【第01話 届かぬ夢】
“side ティアナ”
「う……ん…」
とあるアパートの一室。そこのベットにティアナ・ランスターは横たわっていた。
ちょうど目を覚まそうとしているのか閉じていた瞳が徐々に開いていく。だが、夢見が悪かったせいだろうか、それとも元々寝起きが悪いからだろうか、暗い部屋を見渡すと覚醒していない頭で、のろのろと薄暗い部屋に明かりを灯そうとスイッチを探そうとしていた。
「うーん、あれ、どこ?……ん、………あれ、どこ………」
いつもあるはずの場所にスイッチがない。眠気眼を擦りながらティアナはゆっくりと周りを見渡した。
そこでようやく自分の部屋ではないことに気が付いく。
「…………………っっ!!」
寝ぼけていた頭が一気に覚醒し、ベットから跳ね上がる。
「ここ、何処っ?」
見慣れない部屋。室内にはベットとタンスがあるがそれ以外には何もなく生活感にかける部屋だ。造りはあまりいいように見えなく、少なくとも機動六課の建物内のようには見えないし、ティアナの記憶にある部屋でもなかった。
「えっと…………」
ティアナは働かない頭をなんとか回転させて自分の現状を確認しようと試みた。
(あ そっか、私、飛びだしてそのまま………)
みんなの才能に嫉妬して、頑張ったけどうまくいかなくて…………
暗く、陰鬱なイメージが頭の中を駆け巡っていき頭の中が再び混沌としそうになってきたが、それより前にコトッという音と共に部屋のドアが開かれ、聞きなれない声がティアナの耳に届いた。
「目が覚めたか」
「だ、誰っ!?」
思わず後ずさる。目の前には知らない男が立っていた。そして明かりをつけるとティアナに近づいてくる。身長は190cmぐらいだろうか。髪は白髪のオールバック、肌は褐色という特徴的な外見をしていた。そんな男がいきなり目の前に出てきたのだから驚くのも当然だろう。
だがティアナの困惑を意に介せず、男は聞き返してきた。
「といわれてもな。君は昨日のことを覚えていないのか?」
淡々とした感じで男は身をすくめる。
「昨日のこと………?」
だからバイクで飛び出してそれから……あれ、どうなったんだろう。だいぶ走ったと思ったんだけどそこからの記憶が曖昧になっている。
「覚えてないのか。君は昨日ここから少し離れたところで倒れていたのだよ。バイクごとガードレールからはみ出していたし事故なのだろうな。運がいいことに軽傷ですんだようだ。一応医者にも見せたのだが、ただの軽い打ち身で問題ないと言っていた」
「そう……なんですか」
よく思い出せないが、ずっとあのことを考えながらバイクに乗っていたのだ。今考えるといつ事故してもおかしくなかった。
「すいません。ご迷惑かけて」
「いや、気にしなくていい。私が勝手にやったことだ」
目の前の男はそうそっけなく返答すると
「それよりまず食事にしようか。丸一日何も食べていないんだ、腹も空いただろう。詳しい話はその後にしようか。なにか食べれそうなものはあるか?」
と尋ねてきた。ティアナは男の突然の申し出にますます戸惑いながらも
「えっと、なんでもいいです」
「そうか、なら適当に作っておこう。その間にシャワーでも浴びてきたらどうだ?汗をかいて気持ち悪いだろう。まあ、見知らぬ男の家だ、入りたくなければ別にいいし好きにしたまえ」
着替えはそこに置いてあるといって、シャワーの場所を示すと部屋を出ていった。
ティアナはしばらく混乱する頭で悩んだのだが、ドロドロとした感情の中で何か考えるのが億劫になり、全身に感じる汗の気持ち悪さも手伝ってシャワーを浴びに部屋を出て行ったのだった。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
「いや、口にあったようで良かったよ」
そう言って士郎さん(そういう名前らしい)は食器を片づけに行く。
シャワーを浴びて汗を流し、空っぽだったお腹の中が満たされたからか、ティアナは幾分気持ちも晴れて思考も正常に働くようになっていた。
「あ、わたしも」
「いいからそこに座っておけ。終わったら茶でも持ってこよう」
外見とは裏腹に慣れた手つきで洗っていく。
出てきた食事はほんとにおいしかった。お腹が空いていたということもあったが、それより本人の腕前によるところが大きいだろう。和食、地球の日本という国の料理らしく本人の得意料理だということだ。
食事の途中で簡単な自己紹介と今までの経緯の説明をしてもらった。
場所はマフィアの街、ニブルヘルム。それを聞いてゾッとした。たまたまいい人に助けてもらえたが、他の人ならどうなっていたか分からない。
いや、まだこの人が本当にいい人という保証は無いんだけど。でも悪い人じゃないって感じる………御飯もおいしかったし。
そんなことをぼんやり考えていると、士郎さんは洗い物が終わったのか戻ってくるとテーブルに紅茶を並べた。
出された紅茶に満足しながら士郎さんとテーブル越しに向かい合って座る。
たぶん今度はこっちが説明するすべきだろう。
何を話そうか、どう切り出そうかと迷って、しばらく沈黙が続いたが士郎さんから話を切り出してきた。
「で、何かあったのかね?君みたいな若い女性があんな山道をあの時間に通るっていうのは?もしかしたら力になれるかもしれん」
「………」
ティアナの表情は再び曇り沈黙が走る。
理由は簡単だ。
私が逃げ出したから………とんでもない高みを見せつけられてしまったから……
それを口に出すのはみっともなくて……でも、
「いや、無理に言わなくてもいい。別に個人のプライベートを覗こうとは思わんよ。言えないようなこともあるだろう」
「いえ………」
でも、自分の中に溜め込むのも辛かった。誰かに話したら少しは楽になるのかもしれない
