カタカタカタカタ。
聖王病院のある一室にタイピング音が響いていた。
ベッドの上にいる少女は、ひたすらパソコンに向かって入力している。その表情は真剣そのもので、時折険しく、そして苦しそうな表情すら見せていた。
カタカタカ………
急にタイピングが止まる。
少女はそのままうずくまり、何かにじっと耐えているような苦悩の表情を浮かべた。
「だめだ…………だめ、だめなの!!!こんなんじゃ!!!」
手で頭を抱えながらぶんぶんと首を揺らす。
少女、高町なのははまたしても手で顔を覆って項垂れる。
パソコンに打ち込まれているのは、先日の黒い騎士、そして殺人犯への対抗策。
しかし、それは途中で止まっていた。
『なのはさんにとって私は河原の小石―――』
『…………ただの礼だ。高町なのは』
『六課から逃げたんですよ』
強烈なフラッシュバック。
あの時の光景が、頻繁になのはの思考に映り出す。
もう既に二週間以上も前のことであるのに、脳裏に張り付いて離れない。
あれは既に終わったこと。それよりもこれからどうするか、どう反省して活かすかが大切なのだと分かっている。
しかし、そんな理想論では感情は落ち着かない。
高町なのはは人生でこれほど、自身を嫌悪したことはなかった。
周りの人たちは、はやては自分が悪かったって言う。他の人も、なのはは悪くは無いって言う。
本当に?
断じて違う。
そう思ってるはずなのに。
もし、ティアナが普通の教え子だったら。
もし、はやて達がなのはに伝えていてくれたのなら。
僅かでも、思考にそう過ぎってしまう自分に吐き気がする。
(ダメだ………)
思考の循環が悪いほうへと進み、このまま再び錯乱状態になりそうになる。
その時だった。
キー、という扉の開く音と共に現れた小さい少女の姿が現れた、
「ママー」
金髪の女の子はなのはをママと呼び、ベットの方へ駆け寄った。
彼女は先日、戦闘機人に追われていた少女だった。
同じ病院に運ばれてきたのだが、その時なのはに懐いて、なのはのことをママと呼ぶようになった。
暗い思考がよぎる毎日。
しかし、この小さい女の子の相手をしているときだけは、心なしか、なのはも安らぐことができていた。
「ヴィヴィオ」
なのははブンブンと顔を振り、なんとか笑顔の表情を作った。
「あのね、いまけんしんがおわってね、なのはママのところにいってもいいよって」
なのはのベットによじ登り、隣にちょこんと座った。
「そっか、ありがと、ヴィヴィオ」
なのはは思う。
純粋に会いたかったというのもあるんだろう。だけど、この子はよくは分かっていないのだろうけど、ヴィヴィオなりになのはのことを心配してくれているんだろうと思う。子供は意外と鋭いところがあるから。
(小さな手)
ぎゅとヴィヴィオを抱きしめる。
「わふ」
そう言いながらも、ヴィヴィオも嬉しそうな顔になる。
暖かい気持ちになる。
問題が解決したわけじゃない。でも、何が何でも、この小さい手は守っていかなくちゃ。
フッと意識が揺れる。
張り詰めていた神経が途切れたのだろう。
暖かなぬくもりを感じながら、次第に次第に目の前が真っ白になっていく。
親子のように抱き合いながら眠り始める二人。
そんな光景を、ただ、一羽の鳥が見ていたのであった。
「いいこと考えちゃいました」
くすくすと笑いながら突然そんなことを呟く少女。
「いいことですか?」
そんな彼女を、どうせろくでもないことを考えているんだろうと分かりながらも、ローブの女は聞き返した。
「ええ。前から思ってたんですよ。私も、このままじゃいけないって」
「はあ」
「ほら。サモナーは常に自分で美を研究しているじゃないですか?毎度毎度同じような感じじゃなくて、私も向上心を持とうって思ってたわけですよ。なんか最近飽きてきちゃったんで」
桜は部屋の端を見渡す。
