノと共に部屋に入り、待っていたカリムとはやてに挨拶した後に先ほどの話題になった。
「なんか変な人だったね……なんか会話が成立した気がしないような………」
「実際はあれ以上におかしなやつだ。話はコロコロ変わるし、飄々として掴みどころがなく何を考えているのかがさっぱりわからない。
だが、その実かなりの切れ者だからな。裏の世界にまでも独自のルートを持っているし、蔭に潜んで組織を動かしていくタイプだ。少しでも油断すれば、都合のいいように動かされてしまう。
まあ、悪い人間では無いんだが…………」
「そうなんだ………」
はやてやカリムもよく見ると多少疲れたような顔をしている。どうやら彼女達も同様に話に付き合わされてうんざりとした感じだ。
「まあ、その話は後で時間があったら話すとしよう」
クロノは仕切りなおして、顔をキッと引き締め、場を張り詰めさせる。
視界だけでなく音も漏れないように施された暗幕で彼女達を覆い、部屋が薄暗くなる。
『正史』よりも数カ月も早い会合が始まった。
「さて、今回集まってもらったのは、機動六課創設の表裏、そして例の事件と今後の話や」
そう言って、なのはとフェイトの2人に説明を始めた。
レリックの対策 独立性の高い少数部隊の実験例という表向きの理由。
そして、カリムのレアスキル“プロフェーティン・シュリフテン”による預言。
『古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、死せる王の下、聖地よりかの翼が蘇る。 死者達が踊り、なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、それを先駆けに数多の海を守る法の船もくだけ落ちる』
「それって、まさか」
カリムはうなずくと
「ええ、ロストロギアをきっかけとする、地上本部の壊滅と、そして管理局システムの崩壊」
2人共息を飲む。
「ですが、今回集まってもらったのはまた違う詩文がきっかけなんです」
カリムはそう続ける。
「一年ほど前に、不自然なほどに急に追加された詩文なのですが、解釈の難度も今まで以上に高く、まだ内容は全く把握できていない状態です。
何を表しているかも分からないので、とりあえず放置しておくしかなかったのですが、最近になり、ある事件と類似する部分が確認できました。これがその文章です」
『異界よりきたりし来訪者
其は神を子とし、産み落とさんと欲すだろう
数多なる法の番人を杯とし、稀代の死者と飲み交わす
彼の者に理はなく、ただ興あるのみ
宴に水を刺すは、半身は天使で、半身は死神
其より興は理となし、法の死者との逢瀬で無と帰すだろう』
「神……とか、異界とか分からないことが多いね。どういうことなの?」
なのはは3人に向かって尋ねた。
「残念ながら私達の方でもほとんど理解していません。今回の内容は通常に輪をかけて難解な点が多すぎますから。ただ、そこに出てくる法の番人。それを杯にするということは………先の事件を指すのではないか。そう考えられなくもありません」
杯……それを、生贄と捉えるということか………
「半身が天使で、半身が死神っていうのはなんだろう。水を差すって言うのは邪魔をするってことだよね…………これが一番重要になってくると思うけど」
「それに関しては見当もつきません。正直、この詩文から、さっき申しましたこと以外、何もわかっていないのです。実際、神を生むというものが世界にどう影響していくかも分かりませんし、その半身が…というものも探しようが無い、といったのが現状です」
だから、今まで放置するしかなかったのだ、とクロノが付け加えた。
「でも、不自然ってどういうことなんですか?」
もっともなことだ。フェイトの問いに対し、カリムは神妙そうな面持ちで答える。
「私の能力で作られた詩文はこれだけではなく、他に幾つもの詩文があります。
そして本来予言は出てきた順番に並べられているのですが、今回出てきた詩文は丁度管理局の崩壊を促した詩文の次に他の詩文に割り込む形で書かれてありました」
「それは確かに不自然だね………少しも理由はわからないんですか?」
「推測ぐらいならありますが………
私達は先の預言について機動六課の設立を始め、他にも対策をしてきました。
