「タ、タクヤ。さっきシュウが魔法陣を出したら剣になってたわ」 目を点にしてリルが驚いていた。 けれど卓也は平然とした調子で、 「そうだけど」 「どうして落ち着いてるの!?」 「いや、言っただろ。規格外だって」 ちゃんと伝えたはずだが、聞いていなかったのだろうか。 「限度ってものがあるでしょ!」 「俺に怒鳴られても困る」 優斗と修の限度がどれくらいなど、自分が知るわけもない。 「しかもあんただって聖魔法使ってたじゃない! 上級のやつ!」 「そんなこと言ってもな。一応、俺も異世界から来てるし」 ちょっとぐらい利点があってもいいだろう。 けれどリルは目を丸くしたまま、 「……なんなの? あんた達って、とんでも集団なわけ?」 「オレを混ぜないでくれ。あの二人と一緒にされたら、さすがにキツい」 とんでもレベルが違いすぎる。 一方でイアンもアリーから治療を受けながら質問をする。 「リライトの勇者ともう一人の人物はどれほどの強さを?」 「……正直なところは分かりませんわ。全力を出しているところを誰も見たことがありませんから。しかしながら彼らの話を察するに黒竜程度ならば、シュウ様もユウトさんも一人で対応できてしまうのでしょう」 「リライトの勇者は強いと言われているが…………それほどなのか」 「おそらく歴代の中でも指折りの勇者なのだと思いますわ」 さすがに黒竜を一人で相手できる、という勇者はリライトでもそうそういなかったはずだ。 「つまりはもう一人の彼も、同等のレベルにいるということか?」「そうではありますが、これからユウトさんがやることに対して驚かないでください」「何か特別なことをするのか?」「ええ、間違いなく」 修はあれで世界に忠実だ。 神話魔法を使うとしても、間違いなくそれは『求め――』から始まる神話魔法。 だが、優斗は別だ。 「彼については、お伽噺に出てくる大魔法士とでも思ってください。それが一番納得できますわ」 彼を常識の枠に収めるのは無理だ。 なにせ優斗が使う神話魔法は、異世界の魔法なのだから。 ◇ ◇ ふと修は思い出したことがあって、和泉に話し掛ける。 「なんかデジャブ感じねえか? 卓也が守って俺らがなんとかするってやつ」 「……ん? ああ、去年の話だろう。懐かしいものを持ち出すな、お前は」 ふらついている黒竜を前に余裕綽々で話す。 優斗も和泉と同様に懐かしさを感じながら、 「殺すに倒す。それじゃあ和泉は落とす係だね」 「なんの話だ?」 けれど一人、レイナだけが首を捻る。 昨年に話したことなのでレイナは知る由もない。 「くだらない与太話だよ。とはいえ、従うのも面白そうだね」 ゲームの台詞から取り出したどうでもいい話。 それでもなんとなく、あの話の流れに乗ってみようと思った。 「あの竜、どうにか取り押さえといて。一発で殺すから」 優斗が面白げな笑いを携えながら言う。 「はいよ」 「いいだろう」 「承った」 三人がそれぞれ、頷いた。 そして興味深げに和泉が優斗に訊く。 「今回は何を使うんだ?」 「なんと宮川さん初のオリジナル詠唱です」 というのも、参考の魔法をそのまま使おうと思ったら使えなかったので、改良が必要だっただけなのだが。 「やっばい。カッコよさそうじゃん」 「期待させてもらうか」 「楽しみにさせてもらう」 修、和泉、レイナも優斗と同じように笑みを浮かべながら飛び出す。 優斗は動かずに場で陣取る。 「では、先陣を切らせてもらおうか」 最初に飛び掛かったのはレイナ。 右側から黒竜の右足を斬りつける。 多少はふらついていても視界に映っているはずなのだが、黒竜は避ける素振りすら見せない。 強固な鱗、そしてSランクと判断されるほどの強さ。 故に避ける必要性はないと考えるのが打倒なところだが、 「悪いが先程とは得物が違う!」 