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No.42436の一覧
[0] 【完結】Ace Combat 5.1 The Pacific War【エースコンバット×艦隊これくしょん】[丸いの](2017/09/17 20:32)
[1] 2. 旅立ち[丸いの](2017/09/17 20:30)
[2] 3. 極西の艦隊[丸いの](2017/09/17 20:30)
[3] 4. 初陣の後[丸いの](2017/01/04 19:54)
[4] 5. サンド島防衛戦[丸いの](2017/09/17 20:30)
[5] 6. 高層の檻[丸いの](2017/09/17 20:31)
[6] 7. 見えざる艦[丸いの](2017/09/17 20:31)
[7] 8. 黒い鳥[丸いの](2017/09/09 01:41)
[8] 9. 月下の決路[丸いの](2017/09/10 01:00)
[9] 10. ACE and HEROINES[丸いの](2017/09/16 11:01)
[10] 11. The Pacific War[丸いの](2017/09/17 15:51)
[11] エピローグ 平和の海の最果てで[丸いの](2017/09/17 20:28)
[12] 【番外編1】Ace Combat 4.1 The Unrecorded ZERO[丸いの](2017/12/28 06:11)
[13] 【番外編2】聖者の間隙 (クリスマス短編)[丸いの](2017/12/30 22:32)
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[42436] 【番外編2】聖者の間隙 (クリスマス短編)
Name: 丸いの◆e0b2a2c1 ID:0ddb1844 前を表示する
Date: 2017/12/30 22:32
『てーとく!! きとうちゅうもてきえいなし!!』
「基地司令部より各機へ、哨戒任務ご苦労様でした」

 沈みゆく夕日から視線を外しながら、管制塔の窓辺で遠方の空へと目をやった。迫りくる日没から逃れるようにして近づく一個編隊。オーシア海軍第八艦隊所属の空母サラトガ航空隊による、周辺偵察を兼ねた飛行訓練である。

「これより着陸へ入ります――じゃあ頼みましたよ」

 訓練というのは、何も飛行している側に限った話ではない。地上で管制を担当する人間にとっても、この場は重要な管制訓練なのである。日々このような訓練をこなさなければ、有事の際にスムーズな指示を出すことは難しいのだ。

「え、ええ。まっ、任せなさいっ!! グリーンテイルス一番機、航空管制より視認進入を許可するわ」

 ただでさえ人材難のこの基地において、仕事の両立、人材のマルチタスク化は必至と言って過言ではない。いくら妖精達が姿かたちに見合わない仕事量を誇るとはいえ、僕たち人間が胡坐をかけるほどの余裕なんてどこにもないのだ。妖精に混じって兵装整備を担当する人間の士官達が、基地コンソールのレーダー管制員を兼ねているなんて信じられない話もまかり通るのがこの基地の実態だ。

 目の前に座るは、おっかなびっくり航空管制を担当する新人管制官。真っ当に考えれば選りすぐりの人員によって構成されてしかるべき管制官でさえ、この基地では数少ない仕事量の少ない人員に技術を叩き込むところから始めなければならない。そして通常であればもろもろの艦隊指揮にあたるはずの、このサンド島海軍基地にて数少ない佐官クラスの僕ですら、その新人管制官の育成を兼業中なのだ。

「一番機、地上管制塔より、滑走路dreiund――じゃなかった、36への着陸を許可する。二番機以降は、周回飛行で着陸進入機との間隔を取って」

 今年の初旬、大戦期から蘇ったサンド島海軍基地は、誰にも知られぬままに一つの戦いを終結させた。大気機動宇宙機、アークバード。大海の深淵から現れたという幾多もの謎の艦船を率いて太平洋中央に再び君臨した黒い鳥は、決して少なくは無い犠牲を代償にして今度こそ大海に消えていった。それが、僅か9か月前のお話。
 もともとこの基地が復活した理由の一つが、謎の艦船こと深海棲艦への対抗だ。数年前にノースポイントを騒がせた、大戦期のミッドウェー海戦を彷彿させる巨大航空母艦との戦い。その脅威がオーシアにも迫っていると判断をした海軍省及びノースポイントの協力者により設立されたのが、艦娘という兵力を有する第八艦隊である。