もしかしたらそのことにより未来を変えてしまったのかもしれません。本来予言を見なければ起こってだだろう未来を。だから改変した未来に合わせて詩文がそれに合わしたのかもしれません」
管理局崩壊についての詩文が無くなるどころか、逆に問題が増えてしまうなんてと悔しそうにカリムは呟いた。
「………私達のしたことが無意識に未来を変えてしまったってことか。予言の対策としてしてきたことは機動六課の設立が一番大きいよね………そしたら2つの事件は繋がってるってことかな?」
「断言はできませんが、わざわざ詩文が前後で並んでいる所からしても関連性があると考えてもいいと思っています」
カリムの答えに、なるほど、と頷く。確かにそう考えればつじつまが合ってくる。
「そうかもしれない。しかしあくまで予想だ。可能性の一つだろし断定しない方が賢明だろう。
だが2つの事件が繋がっているかもしれないということは無視できることではない。
だから なのは には今の部門と六課と両立してもらうことになる。2つの事件の橋渡し役も兼ねてるから、今まで以上に大変な役目になると思うが よろしく頼む」
「うん、わかった」
「教導はヴィータやフェイトちゃんにお任せする予定やから、フェイトちゃんも負担が増えて大変になると思うけどがんばってな」
「うん」
そうして他に細かい事項を確認した後、それぞれが不安を胸の内に残しつつこの日の会合は終了となった。
‘side はやて’
「ティアナがいない!?」
はやてがそのことを聞かされたのは事件があってから7日後だった。
先ほどの会議から帰って後、先日なのはに頼まれていたティアナのことをシャーリーに尋ねたのが始まりだのだが、そしたらシャーリーは言い難そうにして言ったのだった。
「いつ、いなくなったんや!?」
「高町一等空尉とのことがあった後、すぐです。朝になっても部屋に帰ってこなかったらしく、スバル・ナカジマ二等陸士が捜索したんですが、艦内にも見つからなかったらしくて。始めは何日かしたらすぐに帰ってくると思ったんです。でもそれからもずっと帰ってこなくて……
高町一等空尉のことで他の隊長、副隊長も把握するのも遅れて後手後手に回ってしまい……。
すいません。でも、はやてさんやなのはさんは、今ものすごく忙しい時期だからって……これ以上の負担をかけれないと私達が勝手に判断しました」
「…………。で、手がかりは?」
言いたいことはあったが、それをさせたのは自分自身の行動せいだ。それに全然気付かなかったはやて自身が悪いし、実際聞いたからと言って何かができたわけでは無い。
「北口の裏門から深夜にバイクで誰かが外出した形跡がありましたので、たぶん間違いないと思います。その他はなにも……」
「…………」
脳をよぎるのは魔導士の連続失踪事件。あの凄惨な光景。
ぎりっ。はやては口を噛み締める。
今すぐにもティアナの捜索をしてもらいたい。しかし、今の管理局にそんな余裕はない上に、他にも50人を超える失踪者がいるのだ。それを押し除けて ただの家出かもしれないティアナだけを優先して捜索してくれとはとてもじゃないが言えない。
(無事でいててくれや)
ティアナは当然事件のことを知らない。だから現状から考えてみれば、ただの家出の可能性の方が遥かに高い。しかし、群れからはぐれた獲物ほど狩りやすいこのは周知の事実である。
(これは、今はなのはちゃんには言えへんな)
昨日の様子からして、相当精神的にきていた。これ以上なのはに負担をかけるわけにはいかなかった。シャーリー達がはやてを思ったのと同様、はやてもまた同じように思ったのだった。
それが、なにをもたらすかも知らないで………
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プロフェーティン・シュリフテンに関しては、どうしようか悩んだんですが結局適当に作ることにしました。異世界からやってきた人間が他の大きな事件を起こすなら書かないほうが変な気がしたので。うーん、他の作品と似ているかな………どのぐらいが許容範囲なんだろう。
また以下は、六課での出来事を描いた短編です。
私的に内容の出来が酷かったような気がしたので、掲載するか迷った末、番外編の番外編として載せることにしました。
“訓練場(没ネタ?)”
