フィオナ達は最初にいた控え室で優斗たちを待つ。 すると、息一つ切らしていない優斗とレイナに軽く息が上がっているラスターが戻ってきた。 「お前ら、あれは軽いイジメにしか見えなかった」 和泉がくつくつと笑いながら彼らを出迎える。 「……そうか?」 レイナは首を捻り、 「僕は奇襲で打ち負かしただけだよ」 優斗は苦笑した。 「だからエグいんですよ」 クリスも同じように苦笑する。 勝負が終わったあとだと言うのに、軽口を叩きあっていた。 「優斗さん」 フィオナも優斗に近付くと軽く手を取り、 「怪我……ありませんよね?」 「見てたから分かると思うけど、怪我してないよ」 「これからも駄目ですからね、怪我なんてしたら」 なんか似たようなことをリライトの闘技大会の時もしたと、優斗は既視感に陥る。 けれど前回とは関係性がまるで違う。 素直に思っていることを口にすることが出来た。 「闘技大会なんだし、さすがに少しは了承してもらいたいんだけど」 「駄目です」 む~、とした上目遣いで優斗を見るフィオナ。 「あ~、その……」 さすがに困る優斗。 「レ、レイナさん。何とか言ってもらえません?」 「自分でどうにかしろ」 何とか助けを求めようとしたが、一刀両断された。 「貴様! フィオナ先輩に心配してもらっているんだ! 何が不満だ!?」 ラスターまで加わってきて面倒な事態になりそうだったが、副長が手を一度叩く。 乾いた音が響いて、全員が黙った。 そして副長に注目する。 「皆さん。まずは予選突破、おめでとうございます」 先ほどのやり取りなどなかったかのように副長が賛辞を述べ始める。 「優勝候補の一角を圧倒的実力を以て崩したことで、相対的に我々の評価は上がったことでしょう」 事前の予想を崩すというのはやはり心地が良いものだ。 「レイナ。貴女はよくやりました。このまま勝ち続けなさい」 「はい」 レイナが頷く。 「ユウト様。相手の不意を突き、実力を計らせることなく終わらせたのは感嘆に尽きます」 「ありがとうございます」 優斗は小さく頭を下げた。 「ラスター・オルグランス。貴方は実力的に負けていましたが、よく耐えました。しかし今回だけではなく、この大会を通じてやり通すことが重要です」 「了解です」 ラスターもさすがに素直に頷いた。 「では皆さん、この後は予選を観戦したあと――」 勝ち上がってきたチームの詳細を調べましょう、と副長が口にしようとした瞬間、フィオナが不意に声を発した。 「――えっ?」 ビクリと身体が跳ね、視線の方向が見えない闘技場のリングへと向かっていた。 「フィオナ、どうしたの?」 不審な行動に優斗が問う。 「……優斗さんは感じませんでしたか?」 そう言われても、優斗は何のことだか分からなかった。 とりあえずフィオナが向いている方向に注意してみる。 「………………」 壁に囲まれた場所にいる。 つまりは視界に入ることではなく、気配関係だろう。 ――ということは……。 少し集中して探ってみると、フィオナの言いたいことが把握できた。 「……ああ、なるほど」 「どうしたんだ?」 レイナが訊いてきた。 優斗はじらすようなことはせず、端的に答えた。 「精霊が死んだ」 「……どういうことでしょうか?」 クリスが首を捻る。 「強制的に精霊を扱い、命令と支配に耐えられなくなった精霊が死んだんだよ」 「……それは不味いような気がするんだが?」 和泉としてもこの世界の精霊について詳しく把握しているわけではないが、オーソドックスなゲームの世界なら優斗が説明した類の話は肯定的に取れない。 「いや、問題はないよ。精霊だって生き死にはある。あれ程度なら世界に何の影響も及ばさない」 優斗は答えながら誰がやったのかを考え、 「確か学生最強の精霊術士がいるんだったよね?」 「ああ」 レイナが首肯する。 「たぶん、そいつの仕業かな」 精霊を殺せるレベルとなると、そこそこの実力はあるはず。 「ユウトでも気付かなかったことをフィオナはよく気付いたな」 この化け物よりも早く察するとは。 思わずレイナが感嘆する。 「感知系はフィオナのほうが上だからね。