準決勝二試合目。 ライカールとファルタの試合を観戦する……が、 「これは……」 副長が眉をしかめる。 「……うわ、えげつないね」 「惨いことをする」 「酷い有様だ」 「何ということだ!」 「やり過ぎですね」 ある意味、想像以上の光景が繰り広げられていた。 フィオナとクレアには刺激が強すぎるので、見せないようにしている。 「剣士が……いや、騎士か。騎士が腕を切り落とす。精霊術士は溺死寸前まで。魔法士は焼死寸前……か」 優斗が冷静に観察する。 観客が幾人も吐き気を催していて、スプラッタ映画顔負けの状況だ。 「審判が止めなければ、確実に死んでいただろうな」 レイナが舌打ちをした。 「とりあえず、控え室に戻りましょう」 副長の合図で全員が観戦席から立ち上がる。 「自分はクレアと飲み物を取りに行きます」 「俺も一緒に行こう」 「オレも行く」 「僕はトイレ行ってから戻るよ」 「私は少々の食べ物を買ってから戻る」 和泉、クリス、クレア、ラスターが一人二つのコップを持ちながら歩く。 「いやはや、次の試合は大変なことになりそうですね」 クリスが冷静に状況を察する。 相手が相手だ。 盛り上がるかもしれないが、一つ間違えれば大惨事になる。 「怖い人達なので、無理はしないでほしいです」 クレアが心配そうにして、 「信じるしかないだろう。優斗とレイナを」 和泉は普段と変わらずに言ってのける。 そして、 「ふん。オレがいるから問題はない」 自信満々に言い放つラスター。 こいつは本当に変わらないと和泉とクリスが内心で苦笑する。 と、その時だった。 向かいから歩いてくる集団を避けようとして、通路の端による。 けれど寄った先に前を向いていない人がおり、図らずしてクレアとぶつかった。 「きゃっ」 手で持っていたコップからお茶が少し零れる。 そして零れた水滴は地面に落ち、跳ねて……集団の中央にいる女性の靴に一滴、かかった。 「す、すみません!」 クレアは水滴がかかってしまったのが見えたので、頭を下げて謝る。 頭を下げられた女性といえば、足下を見て、クレアを見て、 「ラファエロ」 告げた。 瞬間、傍らにいる一人の騎士が一投足に剣を抜いて横薙ぎ。 あまりに唐突な出来事にクレアも、和泉も、ラスターも反応できなかった。 反応できたのは、ただ一人。 「――ッ!」 甲高い金属音が通路に響く。 「しっかりと謝ったではありませんか。それとも他国の貴族と問題を起こすつもりでしょうか?」 クリスが睨み付ける。 鞘よりレイピアの刀身を半分出して受け止めていた。 「やるね~、色男。だが残念」 けれど続いて、女性の逆側にいた男がニヤニヤ笑うと手を前にかざした。 直後、豪風と同時に鎌鼬がクリスとクレアに襲いかかる。 「……ぐっ……!」 不意打ちだったが、クリスはかろうじてクレアを攻撃範囲内から押し出す。 けれど自身の防御はできず、五メートルほど吹き飛ばされてしまった。 体勢はすぐに立て直したが脇腹からは血がにじみ出ており、僅かに顔を顰めるクリス。 「クリス様!」 クレアが蒼白になりながらクリスの元へ向かう。 「貴様ら、何をする!!」 ラスターが剣を抜き放ち吠えた。 けれど命令した女性は平然と言い放つ。 「私が着飾っている靴に水滴が付いたのよ? 私の美を衰えさせた罪は重いわ」 「美?」 問いかける和泉に対して、女性はこともなげに言う。 「王族にして『学生最強の魔法士』である私の美を損なわせたのは罪よ」 「……はっ。30点だ」 和泉が鼻で笑う。 何が美だ。 外面だけが良いだけで『美』なんて言うわけがない。 「顔の作りは良いが性格がうざすぎる。王族というのはアリーみたいな性格がベスト、次いでツンデレだ。高慢ちきが過ぎる性格はテンプレを通り越して萌えるポイントがない。トータルで30点だ」 吐き捨てるように言ってやる。 