「……あのさぁ。なんでオレがこんなとこに?」 今、卓也がいるのはリステル王国。 隣にはリル……ではなく、 「偶には義兄弟水入らず。いいじゃないか」 イアンがいた。 彼は卓也をとある治療所へと連れて歩いている最中。 「お前に是非とも知っておいてもらいたいものがある」 「何を?」 「治療の神話魔法だ」 さらっとイアンから言われ、卓也の口がうっかりと半開きになる。 「……はっ? だって神話魔法ってあれだろ。国とか遺跡とかに詠唱があるって聞いたことあるけど」 これがもし、リステルの持っている神話魔法の詠唱なのだとしたら自分が聞くわけにもいかないだろう。 いくらリルと婚約していたとしても、だ。 けれどイアンは笑って否定する。 「数ある神話魔法の中で唯一、一般公表されている神話魔法が治療の神話魔法だ」 「……なるほど。そういうことか」 だったら聞くにしても問題はない。 「タクヤも知って損はないだろう」 「……まあ、仲間内で唯一の防御役としては知っておいて損はないだろうけど」 他は基本的に攻撃重視。 というよりも思考が攻撃に向きすぎている。 なので胸を張って防御重視です、と言えるのは卓也のみ。 「ユウトからは防御、治療に関してはタクヤが一番だと聞いている」 「化け物とチートの権化がそういう事態に陥らないからな」 それにあの二人は性格的にも攻撃性が高いので、もしかしたら苦手という可能性もあるかもしれない。 無駄な心配だろうけど。 「とはいえ、オレを連れてきた理由って何だ? 別に詠唱を聞けば済む話だろ?」 「お前に合わせたい人がいる。むしろこっちが本題だ」 治療院がだんだんと見えてくる。 すると、一人の年老いた女性が二人を待つように立っていた。 「久方ぶりでございます、イアン様」 ウィノ・グレイス。 リステル一の治療魔法の使い手が二人に頭を下げた。 ◇ ◇ 応接室へと通されて二人はソファーに座る。 向かいにはウィノも腰を下ろした。 「時間を作ってくれてありがたい、グレイス」 「いつもお世話になっているイアン様に言われましたら、どのような時でも大丈夫でございます」 「無理はするな。女性には失礼だが年齢も年齢だ。お前もしっかりと下の者達を育てていることだから隠居しても誰一人文句は言わない」 彼女のことを心配するようなイアンにウィノは小さく首を振って微笑む。 「私が皆を癒したいのです」 「……仕方ない。重ね重ね言うが無理はするな」 言っても無駄だということが分かっているのか、やれやれとイアンも肩をすくめた。 「ご配慮、ありがとうございます」 彼の態度に上品な笑みを浮かべるウィノ。 「どういう関係なんだ?」 卓也がイアンの脇を肘でつつく。 「年に数度、ここへは慰問に向かっている」 「……ん、と。つまりはお前の勇者行動での知り合いってわけか」 ふ~ん、と卓也は頷く。 するとウィノと目が合った。 「貴方が『瑠璃色の君へ』の主人公のタクヤさんですか?」 一瞬、卓也の頬がピクついた。 今現在、リステルで絶賛発売中だと言われている自分とリルのノンフィクション小説――『瑠璃色の君へ』。 その名をここで聞くとは思うわけがない。 「……イアン、どういう説明した?」 「分かりやすく説明をした」 これ以上ないほどに単純明快に。 思わず手を額にやる卓也。 だんだんと顔が赤くなってくる。 本当に羞恥プレイだ、これは。 ウィノがくすくすと口元を隠しながら笑う。 「照れ屋なタクヤさんは治療魔法や防御魔法が得意なのだそうですね」 「あ、と、その、ええっと……ど、どうなんですかね。性に合ってるとは思います」 恥ずかしくてちょっとどもるが、しっかりと答えた。 得意、というよりかは好きだ。 一番自分に合ってると思える魔法が防御魔法と治療魔法。 「では、そんな貴方に質問です」 ウィノが笑みを携えたまま、訊く。 「タクヤさんはどうして治したいと思うのですか?」 「……どうして?」 いきなり問いかけられたことに対して卓也は眉根を僅かにひそめる。 が、答えなんてすぐに出てきた。 「痛いことが嫌いなだけです」 言葉による暴力も。 身体に受ける暴力も。 大嫌いなだけ。 「オレは不要な傷を認めない。不当な痛みを正しいとは思わない。