「ええと、次は……」
「……次の指示は進入経路」
「そ、そうね!! 一番機、適正進入経路より高位置を飛行中よ。修正して」

 艦娘とは奇妙な存在だ。現行の兵器では全く歯のたたない深海棲艦に対抗するためには、彼女たちの協力が不可欠だ。攻撃の有効性、必要な人員の数、そしてランニングコスト。深海棲艦に対抗するという一点の目標に関してのみは、全ての項目において最新鋭の原子力空母等を擁する現行の艦隊よりも遥かに優位なのだ。
 そして艦"娘"という名の通り、彼女たちを構成するものは、大戦時の軍艦そのものと、それを統括する本体たる一人の女性だ。軍艦一隻を意のままに操る存在の彼女たちだが、食事もすれば睡眠もとる。その実、陸の上では人間とほとんど変わらないのだ。

 半年ほど前までは、彼女たち艦娘は海の上で艦船操舵にあたり、人間の人員はそれを陸上でサポートするという運用が基本的だったのだ。適材適所、活躍場所は分けて考えるべきだ。その考えは、別段可笑しなことじゃあない。

「一番機へ。地上管制塔より、二番ハンガーまでのタキシングを許可する。続いて二番機、進入経路への――」

 大規模作戦を終えて一か月ほど経過したころだ。海軍省からの高評価も得て、じゃあいつになったら追加の人員投入が訪れるんだとサンド島基地に勤める大部分の人間が考えていた。無論僕も例外ではない。未だ第八艦隊を構成する人員の数は、妖精や艦娘を除けば僅かに500人に満たない程度。
 何がすごいというと、第八艦隊はこの基地以外には戦力を有していないから、この異常な小人数が我が艦隊の全てであるということである。そして驚くのが、未だ佐官以上が僕を入れて三人のまま。アークバード撃破で人員補填と信じてた僕たちは、とんだピエロだった。

 一応海軍省の言い分としては、アークバード以降深海棲艦の目立った動きもないため、基地運営は現状を維持するということらしい。まあ間違ってはいないのだが、その方針決定のおかげさまで先述した基地内での兼業上等という時代が訪れた。

 整備兵がいつの間にかレーダー士官として訓練航海に参加していたり、レーダー士官が日曜日限定で食堂の名物シェフとして名を上げたり等々。そしてそれば佐官クラスも例外ではない。ウィーカー中将は艦隊総指揮の傍らで総合司令部の掃除に明け暮れ、グリフィン大佐はレーダーや航法、艦内業務ならば何でもござれという様子だ。そして元よりパイロット兼水上部隊指揮官の僕は、新たに管制官としての仕事を担当する運びとなった。

「――全機、着陸を確認したわ。そのまま機体整備に入って。みんな、訓練お疲れ様」
『かんせい、ありがとうです!!』

 大規模な作戦の後には、深海棲船はほとんど見られない日が続いた。現れたとしても、精々駆逐級が一隻か二隻程度。いつの日か、迎撃哨戒に向かうのはこちらも駆逐艦や巡洋艦のみになり、燃費の悪い戦艦や空母の艦娘は必然的に時間の余裕が増えた。そんな彼女たちに、兼業という魔の手が及ばぬはずもない。訓練航海以外ではあまり海に出なくなった一部の艦娘たちが、地上の雑多な業務にあたることになった瞬間である。

「……よしっ、上手くいったわ!! どう、初めての仕事ぶりは。良いのよ? もっと褒めても」
「研修開始から半年ですから、十分だと思いますよ。だけどまだ少し硬いかな」

 そういう事情が絡まり合った挙句が、現状である。
 新任管制官、ハンス・グリム中佐を少しいじけた様な視線で見つめるのは、管制官基礎研修課程、Bismarck級1番艦 戦艦ビスマルクである。パイロットとその配下だからと、僕らは空の担当へと回されたのだ。


