そういえば、と思う。 今まで出掛ける時には基本的に仲間の誰かがいたけれど、今回は初めて仲間以外と出る。 知り合いの顔があるのはいいけれど、何か問題が起きても解決しようという気にはならない。 つまりは、 ――この状況、面倒。 ◇ ◇ それは数時間前のことだった。 「エル=サイプ=グルコント。リライト近衛騎士団副長です」 「ビス・カルト。副長の部下だよ」 「ユウト・ミヤガワ。学院二年生です」 「キリア・フィオーレ。学院一年よ」 学院の行事で出掛けることになった人達と、馬車の中で自己紹介をする。 優斗にとっては二人ほど顔見知りだったので、幾分か気は楽になる。 「これって、国家間の交流の一つなんですよね?」 優斗が副長に訊いてみる。 今回出掛ける理由としては国家交流の一環……らしい。 「その通りです」 「けれど何をするのかは決まっていない、と?」 「はい。訓練するも良し、試合するも良し、仲良く話すも良し、ということです」 行った先で集まった同士で決めろ、とのこと。 優斗的には何故こんなのでまかり通っているのかが謎。 「ただしやって来るメンバーがメンバーなので、大抵は訓練や勝負事になりますが」 「問題が起こったりはしないんですか?」 「五、六年に一度は大事になると言われていますね」 「ちなみに前回、大事になったのは?」 「五年前です」 平然と答える副長。 「…………マジか」 優斗はなぜ、ここにクリスや卓也がいないのかと思う。 いてくれたなら自分が今、抱いた気持ちを共有してくれるというのに。 「場を乱す者がいれば、秩序を作る者もいる。案外上手くいっているらしいので、特に代替案はないそうです」 「……乱す者もいるんですよね?」 「はい」 平然と言わないでください、と叫びたくなる。 展開が読める。 今まで以上に余裕で“何かある”と分かる。 軽く泣きたくなった。 「強い人とかも来るんですよね!?」 そんな優斗の気持ちなど露知らず、テンション上げっぱなしでキリアが副長に尋ねる。 「私が知っている限りでは神話魔法の使い手が一人、記載されていました。来るかどうかは別問題ですが」 「やった! じゃあ、次の質問です。リライトのように学生が来ることはあるんですか?」 「いえ、国によります。ギルドの腕が立つ人物に依頼する場合もあるそうです。ただ交流が第一の目的となっていますから、リライトは交流による若年層の見聞を広げる名目で学生二人を選んでいます」 三年は就職があるので、選ばれるのは二年と一年。 そこに今度は優斗が疑問を挟んだ。 「リライトは毎年、律儀に近衛騎士と学生を選んでいるんですか?」 「大国だからこそ適当に選んでいいわけではありませんから。それに選出方法を毎回変えるよりは、どのような者達を選ぶのか決めてしまっているほうが選出も楽なのでしょう。故に学生は成績優秀者が向かうことになっております。一昨年はレイナが行きましたし、昨年はクリスト様も行っています。今年の1年生はラスター・オルグランスとキリア・フィオーレで悩んだらしいのですが、ラスター・オルグランスは闘技大会にも行っていますしキリア・フィオーレの熱意に負けた結果と聞いております」 「僕はどうなんですか? 優等生は演じてますけど最優秀ってわけじゃないですよ」 「さすがに闘技大会の優勝メンバーを連れて行かないのは不味いだろう、というのが学院の判断らしいです」 ああ、なるほどと思った。 ラスターが行ければ自分じゃなかったが、ラスターが行けなかったので自分が選ばれたということだ。 「それで、どうして行きはゆったりと行くんですか?」 二日を掛けて現場へと向かう。 帰りは速攻で帰るのに。 「基本的には見知らぬ者同士で向かうので、馬車の中で仲良くなれという……まあ、通例のようなものです」 「なるほど」 優斗は頷く。 けれど、明らかに一人だけ会話に参加していないのがいる。 「…………」 副長の部下のビスだけがずっと優斗を睨んでる。 とりあえず優斗は愛想笑いをして、 「あの、ビスさん?」 「何だい?」 とりつく島もないくらいにブスッとしながら返事をされた。 「初対面……ですよね?」 「そうだよ」 舌打ちでもしそうな雰囲気だ。 と、なれば。 「ビス」 優斗&フィオナのファンクラブ会長として黙っていられないのがいらっしゃる。 