――七月に入る前。 教室で優斗が興味深げに目を細めた。 「へぇ、案外面白いこともやるんだね」 三年になって初めてやるイベント。 ホームルームで挙がった話題。 「演劇……か」 それは劇をすること。 優斗は手を上げて質問する。 「なんでこの時期にやるの?」 「闘技大会の前夜祭みたいなものなんだ。あれは一種のお祭りだから」 壇上のクラス委員が問いに答える。 「劇って悲劇とか喜劇とか色々あるけど、どういったものが主流?」 「恋愛劇とか結構人気になる」 だからうちのクラスもそういったものを、というのが今回の議題だ。 少なくともこの時間で何をやるかぐらいは決めておきたい。 クラス全員で頭を悩ませるが、 「……おおっ。劇ってことは」 ふと修が思い立った。 同時にあくどい笑みに変貌する。 そして手を上げると皆に聞かせるように、 「なんかよ、リルの国で有名な劇があるらしいんだよな~」 とんでもなくわざとらしく発言した。 「……ん?」 「リステルの……劇?」 「ああ、なるほどね」 聞こえたクラスメートは全員、そういうことかとニヤリ。 まずは優斗が引き出しから本を一冊取り出す。 「ねえ、もしかしてこれ?」 クラス全員に見えるように掲げる。 卓也とリルの顔が引き攣って凍り付いた。 けれどクラスメートは続々と小説を取り出していく。 「ユウトも持っているのか。俺も持ってる」 「それのこと? 私も持ってるよ。やっと手に入れたんだよね~」 固まった二人を余所にクラスメートもどんどん悪ノリしていく。 「タイトルは『瑠璃色の君へ』か」 「現代のノンフィクション小説ですわね。あまりにも人気すぎてリライトへの入荷が遅れたほどの小説ですわ。舞台化もされていて、リステルでは追加公演が行われているほどです」 アリーの追加口撃。 卓也とリルが机に突っ伏した。 「誰か謳い文句を知ってる人、いる?」 女子生徒の問い掛けに小説を手にした優斗とクラスメートが大仰に宣う。 「唯一人、君を守る」 「私の護り手に――誓いの言葉を」 「世界一の純愛が今、描かれる」 聞いてるこっちが小っ恥ずかしくなりそうな謳い文句がズラズラと流れる。 「どんな内容なんだ?」 「リステル王国第4王女がリライト魔法学院に留学した時から話は始まって、そこで出会った少年と王女は運命の恋をする……っていうのが話のプロローグよ」 そこまで女子生徒が言うと、机に突っ伏して恥ずかしさのあまりにプルプルと震えている二人を全員で見る。 「リステル王国第4王女……ねぇ」 「そこで出会った少年……ねぇ」 ニタニタとあくどい笑みが広がり、最後に修が卓也とリルに最悪なことを言い放った。 「ノンフィクションの舞台を当人がやるって最高だろ?」 劇が行われるのはおおよそ三週間後。 優斗達も他の三年のクラスも、授業の時間や放課後などを練習に当てる。 今も教室で、 「あ、あた、あたしは守ってくれなんて言った覚え……にゃい」 「お、おおお、お前の都合なんて知るか。オ、オオレが守りたいんだよ」 序盤の見せ場を二人が練習しているのだが、どうにも上手くない。 「リル、卓也。主人公とヒロインが照れてんじゃねーよ」 「もう一週間やってるのに、まだ慣れないの?」 「タクヤ君とリル様、ファイト~」 修やらクラスメートからツッコミと嘆きと声援が入る。 「……罰ゲームだろ、これ」 「……なんか悪いことやったかしら」 項垂れ、ひたすらに恥ずかしそうな二人。 優斗が近付いて肩を叩く。 「僕だって本人役で舞台に出るんだから、案外恥ずかしいんだよ?」 「お前に普通の神経は求めてない!」 「あんた原因の一人じゃないの!」 逆ギレのような売り文句に優斗は笑いながらささっ、と去って行く。 二人は本当にからかい甲斐があるので、優斗も思わずからかってしまう。 ◇ ◇ もちろん週末も集まれる者は集まっての練習、ということになっている。 優斗もそうしようと思っていたのだが、水曜日に王城へと呼び出された。 しかも珍しく悩んだ様子の王様を前にしている。 「……はあ、モルガストですか」 「その国のクライン王女がお前に名指しで頼み事があると言ってきた」 週末、来てくれないかと書状を出してきた国。 優斗はよく知らない国だが、面倒なことなら王様とて拒否するだろう。 なのにしかめっ面の理由は何なのだろうか。 「あの、王様。どうしてそのような難しい顔を?」 「頼み事に乗ってくれれば、霊薬の優遇措置をしてくれるらしくてな」 「霊薬?」 案外、馴染み深い単語が優斗の耳に届く。 「もしかして霊薬の生産国がモルガストということですか?」 「その通りだ」 王様が頷くと、優斗は少し考える素振りを見せた。 リライトの霊薬の消費量は確かに多い。 それはもちろん、国としての人口と大きさに比例しているからだ。 「うちは大国ですから、優遇措置があるというのはでかいですよね」 「そうなのだ」 確かに高価な物だ。 値段は面倒なんで訊かないが、とても高価だということは知っている。 と、ここで優斗は王様がしかめっ面をしている理由に気付いた。 「もしかして悩んでいる理由って、僕に迷惑掛かるから……とか思っていませんか?」 