朝早く。 テーブルを囲むリライトメンバーの姿があった。 優斗とビス、副長とキリアはどの国の人達よりも一番に朝食を取っている。 近衛騎士二人が朝から動くためだ。 「そうですか」 先ほどあったことをビスが隣に座っている副長に説明する。 「申し訳ありません。副長に知らせるべきとは思ったのですが……」 「私がいても状況に変わりなかったでしょう」 特に何か変化することはなかったはずだ。 「ただ、接することができて彼女の状態が好ましくないことが分かったのは僥倖です」 助けるべきだと判断する材料が増えた。 「ビス、食事を摂り終えたら動きます」 「了解です」 「先輩、今日はどうするの?」 優斗の隣に座っているキリアが予定を確認してきた。 「……今日も正樹さんが来ると思うんだよね」 げんなりとした様子で優斗が答える。 「仕方なくない? あの人、先輩と一緒にいたいみたいだから」 「けれどハーレムの女の子達が怖いから逃げ――」 「ミヤガワッ!!」 優斗達以外がいない、静かな食堂に大声が響いた。 発生源を見てみれば、そこにいたのは勇者のハーレムの一人。 栗色の髪をポニーテールにしていて、確かに美人なのだが……第一声からして関わりたくない。 彼女は優斗から見て左側で仁王立ちする。 「貴様、マサキに何を言った!?」 いきなり睨み付けてきた。 優斗は……とりあえず無視して会話を続ける。 「だから逃げたいっていうのが本音」 「……いいの? 何かすっごく怒ってるけど」 というか、よくスルーできるものだとキリアは感心する。 「僕は正樹さんに何も言ってない。怒鳴られる意味が分からない。よって会話する必要性を感じない」 優斗はパンに手を伸ばす。 半ば無視されている状況に女性がさらに怒る。 「貴様がどうせ何か言ったのだろう!? だからマサキが貴様を仲間に入れたい、などと抜かしたんだ!!」 朝から死ぬほどどうでもいい、けれど面倒な話題を提供しないでほしい。 しかも怒られる理由が分からない。 ただでさえ普段と違う心境になってしまっているのに、こんなことをされれば憂鬱な気分になる。 「言ってませんし、仲間なら他にいるので正樹さんの仲間になるつもりもありません」 さらに副長が、 「フィンドの勇者に仲間のことを説いたのは私です。ユウト様に怒鳴るなどお門違いも甚だしい」 睨み付けながらパンを食べる。 「き、貴様……っ!」 女性がまた怒鳴り始めた。 「ミヤガワ! フィンドの勇者であるマサキの仲間になりたくないというのか!!」 副長も反論したのに標的は優斗だけ。 しかも彼女が言ったことに全員が首を捻る。 優斗を仲間にしたくない、ということではないのか? 「意味が分からないんですけど、副長は通訳できますか?」 「申し訳ありませんが私はできません」 「残念です」 優斗が仲間など嫌そうなのに、いざ断れば怒るとはどういう了見だろうか。 「貴方じゃ話にならないので、会話が出来る人を連れてきてください」 まさしく神経を逆撫でする一言。 鞘から剣を抜く音が聞こえた。 「――ッ!」 振りかぶり、テーブルを切ろうとする。 瞬間、優斗と副長が脇に置いている自らの得物を抜いた。 優斗は左手でショートソードを、副長は右手に剣を持ち彼女の斬撃を止める。 「ユウト様は左手でも扱えるのですね」 「右手より精度は落ちますけど、なんとか」 逆の手でパンを持ちながら優斗と副長は会話する。 女性が幾度となく斬りかかってくるが、全て防ぐ。 「素晴らしいことだと思います」 「僕は捌くぐらいしかできませんけど、副長は問題なく使えるんでしょう?」 「騎士ですから。利き手が使えなくなっただけで戦えない、というのは問題になります」 「さすがですね」 話しながら副長は相手の剣を巻き込み、優斗のほうへと跳ね上げる。 空中へと飛ばされた剣を優斗は思い切りショートソードで弾き飛ばす。 剣は彼女の右側を通り過ぎ、出入り口付近の壁へと突き刺さった。 