「ユウト様の何が気に入らないのかは分かりませんが、そのような態度を取るのならば帰って結構」 いきなり険呑な雰囲気が馬車を包んだ。 「彼は学生です。仮にも近衛騎士団の副長ともあろう者が学生に様付けなど嘆かわしい」 「私はユウト様を崇拝しています。様付け以外などありえません」 「貴女は貴族なのですから平民に対してやめてください」 「ユウト様が平民だろうと何だろうと私はユウト様を崇拝しています」 「これのどこがよろしいのですか!?」 ビスが優斗を指差す。 優斗としてはもう、思うことは一つ。 ――最初っから訳も分からず勝手に巻き込んで修羅場るなよ! なんでよく知りもしない相手から話題の中心にされたあげく、怨敵を見るような目つきをされなければならない。 しかも、さらに空気をあえて読まないキリアが飛び込む。 「あっ、もしかして副長は先輩が好きなんですか?」 確実に面白がっているキリア。 ――ああ、もう余計なことを言うな!! 始めの一歩から踏み外してる惨状に嘆きたくなる。 けれど優斗の内心など露知らず、副長は淡々と説明し始めた。 「私は会長なだけです」 「何の?」 「ユウト様&フィオナ様ファンクラブのです。つまりユウト様もフィオナ様も崇拝しているのに、好きだの何だのと不愉快なだけです。私の感情はそんなものを超越しています」 堂々と副長が答える……のだが、代わりに優斗が頭を抱える。 ――真面目な顔して頭のネジをすっ飛ばさないでください!! 修や和泉じゃないから頭を叩けないのが惜しい。 「まあ、確かに数ヶ月前に父から受けた話の一つとして結婚はいかがでしょうか、と窺ったことはあります。ですが、当時の私は愚かとしか言い様がありません」 過去最大の失態をしてしまった、とかぶりを振る副長。 けれど優斗としてはこの状況でその話題を持ち出すのが大いに失態だと罵りたい。 「例えば私のせいでお二人が万が一……いえ、億が一……いえ、兆が一の確率でユウト様とフィオナ様が別れたとしましょう」 自分が原因となったとしよう。 「そうなってしまったら私は腹を切ります」 副長は至極真面目。 ビックリするくらいに真面目。 冗談はない。 また副長とビスがにらみ合う。 トントン、とキリアが優斗の肩を叩いた。 こそこそと話しかけてくる。 「何やったら副長がこうなったの?」 「元々副長が僕とフィオナのファンだと言っていた。副長が闘技大会出場者兼学生の引率。大会で僕がやったこと。以下略」 「大体は分かったわ」 要するに現場を生で見たのだろう。 「じゃあビスって人は?」 「さっき言ったけど、初対面」 「だったら何で睨まれてるのよ」 現状は副長と睨み合っているが、ビスの方に嫌悪の感情は見えない。 優斗とキリア、同時に察しが付いた。 「……もしかしてビスさんはマジで副長に惚れてる?」 「もしそうだとしたら、惚れてる相手が『ユウト様ユウト様』言ってるんだもの。機嫌も悪くなるわね」 「……僕の所為じゃなくない?」 「先輩が原因なんだから仕方ないと思うしかないんじゃない?」 「……本人の与り知らないところで勝手にやっててほしい」 「仲裁しないの?」 「死ぬほど面倒だし、何を仲裁しろと? ビスさんが勝手に暴走して副長がビスさんの様子にキレてるんだよ。僕が手を出したら悪化すること間違いないし」 ◇ ◇ と、思っていたのだけれど、一回目の休憩で……なぜかビスに副長とキリアから離れた場所に引っ張り込まれた。 逃げたいが、そうもいかない。 「あの……何か?」 「君と副長はどういう関係だい?」 「……はっ?」 関係なんて言われても、自称ファンクラブ会長と自分の関係性なんてよく分からない。 端的に示すなら顔見知りの騎士と学生。 「どんな、と言われましても……知り合いです」 「ならどうして副長が君のファンクラブの会長などやっているんだい?」 「本人に訊いてくださいよ」 「君もあれなのだろう? 副長に結婚をしてくれと言われてまんざらじゃなかったのだろう? そして副長を妻に迎えたくなった。違うかい?」 「馬鹿を言わないでください」 一刀両断する。 軽く鼻で笑った。 「僕には世界一愛している妻がいます。冗談でも二度と耳にしたくありません。勝手な憶測で物を言わないでください」 「……し、しかしだね、副長ほどの綺麗な女性ならば浮気するという線も――」 「はっ、馬鹿らしいですね。僕の妻は僕の中で世界一可愛くて綺麗で性格も最高です。