階段を一段、そして、一段と上っていく。そのたびシューズがトン、トン、と音を響かせる。
ふと、眼前に扉が現れた。僕はその扉の取っ手を手のひらで包み込みゆっくりと回した。
キぃーと扉が開くときになる音と共に、現れたセメントタイルへと一歩踏み出す。
また一歩、一足と歩を進める。ビューんと強い風が吹いた。髪の毛がその風にフワリと持ち上げられる。
屋上のフェンスから、夕焼けに染まる外の町の様子を俯瞰していた少女のゆるふわの銀髪も風によって靡く。銀髪を抑え、その少女友利奈緒はこちらに半分振り返った。
「やっときましたか」
「ああ」
銀の音色に僕は短い言葉で返す。僕を見ている蒼く澄んだ瞳は、何時もの様に他人を移さない。そして淡白な表情なのだが、でも今日は何故だか不服そうな顔で僕を見ていた。
「遅いです。生徒会長に呼び出されたらすぐに来ることと言いましたよね? 」
「教師に呼び出されていたんだ、仕方ないだろ」
僕はテストのことで放課後、ついさっきまで、教師から呼び出しを受けていた。何処かの誰かが僕がカンニングをして一位をとったとか口にしたらしい。一応の確認のためということで僕は職員室に呼び出され、再テストをさせられていたのだ。何時かの陽野森高校での茶番劇を思い出すような事だった。
再テストの内容は期末テストと同じものだったので無事高得点を出し、カンニングはなしと判断された。
能力を使ってカンニングをしたのではないかとか、きかれるものかと思っていたんだけど、その様な質問はなかった。再テストだけだったのでほうとうに意外だ。もしかすると教師陣は生徒の特殊能力がどのようなものなのかをしならないのかもしれない。何処から情報が漏れるか分からないから一般人である教師には生徒の能力を教えられていないとか....。そんなところだろう。
で、職員室から解放されて、時刻確認のためにデバイスの電源を入れたら友利からメールが届いていたことに気づく、放課後、屋上に来てくださいとだけ書かれていて、放課後が始まりおよそ三十分が経過していたため慌てて屋上に馳せ参じた次第である。
「態々、屋上になんか呼び出して、僕に何かようがあるのか? 」
こんなことを言ってはみたが今日の昼休みに張り出されたテストの結果のことと、誰に乗り移ったのかとか訊かれるのだろう。
何せ自分の能力略奪だから。乗り移った相手が能力者ならそりゃ知っとかないとな。
呼び出された理由に心あたりがありありです。しかし敢えてしらを切らせてもらおう。
「ようも何も、勉強会の意味を帳消しにするような事をしといてよく言いますよね」
「何のこと......分かったよ、悪かったから取り敢えずその顔やめてくれ」
友利はオラウータンか何かを見るかのような冷たい目で僕をハイライトの消えた濁った瞳に写していた。しらを切ると言う選択しは僕には無いらしい。
「カンニングのことだろ」
「はい、では、参考までに、誰に乗り移ったのかを話してもらいましょうか? カンニング魔さん? 」
「クッ。事実だが、面向かって言われるのはあまり良いものじゃないな。しかし、まってもらおうか! 何で僕がカンニングをしたと決めつけられる? もしかすると山が完璧にあったのかもしれんぞ」
「いや、あなた今自分でカンニングのことだろと言ったじゃないですか。それに、他は兎も角苦手科目だった物理が、一夜漬けや徹夜程度で九十を越えるわけないっしょ」
なにいってんの?という呆れた表情をする友利....。 反論したいと思ったが最初に自分で認めてしまった時点で、反論はきない。無念だ。
「チッ、わぁかったよ! 言えばいいのだろ! 言えば! えっと、まず、僕の前の席の女子、前島蛍、後は、一番前の席に座っている眼鏡をかけた。高橋輝だな。後はあんたと同じ窓側の真ん中の席にいる男子の宮越京ってやつ.....」
「......」
「なんだ? そんなに見て、僕の顔に何かついているのか?」
友利が目を見開き、僕を見ていた。何時も淡白なこいつの驚く顔はレアかもしれない。
