卒業式前日。 商店街のカフェにてレイナ、アリー、フィオナ、リルが話していた。 なにやら重要な話があるとレイナに言われて話を聞いたのだが、 「よろしいと思いますわよ」 「……い、いや、自分で言ってなんだが、かなり大それたことをやろうとしているのだが」 さらっと了承するアリーと、言ったはいいが不安になってきたレイナ。 「今までも散々やってきたので今更ですわ」 たくさん馬鹿なことをやってきた。 一個ぐらい増えたところで変わらない。 フィオナはにこやかに笑い、 「レイナさんはずっと真面目にやって来たんですから、最後くらいはいいのではないでしょうか?」 リルもしょうがなさそうに、 「駄目だったとしても、あたし達がけしかけたってことで先生達には怒られてあげるわよ」 「……フィオナ、リル」 まさか自分のやろうとしていることに対して、ここまで簡単に背中を押されるとは思っていなくて。 少しビックリした。 「貴女は生徒会長として頑張ってくださいました。ですから最後に一つ我が侭をやってもいいと思いますわ」 アリーが彼女の肩に優しく触れる。 「今日はゆっくりと休んでください。明日の晴れ舞台で頑張るのでしょう?」 問いかければ力強い頷きが返ってきた。 「皆、ありがとう」 レイナは颯爽と立ち、カフェを後にする。 何か吹っ切れたような雰囲気だった。 「さて」 レイナの姿が見えなくなると、アリーも立ち上がった。 「フィオナさんはこれからパーティーの準備ですわよね?」 「ええ。これからやろうと思っています」 いつものようにトラスティ家でパーティーをすることは決定済みだ。 「手伝いたいところですが、わたくしは根回しをしておきますわ」 レイナの話を聞いて今日の予定を変える。 「これから学院に向かいます」 アリーが根回しを行うべき場所は学院。 目当ての人物達は今も明日の卒業式の最終確認をしているだろう。 「ぶっつけ本番にしないの?」 むしろ何も告げずにやったほうがいいのではないだろうか。 「さすがに卒業式ですから生徒会と先生方には伝えておかないといけませんわ」 「駄目って言われたらどうするのよ?」 予想としては、その可能性が大だ。 せっかくの卒業式なのだから余計な面倒は増やしたくないと思うのが当然。 しかし、 「わたくしが言わせると思いますか?」 アリーは笑みを浮かべ、こちらの背筋が冷えるような雰囲気になる。 どこぞの誰かによく似ていた。 リルが思わず額に手を当てる。 「……あんたとユウト、やっぱり従兄妹よね。今の表情とかそっくりだわ」 やると決めたことに対して一つも譲らない。 何があろうと問答無用、完全無欠にやってのけてみせる。 そういう表情だ。 「別に脅すわけではないですよ。あくまで学生の範疇での頼み事です。それに“あのレイナ=ヴァイ=アクライト”の一世一代の出来事に対して先生方も生徒会も否定するとは考えにくいですわ。シュウ様とかイズミさんでしたら手間取るでしょうが」 学院で最大級の評価を得ているレイナの頼み事。 他のどんな学生よりもすんなりと要望が通るはず。 とはいえ何か理由があって駄目だったとしても、絶対に通してみせる。 さらにリルが呆れた。 「……ほんと、アリーとユウトだけは敵に回しちゃ駄目ね」 ◇ ◇ 夜も8時を過ぎた頃。 「うん、大体こんなものかな」 優斗が満足げに頷く。 広間の飾り付けがようやく終わった。 「愛奈、手伝ってくれてありがとう」 優斗が妹の頭を撫でる。 「あした、レイねぇのこといっぱいお祝いするの」 「そうだね。一杯お祝いしようね」 愛奈は大きく頷き頑張ったことをエリスに報告しに行く。 突撃するような勢いで向かっていたのを見て優斗は苦笑した。 すると同じように愛奈の姿を見ていたラナが微笑ましそうに言う。 「アイナお嬢様もここで1ヶ月以上を過ごして、だいぶ年相応になられましたね」 「そうですね」 優斗は頷き、 「ラナさんもありがとうございます」 家政婦長にも頭を軽く下げる。 