マリカの誕生日当日。 王様は続々とやってくる荷物に辟易した様子を見せていた。 「……たくさんの贈り物が届いたものだ」 やれ物珍しい生き物やら魔物やら、宝石やら、お金やら、土地の権利書やら、数多の物が龍神への献上品として集まっている。 その中で王様は眼前に立っている同年代の男に、呆れるような声を掛けた。 「しかしだな。リゲルが自ら来ることもないだろう」 「龍神が生誕して一年、王自ら出張ってこそ祝いとなるんじゃないか?」 大変そうだ、とニヤついている男。 彼こそが三大国の一つ、グランドエイム王国の国王だ。 「龍神と会わせることが無理なのは分かっているはずだが」 「ああ、ちゃんと把握してるぞ」 マリカと会いに来たわけではないと断言するリゲル。 王様は眉ねを揉みながら、 「……本当のところは何をしに来た?」 「アリストと酒を飲みに来たに決まってるだろ。うちはリライトと違って固いんだ」 満面の笑みを携えて酒瓶を差し出すリゲル。 どうやら酒を飲む口実として、龍神の誕生日を利用したらしい。 「お前が自由奔放すぎるだけだ」 しょうがない、とばかりに王様はリゲルを広間へと連れて行き、彼の持ってきたワインをグラスに注いでいく。 そして勢いよく二人で飲み始めた。 「やっぱり酒を飲まないとやってられないな」 「禁酒でもしているのか?」 「だ・か・ら、普通はリライトと違うんだよ。どこの国に酒を飲む為だけに部下の邸宅へと赴く王がいるんだ」 「ここにいるだろう?」 「……うっわ、むかつく」 軽口を叩き合いながら、二人はワインを凄まじいペースで消費していく。 「しかしながらリライトは凄いよな。大魔法士に始まりの勇者だったっけか。そいつらがいてよ」 最強の意を持つ伝説の二つ名と、無敵の意を持つ幻の二つ名。 その二人が一国にいるのだから凄いという他ない。 「確かに凄いとは思うが、彼らの力を我が不用意に使うつもりはない。むしろ無理に何かを強いれば、リライトが二人によって滅ぶからな」 豪快に笑いながら滅亡云々の話をする王様。 リゲルも王様の反応に苦笑を漏らす。 「普通は笑えないだろ」 「なに、間違えなければいいだけの話だ。それにシュウもユウトも優しい奴らだ。今の我を慕ってリライトにいてくれるのだからな。王冥利に尽きるというものだ」 「だからって自国の勇者にアイアンクローかますのはお前くらいだ。普通はもっと謙虚且つ丁寧に扱うものだろ」 召喚してしまったからには、誠意を以て接するのが異世界人に対する基本だ。 しかしながらリゲルの目の前にいる王は、謙虚が吹っ飛び丁寧を投げ捨てている。 「ユウトもシュウは飛び抜けて優秀ではあるが、シュウを一言で評するなら馬鹿だからな。学院で暴れていれば説教は必要だ。なに、ちょっとしたじゃれ合いと思ってくれればいい」 「仲いいな」 「もちろんだ」 これほど気安いやり取りを出来るとは、召喚した時点では王様も思っていなかった。 だが、それが一年以上を掛けて王様が異世界人達と築き上げた絆だ。 「そういや大魔法士は優秀な上に品行方正って話だけど、大魔法士をアリシアちゃんの婿には考えなかったのか?」 「全く考えてなかった。というより、すでにトラスティ家のフィオナが嫁だったからな。最初から選択肢にはなかったが……」 と、そこで王様が少し難しい顔になる。 様子の変化に気付いたリゲルが問い掛けた。 「どうしたんだよ、アリスト?」 「……お前は娘の友人達から『婿はこいつだ』と、まだ恋人同士でもないのに断言される親の気持ちが分かるか?」 全員が全員、アリーの相手を断定している。 王様も娘の様子からもしかして、とは思っていた。 だが、それでも全員に肯定されるとは予想していなかった。 「も、もしかしてやばい奴なのか?」 「いや、我とて好んでいる。アリシアが女王になろうと、そいつが王になろうと我は何の心配もしない」 一切合切心配などしないし、する意味がないほどに二人とも優秀だと保護者目線ではあるが自負している。 「だったら何が問題なんだよ?」 「焦れったくて張り倒したくなってくるのだ。さっさと付き合えば婚約、その他諸々突き進むものを」 「……斬新な親心だな、アリスト。とても王の発言とは思えないぞ」 娘の恋愛を目の前にして、さっさと付き合えと言える親はそうそういない。 「というか相手は誰なんだ?」 「リライトの勇者――シュウだ」 言ってワインを煽る王様。 修が義理に息子になるのであれば、王様とて望むところだ。 むしろ若干ではあるがマルスが羨ましいので、さっさと付き合って婚約して結婚して義息子になればいいとさえ思っている。 「……あれ? リライトの勇者って今、一緒に王城で暮らしてるんじゃなかったか?」 「だから焦れったい。確か両片思い……というらしい、今の状況を」 「なるほどな」 ◇ ◇ リライトの商店街などは『祝・龍神生誕祭!』と称して露店などが並ぶ。 その中でフェイルとエルが見回りをしていた。 「やはり大々的な出来事なのだな」 「ええ。新たな龍神が生まれた日なのですから、聖地となったリライトに来たがる人は国を問わず多いでしょう」 龍神に会うことは無理でも、その龍神がいる国へと足を運ぶ人間は多い。 と、そこで見回り中の騎士が露店で食べ物を買っているところを目撃する二人。 「ん? あれは……」 「私達と同様に巡回中の騎士達ですね。どうやら焼きそばを買っているようです」 エルは溜め息を吐くと、その騎士のところへ行こうとする。 だがフェイルが止めた。 「祭りの見回り中に食べ物を買ってはいけない、という規則はなかったはずだが? それに食べている最中でも周囲へ視線を配ることを忘れていないのだから、問題はないはずだ。さらに言えば、毒味という観点から考えても良いと思うぞ」 ガチガチに縛る必要もない。 エルもフェイルの話に理解を示す。 「……ふむ。確かにそうかもしれませんね」 むしろお腹が空いていて、いざという時に力が出なかったら本末転倒だろう。 本来なら先に食べておくことがベストだとは思うが、露店で食事を買うことに対してフェイルが言ったように毒味という利点がないわけでもない。 するとフェイルがすぐ近くにある露店からリンゴ飴を二つ買ってきて、片方をエルに渡してきた。 「というわけで、これをエル殿に毒味してもらおう。せっかくの祭りを堅苦しい雰囲気で回っては、周囲も安易に楽しめないというものだ」 気を抜くわけではないが、さりとて重苦しい空気を醸し出して巡回する必要もない。 フェイルの説得に彼女も僅かに表情を綻ばせた。 「仕方ありませんね」 リンゴ飴を受け取ってエルは舐めてみる。 甘く冷たい感触に、さらに顔が綻んだ。