* * *


 今日は12月24日。あと数時間で、主の生誕を祝う日が訪れる。オーシア最西端の孤島でも、それは何ら変わりはない。今週の本土からの輸送船に積み込まれていた沢山のクリスマスパーティー用の品が、我々サンド島基地の本気度を物語っているのだ。

 本土の喧騒を楽しめない絶海の孤島ではあるが、陸では楽しめない幾つかの特典がある。一つ目は、周りに何もいないからバカ騒ぎをしてもクレームが入る余地がないということ。そして二つ目は周囲の温暖な海流や緯度の低さのため、冬にもかかわらず外の気温がそこまで寒くないということだ。だから、クリスマスが到来する瞬間を祝う前夜祭は、真夜中の海上で行っても何ら問題は無いのだ。

「……だからと言って、船の上でやるかなぁ」

 例えば映画スターのように客船一つを貸し切ってパーティーを行うともなれば、お金もかかるし豪華さや本気度も伺えるものだ。しかしたったの一文字違いとはいえ、戦艦一つを貸し切るのは如何なものだろうか。そんなことを、この基地最大級の戦艦の甲板へと続くタラップを上りながら考えていた。手には両手で抱えるほどの量の瓶ビール。せっせと何人ものメンバーが甲板の上でのパーティー準備を進めているのだ。

「そうよ。なんでこの私がアイオワなんかの上で聖夜を祝わなければならないのよ。戦艦ならば私でいいじゃないっ」

 同じく後ろから荷物を抱えて運ぶビスマルクが、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 まあ表の世界では最後の現役戦艦として名が知れた船だから、祝い事にはピッタリなのだろう。アークバードとの海戦で大きく破損した船尾も元通り修復され、もうすっかり元気いっぱいのオーシアンヒロインだ。

「いや、アイオワだろうが貴女だろうが軍艦って時点で……それに適材っていったらねぇ」
「……何? あなたは、アイオワの方が良いっていうの?」
「いや、ここオーシアですし。どうしたって知名度では敵いませんよ。ノースポイントならばヤマト、ベルカなら間違いなく君だし、国ごとでしょうがない部分はあると思うよ」

 そういうと、明らかに不機嫌そうに彼女はそっぽを向いた。まあまだ本気で目の色を変えてアイオワの名前を吐き棄てていないところから、アイオワとの仲はそこまで悪くは無いのだろう。もともとビスマルクとアイオワの間にあったあったわだかまりは、ビスマルク自身のベルカ事変に関する祖国の負い目からだ。ある程度祖国への思いに決着をつけた今ならば、少なくとも目を見て話すぐらいは問題ないはずだ。

 甲板上まで登ってみると、ごっつい砲塔や対空機銃を背景にしたパーティー会場の設営が順調に進行していた。砲塔がクリスマスイルミネーションで圧倒的な存在感を放つ一方、並べられた長机が適度に飾り付けられ、奥には即席のバーカウンターが用意されている。更にはその横に調理台までが設置されており、現在進行形で調理が行われているようだ。一抱えもある大きな鍋から、絶妙に胃袋へ響く香りと湯気が夕焼けの甲板を彩っている。

「あっ、ビスマルク姉さまと提督ぅ!!」
「オイゲン、姿が見えないと思ったら貴女こんなところに居たのね」

 その大鍋の前で、エプロン姿で楽しそうに刻んだ具材を投入しているのは、ビスマルクと同じくベルカ艦部隊を構成する重巡プリンツ・オイゲンだ。驚くべきことに、彼女一人で500人規模のパーティーをも賄いきれる大鍋三つ全てを任されているようだ。

「私の得意料理、Eisbeinのポトフです。今日は皆さんをベルカ風料理のファンにしちゃいます!!」
「……いいわね、それ。あの味覚壊滅のジャンクフード戦艦をベルカ料理で染めてやるのよ」

 なんか悪そうな顔でニヤニヤと笑うビスマルクは放置して、さっさと重い瓶ビールを指定された場所にまでもっていくことにする。即席のバーテーブル、そこに置かれた氷浴槽には、これまた大量の酒瓶が敷き詰められている。オーシアでも有名な銘柄各種に加えて、ベルカの老舗メーカーが誇るブランドまでもがずらりだ。

