修や源も戻って帰り支度をしている最中のこと、優希は優斗から教えられたことに目を丸くしていた。 「は、話してた時には知ってたのですか!?」 「うん。アガサさんに教えてもらってたし」 「で、でもアガサは気付かないようにフォローしたって言ってたのですよ」 「それウソ。じゃないと優希が僕と会わないのは彼女も分かってるから」 正体がバレただけであれほど震えていたのだから、会うわけもなかっただろう。 けれど今は平然と話している。 優斗と優希のやり取りを見ながら微笑んでいる彼女的には、最上の落としどころを迎えたわけだ。 もちろん気にくわなそうに見ている少女もいるが。 「あのさ。後ろから突き刺さる視線はどうにかして欲しいんだけど」 「気にしないで下さい。結果が結果なだけに文句は言えないけれど、やっぱり気にくわないから睨んでいるだけでしょう」 優斗とアガサが嘆息する。 というのも、キャロルが未だに優斗へ凄い視線を向けているからだ。 「彼女、目の前しか見えないタイプ?」 「分かってくれますか?」 「僕の後輩にそういうのがいるからね」 もちろん、そっちのほうは優斗が目下改造中なわけで周囲を見るのも上手くなっているが、キャロルは違う。 アガサが窘めるように、 「いい加減、ミヤガワ様を睨むのをやめなさい。ユキとのわだかまりは無くなり、私を助ける為にライトの手伝いもして下さったのですから、我々の恩人と言っても過言ではない方なのですよ」 「だ、だけどはとこだからってユキを連れて行くって言うかもしれないですのよ!」 優斗を指差すキャロル。 けれどアガサは首を捻り、優斗も首を捻る。 「そうなのですか、ミヤガワ様?」 「いいや、それはない。正直、血が繋がってるから連れていくとか言うつもりはさらさらないよ」 たかだか血縁関係があるだけだ。 逆に言えば、それだけしかない。 「僕には僕の生き方があって、優希には優希の生き方がある」 それを血の繋がりだけで変えようとは思わないし、変えるつもりもない。 「僕の歩く道に、優希が常に居ることはない」 共に歩む人達がいる。 人生を預けてもいいと頼れる家族と共に優斗は歩いて行く。 だから優希と共に歩むのは、決して自分ではない。 「アガサさん……それにキャロル、ライト君。君達は優希の為に頑張ったんだよね?」 「当たり前ですのよ!」 「だったら、この子には血が繋がっていなくても家族と呼べる人達がいる。僕に刃向かうほど、大切に想ってくれている家族がね」 大魔法士と知って尚、優希の為に立ち向かった。 やったことは優希側にいる人間として、決して間違っていないと優斗は思う。 「僕はあの日、違ったことで優希の『頼りになる兄』になることはなかった。けど……」 優斗は三人に視線を向けて、その中でも一番の年長者に笑みを浮かべた。 「この子が望んだ『優しい姉』はここにいる。それはとても幸せなことだと思うんだ」 ポンポン、と優希の頭を叩く。 そして、 「今ある幸せを大切にして欲しい。……なんて、優希から家族を奪った僕が言えることではないかもしれないけどね」 次の瞬間、全員の表情が凍った。 同時に優斗を馬鹿にするような怒りに変わる。 修が優希の肩をトントン、と叩く。 「優希っつったよな」 「はい」 「ぶん殴っていいぞ」 「分かったのですよ」 優希が腕をぶんぶんと回し、殴る準備を始める。 けれど優斗には今の展開が理解できない。 「修? お前、いったい何を――」 「いや~、今の言葉はないわ」 修は優斗に近付くと右手を掴んでがっしりホールドする。 「わたくし、本気で呆れてしまいましたわ」 次いでアリーが左手を取り上げて極める。 「……優斗くん。空気読もうよ」 正樹が珍しく嘆息しながら右足を踏みつけ、 「優斗センパイ、それはない」 春香が左足を捻り込むように踏みつける。 4人の攻撃が若干どころではなく痛かったが、優斗は意味が分からない。 「えっ? 何でフルボッコに蔑まれてんの!?」 何か言葉を間違えたのだろうかとハテナマークを灯しまくる。 だから優希は胸を張り、真っ直ぐに優斗を指差した。 