とーたる・オルタネイティヴ
第18話 ~されどけだものはきみにほほえむ~
―2001年11月05日―
「―――なんだ?……男共、酷い顔をしているな?」
我らが中隊長・伊隅大尉の、入室後第一声はこんなものであった。
言われた通り、男四人―俺、ドーゥル中尉、ヴァレリオ、ユウヤ―の顔は見るも無残に青褪めていた。
「―――うぷっ……お、お気になさらず。ただの二日酔いですので……汗をかけば直に治まるでしょう……」
皆を代表してドーゥル中尉が答えてくれた。正直、俺は声も出したくない心境だったのでありがたい。
―――ただ酒だからってんで飲み過ぎたのがまずかったな……
昨夜は麻雀をお開きにした後、皆でバーに繰り出したのだ。だが、それがまずかった―――。
なんと、今となっては滅多に手に入らない九州は鹿児島の芋焼酎、『薩摩○波』が入荷していたのである。
それだけではない。同じく九州宮崎の芋焼酎『霧○』である。―――それも赤。
ご存知の通り、九州を始めとする西日本はBETAにより滅ぼされて既に久しい。
南九州の特産である芋焼酎など、まさか東日本で生産などされよう筈も無く……。
皮肉な事に、九州が廃墟となって以降に一人の高名な好事家の目にそれが止まり、人気が高まり今や芋焼酎は滅多に拝む事すら出来ぬ幻の焼酎となっていたのである。
無論、『勝ち金』と引き換えにユウヤ、ヴァレリオの二人に奢らせ、二本ともキープしたのは言うまでもない。
二人は清算の際泣いていた様な気もするが、それはこの際どうでも良い。
むしろ今気になるのは、祷子さんの呆れ返る様なそれでいて出来の悪い弟を見守るような視線と、その他女性陣の怒れば良いのか笑えば良いのか叱れば良いのか、そんな感情の入り混じった微妙な表情だった。
「……そんな様で訓練に集中出来るんだろうな……?」
「我々はこれでもプロです。……一度コクピットに座れば、常に100%の状態に持って行き―――オプッ」
し、締まらねえぜ……俺。まさか決め台詞の途中で込み上げて来るとは……!
「……とりあえず……貴様らはシミュレーターの前にグラウンドを20kmほど走って来い。我々はその間に、副司令より新型OSの概要についての説明を受けておく。
……尚、貴様らは走りながら白銀に説明を受けておけ。
……貴様らが戻ったら即座に訓練開始だ。―――無様な真似を晒したら……分かっているだろうな……!?」
『い、イエス・サー!!』
―――俺達は敬礼もそこそこに部屋を飛び出してゆく。……くそ……声出して笑ってるのは……柏木か。
覚えとけよ。訓練が終わったらその笑い声を喘ぎ声に変えてやっからな……!
―――訓練は上々。これまで旧型の鈍さに散々苦労させられてきたため、正にこれまでの鬱憤を晴らすかのような出来だった。
先日俺が行った提言により部隊のハイヴ内戦闘訓練は、より三次元軌道と突破を重視したものへと比重が置かれていた。
その為、数度に渡って繰り返し行われた難度Sのヴォールク・データも最後には最下層到達という偉業を成し遂げた。
俺の方はと言えば、無論最後まで生き残り反応炉まで行き着くことが出来た。……ただし単機での破壊は不可能であり、状況的に『詰み』だったのであるが。
……今後の課題は、放っておいても生き残る可能性の高い俺の他に、最低一人を生きて反応炉まで到達させる事に重きが置かれる事になるのであろう……。
「―――最下層到達という当初の目標を達成し、また白銀が反応炉到達に成功した。今後の目標は装備の特性上後方に置かれる事の多い風間・ブリッジスを守り抜き、最低どちらか一人を白銀と共に生きて反応炉まで到達させる事だ!」
『―――了解!』
伊隅大尉の発言とそれに答える彼女たち。
だが俺は、皆に唱和する事が出来なかった。
もし仮に、今ハイヴ攻略作戦が発動され彼女たちが突入任務に着いた場合、彼女たちはその言葉の通り自らの命を盾として梼子さん、ユウヤの二人を守るのだろう。
20数個存在するハイヴ、その内のたった一つと引き換えに、俺は自身の掛け替えの無い者そのほとんどを失うのだ。
到底、容認出来るものでは無かった。
こんな時、フラッシュバックするのはいつだって同じ光景。
―――守り切れなかった人達。
―――叶えてやる事の出来なかった思い。
だから俺は、気付けば激情のままにその思いを口にしていた。
この時俺は、上官の方針に真っ向から対立する事の意味を全く考慮していなかったのだ。
「……困るんですよ、その程度じゃ……!」
「―――なんだと……!」
「―――最下層に到達した程度で満足されて、それで最低二人生き残れば良いなんて半端に悟られてちゃ、困ると言ったんです!」
「―――口を慎め、白銀っ!」
伊隅大尉から放たれる拳。俺はそれを、大尉を見据えたままモロに喰らう。
咥内に広がる鉄の味。幾人かの女の子の、悲鳴を飲み込むかのような声が耳に届いた。
だがそれでも、俺は自身の昂ぶった気持ちを抑える事が出来なかった。
「……たった一つ……たった一つのハイヴを潰す為に、それで皆死んじまって満足なんですか……!?