こと恋愛という点に関しては彼女以外の世界全てが論外、塵芥に等しいです。浮気? 論外も論外ですよ。そんな単語が僕の中に産まれただけで、僕は崖の上から身投げします。前に副長に『結婚はいかがですか?』なんて言われた時だって妻に脇腹抓られるし、嫉妬されるし……。いや、まあ、嫉妬する姿も非常に可愛いんですよ。なんていうかこう、叫びたくなるくらいに抱きしめたくなるんです。行動の一つ一つがこう、僕のツボを押さえてるっていうか……。でも素直に甘えてくる時も最高ですね。可愛すぎて暴れたくなります」 ずらずらと一息にまくし立てる優斗。 睨んでいたはずのビスが軽く引いた。 「あの……」 「あっ、でもフィオナが超絶に最強に綺麗で可愛いからって手を出したら誰であろうと殺しますからね」 にこやかな笑顔でノロケと物騒な単語が出てきた。 「…………話を戻していいかい?」 「どうぞ」 優斗が促す。 ビスは先ほどのノロケで少し冷静になったのか、話を纏める。 「つまり君には妻がいる、と」 「そうですね」 「君は副長に対して思うところはない。そうかい?」 「間違いありません」 「しかし副長は君に熱を上げている」 「あんなの、どっかの舞台の役者と同じ扱いですよ。ビスさんだって団長とか尊敬している人がいるでしょう? それと同じですし、最初から副長だって恋愛感情ないって言ってるじゃないですか。副長は妻がいる男を奪おうとする女性じゃないと思います」 仮にも近衛騎士団。 不義理な動機で優斗に近付くわけもない。 「……確かに」 基本的なことを忘れていた。 「というか副長の部下なら僕のこと、知ってるんじゃないんですか?」 「……君のこと?」 「いつも副長からは『ユウト様』と聞いてるから繋がらないかもしれませんが『ユウト=フィーア=ミヤガワ』って言ったら分かりますか?」 ビスが頭の中から該当する単語を探す。 「……あっ。あれか! 異世界の客人!」 納得するように頷いた。 「そうです。何で『異世界の客人、宮川優斗』と副長がファンだの何だのと言っている『ユウト様』が同一人物じゃないと思っていたのかは知りませんが、ちゃんと同一人物です」 そして心の中で叫ぶ。 ――気付けよ!! あの副長があれこれ言ってるんだから、普通な人間なわけがなし。『ユウト』とか出た時点で気付け。 面倒事も終わり、馬車の近くまで戻ってくると息を切らせたキリアがいた。 すぐ近くには剣を持った副長もいる。 「話を終わられたのですか?」 「終わりましたよ。だから副長も喧嘩売らないでください」 あらかじめ優斗が注意しておく。 「し、しかしですね」 納得いかないのか、副長が反論しようとする。 なので優斗は言いたくないけれど、確実に効果のある一撃を口にする。 「喧嘩売ったら会長の地位、クレアさんに譲りますからね」 案の定、副長が青ざめた。 「……な、ならば仕方ありません。許します」 こんなことで許すのもどうかと思うが……というか心底アホらしいが、それでも許しは出た。 副長の言質を取ったことで一緒に戻ってきたビスも一安心する。 「キリアさんは副長に稽古をつけてもらってたんだ」 「近衛騎士団の副長がいるんだから、稽古をつけてもらわないなんてもったいないわよ」 と、キリアは言い切ったところで、 「あれ? ふと気になったんだけど先輩と副長ってどっちが強い……って決まってるわね」 問いかけようとして自己完結する。 大国リライトの近衛騎士団副長も名高い人物ではあるが、この男はもっと酷い。 「いや、前にやったことあるけど、僕の負――」 「あんなものは無効です」 優斗が言い終わる前に副長が否定した。 「いえ、負けです」 「無効です」 「負けですってば」 「だから無効です」 変な諍いに発展した。 とりあえずキリアは訊いてみる。 「……何やったのよ?」 「木刀勝負」 「それでどうして勝負が着かないの?」 「僕が木刀折られたから負けだって言ってるのに、副長が認めてくれないだけ」 「……木刀が折れるってなに?」 まずそこが謎だ。 「一撃必殺かまして折られた」 「……先輩って魔法と精霊術がメインなのよね?」 「うん」 優斗が素直に頷いた。 「……うん、って普通に…………、ああ、もういいわ」 キリアはあれこれ言おうと思ったが、全て呑み込む。 とりあえず、剣技も異常なんだと決めつける。 