「宮川優斗っ! わたしと貴方はお互いを許したのだから、もう何かを言う必要はないのです! わたしでも分かったのですから減点なのですよ!」 そして顔面にパンチを一発、お見舞いした。 威力は全然強くないが、それでも痛いものは痛い。 「……まったく」 パンチを喰らったことで4人から解放された優斗は、鼻をさすりながら苦笑する。 「お転婆はまだ治ってないみたいだね」 今も落ち着きがない性格だとは思っていたが、この一撃で出会った頃のことを少し思い出した。 「あと、ごめん。僕が悪かったよ」 さすがに自分を卑下しすぎた。 先ほどのやり取りを台無しにしかねない言葉は、さすがに悪かった。 「いい気味ですのよ」 ざまあみろ、とばかりのキャロル。 対して優斗は肩を竦める。 「やっぱり君は落ち着きがないね。これだと優希が望んでた優しい姉にはなれないんじゃないかな?」 「キャロルはお姉ちゃんじゃないのです。騒がしいけど大好きな友達なのですよ」 すると、まさかの優希から否定の言葉が出てきた。 「――っ!?」 一瞬にしてキャロルの顔が壮絶に変化する。 それを見て修、正樹、春香、アリーが淡々と感想を述べた。 「おい、抉ったぞ」 「抉っちゃったね」 「うっわ~、魂抜けてるよ」 「ユウトさんの血縁だと考えると、心を抉りにいくのが基本みたいに思えますわ」 本人としては姉の立場としていたかったのだろうが、まさかの本人から否定されて泣きそうになっている。 優斗はついでとばかりに優希に訊いてみた。 「じゃあ、ライト君とアガサさんは?」 「ライトは情けないけど大好きな弟分なのです。それでアガサは優しくて大好きなお姉ちゃんなのですよ」 要するに優希が望んだ『優しい姉』とはアガサのことで、他にはいないということ。 キャロルが半泣きになって優希に問い直す。 「ユ、ユキ! どうして私では駄目ですの!?」 「キャロル、わたしはまだ宮川優斗に言ったことを許したわけじゃないのです。そんなことする人が優しいお姉ちゃんなわけないのですよ」 確かにアガサとキャロルでは優斗への接し方が違った。 片方は優希の為に全責任を負って優斗に頼み込み、二人のいざこざを解決しようとした。 もう片方は優斗が全て悪いのだから、優希から遠ざけようとした。 となれば結果は歴然というものだ。 「こういう風に家族にある意味でシビアなところ、僕と優希は似てるかもしれないね」 くすくすと優斗が笑う。 と、ここで優希が目を瞬かせた。 「宮川優斗にも家族がいるのですか?」 「いるよ」 「あ、会ってみたいのです!」 凄く興味があるのか、身を乗り出す勢いで優希がまくし立てた。 優斗は自分の家族のことを優希が知らないことに逆に驚いて、アガサに確認を取る。 「あれ? 優希って僕の家族構成を知らないの?」 「言ったことはありませんので、知らないかと」 「でも前情報とかはいらないのですよ。わたしは会って紹介されて、驚いてみたいのです」 なんて宣いながら、なぜか胸を張る優希。 というわけで優斗も不意打ちとばかりに、 「じゃあ、とりあえず紹介しとくね」 そう言って修とアリーを前に出す。 「馬鹿な兄弟その①と従妹」 紹介された二人は手をひらひら、と振って優希に挨拶する。 「よろしくな」 「よろしくお願いしますわ」 ニヤついているリライトの勇者と王女様。 当然のごとく優希の目が点になった。 「……えっ? えぇっ!? きょ、兄弟は別にいいですけど従妹って何ですか!? アリシア様はリライトの王女様ですよね!? ということは、実はわたしも親戚だったりするのですか!? 王族の血を引いてたりするのですか!?」 「ネタ従妹だからそれはない」 「そんな従妹が存在するのですか!?」 驚きっぱなしの優希。 対して修とアリーは彼女の反応に大層満足する。 「良いリアクションすんな、優希は」 「ユウトさんもこれぐらい素直であれば可愛いのに」 「そっくりそのまま返すよ、アリー」 そして他の勇者達とはトラストで解散となったのだが、優希は優斗の家族がみたいと言ってまさかのリライトへ同行。 そしてトラスティ邸へと到着したのだが、 「この人が僕の義母だよ」 優希は邸宅の中に入って広間に案内されると、いきなり優斗に義理の母親を紹介された。 