それが間違った判断と知るのは切られた瞬間。 ストン、と。 振りかぶられた上段からの一撃が鱗を切り裂く。 『……なにっ!?』 「神剣だからな。貴様の鱗など容易く切り裂ける!」 肉をも裂き進み、そのまま返す剣で2撃目を入れバックステップで後方へと退く。 間を置かずして和泉は六発の弾丸を竜を囲むように地面に撃ち付けた。 「開け」 言葉とともに弾丸から魔法陣が浮かび上がる。 「冗談で覚えておいた落とし穴を作る地の中級魔法。使い方によってはこうもできる」 同時に黒竜を中心として地面に穴が生まれた。 巨体ゆえに沈み込むこともないが、それでも足が埋まるくらいは陥れられる。 『小賢しいわ!』 翼を羽ばたかせ空を飛ぼうとする。 が、リライトの勇者が許すわけもない。 「単純なんだな、お前って。甘えよ」 風の魔法を使って上空にジャンプしていた修が聖剣を構える。 「頼んだぜ、エクスカリバー」 そして声を掛けた同時、思い切り握りしめて振り抜く。 「切り裂けッ!!」 怒号と共に煌いた聖剣が輝く刀身を伸ばし、黒竜の右翼を根元から切り落とす。 『──ッ!!』 黒竜の悲鳴が轟く。 しかし、負けない声で修が叫んだ。 「決めろよ、優斗!」 届く声よりも少し前。 優斗の右手の前には一つの魔法陣が浮かび上がる。 『古代より脈々と連なる聖炎』 続いてもう一つの魔法陣が左手より生まれ、二つの魔法陣が重なるように浮かび上がっていき、両手を合わせると共に、 『混じりては終焉の零度』 魔法陣が弾けた。 しかし続けて紡いだ詠唱と共に、 『刹那にて砕きは纏い上げ』 弾けていった魔法陣が集い、今度は足元に先ほどより大きな陣として生まれ変わる。 『求めるは月をも穿つ一弓、消滅の意思』 合わせた両手が白く輝いた瞬間、優斗は手を左右に開く。 左手に光る弓が現れ、右手には弦を引いた状態になっている一筋の光る矢が存在していた。 そして初めて創った魔法の名前を小さく告げる。 『虚月』 右手から矢が離れた。 放った瞬間、矢は極大の光を纏い地面すらも削りながら黒竜に向かう。 寸分違わずして黒竜の身体の中央に突き刺さる。 「…………よし」 一瞬だった。 矢の後方から押し迫る光が黒竜に触れた瞬間、まるで存在しなかったかのように跡形もなく消滅した。 「はい、終了」 パンパン、と手を叩きながら優斗は修達に近付く。 「やっぱり四人もいると楽だね。魔法だけ使えばいいんだから」 無駄に体力を使わないで済む。 「あの魔法、俺には絶対に向けるなよ。いいか、絶対だ」 すると和泉が先刻使った魔法の威力を目の当たりにして、あらかじめ予防線を張った。 「え? 使えっていうフリ?」 「違う。お仕置きで馬鹿げた威力の魔法使われたら俺の身が持たない」 手加減したものでも喰らいたくない。 「私としては一発ぐらい、いいんじゃないかと思うぞ」 レイナが茶々を入れる。 四人で笑いながらアリー達のもとへ戻ると案の定というかなんというか、驚愕の表情を浮かべたイアンとリルのお出迎えを受けた。 「これ、サンキューな。使いやすかった」 「いや、別に構わない……のだが」 もう、何て言ったらいいのか分からなかった。 特に修と優斗だ。 自分の聖剣を使って黒竜の翼を切り落とすし、優斗に至っては神話魔法……なのだろうか。 少なくとも神話魔法と同じ威力の魔法を平然と使う。 何がおかしいか、と問われたら何もかもがおかしかった。 ただ、異常な戦闘力を見せつけられたが故に気になることが一つ。 「もし君達が全力で戦った場合、どうなる?」 イアンは視線を優斗と修に向ける。 いきなり問われて首を傾げる二人だが、少し真剣に考えてみる。 そして結論を出した。 「たぶん……でよろしいですか?」 「ああ、構わない」 「世界がやばいですね」 優斗の一言にイアンとリルは絶句する。 