飾り付けを本当によく手伝ってもらった。 「いえいえ。当然のことをしたまでですよ。というよりも、これが私にとっての当たり前であり、するべきことなのですからユウトさんが頭を下げる必要はありませんよ」 「いや、まだ慣れてなくて」 ありがたいと思ってしまう。 それも当然だ。 手伝ってもらってから飾り付けの速度が目に見えて分かるほどに上がったのだから。 どういう手順で物事を進めればこうなるのか。 気になると言えば気になる。 「その手腕をそろそろ、手に入れたいと思ってるんですけどね」 「ふふっ。どこを目指しているんですか、ユウトさんは」 ラナが苦笑しながら、小さく頭を下げて去って行く。 その場に残ったのは優斗とフィオナのみ。 「お疲れ、フィオナ」 「お疲れ様です」 やっと準備が終わったので一息つく。 「アリーさんは大丈夫でしょうか」 「大丈夫だよ。アリーが根回しするって言ったなら、出来ないなんてことはない。僕の従妹だしね」 冗談を言うかのような口調で笑う。 その時だ。 「優斗、いるか?」 来客がやってくる。 優斗とフィオナが扉に向けば、そこにいたのは今一番の問題を抱えている少年。 「和泉?」 名を呼ぶと彼は真面目な表情で、 「頼み事がある」 優斗にお願いを伝えた その後、和泉と入れ替わるようにアリーがトラスティ家にやって来たので、優斗とアリーは明日の打ち合わせをする。 「そっちの首尾は?」 「生徒会も先生方も問題ありません。あとは皆さんが空気を読んでくれるだけですわ」 「了解」 「そちらは?」 「パーティーの準備は問題なし。あとはさっき和泉に頼まれたことがあるから、それをやるだけだね」 聞けば修にも同じ頼み事をしていた。 とはいえ、これは式後の事なので今は関係ない。 「では問題はなさそうですわね」 「うん」 アリーと優斗は頷きあって、ほっと一息。 あとはあの二人に全てを任せるだけだ。 ◇ ◇ 卒業式当日。 「これで卒業というのも、あまり実感が沸かないな」 「そうだね~」 レイナは朝からクラスメートと最後の会話を楽しむ。 皆、実感はなくとも今日が最後だという事実は理解していた。 だから少しだけ、早くクラスにいるのだろう。 担任も時間通りにやって来て、 「では皆さん。最後の思い出を胸に刻みましょう」 この一言で卒業式場へと向かう。 すでに後輩や保護者は座っていて拍手喝采で出迎えられた。 そして学長の式辞や来賓の祝辞等、滞りなく卒業式は進む。 「在校生代表、ククリ・ニース」 生徒会長の送辞までが終わり、続いてはレイナによる答辞。 「卒業生代表、レイナ=ヴァイ=アクライト」 「はいっ!!」 彼女は大きく返事をすると壇上に上がり、学生達や保護者達を見回す。 中には小さく手を振る者がいたり、真剣に自分を見詰めている者がいた。 少しだけ表情を柔らかくする。 これが自分の成してきたことだ。 ――本当に最後だな。 リライト魔法学院生として。 自分がやれる、最後の事。 レイナはこの光景を刻み込む。 「答辞」 学生最後の見せ場が、これから始まる。 「寒さもようやく緩み、春のおとずれが感じられます今日の佳き日。私達103名の為に多くの皆様のご臨席をいただき、また盛大な卒業式をあげてくださいまして卒業生一同、心からお礼を申し上げます」 少し頭を下げる。 「時の流れとは早いもので、期待を胸に入学してから三年の月日が経ちました。今日で私達の学院生活は最後です。……とはいえ不思議なもので、また明日もクラスメートに『おはよう』と。そういう自分が想像できてしまうのも確かです」 いつものような学院生活が簡単に思い描けてしまう。 「私達は今日で卒業なのだと、まだ実感出来ていないのでしょう。けれど数日経って、今日が思い出となった時……あらためて実感するのだと思います。私達は卒業したのだと」 思い返して初めて分かる。 自分は学生じゃなくなったのだと。 「だからこの日を思い出とする為に。卒業式という出来事を心に残す為に」 大切な日とする為に。 