対してエリスは突然やってきた女の子が何者なのか問い掛ける。 「この子は?」 「み、宮川優斗のはとこの天海優希なのです!」 ぺこりと頭を下げて自己紹介する優希。 エリスは自分の義息子が破天荒なことをやる人物なのは重々承知しているが、それでもこれは想像の範疇を超えている。 「……えっと、ユウト。どこまでが本当なの?」 「向こうの世界にいたリアルはとこですよ。ヴィクトスに召喚されてて、今回の勇者会議で会いました。それで僕の家族が見たいって言って連いてきたんですよ」 あまりにも端的な優斗の説明。 とはいえエリスも義母だけはあるので、すぐに状況を呑み込む。 「だったら私も自己紹介するわね。ユウトの義母のエリス=アイン=トラスティよ。よろしくねユキさん」 「よ、よろしくお願いするのです!」 優希がペコペコと頭を下げながら握手する。 すると広間の扉が音を立てて開いた。 「ぱぱ~!」 次いで小さな影が飛び出すと優斗にダイブする。 優斗はしっかり受け止めて抱っこすると、愛娘を優希に紹介した。 「この子が娘のマリカ」 「……む、娘!? 宮川優斗の子供ってことですか!?」 「そうだよ。ほら、マリカも挨拶は?」 愛娘を促すと、元気よく右手をあげながら叫ぶ。 「まいか!」 「よく出来ました」 マリカの頭を撫でる優斗。 その姿が本当に父性爆発させているので、優希も納得せざるを得ない。 けれど衝撃はまだ終わらなかった。 今度はとびきりの美人が登場した。 「優斗さん、お帰りなさい」 「ただいま」 笑みを交わし合う二人。 けれど、とびきりの美人は優希の姿に気付くと、 「えっと、こちらの方は?」 「宮川優斗のはとこの天海優希なのです! 初めましてなのですよ!」 優希としては誰だか分かっていないが、とりあえずエリスの時と同じように頭を下げて自己紹介する。 とびきりの美人は目を瞬かせたあとに微笑む。 「初めまして。優斗さんの妻のフィオナと申します」 「……つま?」 「はい。妻です」 とりあえず大魔法士の奥さんモードで優希に接するフィオナ。 けれど優希は理解の許容を越えた存在が連続して、あたふたし始める。 「み、宮川優斗のお嫁さんなのですか!? というかすっごく美人なのですよ!!」 常に年齢以上の冷静な様子を見せている優斗と違い、年相応の優希に思わず周囲も顔が綻ぶ。 そしてしばらく優希を交えて談笑していると、遊びから帰ってきた一人の女の子が広間にやってきた。 「ただいまなの」 現れたのは幼い少女。 あの日、あの時の優希と『同じ歳の女の子』がそこにいた。 優希も新しく登場した女の子に気付き、優斗に問い掛ける。 「この子は……?」 「僕達と同じように召喚された日本人で――僕の『妹』だよ」 瞬間、優希の鼓動が僅かに跳ねた。 「……いもうと?」 「うん。愛奈、挨拶できる?」 優斗が促すと彼の妹は頷き、ぺこりと頭を下げて優希に挨拶する。 「あいな=あいん=とらすてぃです」 「…………」 けれど挨拶された優希は咄嗟に反応できなかった。 少し動揺してしまった。 自分が過去に望んでいたことが、そこにあったから。 彼女と同じ歳の頃、望んで叶わなかった姿が見えてしまったから。 「……ユキ」 様子の変化を敏感に感じ取ったアガサが駆け寄って寄り添おうとする。 けれど、 「大丈夫なのですよ」 優希は笑みを浮かべると愛奈に近付き、軽く屈んで挨拶を返す。 「わたしは天海優希。愛奈のはとこなのです」 「……はとこ?」 「親戚のお姉ちゃん、という意味なのですよ」 「ゆきおねーちゃん?」 「はい、そうなのです」 頷いて肯定する。 そして優希は愛奈の顔を見ながら、気付いたことがあった。 この子は優斗と似ていない。 フィオナ達と似ているわけでもない。 おそらく養子か何かなのだろうと思う。 「愛奈は今、幸せですか?」 「うんっ」 素直に頷いた優斗の妹に優希は再び笑みを浮かべた。 だから尋ねようと思う。 「宮川優斗は……」 あの日、望んでいたことを。 あの日、違ってしまったから知らないことを。 