【prologue そして始まりを (前編)】
「スターライト・ブレイカーーーーーー!!!」
絶対の自信を持てその名が放たれる。
全てを飲み干さんとする巨大な光の柱が魔法陣から今、まさに解き放たれた!!
「I am the bone of my sword」
対する男は悲しい響きをもったそれを、囁くように、しかし確実に世界に対して浸透するような声で紡ぐ。
星が落ちてくる。そう錯覚させるほどの圧倒的火力が迫りくるその時、
カッと、その鷹の目のような鋭い瞳を見開いた。
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!!!!!」
まるで、戦争が始まったかと錯覚させるほどの轟音が鳴り響く。周りの木々はその非常識な衝突に耐え切れず、根こそぎ吹き飛んでいく。
星と対峙するのは4枚の花弁。
そう、それはかつてトロイア戦争において、かの大英雄ヘクトールの投擲をも退けた絶対の盾。
その一枚一枚は古の城壁に匹敵する。概念すら積んでいないただの魔力の塊など通そうはずもない。
…………しかしっ!!!
「ぬっっうっっっっ!!」
亀裂が入る。何人たりとも犯すことのできないその領域を、ただの純粋な魔力、圧倒的な質量によって1枚、また1枚とその花弁が浸食されていく。
残す花弁は1枚、紅き騎士にもはや余裕はない。気合いで残る全ての魔力を注ぎ込む。
「あああああああああああああっっっっ」
そして、消え去った。
男は最後に弾き飛ばされながらも無傷。
足元には巨大なクレーターとなった惨状を残すのみ。
白き悪魔の思考が止まる。それも無理はないだろう。いったい誰が想像できただろうか?
「闇の書事件」以降、天才と呼ばれ、一時は怪我により戦線離脱していたものの、復帰してからはあらゆる事件を解決し早々にSランクを獲得。今や、全ての若い局員の憧れであり目標、エース・オブ・エースと呼ばれてきた彼女だ。
もちろん、それを奢る彼女では決してない。
しかし目の前の魔導士かすら分からなかった相手に、幾多もの敵を蹴散らしてきた“スターライト・ブレイカー”が破られるはずはない。その考えが、わずかではあるが確かに彼女の脳裏にあったことは事実だった。
そして、それが彼女の敗北の決め手となった。
「っっっっっ!!!」
遅い。僅かな逡巡。
それ故、僅かな風を割く音と共に、死角から迫りくる双剣に気付かなかった。
白黒の剣が無防備な胸元を抉る。
その衝撃で彼女の意識は途絶えた。
ただ月明かりが灯す中、魔導士は落ちていく。
それは、彼女の二度目となる挫折。
出会うはずの無かった2人の会合。
奇跡という名のソレが、世界を超えて与えるものがある。
彼女には過酷な日々を
そして彼には始まりを.
だが、彼女達がそれを知るのは全てが終わった時であった。
≪2日前≫
機動6課の一室。3、4人で使用するぐらいの円いテーブルを囲みながら、3人の少女は神妙な面持ちで会話をしている。
「連続失踪……?」
そう言って、高町なのはは眉をしかめた。
「そうや、最近局員で行方不明者が多いって知っとるやろ?」
「うん、うちの課はいないけど他のところで何人か聞いたことがある」
実はとはやては言う
「そう、まだほとんどの局員たちにはうわさレベルでしか伝わってないみたいだけどな。実はもう50人以上になってるって話や」
「50人!!」
なのはとその隣の少女フェイト・T・ハラオウンは驚いた
「うそ……そんなに?」
もはやこの数は異常である。
失踪事件自体は頻繁に、と言うほどではないがたまに起こっている。年間に十数人ぐらいはいるだろうか。
しかしそのほとんどは、あまりの訓練のきつさに逃げ出しただけであった。
正直 なのははそれが少し多い程度に考えていたのだが、どうやら甘かったようだ。
「その人たちの行方はつかめてないの?」
「まだ見つかってへん。けど何らかの事件が起こってるのは間違いないと思う。いなくなった局員のほとんどが仕事も普通にこなしてたし、変った箇所は無かったそうや。部屋にも持ち物は残っとたしな。でもそれだけの規模を管理局相手に拉致できるって言うのもおかしな話やとも思うんやけど……クーデターとかの線もあるかもと思ったけどそれぞれにさしたる共通点も無いしな」
「そう なんだ……もしかして、私たちが呼ばれたのって?」
「そや。ほんまは2人に話せる段階じゃなかったんやけどな。