ハイヴは、地球上に20何個かあるんです!……それを、一つ潰すたびに俺は皆を死なせて、生き恥晒して、何度も何度もあんな思いを経験しなけりゃならないって言うんですかっ!?」
「―――貴様……」
伊隅大尉の何かを押し殺した様な声。それで、俺は心を冷やす事が出来た。
即座に感情のままに暴言を吐いた事を後悔する。同時に、このままでは互いに引っ込みがつかないことを悟る。
俺は、ドーゥル中尉の方をチラと見やった。
―――気付いてくれ、おっさん……!
一瞬だけ交錯する俺とドーゥル中尉の視線。
中尉は、微かに頷いたような気がした。
「―――白銀ぇっ! 上官に対し、何と言う口の利き方だっ!!」
歴戦の軍人の、それも男の本気の拳。先程の大尉の比では無かった。
鼻の奥がツンとし、血が鼻腔から溢れ出す。
中尉の容赦の無いそれは、俺が床に倒れこむまで数発繰り出された。
「―――隊長、この者は私が後ほどきつく指導しておきます。
……故に、この場は怒りをお収めください」
―――錯覚だろうか。俺は伊隅大尉の顔に、仲裁が現れた事に対する安堵、手を上げてしまった事への悔恨等の入り混じった複雑な表情を見たような気がした。
「……そうか。なら任せよう。
―――貴様等、午前はこれで終了だ。午後の訓練に遅れるなよ!」
『―――っ……了解!』
―――いずれにせよ、ドーゥル中尉の『制裁』によって俺が救われたことだけは確かなようだった―――
―2001年11月05日18:00―
「あ~いてて……。まだ痛むな……。……にしても、普通本気で殴るか!?
それも五発だぞっ、ご・は・つ!!」
念のために言っておくがこの場には誰もいない。今のは俺の独り言だ。
訓練から解放された俺は自分の部屋へと戻るべく廊下を歩いていた。
ともかくも、殴られた跡をそのまま放置しておけば明日には痣となって酷い状態になっているだろう。
―――手当てしないと……そう、出来れば女の子の手で。……優しく。
そうと決まれば、後は誰にしてもらうかという話。候補は、唯依タン、三姉妹、祷子さん―――あるいは、まりもちゃんという手もある。
―――いや……涼宮中尉とかならそれはもう優しく手当てしてくれそうだ……。
今回はヴァルキリーズの誰でも訪問可能だ。何しろ今日は『大義名分』がある。
―――○○さん……今日は場を騒がせてしまってすみませんでした……!
……どうしても、一言謝っておきたくて……。
そんな妄想をしていたせいなのか、だから俺は背後から近寄って来る人物に気付く事ができなかった。
「―――白銀っ! なにボーっとしてんの?」
「―――っ! ……か、柏木か……。驚かすなよ……」
妄想の真っ最中に当の本人から声を掛けられ、俺は文字通り飛び上がってしまった。
「あはは、ごめんごめん。……で、何考えてたの?
……もしかして、昼前の事?」
「い、いやそんな事じゃなくて、今お前と―――いや、そうだ!
その事を考えてたんだよ!」
あぶねえ……。狼狽のあまり『脳内でお前と○×△やってたんだ』とかぶっちゃけるとこだったぜ……。
「……それにしても、お前さんはサッパリしてんなぁ……。
午後の訓練では皆、俺は腫れ物扱いだったてのに、お前だけは普通に話し掛けて来たもんな……」
「だって白銀、間違った事は言ってないじゃない。それなのに変に遠慮して話したい事も話せないなんて損だもんね」
「……いや……やっぱりあの場で言うべき事じゃなかったさ……。徐々に目標の設定を高くしていくのは当たり前で、大尉が言った目標は今の段階では妥当だった……。
それなのに、ついカッとなっちまってなぁー……」
俺は思わず盛大な溜息をつき、遠い目をしてしまった。
いくら経験を重ねようと、時々感情が抑えられなくなってしまう。これだけはどうにもならなかった。
「―――っ……」
「……どうした? 柏木……」
「う、ううん、何でもないよ。……普段軽い人が時々こうやって物憂げな雰囲気出したりすると、やっぱりグッと来るなぁ……」
「……すまん、よく聞こえないんだが」
「だ、だから何でもないって!……それよりも、ドーゥル中尉も酷いよねえ……何もこんなに殴らなくたっていいのに」
「いや、中尉のあの行動はベストだったよ。あのまま行っていたら互いに引けなくなって、最終的に俺は営倉ぶち込まれるか、除隊させられたか、だもんな。
あの時中尉が憎まれ役やってくれたおかげで、上官の立場と俺の身と、両方救われたんだ」
まあ、ドーゥル中尉に目配せしてそうなるよう仕向けたのは俺だったんだけど、この際それは言う必要なかった。
それに中尉だったら、俺が仕向けなくてもいずれそうしてくれた筈だ。
「……痛くないの……?」
「……痛いさ。……そうだ、折角だから手当てしてくれ」
「え?……手当て?」
「うん。いやー、俺の部屋の鏡って調子悪くってさ、映ったり映らなかったりで、一人じゃ上手く手当て出来なかったんだよ」
無論嘘である。……映ったり映らなかったりする鏡なんて代物があったら普通にホラーである。
だが、柏木はそれに気付いた様子も無く、らしくもなくうろたえている。
「え、えっと……わ、私で良いの?」
「もちろん。……というか、君に手当てして欲しいんだ……」
ここで、久々に『エンジェル・スマイル』を発動してみた。まさに、文字通り『天使の微笑み』
俺に一切の『したごころ』がない事をアピールする。
……まあ、青痣の出来かけた顔じゃ、様にならない事甚だしいんだけどね。
「う、うん……いいよ……」
―――かみさま……ぶじ、もくひょうのほかくにせいこうしました……!