自分が別れた道の先にいる、この子に訊いてみよう。 「“ゆうにい”は頼りになりますか?」 そして答えは自分が考えている通りだった。 愛奈は迷うことなく首を縦に振る。 「おにーちゃんはすごいの。あいなのこと、助けてくれたの」 やっぱりだ、と優希は思った。 きっとこの子には悲惨な過去があったのだろう。 けれど優斗が助けたからこそ、彼のことを兄と慕って健やかに育っている。 手に取るように分かってしまうから、優希も顔が綻んでしまった。 「それは良かったのですよ」 ◇ ◇ そして優希は他にもたくさんの人達と会い、話し、楽しい一時は終わった。 トラスティ邸を出て、ヴィクトスに戻る高速馬車に乗っている際、ぽつりと優希は呟いた。 「ちょっとだけ……羨ましくなりました」 愛奈と出会った瞬間に“もしも”を考えなかったのか、と問われれば嘘になる。 あの日、交わることがなかった優斗と自分の関係。 それが目の前にあったのだから。 だからといって嫉妬したわけではないし、愛奈のことは本当に可愛い娘だと思っている。 「けれど、ちょっとだけです。今のわたしにはアガサやキャロル、ライトがいるのです」 優希には家族がいる。 騒がしい友人と、情けない弟分と、優しい姉が。 寂しくなんかない。 「また遊びに行けばいいのです。いつでも歓迎するって言ってくれました」 帰り際、優斗が言ってくれたことを思い出して笑みを浮かべる。 彼は馬車に乗る前に真っ直ぐに伝えてくれた。 『僕はアガサさんのように、優希の兄にはなれない。けれどあの時の「僕」のことを、お兄ちゃんのように思ってくれてありがとう』 誰からも好かれていないと思っていた優斗が、自分だけは望んでいたことを知って感謝してくれた。 だから優希は少し図々しいとは思ったけれど、お願いすることにした。 『これからも時々は呼んでもいいですか? 宮川優斗のことを……“優兄”って』 『……ん~、時々だったらね。じゃないとアガサさん達に怒られちゃうから』 そして優斗は自分の頭をポンポン、と叩いて見送ってくれた。 思い切り可愛がるわけでもなく、かといって必要以上に遠ざけるわけでもなく。 大事な親戚として彼は自分を扱った。 「全部が全部、取り戻せたわけじゃないけれど……それでも取り戻せた日々があるのですよ」 話せるようになった。 顔を見て、笑い合えるようになった。 それだけで十分過ぎるくらいだ。 「だから……」 自分と優斗は一生、兄妹という間柄にはなれないと思う。 けれど兄ではなくとも、親戚の歳上の人を『お兄ちゃん』と呼ぶくらいは許してほしいと思う。 確かな形にならないのだとしても、それでも淡い姿として。 泡沫になった想いは残しておきたいから。 「よかったですね、ユキ」 そしてアガサは優希の思いの丈を聞いて、彼女を抱き寄せる。 「重荷は取れましたか?」 「……うん」 「呼べましたね」 「……うん。ちゃんと呼べたのですよ、“優兄”って」 もう引っ掛かるものは何もない。 全部、解決したのだから。 するとアガサが自らを奮い立たせるように、 「しかし私とてミヤガワ様に負けるつもりはありません。ユキが一番大好きなのは姉である私だと自負する為にも、これからもユキと一緒にいますからね」 「えっ? 一番大好きなのはアガサなのですよ。宮川優斗であろうと、アガサには勝てないのです。親戚のお兄ちゃんっぽい人がお姉ちゃんに勝てる道理はないのですよ」 きょとんとした様子で優希が反論する。 「そうなのですか?」 「だってアガサが一番、わたしの為に頑張ってくれたのですよ。一番大好きに決まってるのです」 身を粉にして接してくれた。 誰よりも親身になってくれた。 天海優希という少女にとって、一番大切なことを全身全霊で届けてくれた。 「忘れないでほしいのですよ、アガサ。確かにわたしが欲しかった『頼りになる兄』は叶わなかった。でも、欲しかったのはそれだけじゃありません」 希ったことは叶っている。 なぜなら自分が欲しかったのは『頼りになる兄』か『優しい姉』。 だから満面の笑みで優希はアガサに伝えた。 「わたしの『優しい姉』が、ここにいるのです」