だが、女性は屑でも見るような視線を和泉に向け、 「雑魚がうるさいわね」 風の中級魔法を和泉に叩き付けた。 「……い……つっ!」 同様に和泉も吹き飛ばされる。 「イズミ様!」 「イズミっ!」 クリスと近い場所まで和泉が飛ばされ、クレアとクリスが和泉の名を心配そうに叫ぶ。 「おいおい。オレにもっとやらせてくれよ」 「ジェガン。貴方は一人やったからいいじゃない」 攻撃を加えた男性と女性からは嘲るような笑いが広がる。 「貴様ら、ふざけるな!」 彼らの様子に怒りの炎が灯り、今にもラスターが斬りかかろうとする。 が、ここで声が響いた。 「何をしているっ!!」 凛とした声音。 思わず振り向いたラスターは、ほっとした声音を出す。 「レイナ先輩……」 彼女は和泉やクリスの様子を見て、前方にいる女性たちを睨み付ける。 「貴様らがやったのか?」 「私の靴に水滴を付けたのだから当然じゃない」 「……なんだと?」 不審げな視線をレイナが送る。 けれど女性は気にせず、 「そこの女を殺そうとしたんだけど、あの男が防いだものだから面倒なことになったのよ」 クレアとクリスを不快そうに見る。 レイナは彼女の言葉に眉をしかめ、 「貴様――いや、ライカール第2王女ナディア。リライトに喧嘩を売るつもりか?」 「私には当然の権利よ」 女性――ナディアはあくまで傲岸不遜だ。 「でも貴女。レイナってことはレイナ=ヴァイ=アクライト?」 「そうだ」 「へぇ。こいつがねぇ」 ジェガンと呼ばれた男がマジマジとレイナを見る。 「貴女、面倒そうなのよね」 ナディアが手を前に翳す。 「やる気か?」 レイナも剣に手を掛ける。 「貴女達が死にたいのなら構わないわ。どっちにしろ、あの女は殺すけど」 クレアを指さすナディア。 瞬間、痛みを耐えて立ち上がった和泉とクリスがクレアを庇うように前に立った。 「させるわけがない」 「させるはずないでしょう」 「見過ごすわけにはいかないな」 レイナも剣を鞘から解き放つ。 すると最後にもう一人、やってきた。 「みんな、どうしたの?」 いつも通りの様子で優斗が登場する。 だが、仲間に視線を向けると、 「何があってこうなった?」 視線と雰囲気を一変させた。 「また雑魚がぞろぞろと……うざいわね」 ナディアが嘆息する。 しかし彼女のことなど優斗はどうでもいい。 クリスから話を聞く。 「クレアが飲み物を零して水滴が一滴、彼女の靴にかかったんです。クレアは謝ったのですが問答無用で殺そうとしてきまして」 「それで、この状況か」 優斗も話を聞き終えると、ナディア達を睨み付ける。 「……すごく面倒。全員、ここで殺しちゃったほうがいいかしら?」 「国際問題にでもする気か?」 怒り渦巻く胸中を抑え、レイナがかろうじて冷静な言葉を返す。 「どうでもいいわよ。高貴なる私の美を損ね、気分を害したのだから全員死になさい」 「貴様に権利があるとでも?」 「あるわよ。血筋も美も実力も全てを兼ね備えている私に許されないことはないわ」 「ふざけたことを」 「ふざけてないわ。だったら、貴女たちの大切な人も全員殺してあげるわ」 決めた、と言わんばかりのナディアにレイナが怒号する。 「やってみろッ!」 レイナもラスターもクリスも、今にも斬りかかろうとした……瞬間だった。 「ストップ。皆、控え室に戻ろうか」 優斗の声が通路に響いた。 あまりにも絶妙なタイミングで、動こうとした足が双方とも完全に止まった。 「レイナさんもラスターもクリスも剣を収めて」 「なっ!? ユウ――」 「収めろ」 レイナは反論しようとしたが、優斗の眼光を真に受けて剣を収める。 決して優斗は恐れて自分達に剣を収めさせたのではない。 ピリピリとした空気が、優斗が怒っていることを示している。 こういう優斗がすごすご逃げるはずもない。 むしろ一番の過激派だ。 