「こちらは食事の最中です。下がりなさい」 一瞥して、剣を鞘にしまう副長と優斗。 そのまま逆の手で持っていたパンをかじり始めた。 彼女は優斗を睨み付けながら突き刺さっている剣を抜くために離れて行き、 「あれ? ニア、何してるの?」 ちょうど食堂へとやってきた正樹を視認した瞬間、抱きついた。 「えっ? どうしたの?」 「聞いてくれ、マサキ! やっぱりミヤガワなんか仲間にするべきじゃない!」 「な、なんで?」 ニアがあれやこれやと勇者――正樹に説明し始める。 「彼女は何がしたかったのでしょう?」 「とりあえず僕を仲間にしたくなかった、ということで終わらせませんか? 考えるだけ無駄です」 「そのようですね」 パクパクと食事を再開する優斗と副長。 ビスとキリアは今さっき起こった光景に絶句……しない。 「よりにもよってこの二人に挑むのは凄いと思うけど」 「先輩と副長だなんてあまりにも相手が悪いですよ」 慣れたもので二人も食事を続ける。 正樹はニアから話を聞いたあと、優斗達に近付く。 「あの、優斗くん」 「何でしょうか?」 「ニアも悪気があったわけじゃないんだ。だから許してくれないかな?」 申し訳なさそうに正樹が謝る。 「ということは悪気なく剣を抜いたんですか?」 「ち、違うよ。ニアはボクのためを思ってやってくれたんだ。だから……」 「彼女が剣を抜いたことは正樹さんの為だから悪くない、と?」 「そうじゃないよ!」 正樹が慌てて否定する。 けれどそうしてしまうと意味が分からなくなってしまう。 「……正樹さん。言いたいことがよく分かりません」 庇いたいのなら庇えばいい。 別に自分を慮ることはない。 「彼女が剣を抜いたということは僕に非があったということ。あまりにも不条理なことを言われたので、神経を逆撫でするような言葉を使ったのも確かですしね。さらに彼女には“正樹さんのため”に剣を抜くだけの理由があったということで、正樹さんの仲間が僕にやったことに対して謝る必要はないです。むしろ僕のほうが謝るべきでしょう。怒らせてしまったのですから」 優斗は正樹とニアに頭を下げる。 「申し訳ありません」 きっかり五秒、頭を下げ続けてから上げる。 正樹は困り果てた表情で、ニアは勝ち誇ったような表情。 その状況を前にして副長は席を立った。 「ユウト様。私達は行きます」 気付けば副長とビスは食事を終えている。 ビスも続いて席を立った。 「夜には一旦、戻るからね」 「分かりました」 優斗とキリアが頷くのを見て、二人は出入り口へと向かう。 と、食堂から出る前に副長は少しの間だけ止まった。 「フィンドの勇者、これだけは伝えておきます」 正樹達の方を見ずに告げる。 「今回の件、どちらも悪いかどちらかが悪いの二つしかありません。どちらも悪くない、というのは存在しない。ですから“貴方のため”という免罪符を貴方が掲げるのなら、ユウト様が悪いのです。そして結果はユウト様が謝罪した。ただそれだけの話に困惑した表情など浮かべるべきではありません」 それだけを伝えて副長とビスは食堂から出て行く。 優斗もその間に食事を終える。 「キリア、少しのんびりしたらマイティーさんとか、色々な国の人達と話や訓練をしようか」 「分かったわ」 席を立とうとする優斗。 「ちょ、ちょっと待って!!」 正樹が止める。 「何ですか? 謝罪したことが手打ちでは駄目でしょうか?」 「そうじゃなくて、えっと……今日も一緒に……」 正樹が訊いてくるが、さすがにどうしようもないんじゃないかと優斗は思う。 「……僕だって正樹さんが久々に同郷の僕と会ったからこそ話したい、というのは理解してあげられます。ですが、せめて貴方の周りにいる女性達を納得させてから来てください。基本的には穏便に済ませたいとは思いますが、このままでは同じようなことが起こりますよ」 「で、でもボクは優斗くんに仲間になって欲しいし、ニアとかと険悪になってほしくないし……」 「マサキ! こんな奴、まだ仲間にしたいなんて言うのか!?」 