そこには裸の少女が蟲に犯されていた。始めは泣きわめいたり、助けを呼んだり、悲鳴をあげたりとそこそこ面白かったのだが、既に正気ではなく、ただ快楽にいそしむ人形に成り果てていた。
この世界に来てもう何度繰り返された光景か分からない。
その被害者達はどことなく、彼女の姉に似ているという共通点を持っていた。
「あれは、あれあれなりに楽しいんですけど、何度もやってると新鮮味がかけちゃって。だからもっと工夫してみようかなって。日進月歩ってやつですよ」
「………そうですか」
正直どうでも良さそうにキャスターは生返事をする。
でも、どうせ彼女も退屈はしていた。彼女達も計画を持つとはいえ、急を要さないため別に回り道をしても問題は無い。
流石にサモナーみたいな者が2人もいたらそれはそれでうるさいが、彼女のマスターの嗜好性は自分寄りであるとは認識している。
「ええ………この前の仕込もありますし、これはおもしろくなりそうです♪」
今にも鼻歌を歌いだしそうにマスターははしゃいでいる。
「仕込み? ああ、あの女の手術ですか………」
前回のアーチャーの連れの少女。
彼女の元教官であったらしい高町なのはとの一戦において、彼女は回復不可能といえるほど、リンカーコアに損傷を残していた。
彼女とそのアーチャーが、それを治せるだけの医者を探しているという情報を、桜達が乗っ取ったアイギスというマフィアの組織の情報網を通じて仕入れ、わざわざ裏から手を回して、キャスター自身が手術を施したのだった。
彼女の主の意図がどこにあるのかは分からない。
それに加え、仕込みと簡単に言うが、あれはあれでかなりの労力を使った。
数十の魔導士を解体し研究してみたとはいえ、魔術回路の変わりにリンカーコアを持つなど器官に大きな違いがあるこの世界の人間を扱うにはまだ研究不足だ。
もはや変質したといってもいいリンカーコアの再生は、キャスターといえど手術は困難を極めた。
結局、彼女のリンカーコアを元に戻すことはできず、代用品として擬似的な魔術回路を生成しリンカーコアの破損部分の欠落を強引に治したのだった。
違和感は感じるだろうが、落ち着けば元のように魔力行使ができるようになるだろう。
(…………たぶんですけど)
それに加えて、桜の注文でフィジカル面での身体強化も出来る限り施しておいた。もちろん本人の原型を保ったままだったのであまり大手術までとはいかないのだが。これである程度肉体的なスペックは向上しただろう。
「ええ。まあ、台本道理に進めることは難しいかもしれないけど臨機応変にやってみましょう!」
どうやらマスターの中ではストーリーが出来ているらしい。
(まあ、別にどうでもいいですけどね)
「で、キャスターにお願いしたいですけど。―――――とーーーーーー、それにーーーーーーーーーーをお願いできます?」
その注文にキャスターは首をかしげる。
その中身もさることながら、最後のものにいたっては必要性を感じないからだ。
「………いいですが、最後のはあなたので十分なのでは?」
彼女のものでも十分だろうのに、わざわざランクを下げたものを準備する理由がわからない。
「んーーーーーーーそれはいろいろとあるんですよ。まあ、それは後のお楽しみってことで♪
あ、あとスカリエッティさんでしたっけ?彼への交渉もお願いします。
本当は”本物”が良かったんですけど、あの人達はあの人達で面白いことを見せてくれそうですしね。完全に複製は出来ないみたいですけど、ガラクタなら判別できないと思いますしね♪」
まるで子供がサプライズを企んでいるかのように微笑む。
「あっ、忘れてました。そういえばセイバーの傷はどうですか?」
キャスターは嫌なことを思い出したかのように不機嫌そうに答える。
「………治る気配はありません。私の治療でも無理ということは………これは宝具クラスの呪いの類ですね」