「提督、お疲れ様」
「……何で君たちがここを担当しているんですか」

 ちょうどさっきまではバーデーブルに隠れて見えなかったみたいだが、足台に乗ってひょっこりと顔を出したのは、ベルカ艦部隊所属駆逐艦レーベレヒト・マースだ。そしてよくよく見れば、死角にはマックス・シュルツまでもがおり、酒瓶の整理を行っているようだ。両者とも見た目はジュニアハイスクールの学生くらいで、少なくともバーテンダーとして働くには若すぎる。

「何を言ってるの。実年齢ではあなたの数倍よ」
「いや、まあそうなんだけど……なんか釈然としない」

 確かに進水時からの年齢を考えれば何ら問題は無いのかもしれないが、絵面が犯罪だ。作業中とはいえ、その姿で瓶ビール数本を持っている様などぐれた子供にしか見えないのだ。

「ビールと言ったら私達ベルカ艦の出番よ。パーティー中は、オイゲンはポトフ女将だしビスマルクは……まあ忙しいし」
「そうなればバーテンダーを担当するのは僕たちしかいないってことだよ」

 まだこれでも半分程度しかそろっていないよ、と僕はまた準備に追いやられた。どことなく良いように言い含められた感がするが、まだまだ準備中であることは間違いない。

 サンド島基地開設以来の一大イベント、アイオワ艦上クリスマス前夜パーティーまで、あと少しだ。


* * *


「なんでっ、こんなものがっ……あんですかっ!!」
「ええと……前に初陣祝いの会で余ったお酒を折角だからって……」
「だからって船に詰め込む奴があるかっ」

 準備も終わり際だ。何処かばつの悪そうな表情を浮かべたビスマルクについでの手伝いを頼まれてついていった先には、妙に大量のお酒やらなんやらが保管されていた。ここは基地の冷蔵庫や保管庫じゃなくて、まさかの戦艦ビスマルクの艦橋の一画だ。しかもちょっとやそっとじゃなくて、僕やビスマルクで分担して抱えるほどの量である。

「普段のレーダー士官の人たちに、頼めばいいじゃないですか」
「だって……こんなものが何故ここにあるんだって思われたら嫌じゃないっ」

 じゃあ僕は良いのかと言い返そうとしたが、馬鹿らしくなってやめた。思うにこの大量の余ったお酒類を、基地の施設を占拠して保存に使うことに負い目があったのだろう。少なくとも動機は不純ではない。結果と後始末が不純だらけではあるが。

 甲板まで出てから、いったん荷物を足元へと下ろした。散々パーティーの準備をやった後なのだ。いくら多少体を鍛えているからとはいえ、一抱えもある酒瓶一式を不休で運び続けるほど元気ではない。ビールにウイスキー、ミネラルウォーターやらジュースなど。確かに余りましたと言わんばかりの雑多なラインナップだ。

「一応開始時間まであと30分……急がなきゃ温いまんまになるね」
「……クーラーボックスの下の方にこっそり入れとけばいいわ」

 彼女も彼女で、いくら船体が立派だとしても本体はただの女性体に過ぎない。息切れ気味の呼吸を整えながら、うどんげな表情で行き先のアイオワ船体を見つめている。現在の時刻は18時半。水平線の向こう側に太陽が沈み、夕焼けの残り香がぼんやりと中空を照らしていた。もうそろそろ、本格的に星の姿が満点に広がる頃だろう。

「……行くかな。ほら、急がなきゃ間に合いませんよ」

 もう一度荷物を持ち上げ、未だ甲板に腰を下ろしたビスマルクに声を掛ける。しかし彼女は地平線を、日の沈みゆく西ではなく暗くなり始めの北へと視線を向けていた。別段北極星やら月の姿は見えず、一体何を見ているのかと首を傾げる。