「今までの思い出を振り返ろうと思います」 レイナは紡いだ。 入学してから今までの出来事を。 闘技大会、テスト、国家交流、ギルドでの一日体験。 様々な出来事を声にして皆に伝えた。 そして、 「私が生徒会長として皆の模範となれたのか、それはわかりません。しかし生徒会長として……そして歴々より受け継いだ『学院最強』として恥じぬように頑張ってきたつもりです」 自分が生徒会長になってからのことを思い返す。 誇りを胸に学院生活を全うした。 より良い学院にしていきたいと動いた。 だから皆にも伝えたい。 「次は貴方達の番です。来月には新入生が入り、ここにいる全員が先輩となる。模範になれずとも、後輩に誇れるような先輩になってほしい」 今は無理だと思っていても。 いずれはそうなってほしい。 「学院のこれからを背負うのは貴方達です」 レイナは後輩に向けた視線を中央に戻し、卒業式に参加している全員を見渡せるように胸を張った。 「そして私達は、それぞれの行く道を歩んでいきます。兵士になる者、騎士になる者、ギルドで働く者、研究職に就く者。様々な道を歩いて行けるのも一重に先生方のご指導、保護者の方々のご協力のおかげです。最後になりますが3年間、本当にありがとうございました。学長先生、諸先生方、保護者の方々、皆様方のご健康と母校の発展を心からお祈りして答辞と致します。――卒業生代表、レイナ=ヴァイ=アクライト」 丁寧に頭を下げ、上げる。 拍手が盛大に広がった。 後は下がり、壇上から降りるだけ。 レイナは一つ息を吐き、 「…………」 動かなかった。 その場に留まり、微動だにしない。 皆、彼女が立ち止まっていることに違和感を持ち始めた。 拍手がまばらになり、周囲が少しだけざわついた瞬間。 「最後に一つ、私事を言わせてもらってもいいだろうか」 レイナは言葉を発した。 騒音がさっと消える。 全員が自分に注目していることを確認してレイナは告げた。 「私には大事な男がいる。その男に向けた言葉を、ここで言わせてもらってもいいだろうか」 真剣な眼差しで。 どうか伝えさせてほしい、と。 お願いする。 「…………」 思わず生徒達は顔を見合わせ、保護者達は困惑する。 だが、それも数秒だ。 「伝えろよ、レイナっ!!」 囃し立てるような声が響く。 相も変わらずレイナがよく耳にする声。 やっぱり、と思ってしまう。 本当にこいつは、とも思ってしまう。 けれど心強かった。 「アクライト先輩っ!!」 すると彼に続いて声が届く。 「先輩、いいですよ!」 同時にパチパチ、と。 手を鳴らす生徒会長。 そして声は続く。 「レイナ先輩、頑張ってください!」 「元生徒会長! 頑張りなさい!」 「アクライト!! 言えよ!!」 その音は一つ、二つ、三つと。 まばらに、けれども数を増やしていく。 そして最後には全員が拍手で肯定をしていた。 中には名を叫び、何度も頑張れと告げる生徒もいる。 「…………皆、ありがとう」 誰よりも誠実に突き進んできた生徒会長の我が侭を。 この学院を代表してきた『学院最強』の願いを。 皆が届けてあげたいと思ったのだから。 「本当にありがとう」 感謝して、レイナは大きく息を吸う。 そして再び静寂が訪れた時、 「いいか、和泉っ!!」 張り裂けんばかりの声を上げる。 たった一人に向けて、たった一人を想った言葉を。 レイナの視界には和泉が映る。 「よく聞け!」 真っ直ぐに見据え、真っ正面から己が感情をぶつける。 「怖いだの何だの言うが、私がお前を手放すと思うか!? いいや、私は絶対にお前を手放さない! どこかに行かせることもしない!」 何があっても遠ざけてやらない。 「だから知っておけ、和泉!」 この大勢の前で誓ってみせよう。 教えてみせよう。 自分がどれほど、和泉を想っているのかを。 「お前は私の仲間だ! 相棒だ!」 彼を仲間として過ごした日常があって、彼を相棒として切磋琢磨した日々がある。 けれど、もう一つ。 