十中八九、そうだろうなと思いながら訊いてみた。 そして当然のように頷かれる。 「思っているに決まっているであろう。学生として過ごさせたいお前を何度も大魔法士として扱っているのだ。気持ちは揺れるが、お前も舞台で準主役として出張るのだろう? 無理はさせたくない」 どうやらアリーから演劇の話は聞いているらしい。 さらには今まで何だかんだで大魔法士として出張るので、それも王様は心を痛めてくれている。 だからここで自分が嫌だと言ったら、気にせず断ってくれるだろう。 思わず優斗の口元が緩んだ。 「大丈夫ですよ。さすがにリライトとしても、この件は美味しい。逃す必要はありません」 「……舞台は大丈夫なのか?」 「これでも演じるのは得意なんです」 出来るだけ王様に心配を掛けないように、問題ないことに告げる。 「それに、これぐらいの問題だったら『行ってこい』で構いません。たかが土日に他国へ行くだけなんですから」 軽い口調で言うが、王様は難しい顔。 さらに優斗が笑みを零した。 本当、この王だからこそ自分は尊敬できるのだ。 「書状を読ませていただいても?」 聞いてみれば、王様は頷いて書状を見せてくれた。 「……ふむ。クライン王女の相談に乗って欲しい、とありますね」 「ああ」 と、優斗は面白げに目を細めた。 「解決しろとはどこにも書いてない」 なんだ、たったそれだけのこと。 相談に乗ればいいだけだ。 ここを突かない理由はない。 「しかしだな、例えば魔物を倒してほしいと言われたら――」 「やるかやらないかも自由ですし、やるならば一分もあれば十分です」 「……そういえば、そうか」 目の前の男はそういう存在だ。 「それに『モルガストの勇者』もいるというのに、魔物関連は違和感がある」 「そんなことより、今は霊薬のことです。僕から言わせていただければ、相談に乗るだけで霊薬の優遇措置が得られるというのは旨味がある」 「罠という可能性はあると思っているのか?」 「もちろん念頭に置いています。王様も同様でしょう?」 「無論だ」 優斗としては甘い展開だけなんて思ってるわけじゃない。 「ただ、王様的には可能性が薄いと思っている。そうでもありますね?」 「策謀を巡らせるような国ではないからな」 「でしたら大丈夫です。今週末、行ってきましょう」 ◇ ◇ 王様と話が終わり、家へと帰る。 すると珍しく義父と義母がせわしなく動いていた。 「何をバタバタしてるんですか?」 「アイナに宿題が出たんだよ、ユウト君!」 「そうなのよ!」 よく分からない義両親の返答。 奥さんもその場にいるので、優斗は彼女に確認する。 「ごめん、フィオナ。説明してくれる?」 「えっとですね。あーちゃんに宿題が出たんですが、それが旅行に行って楽しかったこと、というもので」 どうにも来週に提出するものらしい。 まあ、この歳ならではの宿題だろう。 しかしながら、愛奈は未だに家族旅行というものはしたことがない。 夏休みに入ればやると決めてはいたのだが、こんなに早くこういう展開になるとは思っていなかった。 「で、この二人はどうしてバタバタしてるの?」 「どうにか今週末の予定を空けられないか、と頑張っています」 「フィオナは?」 「私も予定がありまして。ただ、私はどうにか出来るので、お父様とお母様がどうにも出来なかったら、私があーちゃんと一緒に旅行へ行こうかと」 「ふーん」 優斗はしばし、頭の中を整理する。 王様は自分のことを動かしていることに申し訳なさそうだ。 とはいえ今回の件について個人的な感想としては、些細なことでしかない。 「まっ、ちょうどいいか」 旅行ついでだと言えば、少しは王様の荷も軽くなるだろう。 不幸中の幸い……というか向こうには不幸ではあるが、自分が頼めば大抵はごり押しで通せることだし、愛奈と一緒にいるにしても文句は言わせない。 それでも文句が出るのならば、お守りとして申し訳ないが近衛騎士に付いてきてもらうのもありだ。 と、妹が不思議そうな表情で両親を見ているので、訊いてみる。 「愛奈。土日にお兄ちゃん、他の国へ行くんだけど一緒に行く?」 確実に妹に問い掛けた言葉。 だが全く別の方向から返答が飛んできた。 「ちょ、ちょっと待ってユウト! 私達がどうにか空けるから!」 「そ、そうだ! 待ってくれ!」 エリスとマルスが凄い反応で待ったを掛けた。 理由が優斗にはよく分かる。 「……愛奈と一緒に旅行したいんですね?」 「娘の宿題の手伝い出来ずして、何が親か!」 「そうよ!」 堂々たる答え。 しかし優斗は若干、眉根を潜めた。 「ちなみに、お二方の予定は?」 義息子からの問いが届くと義父と義母がだらだらと脂汗を流した。 やっぱりか、と優斗が嘆息する。 「パ、パーティーの出席だ」 「なるほど。それは夫人同伴のものなんですね?」 「そ、そういうことになるわね」 基本的には二人が出たほうがいいパーティーだろう。 だからこそ、すぐに代われる人材が見つからない。 というか公爵の代替が簡単に見つかってたまるか。 「愛奈。やっぱりお兄ちゃんと今週、旅行に行こうね」 「うんなの!」 嬉しそうな妹の返事が、両親の想いを打ち砕いた。