「後で先輩も稽古つけてね。この五日間でラスター君を引き離すつもりなんだから」 「はいはい」 ◇ ◇ 夕暮れ、二回目の休憩。 というわけで、 「ユウト様と一緒に戦うのは初めてですね」 タッグ戦をやることになった。 じゃんけんで決めたペアは優斗と副長、キリアとビス。 「私とユウト様が組むので、魔法は使いません。さらに制限時間は20秒。それまでに我々が倒せなければ貴方達の勝ちということにします。ビスとキリア・フィオーレは20秒を全力で防ぎきってください。何をやっても構いません」 「攻めたら駄目なんですか?」 キリアが挙手して尋ねる。 「攻めることが出来るのなら、攻めてきなさい」 とりあえずキリアとビスは視線で会話する。 ビスが優斗を示すが、キリアは首を横に振る。 未だ全力なんて見たことがないし、副長も先ほど圧倒的な実力を知らされたばかり。 シャレになってない、このコンビ。 「では始めるとしましょう」 優斗はショートソードを。 副長は剣を抜く。 「行くよ」 「行きます」 宣言と共に飛び込んでくる二人。 キリアとビスは彼らと10メートルの間を取っていたが、僅か二秒弱で距離を副長に潰される。 飛び込みながらの上段振り下ろしにビスは反応して防ぐが、優斗が横を通り抜け際にビスに蹴りをかました。 ビスも読んではいたが、予想よりも強かった真横からの衝撃に10センチほど身体が右にずれる。 思わず右足で踏ん張るビスだが、その僅かな隙を逃す副長ではない。 しゃがみ、ビスの右足を己の右足で思い切り刈り取るように蹴った。 後は倒れた彼の首筋に剣を突きつけて終了。 優斗はビスに蹴りをかました反動で方向転換、キリアに斬りかかる。 キリアは最初、詠唱を唱えようとしていたが飛び込みの早さにキャンセル。 代わりに詠唱破棄での初級魔法を使おうとしても間に合わない。 さくっと首筋にショートソードを添えられ、こっちの勝負も終了。 「何度も言ってるよね? 考えて魔法を使えってさ」 優斗はペシっとキリアの頭を叩く。 「……二人してビスさんの方に行ってたんだから唱える余裕あると思うじゃない」 「だとしたら斬りかかられてもショートソードで捌いてちゃんと唱えきる。詠唱は中途半端が一番いけない」 「……分かったわよ」 ムスっとしながらもキリアは頷く。 副長もビスに指摘を行っていたようだが、どうやら終わったようだ。 「今日はここでキャンプとしましょう。もう夕暮れですから」 ◇ ◇ 四人でパンを食べながら談笑する。 「薄々と気付いてはいましたが、キリア・フィオーレもユウト様のことを知っているのですね」 「ミエスタの女王とラスターにバラされたんで」 「あんなの気付くなっていうほうが無理よ」 分かり易すぎる。 というかは、ラスターが嘘をつけない性格だというのが幸いした。 「先輩が大物っていうのはいまいち実感できないけど」 「実感しなくていいよ。大物のフリなんてやりたくない」 「もっと偉ぶっても罰は当たらなそうなのに」 せっかく大魔法士と呼ばれているのだから。 「でも、今回の交流って結構凄い交流よね。先輩に加えて6将魔法士の誰かが来るかもしれないなんて相当よ」 「……6将魔法士ねぇ」 あまり興味なさげに優斗が繰り返した。 「先輩、知らないの?」 「その名称を聞いたことはあるけど、実際は何なのか知らない」 優斗としては『何そのRPGみたいな人達』で終わった。 というか詳しく知ったら後々、ご厄介になりそうな気がしたから知りたくなかった。 「6将魔法士っていうのは『セリアール』で神話魔法を使える魔法士のこと」 「へぇ~」 「戦闘主体のギルドパーティや兵士にとっては憧れの存在ってわけ。一般人でも名称ぐらいは当然、聞いたことあるわよ」 「要するに凄い人達なんだね」 「……興味ないの?」 いちいち反応が薄い。 たぶん……というか絶対に興味ない。 「いや、だって関わらないと思うし……」 「そんなこと言ったって大物よ大物。サインとか貰ったら喜ぶ子供だっているわよ」 神話魔法を使えるなんて、それだけで憧れる。 けれどキリアの話を聞いて副長が何か思い付いたような表情をした。 目敏く優斗が気付く。 「……副長? なにを『あっ』みたいな顔をしてるんですか?」 嫌な予感しかしないが、あえて尋ねる。 「いえ、ユウト様からサインをいただ――」 「書きませんよ」 表情の変化に乏しい副長ではあるが、あからさまに落ち込んだ表情をさせた。 