おそらく、今の世の中で一番精霊に好かれているフィオナだからこそ気付けたんだよ」 龍神の母親であり、純粋な彼女だからこそ精霊に好かれている。 「……気分が悪いです」 フィオナが顔をしかめた。 身近に感じられる精霊が不当な死に追いやられれば、さすがに良い気持ちはしない。 「優斗、大精霊がそいつに召喚されたらどうなる?」 「さすがに大精霊を殺されたら不味いことにはなるけどね。でも、まず無理だよ。下位、中位の精霊ならまだしも大精霊は場にいないからこそ召喚しなければならないわけだし。そしてパラケルスス以外の大精霊の召喚に必要なのは強制でも支配でもなく合意だから。そいつが考えを改めないかぎりは召喚に応じることが無い」 とは言っても、だ。 「無論、例外はあるけどね」 「例外とは?」 「唯一大精霊を強制的支配下におけるのは精霊王――精霊の主たるパラケルススと契約者だけ」 二つの存在だけが例外。 優斗の話を聞くとレイナ、和泉、クリスが安堵した。 「ならば安心だ」 「焦らせるな」 「驚かせないでください」 三者三様で安心する。 けれどラスターは精霊の基礎は知っているものの、詳しくはないため疑問を呈す。 「レイナ先輩、しかしそいつが契約していたらどうするんですか? 学生最強の精霊術士と呼ばれているならば、僅かばかりでも可能性があるとは思います」 「ありえないな。ユウトが言っていただろう。パラケルススと契約できるのは一人だけだと。そしてもし、そいつがパラケルススと契約していたら『学生最強の精霊術士』ではなく『最強の精霊術士』と呼ばれているはずだ」 「……確かに」 レイナの説明に納得するラスター。 だが、あることに気付く。 キッと優斗を睨んだ。 「というか精霊術士でもない貴様がなぜフィオナ先輩が感じ取ったことを分かったように説明している! フィオナ先輩が感じたことと違っていてはどうするのだ!?」 瞬間、時が止まった。 副長とレイナは半眼。 和泉とフィオナは「何言ってるんだこいつは?」みたいな視線。 優斗は首を捻る。 「……言ってないの?」 優斗からではどうせ話を聞かないので、自分が外れての作戦会議のときに味方全員の詳細と実力をある程度は話したとレイナが言っていた。 てっきり精霊術のことも言っていたと思ったのだが、違ったのだろうか。 「いや、私が端的ではあるが言ったはずだが……」 「俺も会長が喋ったと記憶している」 「私もです」 「しかとレイナが説明していました」 全員が聞いていた。 つまりはラスターが“優斗の話題”というだけで理解することをシャットアウトしていたということであり、代表してレイナが一言。 「ど阿呆が」 「レ、レイナ先輩?」 直球の罵倒にラスターが慌てる。 レイナは手を額に当てながら、 「いいか、お前は阿呆だからしっかりと説明してやる」 ただ単に優斗が精霊術を使えると簡素に伝えたのが不味かったのだろう。 なのでしっかりはっきりフィオナという話題も交えつつ説明をする。 「フィオナがなぜ、リライトで精霊術の使い手として名高いのか知っているか?」 「リライトでは精霊術士の数があまりにも少なく、戦闘においては大した使い手がいないからです」 「そうだ。現に大精霊を召喚できることを知られていなかった時点でも、フィオナはリライトで名高い使い手だ。しかし、ならばどうやってフィオナはあれほどの精霊術を短期間で使えるようになった?」 「フィオナ先輩の才能です!」 断言するラスター。 まあ、間違ってはいない。 確かに間違ってはいないのだが。 「……フィオナに才能があったのは合っているが、違う。フィオナに精霊術を教えた先生がいたからだ」 だからこそ僅かな時間で大精霊すらも召喚できるほどの人物になった。 「そしてフィオナに精霊術を教えた人物こそユウトだ。だからユウトも精霊術を使えるんだ」 もちろん、優斗がどうやって精霊術を覚えてきたのかは……割愛できることだろう。 あとは独自の考えと基礎は調べて纏め上げ、フィオナでも扱えるように分かりやすく説明した、ということはレイナにも察しが付く。 