問答無用で相手を壊滅させてもおかしくない。 にも関わらず、剣を収めろということは“ここでやるべきではない”と。 暗に言っていた。 和泉とクリスとレイナは優斗の意を汲み取ると、クレア達の背を押すように通路を歩く。 「戻るぞ」 レイナが皆を促した。 「許可した覚えはないわ」 ナディアが命令するが、レイナは無視する。 クレアがビクッと身体を震わせたが、クリスが抱えるように連れて行く。 優斗は一人、彼らと相対する。 「すみませんが、あと一時間後には決勝です。決着はそこですればいいですし、クレアさんがしたことは謝ったのでこちらにはすでに非がありません。それに大会運営の方々がやって来ましたので、以降は強制的に止められること必須です」 ただの通路でこれはやり過ぎだ。 ぞくぞくと野次馬が集まってきている。 「それでは」 踵を返して優斗も歩き始める。 「おい、待てよ」 けれどお構いなしに精霊術士――ジェガンが火の精霊術を使った。 「――ったく」 優斗は舌打ちすると、振り向きもせずに同様の威力、同様の火の精霊術をぶつけて相殺させた。 「あら」 「おっ」 「…………」 少し驚いた表情を浮かべたライカールのメンバーに優斗は首だけを振り向かせると、 「今度こそ失礼します」 告げて控え室へと戻っていった。 優斗が控え室に戻ると傷ついた和泉とクリスは副長に治療魔法を掛けられていた。 なのでゆっくりとした調子で椅子に座ると開口一番、ラスターが大声で怒鳴ってくる。 「ミヤガワ、なぜ止めた!? 貴様はあれほど言われて良いというのか!?」 「あの場でやったところで意味がない。下手したら両方棄権扱いされて決勝どころじゃなくなったんだし、レイナさんも本望じゃない」 「ああ、助かった」 自分を律しきることができなかった。 反省すべきだな、とレイナは思う。 「だが貴様は友人が傷つけられて、どうしてそこまで平然としていられる!!」 「……平然?」 続いたラスターの言葉に、優斗は嘲るような声音を出した。 「面白い冗談だ」 「……なっ!?」 突如、さらに雰囲気の変わった優斗にラスターが驚愕する。 当然だった。 ――冗談じゃない。 平然としているわけがない。 だれが平然としていられるものか。 「決勝の舞台で叩き潰すと決めた」 毛虫を潰すように親友を傷つけた。 許すはずもない。 万死に値する。 「大勢の観衆の前で潰す。完膚無きまでに」 先程よりも張り詰めた空気が控え室に満ちてクレアが少し脅えた。 その時、 「優斗さん、落ち着いてください」 フィオナが隣にやって来て、優斗の手を取った。 「気持ちは分かりますけど、少し落ち着いてください」 ぎゅっと。 包み込むように手を握る。 たちまち、控え室の張り詰めた空気が霧散する。 「……ありがとう」 感謝する優斗にフィオナは軽く微笑んだ。 「しかし現実問題、彼らは実力も性格も今までの対戦相手とは明らかに違います」 やっと落ち着いて話せる空気になったところで、副長が口を出す。 「あくまで『試合』が前提なら勝ち目は多いにあります。ですが向こうは殺すことに躊躇しません。しかも今回で因縁が着きました。確実に殺しに来ることでしょう」 話を聞いただけだが、おそらくは殺すことを厭わない連中だ。 しかも大会中、不慮の事故として片付けられるだろう。 「全員、命が危うくなったら棄権をしなさい。これは命令です」 「しかし副長!」 ラスターが反論しようとする。 「申し訳ありませんが、私には優勝よりも貴方たちの命のほうが大切です」 優先順位は優勝じゃない。 「いくら霊薬があるとはいえ、蘇らせるには限度があるのですから」 副長の言葉に……ラスターもさすがに押し黙った。 それからは試合開始前まで、無言の時間になった。 けれど15分前となったところで、副長が立ち上がる。 「15分前になりましたね。