「聞こえませんでしたか。間に合わなくなっても知り――」
「――何か、来る。方位015、距離20マイル以上……上空から何かが接近している!!」

 切れ長の目を見開き、彼女は北の空を睨め付けた。その表情は冗談を言っているようには見えず、鬼気迫ったものを感じさせる。

「……ビスマルク、詳細を」
「私の艦のレーダーに、何かが映っている。深海の艦載機かまでは分からないけど……この近辺に民間空路は無いはずよね」

 彼女の言う通り、サンド島周辺空域は完全な空白地帯であるはずだ。サンド島への定期便を除いた民間船舶はおろか、空路だって開設されてはいない。そして本日夕方以降にサンド島を訪れる航空機があるという情報も全く存在はしないのだ。

「国籍不明機発見の旨を基地全体に通達を行います。ビスマルク、艦本体の対空警戒を維持したまま管制塔に向かってください」
「わかったわ。提督、あなたはどうするの」

 携帯端末にウィーカー中将の番号を入力している最中、やや険しい顔でビスマルクが訪ねてきた。そんなこと、どうせわかっているだろうにと、敢えて笑顔を作って見せる。

「そんなの決まっています――クリスマス前夜祭に乗り込んできた奴の顔を見に行く。管制は頼みましたよ」
「ああもう、また行くのね……言っとくけど、無茶は禁物よ。それだけは守って頂戴」

 笑顔の中に呆れを混ぜ込んだビスマルクが、やれやれといった調子で首を振った。あの海戦以降、なんだかんだ言って彼女は僕の飛行を認めてはくれているようだ。


* * *


「こちらウォードッグ4、"アーチャー"。管制塔へ、現在の敵の方位と距離を伝えよ」

 キャノピーの外側はどんどん闇に染まっていく。コックピット内部の計器たちは、暗中モードで光を落としたにもかかわらずこの暗い空間の中では浮きだった存在だ。日が暮れた以降のフライトは、昼間の飛行と全く訳が異なる。目視よりもレーダーに意識を裂き、そして時折管制官の通信がいつも以上に己の行動を左右する。

『方位0-1-8、距離10マイル……基地のレーダーサイトには未だ何も映らないわ。でも、私達艦娘のレーダー網には見えている……私だけじゃない。オイゲンも、アイオワさえも同様よ』

 やはりだ。ビスマルクが最初に発見してから基地全体に警報が鳴り響き、そして迎撃戦闘機隊が進路を目標に定めてからも、一切F-14Aのレーダーはおろか、基地の巨大レーダーにすらも不明機由来の機影が映らない。そしてアークバードのような短周波数に有用なステルス特性というわけでも無く、全波長領域で姿形の一切が見当たらないのだ。しかしビスマルクの電探の故障という可能性は、対空電探を有する全艦娘の報告からありえないと考えられる。

『てーとく……ほんとうにてききがいるとおもいますか?』
「……わからない。ビスマルクの報告から何もいないってことは無いと思う。だけど基地レーダーで映らない以上に、不可解な点が多いのは事実だ」

 火急の作戦を控えているわけでも無く、敵からの襲撃が多発しているわけでも無いこの基地は、現在戦闘機のスクランブル配置は行われていない。だからこそ、完全に寝静まったF-14や僚機のヘルキャットをたたき起こし、そして空へと打ち出すのにある程度の時間を要したのだ。不明機接近という事態に、それは致命的な遅れだ。
 しかし結果として、迎撃前に不明機の基地到達という事態は避けられた。何故なら不明機はわずかに15マイルしか進んでいない。速度で例えれば、ハイウェイを走る一般的な車にも劣る遅さだ。

「鳥の集団か、それともヘリか……」

 後者はともかく、前者は危険だ。レーダーに映るほどの鳥の大群に突っ込もうものならば、バードストライクでエンジンが破損しかねない。少なくとも、管制の指示に従わず突っ込むことだけは避けるべきだ。

『距離5マイル。気を付けて、まもなく接敵よ。不明機は一直線に基地へと向かっているわ』

 その通信と共に、無線通信の周波数を全領域を設定し、バルカン砲の射出スイッチに指をかけた。この暗闇の中で、目視で敵を見つけることは不可能だ。だが、正確な場所が一瞬で把握できなくとも、警告することは可能だ。警告無線に発光弾。これで駄目ならば――というところだ。