ニアが食って掛かる。 「だ、だって優斗くんは――」 目の前で口論する二人。 また余計なことに手間取られ、さすがにうざったいと思ったのが一人いる。 キリアがテーブルを強く叩いた。 「ねえ、フィンドの勇者」 正樹とニアの会話が止まる。 「貴方の仲間って馬鹿なの?」 イライラしながら訊く。 「わたしは無関係だし本気でどうでもいいけど、面倒だから口挟むわ」 目の前で無駄なことをしないでほしい。 「よく分からないけど、昨日先輩達が集まって話していたときに副長が仲間のことで何か言ったんでしょ? それで貴方は先輩を仲間にしたいって思った。違う?」 「間違ってないよ」 「だったら彼女が怒鳴るべきは副長。先輩は無関係。そうじゃないの?」 詰問する。 正樹は小さく頷いた。 「……うん」 「貴方が問題とするべきは二人の仲裁じゃなくて彼女の支離滅裂さでしょ? 貴方が何て伝えたのか知らないし知る気もないけど、彼女はこう思ったんでしょ? 先輩が何か言ったから貴方は先輩を仲間にしたいと思ったに違いない、って。けれど勢い勇んで怒鳴ったところを否定されたら“なぜフィンドの勇者が誘ったのに仲間になりたくない”なんて言うのか、と猛る。はっきりいってメチャクチャ。何の筋も通ってない」 意味が分からない。 「明らかに彼女が間違ってる。先輩が苛立たせるようなことを言ったのは確かだけど、最初から間違っているのは彼女。でもフィンドの勇者、貴方は彼女を庇って正当化しようとしてる。だから先輩は事を収めるために謝った」 つまり、だ。 「こっちからしたら何も悪くない先輩が謝ってんのよ。貴方、訳も分からず怒鳴ってきた相手に謝ったあげく『仲間になりたいから親睦を深めるために話そう』とか言われて一緒にいれる?」 「……いれない」 「仲間にしたい? 仲良くさせたい? したければすればいいじゃない。けど先輩は仲間にならないって言ってるし、仲良くさせようにもそっちの彼女が嫌なんでしょ?」 だから現状、一緒にいれば無理が生じる。 「どうするの? 先輩はわたしみたいな向こう見ずでもあしらってくれる人だけど、彼女が心変わりしない限りは先輩だけが針のむしろ。一緒にいればどうにかなる、とか楽天的なこと口にしないわよね?」 「ボ、ボクがちゃんと取りなすから」 「だったら早くしなさいよ。目の前で口論みたいなことやられたら邪魔」 うざいだけ。 けれどキリアが責めているのはフィンドの勇者である正樹。 「貴様、フィンドの勇者に対して無礼だぞ!!」 ニアが口を挟んできた。 「わたしは元々、無礼な性質よ。それに貴方にだけは言われたくないわね。貴方のほうがよっぽど無礼」 事の発端はお前だ。 優斗と正樹だけなら問題なんて何もない。 彼女が割って入ったから面倒事になった。 さらに追加で言い放とうとしたキリアだが、優斗が軽くチョップして止める。 「キリア、ストップだよ。結果は結果、僕が悪かったってことで収めたんだから蒸し返さないの」 「先輩が悪かった、とかはどうでもいいのよ。目の前で馬鹿なやり取り見させられるのが我慢ならないの」 「そうやってすぐ熱くなるのがキリアの悪いところだよ」 もう一回チョップする。 「魔物との戦闘でもそうだけど、キリアは僕と違って怒って強くなるタイプじゃないんだから自制する術を覚えないと」 「でもうざいわ」 「そこを我慢しろって言ってるんだよ」 本当に熱くなりやすいというか何というか。 はあ、と大きく息を吐きながら優斗は正樹に向く。 「正樹さん」 今一度、お願いする。 「先ほども言いましたけど、貴方の周りの女性達を納得させたら来てもらえますか? 無用なトラブルは好まないんです」 ◇ ◇ 昼過ぎ。 「ありがとうございます」 「ありがとうございました」 剣を打ち鳴らす音が終わる。 