「貴様ごときがフィオナ先輩に精霊術を教えただと?」 ラスターはレイナの説明を聞いたあと、優斗を一睨み。 「ふん。まあ、すぐにフィオナ先輩に抜かれて立つ瀬がなかったからこそ、今は使っていないのだろう」 まるで事実だと言わんばかりのラスターの言い草。 そこそこ強いのは認めてはいるが、あくまで優斗は自分よりも実力は下。 レイナよりもフィオナよりも下なのは当然だ。 「…………」 「…………」 傲慢不遜としか感じ取れないラスターの態度に、見て分かるほどキレそうなのが二人いる。 一人は言わずもがなフィオナ。 「優斗さん。私、怒っていいですか?」 「駄目だよ」 穏やかに優斗が止める。 これでも前よりはマシになっているので、むしろラスターは成長したなと優斗は逆に感慨深い。 「では私が斬りましょう」 けれどもう一人、キレそうなのが副長。 剣を抜こうとするのを和泉とレイナが止める。 「待て。引率者が何をしようとしている」 「副長。ここは抑えてください。ユウトは気にしていません」 どうどう、と馬を宥めるように扱う。 「そうですよ。僕なら気にしてませんから」 「しかしですね、ユウト様を貶されて何もしないというのは騎士の名折れとなります」 いや、むしろ優斗&フィオナのファンとしての名折れだ。 本当に憤慨した様子を見せる副長。 けれどもやはり、その姿を勘違いするのがラスターのラスター足る所以。 「貴様! 副長までも拐かすとはなんたる――ッ!」 「いい加減、黙ってください」 直後だった。 ラスターの首筋に手刀一閃、クリスがたたき込む。 そのまま崩れ落ちてうつぶせに倒れるラスター。 クリスはラスターの様子を確かめ、気絶以外には問題がないか確認し始める。 「…………マジで?」 「…………えっ、クリスさん?」 「…………ほう。さすがはクリスだ」 「…………珍しいことをするものだな」 「…………クリス様」 「…………良い角度ですね」 全員が驚く。 クリスはラスターの安全を確認し終えると、さわやかな笑顔を浮かべる。 「さすがにあれほど不用意に友人を貶されてはイラッとしましたので」 いや、にこやかにやることじゃないだろうとは誰もが思った。 けれども、王子系イケメンのさわやかな笑顔とやったことのギャップが妙に笑えてくる。 「……くっくっくっ。まさかクリスがこんなことをやるとは思わなかった」 一番クリスと接する時間の長かった和泉が耐えられないように笑い始めた。 「そうだな。まさかのクリスだ」 レイナも同意しながら、笑い始める。 「仲間の皆は自分の初めての友達なんです。イズミはユウトと付き合いが長くユウトが何と言われようと気にしない性格なのを把握しているから、何とも思わないかもしれません。ですが自分には無理ですね」 友達の悪口を言われるのに慣れていない。 きっと相手が正しかったのだとしても、自分は優斗や和泉が悪口を言われていれば怒ってしまうだろう。 ……今回は確実にラスターが悪いが。 「別に悪い子じゃないから」 「そこは理解しているのですが……」 なぜかラスターのフォローに回る優斗。 「クリス様……」 クレアがクリスの袖を掴んで見上げる。 「怖がらせてしまいましたか?」 「いえ、友人のために怒るクリス様は素晴らしいと思います。わたくしの伴侶となる方は義に厚い方なのだと」 どうにもクレアにはクリスの姿が格好良く見えたらしい。 夢見る乙女のような視線を向けている。 「真っ当な実力を考えると、学院二年の中でクリスはユウトとシュウの次ぐらいにはなるということを忘れていたよ。私達の中でも私のすぐ後ろにいるのはお前だということもな」 レイナが笑いながら思い返す。 あの当て身は完璧だった。 「さて、こいつをどうする?」 笑いながら和泉がペシペシとラスターの額を叩く。 完全に落ちている。 起きる気配がない。 とはいっても、置いていくには忍びない。 「僕が運んでる最中に目でも覚ましたら大変なことになるから、和泉が運んで」 優斗が未だに笑っている和泉に頼む。 「いいだろう。珍しいものが見れたのだから、これぐらいはお安いご用だ」