けどAA+ランク魔道士2人もいなくなっとるから、最低でもAAA以上の人間が担当せなあかんけど、それだけの人間は簡単に動かせへんからな。だから臨時でなのはちゃんと フェイトちゃんにも要請がきたんや。もちろん限定解除はなんのペナルティ無しでできる」
緊張した面持ちで二人は頷く。
「捜索は別の部隊がしてくれるから2人は もし敵が潜んでた場合に突入してもらうことになる。やから何時動いてもいいように体調を整えといてな」
「うん わかった」
「他の部隊からも優秀な人がたくさん選ばれとる。その中で現地に最も近い隊員が数名選ばれるって話や。だから別に待機場所とかは気にせんでええよ」
ということは なのはやフェイトは参加しない可能性もあるわけだ。しかし そのようなことで緊張感を途切れさすことはない。
「でも……」
とフェイトはさっきから疑問に思ってたことを口にする
「これだけの事件なんだからすぐに警戒態勢をあげて、局員に呼びかけるべきじゃないのかな?」
そう言うと はやて は苦々しい顔で答えた。
「本局は陸にこのことを知られるのを嫌がっているんやよ。今は特に雰囲気が悪いからな。50人以上の失踪者なんて汚点が知れたら一気に付け込まれるからな……」
「人の命がかかってるかもしれないんだよ!!」
なのは は怒りの表情を浮かべ叫んだ。フェイトも同じような顔だ。
「私かてそう思うし、上も多くの人が今じゃそう考えてると思う。
けど誰も責任をとりたがらへんねん。これが一斉に失踪したんなら多分もう動いてたやろな。けど最初は数人から始まって徐々に徐々に膨らんできたことやからだれも踏ん切りをつけられへん。ここで解決するだろ、ここで解決するだろって感じでな。その分、今まで言わなかった責任は何倍にもなるからな……そんな場合じゃあらへんのに」
はやても今まで頭に来ていたのだろう。悔しげにそう言った。
「ごめん はやてちゃんが悪いわけじゃないのについ」
とつい声を荒げてしまったことになのはは謝った。
「ええよ、うちだって怒っとるもん。けど組織ってところはどんな所でも多かれ少なかれこういった事態は起こるもんな。けど だからといって納得はいかへん。完璧にというのは無理やろうけどそれでも少しでも良くしようと思っとる。
この六課はそのスタート地点や。だから一緒にがんばろな」
そういって2人に笑いかけた。
「うん!がんばろう」
「私にもできることがあったら言ってね」
そう2人も意気込みを見せて答える。今までどんなことにも乗り越えてきた3人だ。きっといつか叶えてみせる。彼女等の表情にはそう書いてあった。
「ほな、そろそろ仕事に戻ろか。」
そう言って、各自持ち場に戻ることとなった。
≪数刻前≫
夜の高速。そこを明らかに規定速度を無視したバイクがテールライトを棚引かせる。
浮かびくる景色が飛び込んでは消えていく。
しかし、この搭乗者にはそんな光景は眼にも入らない。
彼女が見ているのは空飛ぶ少女。彼女は若干9歳にして思うがままに空を飛びまわり、奇跡とさえ見える魔法を乱れ打つ。しかも、その少女は先日魔法を覚えたばかりだという。
アクセルを吹かし、また速度を上げる。
なんで、なんで??頭の中でその言葉ばかりが鳴り響く。
涙が溢れて止まらない。何をしているのかも分からなくなっていく。
彼女は凡人だった。
周りは歴戦の戦士や天才、レアスキルもちばかり、そんな中で凡人は唯独り。
それでも、それでも何とか追いつこうと必死でやった。
それがなぜいけないのか。皆と同じことをやってたんじゃ、その差は離れていくだけじゃない。
そう叫び上官に楯ついた。
けど、結局、間違ってたのは自分。
それは、不必要に仲間を危険な目にあわせたこと。
それは……………あの人に追いつこうなんて思ったこと。追い越そうと思ったこと。
あらかじめ定められた絶望的な地位。
努力という言葉が馬鹿らしくなるほどの才能。
9歳という女の子のスタートラインにすら、全く届かない、届く期待すら見えない今の自分。
それを受け入れられるほど、彼女の心は強くなかった。けど、諦めきれるほど弱くもなかった。
気が付いたら施設から飛び出した。バイクに跨り、エンジンを吹かす。そして非常口から飛び出す、いや逃げ出して行った。とてもじゃないが留まっておくことなんかできなかった。
ブレーキなど入れない。すでに周りには建物すら見えず、ただコンクリートの壁とその上から覗き見える木々がざわめくのみ。
彼女はひとり夜の海へ。あてもなく、ただ、ただ遠くへ