一言二言を30歳くらいの男女と交わしてから優斗とキリアはベンチに座った。 「ギリギリだったけど勝ててよかったわ」 「本当だね」 良い鍛錬となった。 「ユウト殿、キリア」 ちょうど良いタイミングでダンディがやって来る。 「フィンドの勇者とは一緒ではないのか?」 「あんな面倒な連中、嫌よ」 嫌悪感を隠さないキリア。 ダンディが首を捻る。 「何事かあったのか?」 「ええ、少し」 優斗はさっきのことを話がてら、ついでに夜中あったことも加えて話す。 「ほう……そんなことがのう」 「本当に面倒ったら仕方ないんですよ!」 正樹達のことについてキリアが憤る。 他ではいくらでもやっていいが、目の前では勘弁してほしい。 「ユウト殿はどうなのだ?」 「僕の仲間も馬鹿はいますけど、仲間内に迷惑が掛かるだけなんで。なんていうか……正樹さんが可哀想でしたけどね」 あそこまでとなると哀れになる。 やっぱりハーレムを作るには作るなりの苦労があるんだろうな、としみじみ思わされた。 「なに言ってんのよ。フィンドの勇者も駄目じゃない」 「そう? 正樹さんがフィンドの勇者だってことを考えたら、普通は彼が謝るだけで収まるって。僕らには通用しなかったけど」 フィンドの勇者が謝れば大抵は納得して理解してくれるだろう。 特に女性がいれば取りなしてくれる。 ただ、リライト女性陣は副長とキリア。 イケメンだろうと勇者だろうと容赦ない。 「それに女性に優しいのは正樹さんの性格。どんなことでも『守ってあげなきゃ』みたいなのが働くんだろうね。そこは僕も同じようなものだから納得できるし」 「なるほどのう」 ハーレムを作る要因の一つは彼の性格のおかげだろう。 しかし正樹はオートで『守ってあげなきゃ』が働くから今回は問題になったというだけのこと。 けれどキリアは最後の部分に納得いかない。 「先輩、最初っからわたしのこと散々に言ってくれたじゃない。どの口がほざくのよ」 実力が把握できてないだの頭が悪いだの色々と。 「僕は嫁とか限定的なんだよ」 「……ああ、なに、そういうこと? 奥さんとかなら当たり前じゃない。旦那が守ってあげないといけないわよ」 むしろ嫉妬深いと聞いている奥さんと同列に入れられずに済んで助かる。 と、その時だった。 ジャラリ、と鎖の音が響く。 「おおっ、マイティーの王子様じゃねーか」 反射的に三人が音と声のする方向を見た。 そこには下卑た笑みと鎖の音をまき散らせるジャルがいる。 「相変わらず輝かしい頭してんな」 王族を王族と敬わない態度。 ダンディが嘆息する。 「6将魔法士……相変わらず不作法な男だのう」 鎖の先にはもちろんのこと、愛奈が無表情で佇んでいる。 優斗達の表情から険しさが生まれた。 「国家交流、ご苦労なことで」 ジャルの視線が優斗とキリアを捉えた。 「ガキ、テメーらも一応名前を訊いといてやるよ」 自分のことを知らないとは思っていないのだろう。 尊大に訊いてきた。 「キリア・フィオーレ」 「リライト公爵家長子、ユウト=アイン=トラスティと申します」 名前を告げた二人のうち、ジャルの視線が優斗に定まる。 「……そうか、テメーもリライトか」 唐突だった。 大剣を背から取り出し、横薙ぎ。 ピタリと優斗の首筋で止めた。 「昨日、テメーのところの副長には世話になってな」 「そのようですね」 脅すような形。 けれど優斗は平然と言葉を返す。 「リライトってだけでうざってぇんだよ」 「とはいえ、手を出せば結果は分かっているでしょう?」 「試せば分かるだろうな」 「やってみてもよろしいですよ。ただし昨日に副長が言ったとおり、貴方が大国一つを相手に出来るのなら」 挑発と挑発の応酬。 今のところ、険悪な雰囲気はない。 互いに相手を嘲笑するだけだ。 「まあ、その子を我々に渡していただければリライトとしても貴方に関わることはないと思いますが、いかがですか?」 