他の面々はなんとなく、そんな予感がしたので驚きはしなかった。 「世界……というと、この世界全てということか?」 「ええ。修はともかくとして、僕の最強の魔法となると……下手したら扱いきれませんし、扱えきれなかったら世界滅亡です」 平然と言う優斗を見てしまい、イアンはアリーに頷いた。 「アリシア様の言ったことがよく分かった。確かにお伽噺の存在だ」 「でしょう?」 「この二人を使えば国家統一も夢ではないと思うのだが……」 「他国の貴方ならば思われるでしょうが、無理ですわ」 「なぜだ?」 「だって当の二人が……」 アリーが修と優斗に視線を送ると、 「だるい」 「面倒」 という返答がくる。 アリーは苦笑して、 「ということなので、この二人は自国防衛限定です。平和主義者ですので、無理に他国を侵略して戦争など行おうものなら、逆にリライトがシュウ様とユウトさんに滅亡させられてしまいますわ。そしてこれはもちろん、リライトの名に誓って本当のことです」 「そうか。アリシア様が言うのであれば、疑うつもりは全くない」 一応は旧知の間柄であり、ひととなりを知っているからこそイアンは安堵する。 「では憂いも無くなったことで話を変えさせてもらう。リル、お前はこのまま国に帰るか?」 突然、話を振られてリルが驚く。 「えっ?」 「お前を狙っていた黒竜は倒された。帰ってきても問題はないが」 「…………」 自分がここにいる一番大きな理由は黒竜の件だった。 もちろん、他に理由もあるものの『どうしてもリライトにいなければならない件』については終わった。 リルはちらりと卓也を見る。 「タクヤ、あんたはどう思うの?」 「オレ?」 卓也はなぜ自分に話題を持ってきたか分からなかったが、素直に答える。 「別にどっちでもいいよ。残りたかったら残ればいいし、帰りたかったら帰ればいい」 あまりに軽い卓也の答え。 するとリルが少し憤慨した様子を浮かべる。 「で、でもあたしを守るって言ったじゃない!」 「お前が黒竜に襲われたからな。一週間ぐらい従者の真似事してたら、そう思ってもいいだろ」 守りたいと思うほどの情は持つはずだ。 「だ、だからあたしがリステルに帰ったら守れないのよ!?」 「でも何かに狙われることなんてもうないだろうし、お前が残ったってオレはもう従者の真似事なんてしない。別に異世界人に守られたくもないだろ」 あれだけ貶していたんだから、どうでもいいはずだ。 「それは……」 ぐっ、と押し黙るリル。 「さらに言うなら、オレは知らない他人を貶す奴は嫌いなんだ。短い期間だと思ってたから我慢もできたけど、今のまんまだったらオレはお前に関わんないよ」 「え……?」 「みんなも同じだと思う。生まれだとか血筋だとか興味ない連中が集まってるんだ。別にオレ達とお前は友達じゃないし、お前が残るって言うならオレ達と関わることはほとんどない。だからオレ達が理由で残ろうと思ってるなら、素直に帰ったほうがいいって」 卓也に言われてリルは他の面々の様子を窺う。 あからさまに顔を背けたり、苦笑いや困った表情をしていた。 卓也の言ったことが真実だと彼らが示していた。 ──あいつらはあたしが客だから面倒見てた。それ以上でもそれ以下でもないってことね。 確認したけれど、自分だって理解していた。 それでも驚いてしまったのは、卓也まで彼らと同じだったとは……不思議と思っていなかった。 彼だけはどうしてか違うと思ってしまっていた。 なぜだろう。 卓也に侮蔑されるのはすごく嫌だった。 「だ、だったら」 リルは力強い瞳を卓也を見る。 「なんだよ?」 「あたしが変わればいいのね?」 「……はぁ!?」 唐突な宣言に卓也が驚く。 「あたしが変われば問題ないわよね?」 「いや、まあ、確かに問題ないけど……。変えられないだろ、普通はそういうの」 「変わってやるわよ」 力強く言ってのける。 