だからオレは自分も仲間も傷ついたところで治せる奴になりたかった。ただ、それだけです」 世界は優しくない。 周囲が助けるわけでもない。 絶対に理不尽な暴力は存在する。 けれど、そんなものが世界の理だと悟って正しいだなんて思わない。 「痛いことが嫌い、ただそれだけ。ずいぶんと子供っぽいですね」 くすくすとおかしそうにウィノが笑う。 「自分でもそう思います」 けれど仕方ない。 本当にそれしか思っていないのだから。 「でもね、タクヤさん。それが一番重要なのです」 子供っぽいと言いながら、ウィノは大きく頷いて肯定した。 癒しの魔法を使うにあたって大切なことが卓也の言ったこと。 その心こそが位の高い治療魔法を使うに必要なもの。 「傷つくことを是とするな。癒すことこそ是としろ」 ウィノが言葉……ではなく台詞を紡いだ。 それは何かという問いは卓也にない。 「これが何に詠まれているか分かっているようですね」 卓也の様子を見てウィノも頷く。 「治療の神話魔法。その言霊の中にある一節です」 傷ついたことを正しいと思ってはならない。 癒していくことこそ正しいと思え。 「貴方のような方だからこそ求めることのできる素敵な神話魔法だとは思いませんか?」 卓也はウィノから神話魔法の言霊を教わる。 そして目を閉じ、紡ぐ。 『求め癒すは聖なる光』 治療の神話魔法の意味。 『傷つくことを是とするな。癒すことこそ是としろ』 ただひたすらに痛いことを認めない、と。 痛みがあるなら癒す。 それだけを紡いだ詠。 『大切な者を無くすことなど許しはしない』 卓也にはよく分かる。 イメージが浮かび、言霊に対しての共感を得る。 『失う命を認め……っ…………』 だが、不意に言葉が止まった。 何度か紡ごうと試してみるが、どうしても声が出てこない。 10秒ほど試行錯誤して諦める。 「これが限界みたいです」 本当に声が出ないのか、と。 卓也は驚きの面持ちになる。 「やっぱりまだまだ、実力も何もかも足りないみたいです」 容易に詠めるわけもない。 あの二人だからこそ簡単に思えるだけで、彼らを鑑みて簡単と思ってはいけない。 しかしウィノは拍手した。 「いえ、素晴らしいと思います。私よりも長く詠めるのですから」 柔らかく目を細めるウィノ。 素直に卓也が素晴らしいと告げる。 「……えっ?」 ただ、卓也は理解ができなかった。 「どうして、ですか?」 治療魔法の実力は彼女のほうが上だ。 さらには卓也が考えられないほどに人を癒してきている。 イメージだって明確で想いだって凄いはず。 自分より詠めないはずがない。 「大切な者を無くすことなど許しはしない」 けれどウィノはその一節を口にした。 「私はたくさんの人を癒したい、治したいと思っています」 少しだけ悔しそうに、くしゃりと眦に皺を刻んで笑みを浮かべる。『想いが相容れない』 “大切な人を癒したい”ではなく“たくさんの人を癒したい”。 ほんの僅かな、それでも譲れない想いがあるから。 「だから私はこの神話魔法を詠みきれないのだと思います」 ◇ ◇ 治療院を後にして、卓也とイアンは二人でゆっくりと王城へ歩いて行く。 「感想はどうだ?」 「為になったよ。同時に修と優斗の論外っぷりが明白になったけどな」 実体験でしっかりと理解できた。 「使いたいと思ったか?」 「いいや。治療の神話魔法が必要な状況になる前に防ぐ」 そういう意味ではいらない。 今でもある程度の重傷なら治せる。 だから神話魔法が必要な状況になるということはかなりの重傷、もしくは死ぬ間際の大怪我。 仲間にはそんな怪我を負ってほしくないし、自分でも負いたくない。 「ただ、あの人でも使えないのは意外だった」 実力はある。 想いもある。 確固たるイメージも浮かぶ。 けれど相容れない。 ほんの僅かな差異で使えない。 だからこそ神話魔法の使い手はほんの僅かしか存在しない。 話では聞いていたこと。 しかし間近で見るとは思ってもいなかった。 「でも助かったよ、イアン。リルから聞いてオレのことを想ってやってくれたんだろ?」 将来が決まっていない卓也。 その為に一肌脱いでくれたのだろう。 「お前は未来の義弟。当然のことだ」 「サンキュ」