大切な“感情”がある。 大事な“感情の名前”がある。 レイナは息をさらに大きく吸って、 「そして――っ!」 目一杯に叫ぶ。 「――お前は私が一番好きな男だっ!!」 式場が轟くほど盛大に。 誰にでも分かるほど簡潔に伝える。 「今一度、この言葉を示すぞ!」 和泉を指差し、 「ずっと私の側にいろ!」 絶対に離さないと約束する。 「怖がることもなく、恐れるな! お前はお前らしくいればいい!」 彼らしくいてほしい。 「それが私の好きな和泉なのだからな!」 彼の普段の姿こそレイナ=ヴァイ=アクライトが惚れた男というものだ。 「だから、どこかに行ってしまうと恐怖するのなら――」 可能性に怯えるというのなら、 「――お前を縛り付ける言葉を贈ろう!」 今この瞬間に、未来を定めよう。 歩んでいく日々を。 紡いでいく人生を。 楽しい世界にしていくために。 だからこそ声にする。 彼を縛り付ける言葉を。 「未来永劫、共にいるぞ!!」 ◇ ◇ 「お前も馬鹿であったことを忘れていた」 卒業式からの帰り道。 卒業生、在学生、先生達に囲まれているレイナを待ってから、和泉は並んで歩く。 「あんなことをするとは思っていなかった」 和泉も想定外だった。 彼女は紛れもない戦闘馬鹿ではあるが、馬鹿には違いないことを失念していた。 「どうだ、参ったか」 胸を張って、なぜか誇るようなレイナ。 ふっと和泉が笑った。 「ああ、降参だ」 参ったとばかりに両手を挙げる。 「どうやら俺は一生お前といるしかないようだ」 そう言って柔らかな表情を和泉は浮かべる。 呆れたようで、嬉しそうな……本当に珍しい表情を。 「…………」 思わずレイナは彼の顔をまじまじと見る。 「……和泉」 「なんだ?」 「いずれ後悔するか?」 未来永劫、一緒にいろ。 間違いなく縛る言葉だ。 ――いいのだろうか? 彼を自分に縛り付けてしまっていいのだろうか、と。 思ってしまう自分もいる。 しかし、 「後悔するわけがない」 和泉は一笑した。 「俺は自分の血に負けないことをお前に示してもらった」 欲望のままに大切なものを捨て去らない。 豊田和泉という男は己が血に負けない。 「届いた。お前の気持ちが」 そう、彼女は示してくれた。 だからレイナの言葉は縛り付ける言葉じゃない。 和泉の恐怖を打ち消す勇気の言葉だ。 「お前は俺を信じてくれるんだろう?」 「当たり前だ」 「なら、それでいい。お前が信じてくれるなら、俺は自分が負けないことを信じられる」 自分自身では恐怖をしていても。 彼女が信じてくれるなら。 自分は負けないと信じられる。 「そしてそれこそ、俺が一番望んでいることだ」 トラスティ家まで向かう途中、少しだけ方向が変わる。 いつもギルドの依頼で討伐などを行う森へと向かう道に入っていく。 そして森の中に入ったところで、レイナが問いかけた。 「どこに連れて行くつもりだ?」 「パーティーの前にやったほうがいいだろうと思ってな」 和泉はそう言って、森の奥へとさらに進んでいく。 すると木々の間を抜けて開けた場所に出た。 「…………ん……」 もう夕暮れ。 レイナは夕日の眩しさに軽く目を細める。 すると夕日をバックに二つのシルエットが見えた。 「おせーじゃねーか」 「来たね」 影が和泉とレイナを見つけると、声を掛けてきた。 「……シュウに……ユウトか?」 目が慣れてくると、やはり彼らだった。 二人は制服から着替えており、白を基調とした服を着ている。 先日、アリーが彼らに渡したという正装。 「どういうことだ?」 訝しむレイナ。 対して修と優斗は笑い、 「学院最強……じゃねぇな。これからは騎士様だったか」 「僕達からの卒業プレゼントだよ」 そして一つ間を置いた瞬間。 「……っ!」 ぞくり、と壮絶なプレッシャーがレイナに襲いかかる。 思わず構え、剣に手を伸ばした。 修と優斗は真剣な表情を浮かべ、名乗る。 