忌々しいことこの上ないが、魔術を極めたキャスターですら、セイバーが槍で攻撃を受けた部分を治すことが出来なかった。
呪いであるのならば、彼女の宝具ならば恐らく解除は可能だろう。
しかし、その場合令呪の繋がりまでが消えてしまう。
その繋がりが無くなったが最後。彼の性格を踏まえれば、キャスター達に敵対することは容易に考えられる。
契約破棄により弱体化し、キャスター達に勝ち目は無いだろうが、聖杯という目的が無い今、最悪セイバーが自害を選ぶという可能性も十分考えられる。
死に際こそ酷いものだったが、それでもやはり、セイバーは高潔な騎士であることには間違いがない。これ以上、自分を好き勝手させるまいとするだろう。
それでも桜自身が聖杯の器なので取り込めばいいと思うかもしれないが、それでは対魔力Aが無くなってしまう。
この世界においては、腕の一本が動かしづらいという理由ごときで、対魔力が無くなってしまうリスク、可能性は少ないものの反撃をもらうリスクを負うのは割りにあわない。
故に使えない。
プライドをひどく傷つけられたと同時、あの男が前回のアーチャーであるということに真実味が帯びてきた。しかし、
(これは、こちらの世界にも概念武装、それも宝具クラスのものが存在するということなのか。もしくは逆。そう、あの男もこの世界に飛ばされてきた。むしろそう考えるほうが違和感がありませんね………まだどちらも不確定要素が多すぎますが)
あの槍は確かに彼女世界の宝具と考えたほうが納得がいく。
しかし、次から次へあのような武器を出すのはキャスターの世界では考えられない現象であり、武器をああも簡単に爆発させるということも不自然極まりない。
彼女の結界内で空間転移が使われた形跡も無かった以上、どこからか転移で取り寄せているということも考えられない。
(考えてもきりがありませんね………あの男は使い魔を全て見破ってしまいますし、情報が取れないのが痛いですか。マスターはそれすら楽しがっているようですけどね………)
貴重な前衛の駒の戦力低下は痛いが、そこまで気にする必要も無い。そもそも彼女達に大きな目的は無く、この計画も所詮はただの余興。暇つぶしだ。
のんびりと構えても何の問題も無い。
(まあ、それに必要とあれば、こちらの魔導士にでも味方についてもらえばいいでしょう)
そして、時は過ぎ行く。
地上本部の崩壊。
それは時こそ遅れど、正史をなぞることとなる。
この戦い。衛宮士郎、ティアナ・ランスターは主役どころか登場人物になることすらなかった。そして、病院で最終調整を行っていた高町なのはも同じ。
違うとすれば、彼女の大切なヴィヴィオは戦闘機人ではなく、ローブを纏った女にさらわれたことをが映像記録に残されていたということだけだった。
さらに時は過ぎる。
深夜、士郎の元に緊急の通信が入る。
送信者は鎧衣左近
内容は………
読み終わるや否や直ぐに席を立つ。
傍らにいたティアナも、その内容も知らないはずだが、無言で彼女のデバイスを用意しそっと、士郎の横に寄り添った。
同時刻、六課の長。八神はやての元にも一つの命令が下された。
「了解しました。動ける者は、直ちに現場に向かわせます」
通信を切る。後ろを振り向き、収集がかかった、なのは、フェイト、シグナム、ヴィータに向けて命令を伝えた。
「例の殺人犯の拠点を突き止めたそうや。機動六課で動ける5人、直ちに現場に向かってもらう」
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地上本部の崩壊を期待されていた方はすいませんでした。
本当は士郎がはやてやフェイトと再開。ティアナが戦闘機人相手に活躍する姿を書こうと思っていたのですが、物語全体としてはあまり意味はない場面なので省略しました。
今の更新ペースで余分な贅肉を付けていたら、いつまでたっても終わらないので……ご容赦下さい。