ビスが副長の様子を見て取りなす。 「まあまあ、サインぐらいはいいじゃないか」 怨敵じゃないと分かったからなのか、ビスは非常に友好的だ。 本来はこっちがビスの姿なのだろうが、優斗としては数時間前とのギャップに未だ違和感を覚える。 「ビスさん。近衛騎士団の副長ともあろう御方が学生からサインを貰おうとしている図は笑えません」 「先輩はただの学生じゃないんだからいいじゃない」 思わずキリアが突っ込んだ。 「あのね、学生という身分があるんだから調子乗ってサインとか書いてたら端から見ても嫌でしょ」 「先輩ぐらいとっぱずれてたら別に思わないわね」 断言したキリアに、思わず優斗も言葉に詰まる。 「お願いできないかい?」 だめ押しとばかりにビスがお願いをしてきて、 「ユウト様……」 副長が期待のまなざしを向ける。 「…………」 三者三様、優斗にサインを書けと言ってくる。 「…………っ」 しかも副長のまなざしがとても厄介。 普段の冷静な表情と違って、子供っぽい。 凄く純粋な視線が優斗を見ている。 「……一枚だけですよ」 優斗が根負けした。 「で、ではっ! お願いします!」 喜び勇んで副長が用紙とペンを優斗に差し出す。 「……サインって普通に名前を書けばいいんですよね?」 「出来れば“エルへ 大魔法士ユウト=フィーア=ミヤガワ”と書いていただけると」 「……分かりました」 なんかもう『大魔法士』というのを否定したところで副長から「そんなことはありません」と逆に否定されるだろうし、無駄なことはしないで言われるがままに用紙にペンを踊らせる。 「これでいいですか?」 しっかりとサインを書いた用紙を副長に渡した。 副長は馬車の中から箱を取り出して丁寧に保存する。 「家宝にします」 「勘弁してください」 恥ずかしすぎて死ぬ。 時間が経って落ち着き、いつもの表情に戻った副長にキリアは訊いてみたいことが出来た。 「副長ってどうして先輩のファンになったんですか?」 「正確にはユウト様とフィオナ様のファンです」 そこを間違えてはいけない。 「フィオナ先輩って先輩の婚約者よね?」 「国内だとね。国外だと色々と面倒事もあって妻ってことになってるから気を付けといて」 「……? まあ、よく分からないけど分かったわ」 色々ある、と言っていたからまさしくそうなのだろう。 切り替えて再び副長に尋ねる。 「何で二人のファンになったんですか?」 「元々は学生闘技大会の時にAランクの魔物、カルマを事も無げに倒したことで興味を持たせていただいたのですが、さらにはシルドラゴンや黒竜の撃破。暗殺未遂の解決などを聞かされればファンになるのもおかしくはないと思います。フィオナ様はユウト様を除けばリライト最強の精霊術士です。加えてあの美貌であればこそファンになるには時間がかかりませんでしたね」 さらに龍神の両親なのだから。 ファンになるな、というほうが不可能。 「先輩、たくさん変なことやってるのね」 「……そこは否定できないかな」 無理だ。 自分でも色々とやらかしたと思っている。 「じゃあ、もしかして集まる中で一番の大物って先輩?」 「当然です。ユウト様が身分を明かして今回の交流に行っているのなら、6将魔法士だろうと王族だろうとユウト様より格下です」 「王族も?」 「特に宗教色の強い国はそうですね。龍神と精霊を崇拝しているミラージュ聖国などはユウト様を『大魔法士』として崇めています。ミラージュ王がユウト様に土下座したという話は我々の中では有名ですから」 「……何をさせてんのよ」 半眼になるキリア。 だが優斗も嘆息する。 「あれは息子のマゴス様がやったことをミラージュ王が焦って、慌てて土下座してきたんだよ。僕はあの時ほど焦って逃げ出したくなった時はない」 だからミラージュ聖国には、もう行きたくないというのが本音。 キリアはため息をつきながらも納得はした。 「とりあえず副長が言いたいことは分かりました」 「理解できたのならよろしい。キリア・フィオーレもユウト様に稽古を付けてもらえることを感謝しなさい。セリアール史に名を残す人物ですから、ユウト様は」 なぜか副長が嬉しそうに語る。 キリアは平々凡々としている優斗に、 「……先輩、やっぱり威厳っていうのをもう少し出さない?」 「ごめん、それ無理」