フィッシング・バーベキューのルールはシンプルだ。食べられる獲物を捕獲する。捕獲した獲物をバーベキューにして食う。一番大きな獲物を見付けた奴が優勝。
俺は『チーム・あまりもの』の旗を持ち、大海原に向かって腕を組んだ。チーム名がダサいとか思った奴。考えたのは俺だ、文句あるか。
だから、誰に言ってるんだという話で。
話を聞いた所、通常は水中でも戦える剣士を前衛に構え、氷結魔法を得意とする魔導士が後衛を担い、水中で呼吸できる魔法を覚えた聖職者を二人ほど用意して、チームに交互で魔法を掛ける。こうすることで、片方が呼吸魔法を掛けている最中にも、もう片方が回復魔法を使う事ができるというのが、優勝チームの定番らしい。
五人で一チームだから、後の一枠はチームによって差があるらしいが、まあセオリーはこんな所だ。
対して俺達は、水中でも動ける剣士ということで、ラグナスこそ適任が居るものの、他はてんでバラバラだ。まず聖職者が居ないし、呼吸魔法なんか誰も使えないし、俺は泳げない。……ということで、セオリーで勝つ連中とは一線を画する作戦を立てなければならなかった。
「よし……んじゃあ、いっちょやるかっ!」
そこでメンバーの戦力を調査した所、色々と予想外な事が判明した。
それは、ミュー・ムーイッシュの事だ。
言葉で『呪いを掛ける方』とは聞いていたが、一体何ができるのか、具体的には聞けていなかった。今回ミューが仲間に加わったということで、俺は初めてミューの能力について、ちゃんとした説明を聞く事に成功した。
『そもそも、『呪い』というのは、東の島国ではあまり一般的な呼称ではないわ……魔力を使わないという奇妙さから、セントラル大陸の人達が勝手に呼び合った名称よ。確かに、『呪い』と呼ばれるものもあるけれど……その多くは、『気功』と呼ばれているわ……』
知らない話に、俺達は耳を傾けた。誰も来ない岩場で、ミューは俺達から少し離れ、自身の事について説明した。
『『気功』の正体は、封印と解放によって創られているの……『魔力』はこの世の自然現象を組み合わせたものだけれど、『気功』はこの世のルールに直接関わる能力……と覚えると、分かりやすいかもしれないわね……』
『な、なるほど。そういうモンなのか。……ってことは、リスクも大きそうだな』
『そうよ。消費するものが無いから、自分自身の何かをリスクとして持たなければならないわ……だから、何でも出来る訳じゃないのよ。私が得意とするのは、魂を取り扱う……『交霊術』……』
『こ、交霊術だと……!? 死者の霊を呼べる、ってことか……!?』
『そう……私の職業は……』
俺は、喉を鳴らした。
『…………メカニック』
『シャーマンじゃないのかよ!!』
メカニックって、スカイガーデンに居るマクダフのような、機械を操る連中の総称だ。
ミューが手を翳すと、何やら銃のような、しかし不思議な装飾のされた装備がミューの両手に出現した。ミューはそれを握ると、林に向かって二丁の拳銃を構えた。
『例えば、これは……『アップルシード・ダブルピストル』。生前、凄腕の銃士だった『モリピョン』の霊を召喚して、リンゴの種を飛ばす武器……』
もう、『モリピョン』という名前にしか意識が行かなかった。
ミューが銃を放つと、軽快な音がした。弾などまるで見えなかったが、林に少し大きな爆発が起きた。
『……リンゴの種って言ったよな? 爆発するのはおかしくないか?』
『それは……モリピョンの力……』
『いや、そういう問題じゃなくて。爆発するのはおかしいだろ?』
『…………はて?』
『はてじゃねえよ』
そんなこんなで、ミューの特技を知った俺達であるが。
交霊術というのが一体何の役に立つのか、俺は少し考えた。ミューは、このフィッシング・バーベキューにおいて自分の能力を有効活用するのは難しいと考えていたようで、そこで止まっていたが。
考えた結果、ふと俺はある事に気付いたのだ。
『あ、じゃあさ。釣りの名士なんて呼べれば、良い穴場スポットとか見付かるんじゃないか?』
『交霊術は……私が現世で実際に出会った霊しか……呼べない……』
『そうなのか……そしたら、難しいって事だな』
『……『キノシタピョン』を呼ぶわ』
『今、明らかに呼べない雰囲気だったよね!?』
という訳で、俺達の作戦はこうだ。
ミューに釣りの名士を呼んで貰い、それをミューの身体に憑依させる。『キノシタピョン』という名前らしいが……何だろう。東の島国には、語尾に『ピョン』がつく名前が多いんだろうか。
なんだよ、ピョンって。まあ、使える奴なら何でも良いけどさ。
『……ん? それって、人に憑依させるのも可能なのか?』
『それは……可能よ』
『もしかして、俺に『ピンクイルカレース』って言わせたの、お前?』
俺が問い掛けると、ミューはにやにやとした笑みを浮かべて、言った。
『…………はて?』
『はてじゃねえよ。ネタは上がってんだ、吐け』
『おぶっ…………げろげろげろげろげろ…………』
『吐くな!!』
そんなこんなで、先の『ピンクイルカレース問題』の謎も解けた俺だったが。
砂浜に簡易ステージが組まれ、その壇上にホテルスタッフと思わしき女性が上がった。
「それではこれより、『フィッシング・バーベキュー』を開催します!! みなさーん、準備はいいですかー!!」
なんか良い子の為の劇団みたいだな。
「それではっ!! レディー!! ス・アンド・ジェントルメン!!」
良いだろそこは『レディー・ゴー』で!! 一体何を溜める必要があったんだよ!!
