「でも、さっきの発言っていいの?」 キリアが尋ねてくる。 先程の優斗の発言──“愛弟子”と言ったこと。 今まで彼は面倒事があるからこそ、キリアをはっきりと“弟子”など言ったことはなかった。 「教えてることが教えてることだし、あくまで僕らとしては……って話だよ。もちろん、対外的に師弟もどきっていうのは基本的に崩せないけどね」 やれ上級魔法を使えるようにしたり、優斗独自の魔法を教えたりしてる。 こんなものは“もどき”では厳しい。 弟子でなければ教えを請えるわけもない。 とはいえ、だ。 公に弟子と認めてしまえば、メリットよりもデメリットが多すぎる。 「だけど、もし必要となるなら名乗ることは恐れなくていいよ。どうにでもしてあげるから」 「必要な時って……どういう時?」 「例えばキリアがお偉い男の子を好きになった時とか。『大魔法士の弟子』とか、かなりのネームバリューだし」 「まあ、そりゃそうでしょうけど」 少なくとも名前負けはしないだろう。 「そういえば気になってるんだけど、先輩とか凄い人ってどうして名乗るの?」 ジャルから愛奈を奪う時もそうだし、律儀に名乗っている気がする。 どうしてなのだろうか。 「脅すのに十分な二つ名でしょ、僕が持ってるのは」 「……脅し用なの?」 胡散臭げなキリア。 優斗は苦笑して言葉を続ける。 「あとは確認……かな」 少なくとも自分にとっては、周囲に知らしめるわけではない。 「その『名』が何を持っているのか。何を背負っているのか。何の意味を担っているのか。自分がどういう人物なのかを己に確認させる手段なんだよ」 「じゃあ、言い回しもそうなの?」 やたら格好良い言い様な気がするが、何かしらの意味があるのだろうか。 「あれはただの格好付け」 「……うわ、引くわね」 「案外、テンション上がるんだって」 やってみれば分かるよ、と言われるがキリア的にはやりたくない。 「しっかしなぁ。ちょっと予想が外れたかも」 「何のことよ?」 「キリアとラスターのこと。あれだけ一緒にいるから、もうちょっと何かあるかと思った」 二年の男子と女子のトップで、仲が良い。 邪推するには十分な要素がある。 「ラスター君はライバルってだけ。というよりラスター君は変にフラグ立てそうだから、見てる方が面白いわ」 「同感」 優斗も納得する。 「あとさっきの才能云々で思ったんだけど、シュウ先輩ってどれくらいの才能を持ってるの?」 「修? まあ、あいつは単純計算で言うと1000年に一人」 キリアの疑問からとんでもない答えが出てきた。 とはいえ大魔法士と同等なのだから、単純で考えればそうなる。 「……さっきの子、五年に一人だったわよね?」 「ざっと200倍の才能の持ち主ってこと」 本当に論外な人物だと、優斗はしみじみ実感する。 「シュウ先輩の髪の毛毟ったら才能も抜け落ちないかしら」 「怖いこと言わない」 ペシっと頭をはたく。 はたかれたキリアが乱れた髪を直しながら前を見ると、道の途中に真っ黒い物体が見えた。 「うわっ、なんか黒いのがいるわ」 「なにが……って、あれか。確かに黒いね」 優斗も前を見ると、確かに黒い物体……というか全身真っ黒な鎧を着ている人が立っている。 唯一、頭部だけは何も付けていないので、蜂蜜色の髪が変に違和感を醸し出していた。 立ち止まっている黒い人物にだんだんと近付いていく優斗達。 「…………」 件の人物は遠い目をしながら、ぼうっと川を見ていた。 優斗達がだいぶ近付くと、少年だということが分かる。 すると、 「……あれ?」 キリアが首を捻った。 「ロイス?」 そう口にすると、真っ黒な人物はビックリしたように優斗達を振り向いた。 「……えっ?」 そして名を呼んだ人物を見て、 「キリアか!?」 ロイスと呼ばれた少年は、さらに驚いた面持ちでキリアの名を呼んだ。 「なんだ、やっぱりロイスなのね」 どうやら二人は顔見知りらしい。 キリアの表情が珍しく柔和になる。 「久しぶり。前にリライトへ遊びに来た以来だし……二年ぶりぐらいかしら?」 「そうだな。それぐらいだ」 少年も同じように柔らかい表情に変わる。 「っていうか、そのごつい鎧はなに?」 全身真っ黒。 あまりにも目立つ出で立ちだ。 