「いえ、よく知っていたなぁと....あなたは生徒会活動であまりクラスの生徒と話す機会がなかったはずなのに」
「そりゃ、今言った奴等とはまともに話したこともないぞ。いや、前島さんとは佐藤さんの所属グループにいたから面識はあったが、他は全く話していない。成績優秀者に入っていたから、名前と顔を覚えたんだ。そう言えば、乗り移った奴があと一人いたか、月丘悟っていう華奢な男子」
成績優秀者の名前、クラスでの順位は勉強会の合間に調べた。絶対に一位をとるために徹底してだ。今僕の頭の中には成績上位のクラスメイトの顔と名前は勿論、得意科目までもが完璧にインプットされている。
それを友利に胸張って言うと、僕の話を聞いた友利は、はぁ、と小さななため息を吐いた。そして、呆れを宿した目で僕を見て、華奢な人差し指を差す。
「そんだけ、行動力があるならもっといい方向に持ってけよ! 今までのテストの傾向を調べるとか! そして、一夜漬けでもしていれば正攻法で上位狙えただろ! 」
それをきき僕は鼻で笑う。
「はっ! そんな時間があるならやっているさ! 限られた時間でトップに滑り込むには成績のいい奴の得意科目を調べる以外の選択しがなかったんだよ。結果は出せたし問題ないだろ! 」
はぁ、はぁと息をきらしながら僕は友利を睨み付ける。友利も僕を睨み付けていた。でも暫くもしないうちに友利は僕を睨むのをやめ神妙な顔で僕を見据える。
「私は、あなたのことなんかのこと別に興味もへったくれもないですが」
「......」
「そこまでして一位をとることに意味なんてあるんですか? 」
友利の質問。何故だが胸に刺さった気がした。
「一位をとる理由? そんなの、いろいろとメリットがあるからに決まっているだろ。ステータスにもなる」
少なくとも今まで僕は自分のステータスになるから、上から下にいるものを見下ろすことができるからという理由で今まで一位をとってきた。
僕が自分から勉強をするようになってからもそれは変わらないし、今後はテストを自力で解いて一位になりたいと。カンニングは今回限りだと、そう思って実行した。
僕がカンニングをしたり、その為の情報集めをしたのは、僕を監視しているものに僕は自分の本当の能力をまだ気づいていないと思わせるためのものだ。
この世界に来て最初、生徒会に入れてもらえるように頼んだ際、自分は役に立つと言ってしまった。たった五秒相手に乗り移るだけの能力だろ思っている癖にだ。何故そんなことをと考えれば略奪の能力が自分の本当の能力だと気づいているということになる。でもまだその証拠がないから何とも言えなかった筈だ。次に友利奈緒の兄に面会したとき、僕は自分認識していなかった奪ったであろう能力を使った。それにより、自覚しているという疑いがさらに深まっただろう。
その疑いを無くすため、僕が自分の能力が五秒相手に乗り移るだけの能力だとまだ思いこんでいると思わせる為に今回のことを興したのだ。
カンニングをした。勉強会を無意味なものにして。
でも、別に一位じゃなくとも良かったのかもしれない。上位二十名には入れさえすればそれでカンニングを今と同じように認めればそれで良かった。
友利の言葉に何か引っ掛かりを覚えたのは、僕が監視を欺くのを建前に、一位をとったから?
カンニングをして、一位になることを正当化したから......なのだろうか?
『有宇あなたが一番をとるのは当たり前なの』
つい、この間見た母さんの夢が脳裏に一瞬はしった。あれは関係ないと思いたい。
「.....違うのか? 」
「私はあなたじゃないので質問されてもこまります」
そうだ、これは友利に訊いても分からないことじゃないか。何を言っているんだ僕は。
僕が一位に拘って来た理由。
やっぱり、称賛を浴びたいから? 素晴らしいと周りに褒められたいから?
独り言のようにぶつくさと囁く僕に友利は訝しげな顔をしている。でも今はどうでもいい。
僕が一位に拘る理由は
あれ? そもそも、僕が一位になろうと思ったのはなんでだっけ?
あれは確か.......