―――よくやりましたね、しろがね……。ですが、くれぐれもゆだんしてはなりませんよ……あなたは、うっかりがおおすぎるゆえに……。
―――無論だとも。さあ、いざ行かん我等が約束の地へ……!
まあ、殴られた跡の手当てなんて、正直な話冷やすくらいしかやる事は無い訳で……。
そうすると、途端にやる事は無くなってさあ後はどうしよう、となる訳だ。
「……舐めてくれ」
「……えぇ~?」
「お願いだ」
「……もう……わ、分かった……」
ああ、ちなみに傷口の話である。
俺は気付かなかったのだが、どうやら倒れた時に引っ掛けて、頬に切り傷をこしらえていたらしいのだ。
「い、いくね……んっ……」
「―――くっ……」
な、何という舌使い。ヤバイ、これはやばいですぞ、俺……!
何と言いますか、非常にアレだ。
ふと気が付けば、俺の欲望を司りエロスとリビドーの象徴たるバベルの塔が、神々のおわす遥かなる天空に向かい高々とその存在を主張していたのだ。
……というか、凄いな。丈夫な生地で出来ている筈の軍服のズボンを突き破らんばかりの勢いである。我が事ながら驚きだ。
―――まあ、それだけの存在感を醸し出していれば、当然柏木の目にも留まる訳で。
「…………」
「はは……」
更にびっくり。柏木にその存在を気付かれた途端、『ヤツ』は更に硬度を増したのだ。
モース硬度で言えばルイタウラも驚きの16くらい。今なら36㎜弾ですら弾き返せそう。
「…………」
「…………」
沈黙が非常に辛い。何か言わなければ、と口を開きかけたところで柏木に先を越された。
「……ね、ねえ……してあげようか……?」
……あえて問おう、『ナニを?』と……!
これまで女の子の方から提案されるなど、滅多に無かった事だ。いざ、事此処に到れば多くは語るまい。
強いて言うならばただ一言。
―――いただきます―――
―――此処で一つ、質問してみたい。柏木 晴子の魅力とは一体何であろうか、と―――
俺ならば、胸を張ってこう答える。
『豊かなぱいおつと、そして肉感的な尻である』と……!
今回は、その二つを余すところ無く堪能させて頂いた。
まずは○○○○。……その大きな○○○○で、心ゆくまで○○いてもらった。
次に○○。俺の○○○を○めて貰うと同時に彼女の魅力的な○を攻められるという優れ技。
三つ目は○○○○○○○。彼女の○○○○を○で責めながら空いた両手で○○○○を責めるという何ともアクロバティックな技。
……あとはまあ、普通に○○位だったりお馬さんだったりお猿さんだったり……ってな具合。
普通でないとすれば、それらは彼女の○○○○だけでなく○○○でもやらせて頂いた、という事か……?
いや、それ位ならまだまだ普通である。
「……なあ、晴子……」
「……な、な~に~……」
むう、またしてもやりすぎてしまったのか? 答える声にも、全く力が無い。
ベッドに突っ伏してピクリとも動かず、声だけが聞こえてくるというのも非常に怖い。
「一つだけ気になってたんだけど……『会議』では結局何を話したんだ……?」
「あ~~、……それは気になるよねぇ……でもごめん……内緒~~」
「……おいおい……」
「う~ん……一つだけ教えてあげる……。これから先……武が原因で私たちが……本気の修羅場になる事だけは無いと思うから……安心していい……よ……」
どうやら、力尽きて寝てしまった模様。
―――まいどまいど、あなたはかげんというものをしらないのですか……。
余計なお世話、というものだ、この『でばがみ』さまめ……!
まあ、何はともあれ―――
―――ごちそうさまでした―――