「俺、騎士になったんだ」 「だからって今時、鎧を着る人なんていないわよ。しかも真っ黒なんて気味悪いわね」 昔は一時期、鎧を着ることも流行ったらしい。 しかしながら魔法耐性のあるものでないと格好の的にしかならず、僅か数瞬で流行りが終わった代物でもある。 「……お前、言葉に鋭さが増してるよ。昔のキリアはどこに行ったんだ?」 「会う度にそれよね、ロイスは。昔のわたしなんてどっかに飛んでったわよ」 「あの小動物みたいに可愛かったキリアに会いたい」 「言ってなさい」 軽口の応酬をして、互いに破顔する。 と、ここでキリアは優斗のことを忘れていたことに気付いた。 隣を見て、ロイスのことを紹介しようとすると……僅かに視線の鋭くなった優斗がいる。 「先輩? 何を難しい顔をしてるの?」 「ん~、ちょっとね」 軽く目頭をほぐしながら優斗は尋ねる。 「彼はキリアの知り合い?」 「さっき話した幼なじみよ」 「ああ、なるほど」 キリアを守っていたという幼なじみ。 それが彼――ロイス。 「キリア。そっちの人は?」 同時にロイスも優斗のことが気になったらしい。 キリアは手の平で示して紹介する。 「わたしの師匠もどき。ユウト・ミヤガワ先輩」 「そうなのか……って、師匠!? キリアが!?」 ものすごく驚いていた。 どうやら、彼が最後に会ったころにはすでに今の性格だったらしい。 「はじめまして。ロイス君……でいいかな?」 「はい。『クラインドールの勇者』と一緒に動いてる“黒の騎士”――ロイス・シュルトです」 彼の自己紹介に優斗の眉が軽く反応を示す。 「……世間って本当に狭いな」 「どうしたの?」 「新たな勇者シリーズの名前を前に聞いたから、いつか出会うとは思ってた。それも問題付きで」 「それそれはご愁傷――」 言いかけてキリアが気付く。 「あれ? わたしも?」 「幼なじみが勇者のパーティメンバー。というわけで諦めて」 「はいはい、分かったわよ」 軽い口調のキリア。 しかし優斗の表情が会話の内容よりも重い。 明らかにおかしい。 「先輩、どうしたの?」 「あ~……いや、なんと言えばいいか……」 口ごもる優斗。 正直、こんな彼は見たことがない。 「珍しいわね。歯切れが悪い先輩なんて」 「かもしれない」 優斗は頷き、ちらりとロイスを見る。 色々と可能性は考えた。 最悪な状況や、最低な展開も色々と。 けれど彼は彼女の幼なじみだ。 「ごめん、キリア。一つだけ確認するよ」 だから問おうと思う。 優斗はキリアの耳に口を寄せ、 「君は彼を信じてる?」 キリアにだけ聞こえるように言った。 しかし意味が分からない。 なぜ、今このようなことを優斗が訊いたのか、キリアには理解できなかった。 それでも、 「当たり前じゃない」 キリアは正直に答える。 自分が幼なじみのロイスを信じないわけがない。 「…………そっか」 優斗は大きく息を吸い、溜息を吐きながら頷いた。 彼女が信じているというのならば、だ。 自分が想像している最低な展開とは違う。 「……だけど悪い状況だと見たほうがいいか」 誰にも聞こえないくらいに、ぼそりと呟く。 そしてまたキリアの耳に口を寄せた。 「キリア、目を凝らしてロイス君の鎧を見て」 「何よ、いきなり?」 「いいから」 拒否できないくらいに強く言われた。 なのでキリアは不承不承ではあるが、言われた通りに鎧を見る。 「…………」 一体、何なのだろうか。 こんな真っ黒な鎧を見たところで―― 「……えっ?」 ビクリ、とキリアの身体が震えた。 「……な、なに、今の?」 悪寒がした。 ロイスからじゃない。 彼からは昔と変わらない気配がする。 だけど、だ。 何か別の存在が“いる”。 「キリア?」 様子のおかしくなった彼女に首を捻るロイス。 けれどキリアはそれどころじゃない。 「……ロイス。それはなに?」 問うた瞬間、彼も優斗達の様子がおかしい理由に気付いた。 けれど気付かないフリをして、 「何のことだ?」 「……とぼけないでよ、ロイス」 昔だったら分からなかった。 少し前でも無理だっただろう。 けれど今は違う。 宮川優斗の弟子になったからこそ、気付けた。 「その鎧は何なのかって訊いてるのよ!」 禍々しい気配が――そこにある。