優斗は目を覚まし、ぐっと伸びをする。 まだ日は昇ったばかりで、空は若干暗い。 「ちょっと早く起きすぎたね」 王城の一室で慣れてないからか、普段は寝ぼけてる頭も冴えていた。 「……ん?」 と、外から僅かばかり声のようなものが漏れてくる。 「なんだろ?」 窓から外を見て、目を凝らす。 「正門に誰かいるけど……」 王城から離れた場所――正門に幾つかの人影が見えた。 「あれ?」 しかも見覚えがある。 「……ニア?」 見間違えだろうかと、さらに目を凝らす。 けれど、どうやら見間違えではないらしい。 「どうしてニアが……」 フィンドの勇者の仲間。 王道の王道たる一歩を踏み出させた少女。 『……っ……!』 かろうじて届いてくる声から察して、押し問答をしているのだろうか。 守衛相手に色々と言っているように感じる。 「…………」 優斗は服を手に取り、着替えた。 ◇ ◇ ニア・グランドールは焦っていた。 「お願いだから……ミヤガワの居場所を教えてくれ!!」 朝早く、不躾なのは理解している。 けれどどうしても宮川優斗に会う必要があった。 「クリスタニアの都市、レアルードが危ないんだ!!」 ニアは“逃げ出した”。 正樹に頼み事をされたから。 『ここはボクが引き受ける!! ニアは優斗くんに知らせて!!』 きっと、本当に不味い状況なのだと正樹は察したのだろう。 だから頼んだ。 優斗に知らせてほしい、と。 そして本人はその場に残り……おそらくは魔物と相対している。 「ユウト・ミヤガワはどこにいる!? お願いだ、教えてくれ!!」 思い切り頭を下げる。 守衛が困った表情をしているのも分かってる。 けれど今、ニアが頼れるのは優斗しかいない。 だから頭を下げてでも、何をしてでも彼の居場所を聞き出すしかなかった。 「ユウトの知り合いか?」 と、その時だった。 赤みがかった髪の女性が近付いてきた。 ニアは顔を上げ、声の主を見る。 「……えっ?」 服装はリライト外の人間でさえ、戦いに携わっていれば誰でも分かるほど有名な制服。 「近衛……騎士?」 思わず呟いたニアの言葉に女性は頷く。 「そうだ。私は近衛騎士のレイナ=ヴァイ=アクライト。お前は?」 「ニ、ニア・グランドール」 名乗ったニアに対して近衛騎士――レイナは僅かに反応を示した。 「……ふむ。聞き覚えのある名前だな。確か……フィンドの勇者の従者だったか?」 「し、知っているのか!?」 「話ぐらいは耳にしている」 レイナは守衛に目を配り下がらせる。 そして再び、ニアと話す。 「このような早朝に何の用だ?」 「ミ、ミヤガワに会わないといけないんだ!」 「なぜだ? フィンドの勇者に関わることなのか?」 「そうなんだっ!」 こくこくと、思い切り頭を縦に振るニア。 「どこに行けば会える!? 頼む、教えてくれ!」 今度はレイナに頭を下げるニア。 しかし彼女は首を横に振った。 「いや、教えることはできない」 「ど、どうして!?」 「本来ならば『どこの誰かを証明できない人物』に対して、リライトの重要人物の居場所を教えられるわけもない。私とて話を聞いているだけで、お前の人相を知っているわけではないからな」 「そ、それは確かにそうだけど……っ!」 慌てて飛び出して来たから、身分や立場を証明するものがない。 ニアが探そうとしている相手は大魔法士。 容易に居場所を教えられるわけもない。 だがレイナは王城へと向き直ると、 「まあ、安心しろ。私が言ったことはあくまで『教えることが出来ない』ということ。つまり――」 王城に続いていく道を示す。 「当人がやってくれば問題など無い」 駆けてくる影が一つ。 リライトの紋章を背に構え、白を基調とした服装を着ている少年。 「ニア、どうしたの?」 宮川優斗がやって来た。 ニアは彼の姿を認めると、慌てて駆け寄って話す。 「ミ、ミヤガワ! マサキが危ないんだ! マサキが、マサキがっ!!」 急に望んでいた人物がやって来てテンパっているのか、何を喋っているのかが分からない。 「落ち着いて。慌てたところで現状は何も変わらないよ」 優斗は柔らかい口調で話し掛ける。 「何があったのか詳細を教えて」 落ち着かせるような笑み。 たったそれだけで、ニアの急いた心が僅かばかりだが落ち着きを取り戻す。 一度、深呼吸をした。 「……せ、正確には……分からないんだ」 仕切り直しとばかりに、ニアは起こったことを話し始める。 「ジュリアがマサキの持ってる剣を……聖剣に戻すって言って、クリスタニアに行ったんだ」 フォルトレスの一件以来、正樹の剣は聖剣としての要素――精霊の加護が消失した。 以降、正樹は普通になってしまった剣を振るっていた。 もちろん問題は無い。 正樹は聖剣ではなくても強いのだから。 けれど、やはり戦力的に落ちているのは事実。 だからジュリアの提案に乗った。 「そうしたら……」 クリスタニアの都市、レアルードに着いてしばらくした時だった。 「ジュリアが急に言ったんだ。『マサキを無敵にする』って」 艶美な笑みで。 こちらが寒くなるような様子で。 彼女は言った。 「何か嫌な予感がして、マサキが何かをされる前に私を逃がした。そして私が都市を抜けた瞬間……」 間一髪だった。 外壁を抜けて、高速馬車を無理矢理に連れて行き、数十秒後の事だった。 「都市全体に結界が張られて、それで……結界を覆うように魔物が溢れたんだ」 「溢れたってどれくらい?」 「……都市が見えないくらい。おそらく一万以上はいる……と思う」 ニアの情報に優斗は眉根を潜める。 「なんでいきなり――」 瞬間、ある違和感に気付いた。 「ちょっと待って、ニア」 今、明らかに引っかかる単語があった。 どういうことだろうか。 この世界は基本的に『最強』が席巻している。 それは伝説と化した大魔法士の意が『最強』だから。 なのに、だ。 「今、『無敵』って言った?」 おかしい。 前と言葉が違う。 フォルトレスの時、ニアは確かに別のものを告げていた。 「正樹さんのこと『最強』だって言ってなかった?」 「けれど、ジュリアは『無敵』だって……」 ニアの返答に対して、優斗の眉間にさらに皺が寄った。 「……ジュリア=ウィグ=ノーレアル」 理由は分からず、何かは分からないが……少なくとも優斗にとっては最大の違和感である存在。 「…………やっぱりか」 確かに疑った。 疑うべき余地があったから。 「間違いであって欲しいとは……思ってたんだけどね」 正樹の仲間だから。 彼が苦しむのが分かりきっているから。 予想と違っていてほしかった。 「けれど……」 優斗は先程の単語を吟味する。 たった一つ。 でも、今の状況において一番見逃せないもの。 「偶然で片付けたらいけない」 似てるようで違う、最強と無敵。 似てるからといって、勘違いとして無視していいわけじゃない。 むしろ僅かな差異こそ必然として受け止めるべきだ。 「おそらく、これこそが王道を狂わせた原因のはずだ」 優斗は修達から聞いた天下無双――マルク・フォレスターの言葉を思い出す。 彼が在りし日に耳にした『無敵』という単語に付随してくるもの。 勇者達に繋がる一つの存在。 修に、そして正樹に共通している一つの名。 「始まりの勇者」