「そうは言っても、できるのか?」 「タクヤが疑うなら証明してやるわ」 リルは胸元にあるペンダントを取る。 そして兄に力強い視線を向けた。 「お兄様。これからすることに対しての証人として見ていてください」 リルの行動が何を示すか分かったのか、イアンは顔をしかめる。 「そこまでするのか?」 「あたしの本気を見せないとタクヤは納得しません」 「……まあ、問題になるとは思うが自分でどうにかしろ」 「分かってます」 他の人たちには分からないやり取りが行われた。 けれど誰かが何か言葉を発する前にリルは卓也の真っ正面へと立つ。 「タクヤ、少し屈みなさい」 「……? わかった」 とりあえず素直に屈む。 すっ、と卓也の首にリルがペンダントをかけた。 「これ、なに?」 「め、目を瞑りなさい」 「いや、その前にこれ──」 「いいから目を瞑りなさい!」 リルに押し切られてしぶしぶ目を瞑る卓也。 「……ふぅ」 リルは彼が目を瞑ったことを確認すると、大きく深呼吸をして宣言する。 「これより、タクヤを生涯の隣人とすることを誓います。彼の者にいかなる困難があろうとも、側に寄り添い支えることを誓います。彼の者がいかなる災厄になろうとも、信じ続けることを誓います。彼の者にいかなる不幸が降りかかろうとも、助け続けることを誓います」 そして前に一歩出て、卓也の頬にキスをする。 頬に触れた感触に驚いた卓也が目を開き、状況を確認した瞬間に顔を真っ赤にして後ずさった。 「え……っ!? はぁっ!? い、今のなに!?」 「言ったじゃない。本気を見せるって」 「なんだそれ!? これの何が本気なんだよ!?」 「私の国に伝わってることよ」 「こっちはセリアールに来て半年ちょっとしか経ってないんだ!! 知るか!!」 あまりの出来事にテンパっている卓也。 頬に受けた柔らかい感触に頭の中がぐちゃぐちゃになる。 「知るか……って何よ!! せっかくキスまでしたんだから!!」 口ケンカを始める二人。 それを尻目にアリーはイアンに訊いてみた。 「今の言葉はどのような意味があるのです?」 「古来より大切な人に送る言葉、とされている。自分の物を送ると同時に告げることで『貴方が大切です』という意味を持たせる、生涯に一度しか使えない言葉なのだが……」 困ったようにイアンは頬をかき、 「最近はプロポーズによく使われている」 「……あ~、なっとく」 修が頷く。 「確かにプロポーズと取れますわね」 アリーも内容的に同意し、 「というかそういう意味だと思ってたよ」 優斗はそれ以外には考えられないと口にした。 「私もだ」 「俺も同じ意見だ」 レイナも和泉も同じように納得し、言い合っている二人をしみじみと見物する。 おそらくリルの意味合いとしては前者とはいえ、よくも言ったものだと思う。 和泉としては不思議なこと、この上ない。 「出会って一週間しか経ってないのに、何が原因で言わせたんだろうか。少なくともこき使っていた相手に対して捧げる言葉じゃないだろう」 「卓也が守ったのが原因じゃね?」 修的にそれだと思う。 けれど優斗が、 「つり橋効果かな?」 「どういう意味だ、ユウト?」 「今回の場合は黒竜に襲われて心臓がドキドキしているのを、卓也にドキドキしていると錯覚したこと」 「……なんとなくロマンがありませんわ」 あまりにも感動がなくてアリーが却下した。 「そんじゃ、どうするよ?」 「運命でいいだろう」 和泉が決めつけた。 「私としても吊り橋効果とやらは面白味がないが、それでいいのか?」 レイナが確認を取ると全員が同意する。 「いいんじゃね?」 「運命のほうがロマンがありますわ」 「そうだね。少なくとも吊り橋効果って言うよりは良い理由だと思う」 未だに舌戦を繰り広げている二人を優斗達は微笑ましく観察し続けた。