「『フィッシング・バーベキュー』、スタートでーす!!」
まあいい、とにかくスタートだ……!!
泳げない俺は地上で待機する。泳ぎが得意なリーシュを筆頭に、海の大物を探して来る役目だ。俺は、その捕まえた獲物にとどめを刺す役割。
俺はリーシュと目を合わせた。
「よし、リーシュ……!! お前が頼りだ!! 頼むぞ!!」
「はいっ、お任せくださいっ!!」
ふと俺は気になって、リーシュに聞いた。
「……ちなみに、何分くらい潜っていられるんだ?」
「えっ……三十分くらいでしょうか」
「人魚か!?」
凄えな……これが海育ちの力なのか……!? そんなに潜れる人間が居るのか!?
もしかして、リーシュはエラ呼吸ができるのだろうか。
まあ、いい。呼吸魔法が無くても潜れるというのは、俺達の大事な強みになる。他のメンバーも同じとは行かないだろうが、一人でも潜れればどうにかなる可能性もあるだろう。
俺は見ている事しか出来ないけどな……!!
「よし!! それじゃあ、頼んだぞ!!」
俺が指示を出すと、一同は海に向かって駆け出した……!!
「今よ……!!」
謎の声が聞こえて、俺は振り返った。
先頭を走っているリーシュとラグナス達の間には、少しばかりの距離があった。それを見てか、『ギルド・ストロベリーガールズ』のパーティーメンバーが、ラグナスの前方に何かを投げる――……まさかあれは、撒菱!?
な、なんてマイナーなモンを持っているんだ。俺と同じように後方に陣取ったノアが、俺に向かって笑顔を見せた。
「ごめんねっ、妨害も手段のひとつだからー」
……確かに、妨害してはいけない、なんてルールはどこにも書いてなかったけどな。わざわざ俺のグループに攻撃を仕掛けてくる辺り、先程の恨みが感じられる。
リーシュは既に、海に潜った。問題は他のメンバーか。
まあ、大丈夫だろうけどな。
「ヴィティアさん、ミューさん、失礼します!!」
ラグナスがヴィティアとミューを抱え、砂浜を蹴った。
「【フライング】ッ!! 【パーフェクトスマアァァァ――――イル】!!」
光り輝く良い笑顔が、マリンブリッジの大海原に飛び出す。
あまりの出来事に、『フィッシング・バーベキュー』に参加している他のメンバーも、ラグナスを見ていた。唖然として立ち止まってしまったのだろう。
そんな周囲に、ラグナスは決めポーズを放った。
「フッ。――――今や、笑顔も空を飛ぶ時代だ!!」
嫌だよ、そんな時代。
ストロベリーガールズの連中が追い掛けてくる。……当然、俺達の獲物を横取りしようって言うんだろうな。まあ、そんな事は始まる前から予測が付いていた事だ。
そんな時は、ヴィティアの魔法が役に立つ。
「【エレガント・ハイドボディ】!!」
「うわァッ!!」
眩い光に、ラグナスを見ていた数名が慌てて目を閉じる。
海に落ちる音がした。これで、リーシュを先頭に、全員が海に潜った形になる。そして、海中を探しても姿は見付からない、という訳だ。
前方に居るノアの仲間達が、姿を見失って戸惑っていた。
「ねえっ……!! 居なくなっちゃったよ……!?」
「海の中にいるよ!! まだ、そんなに遠くないから!!」
残念ながら、海に潜っても姿は発見できないだろうけどな。
俺の肩に座っているスケゾーが、欠伸を噛み殺しながら言った。
「……なんかまた、ハズレ付きの魔法っスか?」
「ああ、服が消えない。……まあ、海の中じゃ水着が浮いていても、見付けられないだろ。多分」
何と言うか、相変わらず穴だらけである。
……しかし、危ねえな。皆、素足で砂浜を走ってるんだぞ。俺達が出て行った後で怪我人が出たら、どうするつもりなんだよ。
俺は撒菱のある場所まで歩いて、そのうちの一つを拾った。コイツは……よし。熱すれば溶けるタイプの素材だ。