「こちらオーシア国防空軍第108戦術戦闘飛行隊。不明機へ告ぐ、貴機の所属を述べよ。繰り返す――」

 この範囲までくれば、相手が真っ当な航空機ならさすがに無線通信も届くだろう。願わくばそれに返答し、こちらの着陸指示に従ってくれればいい。そして多分、そんな平和的な解決策は望めないはずだ。通常のレーダーには小鳥ほどの大きさですら認識されない不明機なんて、深海関連としか到底思えないからだ。

「各機、これより警告射撃を行う。射線上に敵機がいないことを確認せよ」

 当然のように、無線には何も返答がない。ヘルメットの奥は、たぶん嫌な汗で濡れていることだろう。アークバード事件以降では久々の、訓練ではない迎撃飛行なのだから。合図と共に、後方や側方からも暗闇の中に幾つかの光る筋が走る。発光弾の光の筋が再び闇の中に消える中、加速する心拍数を実感した。不明機に、メッセージは伝わったか。

『て、提督!! 不明機進路変わらず!! 基地まで残り5マイル!!』
「クソ……正確な場所を伝えよ!! 全機、不明機を捉え次第撃墜せよ!!」
 
 舌打ちと共に暗闇の中へ目を凝らす。相変わらず、レーダー索敵には影も形も映らない。ミサイルのロックすらもできるか怪しい状況下、もはや管制室の誘導でぎりぎりまで接敵して目視に頼るしかない。

『い、今!! あなた達の右を――』

 目を凝らし、キャノピーの外側を食い入るように見つめ。操縦桿を一気に引いて後方に機首を向ける。何としてでも、絶対に見つけなければならない。機首は敵機と同じく、サンド島に向けられていた。奴が基地に到達するまであと僅か。これ以上、サンド島基地に、火の粉は降らせはしない。

『不明機影、前方300、いや250フィート!! 注意して!!』

 どこだ、どこだ。この暗闇の中、深海棲船の艦載機が放つ不気味な光点などどこにも見当たらない。それどころか、通常の飛行機が出すような識別灯や僅かなコックピットの灯りさえも、何処にも見えない。しかしただの暗闇の向こう、そこに僅かな光が見えた。

『追い抜いているわ!! あなたの後方にいる!!』
『あたりいったいにきえいなし!! みつけられません!!』

 目に入った光点。それは、不明機でも何でもなく、サンド島基地の滑走路中心線灯だった。


* * *


「……結局何だったんだ」

 朝日が目に痛い。執務卓の上にある、辛うじて処理の終わった報告書を見つめながら、昨日の夜を思い出す。
 基地のレーダーに映らず艦娘のレーダーにだけ探知された謎の影については、結局何も分からずじまいだった。基地の迎撃可能範囲まで近づいてもなお基地最大のレーダーに掠りもしなかった不明機は、そのまま基地上空をふわふわと漂った後に再び北へと向かっていったらしい。無論これを己の目で見て確認した人物は一切いない。全ては艦娘のレーダーから判断した結果だ。基地への被害は一切無し。強いて言えば、迎撃機の発進にかかった燃料くらいだろうか。

 結果的には、誰もが不明機の姿を実際に把握はしていない、人的物的双方に全くの損害が存在しない、非常に奇妙な襲撃事件となったのだ。おかげさまで、心労が非常にたまりっぱなしの一晩となった。たくましいことに、その状況でもクリスマス前夜祭は強行されたが、参加者は緊張が抜けきらないか、それとも理性を無くすまで飲んでわめいたかの二通りに分かれることとなった。
 僕は無論前者で、途中で抜けて報告書作成に取り掛かったほどだ。ビスマルク達の残念そうな表情が思い起こさせる。ベルカ艦のみんなには悪いことをしたなとは思ったが、前線で胃がキリキリする思いだったのだからしょうがない。

「それにしても……これ誰からだろう」

 酔うほど酒を飲み気にもなれず、ビスマルクやオイゲン達に一声かけて執務室へ戻った時に見つけた、一つの箱。そこまで豪華とは言えない見た目ではあるが、アンティーク調の模様が描かれた布に包まれている。まあ時期や見た感じから言ってクリスマスプレゼントには違いないだろうが、誰がこんなものを置いたのだろうか。昨日のパーティー準備以降執務室には戻っていないが、それ以降に誰か入ったのだろうか。