「バカ言うなよ」 「馬鹿なことなど言ったつもりはありません。この光景、あまりにも目に余る。教育といっても限度があるでしょう?」 「そんなこと言って、テメーらも異世界人が欲しいだけじゃねぇのか?」 挑戦するような口調のジャルに優斗は鼻で笑う。 何を言っているんだ馬鹿が、とばかりに嘲るような態度で言い放つ。 「残念ながらリライトには現在四名の『異世界の客人』がいます。こちらとしては『異世界人』は有り余っていますので、『異世界人』ということでこの子を欲する理由にはなりません。あくまでこちらは保護したいのですよ、奴隷のような扱いからこの子を」 「はっ、クソガキの親はオレだぜ? どうしようと親の勝手だ」 「ならば貴方は親失格。やっているのはネグレクト――児童虐待です。要するに人間のクズですね」 優斗が告げた瞬間、少し空気が張り詰めた。 だんだんと空気が乾いていき、僅かばかり殺気が満ち始める。 「6将魔法士のオレにケンカを売るとは良い度胸じゃねぇか」 「事実を告げただけなのにケンカを売ってると勘違いされるとは、やはり程度は低いようですね」 睨み合う。 そのまま10秒、20秒、30秒と過ぎていき、そろそろ互いに次の言葉を口にしようとした瞬間、 「優斗くん!!」 第三者の飛び込む人影があった。 影は優斗の首筋にある大剣を弾く。 「大丈夫かい!?」 「正樹さん……」 予想外の人物、フィンドの勇者が出てきた。 「お前、何をしようとしていた!?」 「何もしてねぇよ。ただの話し合いだぜ?」 「あんな話し合いがあるものか!」 優斗達を庇うように立つ正樹。 だが、 ――なんていうか……間が悪い人だよな。 一般的には大正解な行動なのに、自分からしたら違う。 別に助けてもらう場面じゃない。 ――僕が変なのか? 優斗は少し考えて、当たり前かと苦笑する。 ベンチから立ち上がった。 これ以上は探るにしても何にしても難しい。 第三者が正樹なだけに。 「6将魔法士。昨日の副長と同様、リライトの立場は示しました。近衛騎士団の副長とリライト公爵家の跡取り。双方から示されても考えは変わりませんか?」 「たかだか貴族と騎士に言われたぐらいで変わるわけねぇだろ」 「……分かりました」 優斗は用が済んだとばかりに建物へと歩き始める。 キリアは慌てて優斗について行き、正樹はどういうことかと首を捻る。 ダンディもいる必要はないとばかりに立ち上がった。 「ジャル。儂としてもこの状況、納得できるものではないが……」 一つ、告げる。 「お主は化け物の尾を踏みかけていること、知っておいたほうがいいぞ」 ◇ ◇ しばらくして正樹が優斗とキリアに追いつく。 「ちょっと待って! 君達二人じゃ危ないよ!」 「大丈夫ですよ。こっちから仕掛けない限りは」 副長が冗談抜きで言い放っているのだから、迂闊には手を出さないはず。 「っていうか貴方、なんでいるの?」 むしろキリアとしてはそっちが気になる。 仲間は説得できたのだろうか。 「さっきまでは情報収集しながら説得してて、一旦戻った時に優斗くんがいた。それで訊きたいことがあって」 「何をですか?」 「直接言ってなかったから、しっかり伝えたいと思ったんだ」 正樹は姿勢を正す。 そして告げた。 「仲間になってほしい。ボクには君が必要なんだ」 真っ直ぐ正直に。 嫌み無しに掛け値なしに言ってくる。 さわやかな笑みと比例して増すイケメン度。 優斗も思わず感嘆する。 ――女性だったらこれで落ちるんだろうな。 彼のようなイケメンに、こうまで真摯に言われたら納得できる。 だから答えた。 「ごめんなさい」 「な、なんで?」 「何でも何も、僕には他に仲間がいます。別を探してください」 無理なものは無理。 「ゆ、勇者の仲間だよ? そういうの憧れない?」 「勇者は間に合ってます」 「えっ?」 「これでも正樹さんとは別の勇者パーティの一員なんですよ。