※『小説家になろう』『カクヨム』様でも連載しています。
「っだーっ! だから、ポーンは前の駒は取れないって何回言ったら分かんだよ!」
何百回目のチェスだろうか、俺はそう叫んでいた。
盤上に描かれた白と黒のマスを真剣に眺めて、対面の魔物が唸り声を上げた。
「あれ? ……そうでしたっけ? ご主人、また嘘吐いてねーですか?」
「吐いてねえよ!! ポーンは前に進むけど、前の駒は取れないの!! 斜め前の駒を取るの!!」
黒い鼠のような哺乳類が人間の髑髏を被ったような、小さな魔物。こいつはスケゾー。大魔導士たるこの俺の、優秀な相棒である。
ただ、とてつもなく物覚えが悪い事と、とてつもなく頭が悪い事を除いては、優秀な相棒である。
「あー!! ご主人、またズルしたっスね!!」
「してねえよ。またって何だよ」
「だって駒を二つも同時に動かしたじゃないっスか!!」
俺はこいつに、過去何回チェスのルールを説明したか分からない。
「これはキャスリング!! 特別に許されてるルールなんだよ!!」
「じゃあオイラもやります」
「だああ!! だから他の駒じゃできねーんだって!! っていうかポーン二つ入れ替えても意味ねーだろうが!!」
果てしなく続く、無意味な時間。……こうなるとは、まるで予想していなかった。
夢の魔法使いになったら、色々な事に困っている依頼人が山程居て、問題を解決する為に俺の所へとやってくる。俺はそんな依頼人の問題を、鍛え上げた優秀な魔法でちょちょいのちょいと解決しながら、愛され、信頼され、そして金がガッポガッポ。
ガッポガッポだと、思っていた。
「もういい!! やめるぞこんなゲームッ!!」
「ええ、やる事無くなるじゃないっスか」
「おめーのせいだろうが!!」
魔法使いは森に住んで、困った人を救うのですよ。
師匠の下を離れる時、あまり優しくない師匠が珍しく笑顔でそう言った。その言葉を信じて、人里離れた森に住んで依頼人が来るのをひたすら待っていた俺。
待ち続けた俺、五年間。
「オイラが悪かったんで、もう一回だけやりましょうよ。今度こそルール覚えますから」
「俺が何回その言葉を信じたと思ってんだよ!!」
「えっと……取った駒を使えるんでしたっけ……? 次のゲームで使っていいっスか?」
ようやく知った。仕事は待っていても、来ないものなんだと。
気付かなかった俺。
五年間。
溜まりに溜まったフラストレーションは、既に限界を振り切っていた。……分かっている。俺がどんな魔法使いなのかを知っている連中は、俺の所に助けを求めてなど来ないのだと。
「ぐおおおおおっ!! もうこんな生活嫌じゃ――――――――っ!!」
箒で空を飛ぶ事が当たり前の魔法使い業界で、どういう訳か俺の魔法は一切『飛ばない』。
それが『零の魔導士』たる俺、グレンオード・バーンズキッドのカルマということらしい。
(前略)あまりもの冒険譚!