……だから
「ちょっと仕事でしっぱいしちゃって、混乱して、わけわかんなくなっちゃって、気づいたらバイクで飛び出して、それで………………」
ぽつぽつと少しずつ、心の中に溜め込んだものを吐き出していった。
殉職していった兄が上官から汚名を着せられてしまったこと。
だから兄の目指していた執務官になって汚名を晴らそうと決意したこと。
でも空隊にも士官学校にも落ちたこと。
それでも頑張っていたら、管理局の機動6課という精鋭部隊に声をかけてもらえたこと。
そこでは天才や歴代の戦士ぞろいで自分がひどく凡人だったこと。
一生懸命努力したのにそれを否定されたこと。
だけどそれは違って隊長の部下を思いやってのことだったこと。
天才。本当の天才というものを知ってしまったこと。
始めたどたどしかった声は次第に激しさを増していく。今まで抑えてきたのだろう、溜まってきた感情がいっきに溢れ出す。それを隠そうともせずさらに続けていった。
「でも、それでも努力しなきゃ、無茶をしなくちゃ、夢はかなえられないんですよ!!わかってます。なのはさんの方が正しいんです。結局、私のやってたことは仲間を危険にさらして、体を壊していくだけだって。正しいです、どうしようもなく正しいんです。
でも、じゃあ皆と同じだけやって、同じことをして本当に執務官になれるんですか!?9歳でAAA級のフェイトさんですら、2度も試験に落ちてるんですよ!!昔のなのはさん達が戦っている映像を見してもらって本当にわかりました。次元が違うって。噂には聞いてたんですけど、どうせ誇張されたものだろうって。でも実際はそれ以上で……」
涙声混じりの叫び声が途絶える。
「こんなに、こんなにも違うって思わなかった。無理なのかな。私なんかじゃ執務官になんてなれないのかな」
認めてはいけないことを、ティアナにとって絶対認めたくないことをつぶやくように吐き出した。大量の涙をこぼしながら。
「………」
士郎は何も答えない。難しそうな顔をしながらただティアナを見つめ続けている。
部屋には時計のカチッ、カチッという音と、ティアナの嗚咽交じりの息遣いだけが響き渡る。いくら針が時を刻んだろうか。
「何も……言わないんですね」
てっきり努力すればなんとかなるって励ますのかと思ってました。ティアナはそう継ぎ足した。
「そう言った方がよかったか?」
俯いたまま首を振る。
「そんな気休め、欲しくなんてありません」
だろうな。士郎はそう相槌を打ちながらながら話を続けた。
「……昔なら そう言っていたかもしれないがな」
士郎は自虐的な表情を浮かべそういった。その視線はティアナを見ていなく、それは己の過去を幻視いるように遠い表情をしながら、
「努力しても、頑張ってもどうにもならないことっていうのは………あるのかもしれないな。特に………途方もない夢をもっていたら、な」
なにを回想しているのだろう。懺悔、後悔、苦悩、多くのものがその顔に詰まっているようにティアナの目には見えた。
「………士郎さんにもあるんですか?」
「まあな。何をやっても一流と言うにはほど遠くて、でも俺は馬鹿だったから突き進むことしかできなかった。叶えたい夢があって、届きたい頂きがあって足掻き続けたよ。」
この人もなのだろうか。その内容はまさしく今のティアナと被る。目の前のこの人も本当にそんなことがあったのだろうか?なら………どうなったのだろう?
少しの静寂、そしてティアナは恐る恐る尋ねた。
「それで……諦めたんですか?」
士郎は眼を閉じ、一度深く息を吐くと
「さあ、もう自分でも分からなくなってきた。夢は幻想だと知り、理想はその形を歪めていった。今ではそれを言葉にすることも難しい」
「…………」
「だがそれでも、結局俺は未だに縋りついているのだろうな。ほんの僅かでも希望があるうちは足を止めることはできないだろう………」
努力では無く、縋る 、か。それはいったい何を表しているのか。
「ティアナは……諦められるのか?」
士郎さんはそう聞いてくる。
執務官になり、ランスターの銃はどんな敵でも撃ち抜けるっていうことを証明する。それは自分にとってどのくらいのものなのだろうか。どれだけの実力差を見せつけられても諦めきれないものなのか。零に近しい可能性に希望を見出すことができるのだろうか?
「……わかりません、今はまだ」
そう、簡単に諦めるわけにはいかない。でも……現実は残酷だ。
「ああ、それでいいだろう。多分 俺はどうしようもなく間違えてしまったのかもしれない。だからティアナはよく考え、そして悩んだらいい。これからのことや自分の夢を」
「私の夢……」
「ああ、君の兄が本当にそれを望んでいるのか。君には戦いなんかに関わらないで過ごして欲しいんじゃないか………。そういったことも含めてな」
「………はい」
そういったことは考えたことがなかった。いや、考えまいとしていたのかもしれない。
悩む……か。
走って、走って、周りが見えなくなって。私はいったいどうしたいのだろう。どうすべきなのだろうか。考えなくてはいけない。
そう思わせるだけの重みが、士郎さんの言葉にはあった。
士郎さんを見る。きっとこの人もきっとまだ迷っている。
それは何なのだろうか? 聞かれたくないことなのだろうけど、それでも聞いてみたかった。
「あの、聞いていいですか?」
「なんだ?」
「士郎さんの夢ってなんですか?」
一瞬表情が固まって、数拍おいてから、苦味を潰したような顔をして、困ったように、だけどはっきりと自分の夢を口にした。
「正義の、味方だよ」
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追記
あの作品の元ネタです。