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー」
ヴィータの叫び声と共に唸りくるハンマーの一撃は、隙だらけのスバルに直撃し、体が宙に舞い上がりそのままダンッ、ダンッと地面を跳ね転げて木に激突した。
もちろんバリアジャケットを装着しており対したダメージにはなっていないはずだ。
しかし今のスバルには、いつものような覇気が欠けており思うように体が動かなく、そのまま倒れたまま起き上がれないでいた。
緊急事態での対応に追われた事件から1週間。自主訓練期間を終え、教導官付きの訓練が再開した矢先のことだった。
別にヴィータにスバルが吹き飛ばされることは少なくない。そもそもから実力が違い過ぎるのだ。
だが今のは明らかに防ぐことのできた攻撃だったはずだ。そもそもあのような大きな隙を見せることからしておかしいかった。
一度ならまだしもここの所頻繁に見るようになった この精彩を欠くスバル。それは日に日に多く見られるようになってきた。
理由が何たるかは問うまでもないだろう。
ティアナ・ランスター。
訓練校に入ってからずっとコンビを組んでいた相方。
始めは、少しきつくて、きれいなルームメイトっていう印象。
でもなんだかんだで面倒見が良くて落ちこぼれで全然ダメだったスバルを文句を言いながらも世話を焼いてくれた。
お互いのこと、将来の夢、そう言ったものを語りながら少しずつ、絆が深まっていった。
スバルは甘えっきりだったけど、それでもティアナも自分のことを親友だと思ってくれてると感じていた。
でも、ティアナがいなくなってからもう一週間。
なんでいなくなったのかスバルには分からない。
スバル自身は、なのは達の過去を見て、何故あんなにきつく指導されたのかは納得がいったしティアナもそうだと思っていた。
だけど………ティアナは帰ってこなかった。
悩みを話して欲しかった。
頼って欲しかった。
しかし、そうしてくれなかったのは……ひとえにスバルが頼りなかったからだろう。
前にティアナが無茶をしていた時、スバルができたのは共に特訓をしたことだけだ。
ティアナの言った通りにして、それがどんな結果をもたらすかも何も考えなかった。ティアナの明らかなオーバーワークを止めることもできなかった。
結局できたのは、ただティアナに合わせて流されていただけ。
これで頼って欲しいと思うなんて…………おかしすぎて笑ってしまう
ヴィータは呆然と倒れこむスバルを見据えていた。
気持は理解できないでもない。親友がいなくなったのだ。
だが、頭の中だけでぐちぐち悩んでいたって何の解決にもなりやしない。それはスバル自身をもさらに腐らせていくだろう。
そんなことでいいはずがない。
それをスバルに分からせ、活を入れて尻を引っぱたいても前を向かせてやらなくては。
「ティアナは絶対戻ってくる。お前がそう信じてやんなきゃだれが信じるんだよ」
「………」
「それにな、今ではお前が一番年上だ。エリオやキャロも不安なんだ。そんな中おまえがそんなんでどうすんだよ?いつまでもティアナに頼って、おんぶや抱っこのつもりか?あいつが帰ってきたときにそれでいいのかよ?悩んだって何の解決にもなりゃしねーぞ!!」
ヴィータの檄を入れた言葉に響くものがあったのか、ハッとスバルはその顔を上げ、呆然とした眼に元の力強い色を取り戻し始める。
「そう……ですね。うん、そうだ」
スバルは自分自身に言い聞かせた。ここで自分がいつまでもぐちぐち悩んでいたらキャロやエリオが不安がるばかりだ。
この大変な時に自分だけへたれていていいはずがない。
それに、ティアナに頼りっきりだったせいで、自分がティアナの支えになれなかったからいなくなってしまったんだとしたら、同じことを2度と繰り返さないためには、もっともっとスバル自身があらゆる意味で強くならなくてはいけない。
今、スバルができることは信じて帰りを待つことだけ。その時ティアに恥ずかしくないくらい、支えてあげられるぐらいにならないと!!!
マッハキャリバーが唸りを上げ、周りの大気を震わせながらリボルバーナックル高速回転を始める。
「ウイングロード!!」
「そうこなきゃな!!」
再び始まった戦闘。しかし、さきまでの陰鬱な感じは消え失せた。
ティアナがいない事実は変わらない。さっき思ったことも単なる自分に対する慰めでしかないのかもしれない。
だけど、悩んでも何も始まらない。
今はただ、自分にできることを………やるだけだ。