「リライトの勇者――シュウ=ルセイド=ウチダ」 「大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ」 二人は剣を抜き、同時に“相手”へ向ける。 「「 レイナ=ヴァイ=アクライトに勝負を挑もう 」」 言って、挑発するような笑みを浮かべた。 「やるよな? 騎士様よ」 「乗るだろう? 閃光烈華」 負けないと分かりきっている相貌。 負けるわけがないと理解している様相。 決して仲間には向けることのなかった姿。『リライトの勇者』と『大魔法士』という存在が今、レイナと相対しようとしている。 最高峰の実力者による威圧がレイナに注がれている。 「…………」 彼女は思わず呆け、 「……しょうぶ」 言葉の意味を口にして反芻する。『無敵』と『最強』からの挑戦状。 戦う相手と見据えているからこその意思と闘志。 「――っ!」 理解した瞬間、思わずレイナの身体が震えた。 全身から鳥肌が立ち、感覚が研ぎ澄まされたようにさえ思える。 「…………っ……」 しかし恐れたからではない。 怖いからでもない。 「……ははっ」 武者震いだ。 笑みが零れる。 思わずニヤけてしまう。 「訊くまでもないだろう」 なんて素敵なプレゼントなのだろう。 本当に彼らは自分のことを良く分かってくれている。 「そんなもの、決まっている」 レイナも彼らと同じように剣を抜き、突き出した。 「当たり前だっ!」 ◇ ◇ トラスティ家の庭で行われているパーティー。 そこで呆れたようなレイナの姿があった。 矛先はもちろんのこと、修と優斗。 「……お前ら、あれでも手加減していたのだな?」 「まあな」 「殺さないようにしないといけないしね」 彼らの返答にレイナはさらなるため息を吐く。 「あれでも、ってどういう意味だ?」 卓也が興味津々に訊いてきた。 「数多の神話魔法が飛び交ったのに手加減されてるとは思いたくなかった」 自分が見てきた中では、絶対に一番の実力を見せてもらった。 それは間違いない。 「1秒前にいた地面が消え去るんだ。あれほど私が切羽詰まっていたのに、手加減されていたとなると……やはり悔しいものがある」 魔法も剣技も何もかもが通用しなかった。 少なくとも剣技だけはどうにかなると思っていただけに、殊更悔しい。 「というかお前ら、私の全力全開の一撃を簡単に防ぐとはどういうことだ? 自分でやっておいてなんだが、私とて防げる気がしない一撃だぞ」 一撃必倒の技。 近衛騎士団からは剣の名と同じ“曼珠沙華”と呼ばれるレイナの必殺技。 それすらも彼らは容易に防いできた。 「いや、簡単ってわけじゃねぇよ。あの突きはさすがに威力がやばすぎるから、こっちも枷を幾つか外してんだよ。でないと結構な確率で俺らが死んじまう」 「僕ら肉体的には普通の人だしね」 人間を相手にした時、あそこまで枷を外したのは間違いなくレイナが初めてだ。 とはいえ、どうやって防いだのかココは気になって訊く。 「何をしたんです?」 「シュウは同じ突きで返してきた。ユウトの場合は……もう分からん。一歩前に出られたと思ったら、私が宙を舞っていた」 しかもトドメとばかりに二人とも追撃をかましてきた。 「今回実体験したあいつらのありえない出来事の一つだ」 レイナが笑う。 すると和泉が、 「あれもそうとうに酷かったが、本気でありえないと言ったらあの二つだな」 もっとやばいことがあったと付け加える。 レイナも頷いた。 「だな。まだ私の一撃必倒を防いだのは温い」 それを思い返して、二人は思い出し笑いをする。 「もう一度訊きますけど、何をやったんです?」 ココが尋ねる。 二人は笑みを携えたまま、 「優斗の殺気で霊薬の瓶にヒビが入った」 「シュウの一振りで雲が割れた」 とんでもないことを口にした。 「…………うわぁ」 「…………それはないな」 ココが卓也が素直に引く。 「というか何でそうなった」 卓也が質問すると優斗は取り繕うように笑い、 「あ、あはははは。