地面に手をついて、砂浜を熱する。……すると、撒菱は静かに溶け、唯の円盤になった。
溶けた所で、砂浜を今度は冷却する。これなら、少なくとも足に刺さったりする事はないだろう。
見える範囲で、俺は撒菱を拾い集めた。
「ねえ、あなたがラグナス・ブレイブ=ブラックバレルの居るパーティーのリーダー?」
呼ばれて、振り返った。
なんだ、ノアじゃないか。何やら不機嫌そうな顔をして、俺を見ていた。
「そうだけど?」
「うちのパーティメンバーを、勝手に勧誘しないで欲しいんだけど。モラルとして、普通やらないでしょ?」
一体こいつは、何を言っているんだろうか。
少し、俺は考えてしまった。
「……俺達がミューを拾っちまったら、あいつが一人にならないから嫌……ってとこか?」
「そこまでは言わないけど……人には反省する時間も必要でしょ。あの子は自分が何をやってるのか、多分まだ分かってないの」
「あのさあ……もう、そういうの止めないか?」
俺は頭を掻いて、ノアに言った。
「本音を隠して『あいつのため』とか言ってるから、何言ってるか分かんなくなってんだよ。……つまりさ、気に入らないんだろ。ミューの事がさ」
ノアは、怒りに顔を赤くした。……でも、言うべき事はちゃんと言わないと、な。
全ての撒菱を拾い上げると、俺はそれをノアに返した。
「だから私は、そういう訳じゃないって言って……」
「今まで、あんたの周りに居た奴は、あんたを褒めてくれたかもしれないけどな。……実際、そんな奴ばかりじゃねえよ。喋るのが苦手な奴も居る。一人になるのが好きな奴も居るんだ。別にそれは、ミューのせいじゃないだろ。違うのか?」
一緒にグループとしてやってみて、特にミューにやり辛さを感じはしなかった。つまり、チームになった時だって、ミューはちゃんとどうすれば良いのか分かっている。
決して、ノアの言うように『勝手にどこかに』行ったりはしなかった。
ノアは、自分に全く興味を持たないミューの事が嫌い。多分、それが本音だ。それが原因でミューが嫌われているのだとしたら……問題は、こいつの方にある。
「……残念だわ。チームで揃って、人の話を聞かないのね」
「俺は、お前の方が人の話を聞いてないと思うよ? ……まあ、あれだ。世界はお前の為に回ってる訳じゃねえよって、そういう話だろ」
しかし、怒って顔が赤くなる奴も居るもんだ。目尻に涙まで浮かべている。
まあ、そんな反応するって事は、図星なんだろう。
「…………赤髪ゴリラ」
俺はノアに、せめてもの笑顔を向けた。
「ゴリラで結構。……うちの勝ちだ」
そう言うのは、海面が大きく盛り上がって来たからだ。
唐突な怪現象に、皆が驚いているようだった。ここまで大物を引っ張ってくると、パーティーリーダーとして少し誇らしい。
最も長く潜れるリーシュが、海底深くに潜り、大物を探す。誘い出した獲物をラグナスが弱らせて、陸に上げる。ヴィティアはまあ、身体を隠してくれればいい。ミューは居場所を示してくれれば良いしな。
俺は、海に向かって走った。どんどんと大きく盛り上がっていくそれは、まるで島が出現するかのようだ。
「行くぜ、スケゾー。俺達の出番だ……!!」
「狩りっスか。……随分と久し振りになりましたねえ」
全身に、魔力を高める。盛り上がった海に穴が空き、獲物が空中に持ち上がった。その穴の中心に居るのは――……ラグナス。
「行け、グレンオード!! こいつだッ――――――――!!」
よし!!
俺は、空を見上げた。空中に浮かぶ、巨大な影。それは空を覆い、砂浜に居る無数の人々の姿を、太陽から隠――……
「ってデカ過ぎるわアアァァァ――――――――!!」