ですから勇者は間に合ってます」 正樹よりアホだけど、親友の勇者がいる。 「そうなんだ……」 がっくりとした様子の正樹。 けれど彼の美徳の一つ、すぐに気を取り直す。 「でも、だったら今だけでも一緒に動こうよ」 「説得できたんですか?」 「……ま、まだだけど。みんな、優斗くんが良い奴だって教えても信じてくれないし……」 「正樹さんが僕にばっかり構うからです」 「でも、久々に日本人と会えたから嬉しかったし」 「だからです。皆さん、正樹さんを僕に取られてしまうのではないかと心配してるんですよ」 「なんで?」 素で訊いてくる。 これだから朴念仁は、と言いたくなるところを優斗は我慢する。 「まあ、理由は色々とあるでしょうが僕の言うべきことではありません。とりあえず重要なのは正樹さんの一番の関心が僕に向いてしまっている、ということですよ。それだけ覚えておいてください」 「……? うん」 よく分からないけど正樹が頷いた。 とはいえ、彼女達を納得させられたわけではないので一緒に行動するのは不可能。 正樹はハーレムと一緒にまた情報収集へと向かい、優斗とキリアは出来ることもないので国家交流。 夜になり、時間は21時ほど。 優斗は部屋でビスと副長の帰り待ちをしている。 すると、ドアがカチャリと開いた。 思わず笑みを浮かべて迎え入れる。 「来たんだね」 鎖の音と共に愛奈が部屋にやって来た。 前日と同様にまずはお風呂に入れて、さっぱりさせる。 「…………」 とはいえ会話がない。 ベッドの上に座っている愛奈はほとんど喋ることをしない。 どうしたもんか、と少し考えて思い浮かぶ。 「面白いもの、見せてあげる」 左手を軽く振るう。 すると小さくて黄色く発光している、愛らしい土竜が愛奈の前に現れた。 「……っ!」 初めて大きな反応を愛奈が示した。 「地の下級精霊だよ」 小っちゃな土竜はちょこちょこと愛奈の前を愛らしく動く。 視線が確実に精霊を追っている。 しばらく間、ほんの少しだけれども年相応の姿が見えた。 完全無欠に感情を止めているわけではなくて安堵する。 「ごめん、少し遅くなったね」 「申し訳ありません」 と、ドアを開ける音がして、ビスと副長が入ってくる。 次いでダンディと正樹。 「ユウト殿。邪魔をするぞ」 「失礼するよ」 入ってきて同時、四人が大小の差はあれど驚きを表す。 優斗は事情を説明。 全て聞き終えると、正樹は愛奈に近付いた。 「もう大丈夫だよ。ボクが守ってあげるから」 優しげな笑みを浮かべる正樹。 けれど愛奈は一言。 「……どうでもいいの……」 気付けば、先ほど僅かに感じた年相応の様子がなくなっていた。 「…………まえもいまも……いっしょ…………なにもかわらないの」 ただ、それだけを言って愛奈は黙る。 正樹が彼女の相手をしている間、優斗達は相談を始めた。 「副長、ビスさん。どうでしたか?」 「申し訳ありませんが……昨日以上の情報は得られませんでした」 「似たような情報は得られたんだけど、やっぱりあの子の気持ちが分からないんだ」 「……そうですか。僕も今日、ジャルと話したんですけど知ることは出来ませんでした」 あと少し踏み込めばよかったのだろうが、予想外の展開になってしまって無理だった。 「先ほど、地の下級精霊を見せた時は少し年相応の反応を見れたので、もしかしたらとは思ったんですけど……。今はまた元通りですね」 未だに愛奈がどう思っているのか伝わってこない。 と、ダンディが不意に気になった。 「下級精霊も姿を見れるのか?」 「僕の特権のようなものだと思ってください」 「ふむ、ユウト殿ならではか」 「そういうことです」 ダンディの疑問で話が逸れた。 が、副長がすぐに修正する。 「フィンドの勇者も良い情報は得られなかったようですね」 「さすがに昨日、今日の二日間じゃフィンドの勇者でも難しいですよ」 副長とビスが無理だった。 ということは聞き込みだけの正樹だと、さらに厳しいものがある。 