遡る。
『なんだ、この程度か.....』
『なんで一位をとれないのよ』
『頑張って勉強しなさい。あなたはやればできるんだから』
『成績落ちてきたわね』
『一位やっぱりすごいね有宇は』
遡る。
『有宇、凄いよ! ○○小学校の入試合格だって』
『凄い記憶力有宇あなた天才よ! 』
僕が通っていた、名門と呼ばれる高校校に附属するエリートが集まる小学部。
そこで一位を取ってる間、母さんは僕をよく誉めてくれた。でも、学年があがるごとに段々とれなくなって、母さんにも褒められなくなって、一位をとれるように必死で勉強したけれど結局一位にはなくて.....。それからはずっと失望されていた。で、小学部の最後の辺りだったか、この記憶力が学校側に買われてで中学は超難関っていわれる中学の受験を進められた。
それは、その小学校の教育機関が選んだ生徒だけが受けられるものでそれに入ったとき母さんはすごく喜んだ。僕はいつも以上に頑張って勉強し、その受験を受けた。
でも、結局選ばれた10人の内3名しか受からなかった。僕はその三名には入ることは叶わず、そして母さんは父さんと離婚して、出ていったのだ。
『なんだ、この程度か....』
あの言葉を残して......。父親はの僕の記憶力のことを不気味なものとしていたので母の後を追うように出ていった。
母さんはよく、僕と歩未に会いに来る弟に親権を渡し、それから僕と歩未は叔父さんと暮らすことになった。
それからは、勉強は嫌いになった。中学では部活動に入り、色々な部活を掛け持ちしてそれらに没頭することで忘れることにした。でも結局忘れられなかった。その時ほど自分の異常な記憶力を恨んだ事はない。毎晩のように同じ悪夢を見た。失望の目で僕を見る母さんの夢を。
そして、精神も大分安らぎ、悪夢も見なくなった中学最後の春、僕は能力者になった。
他人に乗り移る能力だ。僕はその能力が出ても直ぐにはテストで一位をとろうなんてしなかった。と、言うか不気味なものとして使っていなかった。
でも、ある日。僕は友人を呼んだときに出されたアルバムを見てしまい。あの頃を思い出したのだ。日々勉強をしていた。小学生時代のことを。それで高校受験シーズンであったこともあって僕は一つのアイディアを思い付いた。
それが能力を使かって、自分の記憶力を駆使し、一位になることだった。
そして僕は一位をとり続けた。周りから称賛られるようになり、教師たちからも褒められた。叔父さんも近所の人達に自慢してたりもした。
嬉しかった。褒められることも称賛されることも......。何より誰かに認めて貰えたことがたまらなく嬉しかった。
そうか......僕が一位をとり続けたのは一位に拘るのは一位なら誰かに認めて貰えるからだったんだ。あまり深く考えたことがなかったから気づかなかった。
「それで、結局、あなたの一位に拘る理由はなんだか分かりましたか? 」
「そうだな。何となくだけど分かった」
「へぇ。一応聞いてもいいっすかね? 」
「たんなる自己顕示欲、誰かに認めてもらいたいとかそう言う誰にでもあるものだ。一位になれば周りは僕を称賛したり、妬んだり、応援したり、友人なんだとか自慢したりしてくれる。僕という存在を認めてくれる。だから僕は一位に拘り続けている。どんなことをしてでも一位なりたい。だから今回も一位になった......なってしまった」
「.....承認欲求ってやつですね。あなたはそれが人一倍強いみたいです」
「まぁ自覚は無かったがそうだったみたいだな」
誰かに認めてもらいと思って勉強で一番になることは悪い事ではない不正をしたとしてもバレなきゃ問題ないのだ。でも、今回の行動は勉強を教えてくれた友利にたいしての裏切りなのは間違いない。相手が監視者だったとしても、友人でなかったとしても、友利は自分の時間を使って勉強を教えてくれたことにはかわりない。それを踏みにじった僕はやっぱりクズだったということだろう。
でもこっちにだって言い分ってものがある。もしかしると能力が消えるまで軟禁されるかもしれない事態だったのだ。僕が自分の能力に気づいていることがバレていたら高校生活は灰色になっていた。それを回避するために今回カンニングをした。それを悪いことだとはどうしても僕には思えない。自分の身を守る為の手段だったのだ。友利を裏切った結果になってしまったがぶっちゃけ僕を監視するための偽り友人やクラスメイトとか、監視役兼ねて、生徒会活動時は僕をコキ使う生徒会長達のほうが僕には最低に思えるのだが......。いや、やむを得ずやっていても監視って! 監視するために近づかれたのだよ。僕は寧ろ被害者だ。全部が偽りだったと気づいた時はかなりショックだったのだ!