 リボンを解いて開けてみたところ、これまた無地の瓶に入った、細かな茶色い粉末だった。試しに蓋をあけて嗅いでみると、鼻腔一杯に特徴的でさわやかな香りが広がる。間違いない、香辛料だ。それも普通の料理に使うものとかではなくて、グリューワインに使うためのミックススパイスだ。

「……懐かしいな」

 ベルカのクリスマスには欠かせない飲み物。まだノースオーシアが南ベルカと言われていた子供時代から、クリスマスの食卓にはこの香りが漂っていた。流石に子供だからと飲ませてはもらえなかったが、それでもこの匂いは懐かしい記憶と共に脳裏へ焼き付いているのだ。

 思えば二十歳を越してから、クリスマスが訪れてもグリューワインを口にしたことは無かった。空軍アカデミーに入って、純粋なオーシア人ばかりの環境でそのような習慣が無かったからすっかり忘れてしまっていたのだ。誰からのプレゼントかは分からないが、その誰かに感謝しつつ今この場で楽しんでしまっても良いかも知れない。書類仕事はもう終わったのだから。
 思い立ったが吉日、節々の痛みを我慢しつついそいそと立ち上がり、棚を探った。来客用のちょっとおしゃれなカップ、紅茶用のシロップ。そしてこの香辛料。全て揃えて再び椅子へと座る。

「いや、待てよ。そうだワインが無いじゃないか」

 そこで肝心なことを思い出す。グリューワインの本体である濃厚な赤ワインが存在しない。出鼻をくじかれた気分だ。しかしこの香りを嗅がされて、グリューワインはお預けですというのは流石に看過できない。ならばどこかから調達するだけだ。昨日あれだけ酒類があったのだから、まだ赤ワインの一本くらいどこかに残っているだろう。

「提督、おはよ――どうしたの?」
「ああ、ビスマルク。おはようございます」

 そこへちょうど執務室の扉を開けたビスマルクと目が合った。こちらは香辛料の入った瓶片手に眠そうな目をしながら立ち上がったところだ。少しばかり変な絵面かもしれない。

「今からちょっと昨日のお酒の残りでもー、って。それワインですか?」

 怪訝そうな顔をする彼女は、今まさに探しに行こうとしていたワインの瓶を持っていた。

「そう、だけど……」
「あと赤ですか? 赤ならば尚良いんだ」

 質問を投げかけるとどんどんビスマルクの顔は困惑したものへと変わる。確かに僕が酒に興味を示すというのはあまり考えにくいものなのかもしれない。しかし彼女は彼女で、また不思議なことを問い返してきた。

「赤よ。というか、これあなたがくれたものじゃないの? 起きたら机の上にあって、てっきりクリスマスプレゼントだと思ってありがとうって言いに来たんだけど……」

 そういってビスマルクはやや残念そうな顔をした。一応、あくまで一応サプライズでこの机の引き出しの中に少しばかり値の張った万年筆をプレゼントがてらに持ってはいる。だが彼女の持っているワインについては全く心辺りは無い。

「……せっかくですから、それ開けません? 実は僕も良いものを持ってるんですよ」

 しかし誰から渡されたか分からないものでも、それが赤ワインであること、そして僕の右手にあるのが良い配分のスパイスであることには変わりはない。ふたを開けて豊潤な香りを漂わせてみれば、ビスマルクも段々と笑顔になっていった。

「良いわね。クリスマスといったら、グリューワインよ!! さあ、作ってくれてもいいのよ?」
「じゃあちょっと座って待ってて下さい。今沸かしてくるんで」

 一転して彼女の表情は明るくなり、上機嫌という様子でワイン瓶を差し出してくる。何が面白いのか、ビスマルクは楽しそうに笑いながら、ポットに火を灯す僕の姿を見つめていた。

 根拠なんて全くない。だが僕は、昨日の夜に訪れたはた迷惑なレーダーノイズに、心の中で感謝をした。


 ~Merry christmas !!~


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