「だが先ほど娘っ子が言ったことだが、少なくとも『何一つ希望を持っていない』と儂は感じた」 ダンディの感想に同感だと三人も頷く。 「前も今も、ということは長らくあの状況が続いていたのでしょう。もしかしたら召喚する前からそうだったのかもしれません」 副長が僅かばかりに悲しそうな雰囲気になった。 だからこそ希望も期待も羨望も持っていない。 「……なんというか、状況としても心境としても昔の僕と少し似ている気がします」 優斗が昔のことを思い出しながら言う。 感情を無くして生きていること。 考えることをやめて過ごしていくこと。 自分の意思を持っていないということ。 「…………」 伝えたいことが出来た。 優斗は愛奈に近付く。 正樹が色々と話しかけているが反応はない。 彼に断って、少しだけ黙ってもらう。 「お話をさせてもらうよ。だからちょっとでいい、僕の喋ったことを覚えていてほしい」 ベッドに座り、愛奈の両頬に軽く触れる。 「僕は昔、君と同じだったよ。考えることをやめて、感情を止めて、ただあるがままを受け入れてた。そうしないと『痛い』って叫びたくなるし、『どうして?』って怒りたくなるもんね」 だから現状を受け入れるために全てを止める。 感情も考えも何もかも。 「でもね、君が『痛い』って言ってくれないと誰も助けられないんだ」 自分はしなかった。 もちろん、したところで意味はなかっただろう。 しかし自分は特殊事情すぎるだけだ。 だから同じ境遇だろうと、同じ耐え方をしていようと同じ道に進んでほしくない。 似ているからこそ、余計にそう思う。 「もちろん言うのは僕じゃなくてもいい。今じゃなくてもいい。けど僕達の他にも誰かが『助けたい』って言ってくれて、その時に助けてほしいって思ったら……その時は勇気を出して『助けて』って言ってほしい」 信用できる誰かが出来たのなら。 声を大にして言ってほしい。 「一緒にいる人が怖いかもしれないけど、それでも立ち向かって『嫌だ』って言えるくらいに『頑張る』って約束してほしい」 優斗は愛奈の頭を軽く撫でる。 けれど反応は示さず、愛奈はポスっとベッドの上に横になった。 さすがに時間も時間。 子供は眠いだろう。 ただ、優斗が言い終えてから横になったということは、少しばかりは聞いてくれていた……と思いたい。 優斗は愛奈に毛布をかける。 「すみません。何かしら引き出せるかなって思ったんですけど寝ちゃったんで」 「いえ、ユウト様の気持ちは伝わったと信じましょう」 副長は真剣な表情になって皆に告げる。 「明日、最終的な判断は私がします」 緊張が全員に走った。 「確実なる正当性を示せない以上、保護ではなく誘拐になってしまいます。故に助けると私が判断した場合、全ての責任は私にあります」 暗に自分が罪を被ると言っている。 正樹が反論しようとするが、視線で副長が黙らせた。 「騎士とは護る者です。それが他国の市民だろうと王族だろうと勇者だろうと変わりません。私はリライト近衛騎士団副長として、責を逃れるつもりは毛頭ありません」 副長は立ち上がる。 「明日は戦闘になるかもしれません。今日はゆっくりと休んでください」 ◇ ◇ 明け方。 愛奈が目を覚ます。 起き上がろうとして、 「……?」 隣に誰かがいることに気付く。 「…………」 優斗が同じベッドで眠っていた。 彼の顔を見て、起き上がることをやめる。 「……」 昨日の話を思い出した。 「……やく……そく」 寝る前に言われたこと。 それだけは頭に残っていた。 もう一度、まじまじと愛奈は優斗を見る。 「…………」 お風呂に入れてくれた。 髪の毛を洗ってくれた。 身体も洗ってくれた。 ちっちゃくて可愛いものも見せてくれた。 さらに自分と一緒に寝てくれている。 「…………」 少しだけ考えて、優斗の右手の小指に自分の小指を絡める。 「…………っ」 そして愛奈は部屋を出た。