それに気づいてここ一週間は周りが全て監視の目に見えてしまったりしてどれだけ不安だったか......。だからあいこでいいだろう。
だが、それを伝える訳にはいかない、僕は裏切ったという事実だけを見るしかないんだ。
「そして、僕は友利を裏切った。感謝とか言っときながら自己満足に浸るために......」
これだけは、天地がひっくり返ろうが変わらない。
「はぁ.....。昨日も言いましたけど、私は生徒会活動ができなくなると困るからあなたに勉強を教えたにすぎません。任務は達成ですし、別にいいですよ」
「.....すまない」
「謝らないでください」
「でも.....僕は」
「さっきもいいましたが私は気にしていません。生徒会活動が続行できるなら問題ないですし。何より私は謝罪を要求していません」
友利はそう言った。謝罪はいらないと。気にしていないと。本人が気にしていない上に謝罪もいらないならば僕はもうどうすることもできない。結局、謝罪という行為はただ自分が許されたいだけのもので被害にあったものからすれば何とも身勝手な行為でしないということだ。
「そうか......。そうだな。謝りたいのも僕が許されたいからで、罪悪感から逃れたいからだ。自分の為だもんな......」
「.......」
「.......」
沈黙が痛い。どうするか。もう、強引にでも帰るか.....。でもそうすれば明日さらに気まずい空気に....。
「はぁ....」
友利はため息を吐く。そして、めんどくさそうに頭を掻いき、僕を見据えて嘯いた。
「そこまで分かっているのなら、謝罪なんてしないでくだい。て、いうか、後悔や罪悪感抱くくらいなら、カンニングしないければいいしょ」
「う....」
「それと、さっきもいいましたが、あなたは表面上の命令をしっかり達成しました。私は今後も生徒会活動ができる。ほら、何の問題もないんです」
「そ、そうなのか? 」
「はい、ですので謝罪なんていりません。それも、わりと切実に」
そこまで僕をからの謝罪を嫌うかこの女。やはり、友利奈緒は基本的に自分の目的の弊害にさえならなければ他人なんてどうでもいいのかもしれない。
一応、もう一度、確認してみよう。
「ホントに?」
「はい。.......そもそも私があなたを呼び出したのはカンニングした相手の名前をきく為だった訳ですし、そこに謝罪会なんて入ってません。情報提供お疲れ様です。もういっていいっすよ」
「......。僕はもうしばらくここで風にでも当たっている。先に帰ればいい」
「そうっすか。じゃ、私は帰りますね」
友利はそう言うと、僕の後ろにある、出入口の扉を開き、足早でこの場を去った。バタンと扉が閉まる。
夕日の下、僕は空を見上げる。屋上から見える朱色に染まった鱗雲達。鱗雲は心地よい風に乗って少しずつゆっくりと流れている。
「......なんだかな」
僕は何処かで、怒られると思ってた。感謝しときならが平気な顔で裏切ったからだ。だがそんなことはなく、謝罪は拒否されるし......。
なにか、釈然としない終わりかただ。何をやっているんだうか僕は。
その後、暫く風にあたったあと僕は下校した。
家に帰った僕は、まず、高城に電話で昼のことを一応謝っっておいた。明日、気まずい思いはしたくないというこちらの都合を高城は受け入れ、友利と同じくもう気にしていないといい。こちらこそすまなかったと謝られた。あんな大きな場で言い合うようなことじゃなかったとのことだ。高城はどこまでも人に気を使う奴らしい。
そして、僕は歩未と一緒に夕食の買い物へと出掛けた。今日は、僕が一位になったお祝いだったのでピザソースがいつも以上にふんだんに使われた料理になり、胸焼けに苦しむことになった。甘い(涙)。
しかし、なんというか、テスト期間から紺詰めすぎていたからか久しぶりにゆったりとした時間だったな。
夜
夕食を食べ終え、皿洗いを手伝った後、僕は寝室にある。自分の机でタスクを進める。
目的は達成できた。僕を見ていた監視者達は僕は略奪を相変わらず他人に乗り移る能力と勘違いしていると思ったことだろう。
すべて上手くいった。やり遂げた。これで確保! 能力消えるまで軟禁だ! とかにはならないだろう。この学園は人道に反することはしてないらしいからな。
かといって監視が緩むわけではない。これからも偽りの友人、僕の監視もやっている生徒会メンバーと学生生活を謳歌することを考えると憂鬱だが、物は考えよう。監視をしている奴らとは本当の意味で友達になる機会が多いにあるということだ。略奪の能力が消えたら関係の全てが無くなってしまうわけではない。偽りの関係も本物になりえるはずだ。
だから、精々、僕に必死に媚びまくれ、取り入ろうとしてくるがいい。利用(ステータス上昇の)できるなら、友達にもなろう。親友だって演じよう。
一緒に高校生活を謳歌しようじゃないか。そんな茶番劇がいつかいい思いでになると信じて僕は演じ続けるみせる。仲間を友人をクラスメートを......。