最後に皆さん、輪になってください」 彼女の発言は今までの予選、トーナメントを通して試合前に言わなかったこと。 誰もが首を捻ったが指示された通り輪になって集まる。 「手を前に出して」 素直に全員が右手を前に出す。 「一人ずつ、メッセージを」 驚く様相の皆に副長は告げる。 「最後の闘いです。こういうのもいいでしょう?」 僅かに微笑みを浮かべた副長に、全員が頷いた。 まずはフィオナから想いを口にする。 「私はただ、無事を信じています。できれば怪我無く帰ってきてください」 無論、一番心配してしまうのは優斗だが、レイナもラスターも無事に戻ってきて欲しい。 次いで和泉。 「今更に何かを言うことはない。信じている。そしてお前らが勝つところを見させてもらおう」 いつも通りの口調で話す。 さらにはクレア。 「あ、あの……わたくしのせいで皆さんに迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません」 ペコペコ頭を下げるクレアに、誰もが気にするなと声を掛ける。 「死なないでください。それだけが私の願いです」 自分の責任で問題になってしまったからこそ、皆には死なないでほしい。 そして隣、クリス。 「婚前旅行でこんなことになるとは思っていなかったのと、イズミがふざけずに終始真面目ということで違和感全開なのが気になる今日この頃なのですが……」 苦笑するクリス。 優斗、和泉、フィオナ、レイナが笑った。 「皆さんが勝ってくれれば、忘れられない最高の思い出になります。頼みましたよ、親友」 優斗を見るクリスに彼は一つ、頷いた。 五番目は副長。 「先ほどはあのように言いましたが、それでも願うことを許されるなら……」 彼らの無事以外に願っていいのだとしたら。 「勝ってください。ああいった手合いに優勝させないでください」 騎士として、武人としての誇りが汚れる。 ラスターは副長に大きく頷く。 「クソみたいな連中に勝たせるわけにはいかない! 叩っ切ってやる」 誰もがお前じゃ無理、とは思ったが威勢だけは誰もが買っていた。 笑いながら優斗が続ける。 「ハッピーエンド至上主義者は、結構傲慢なんだ」 誰も欠けさせないし、何も失わせない。 「今回もハッピーエンドにするよ。例え何をしようともね」 決意の優斗の言葉。 レイナは頼もしさを感じながら、最後の言葉を口にする。 「私は一昨年も去年も優勝できなかった」 時の運の善し悪しではなく、実力で負けてきた。 「けれど今回、やっと手が届きそうなんだ」 特に傷つくこともなく、勝ち上がってこれた。 「良いメンバーに巡り会えたと思っている」 それは優斗とラスターに限ったことではない。 「師である副長が引率だったことは助かり、フィオナが予備選手とはいえ一緒に来てくれたことは嬉しかった。クリスとクレア、友人が見てくれているのは心強い。ラスターは……まあ、馬鹿さ加減には呆れるところはあるが、頑張っているしな」 あまりの物言いに笑い声が漏れる。 「ユウト。お前がいなければ私はこの実力になることはできなかった」 明確に目指すべき相手。 いつかはライバルと呼ばれたい相手――優斗と修。 「そしてイズミ。お前がいるから私は全力で戦えるんだ」 彼に対しては、これだけでいい。 本当はもっとたくさん、言いたいことはあるけれど。 自分と和泉には不要だ。 「もちろん結果はどうなるか分からない。負けてしまうかもしれないし、勝つかもしれない。内容も無残に負けるのか、それともどこかの誰かが無双するのか、全く予測がつかない」 未来は確定していない。 「けれど、どんな展開でも私は皆のために、自分のために喜んで剣を振るおう」 傷ついた友人のために。 願うべき目標のために。 「だから今、私が言うべきは一つ」 ずっと言い続けていた言葉を、今一度……声にしよう。 「優勝するぞ」