殺気ぐらいならそこそこリミッター外してもいいかなと思ってたら……ええっと、その……ヒビ入った」 自分も話を聞いてビックリしたのを覚えている。 「たかだか殺気でヒビが入るってどうなんだ? ビリビリした空気の強化版か?」 「たぶん、そんな感じ」 とは言うものの、自分でもよく分かっていない。 なんかやばいのは理解できているけれど。 「シュウは雲を割るとかどうやったんです?」 今度はココが修に訊く。 しかし修は事も無げに、 「あん? そんなの『ヒュッ』てやって『ザッ』てやったら『ズバッ』となるだろ」 「……シュウって解説は上手いのに自分のやったこととなると説明下手です」 何が何だか分からない。 ただ、 「あれ? でもそれならわたし達も気付きそうなものです」 雲が割れたのなら。 しかしレイナが苦笑し、 「3キロ四方の広範囲結界魔法をシュウが張っていてな。音は響かないし、雲が割れた瞬間に優斗がシルフでどうにかしたから気付いた人間は少ないだろう」 でなければ怪奇現象としてリライトで騒ぎになる。 「……とはいえ、だ」 レイナは彼らと出会ってからのことを考える。 あのような事は今までなかった。 「未だ手加減されるのは悔しいという以外ないが、随分近付けたと考えていいのか?」 優斗と修に訊く。 二人は彼女の質問にきょとんとした後、同じことを口にした。 「以前とは比べられないくらい強くなったよ、レイナさんは」 「以前とは比べられないほどに強くなってんよ、レイナは」 パーティー終盤。 いつものように、いつものごとく。 酔っ払い集団が形成されると、レイナと和泉は少し離れた場所で二人きりになる。 素面組も余計に飛び込んでいくことはない。 「ああ、本当に楽しい学院生活だった」 ぐっと伸びをするレイナ。 それは今のことを言っているだけではなかった。 「私がお前らと関わり始めて8ヶ月。本当に濃い日々を送らせてもらった」 たくさんのことをしてきた。 彼らと出会わなければ為し得なかったことだって、たくさんある。 「お前に会えてよかった、和泉」 楽しかった。 嬉しかった。 この日々が。 「……だから年上であることが少し悔しいな」 あと1年。 一緒に学院生活を送ってみたかった自分もいる。 けれど、 「別に離ればなれになるわけじゃない」 和泉は右手を出すと彼女の左手を取った。 「共にいる。そうだろう?」 「……ああ」 取られた手を見詰めてレイナは頷いた。 違えることはなく、約束したこと。 だから、 「レイナ=ヴァイ=アクライト」 和泉も同じよう伝える。 「俺もお前に誓おう」 ここにいる、大事な女性に。 「俺はお前と共にいる」 未来永劫、ずっと。 「だから俺を離すな」 手を引き、彼女の身体を腕の内に収める。 離れはしない。 ずっと共にいる、と。 誓う。 「豊田和泉」 レイナも彼の鼓動を感じながら、何度でも伝えようと思う。 「私も誓おう」 ここにいてくれる、大事な男性に。 「私はお前と共にいる」 未来永劫、ずっと。 「だから和泉を離さない」 彼の背中に手を回し、紡ぐ。 離しはしない。 ずっと共にいる、と。 誓う。 ◇ ◇ ――二日後。 大慌てで引き返そうとするレイナと、彼女をぐいぐいと押していく女性陣がいた。 「だ、駄目だ、駄目だ駄目だ! やはり無理無理ムリムリ、ムリだ! こんな格好で和泉の前に出られるわけがない!」 顔を真っ赤にさせて止まろうとするレイナ。 今着ているのは彼女達がコーディネートした女性の服。 白のブラウスに赤いスカート。 胸には細いリボンが蝶々結びであしらわれている。 「え~、レナさん可愛いのに着替えるなんてもったいないです」 ココがさらっと言う。 そう、この服装は可愛い。 あまりにも女の子っぽい。 動きやすいことを観点に服を選んできたレイナにとっては未知の領域でしかない服装。 自分では絶対に似合わないと思う。 けれど背中をココ、リル、アリーに押されて止まれない。 「レナさん、もう諦めて下さい」 「たまにはイズミを良い目に合わせてやりなさいよ」 「どうせなら勢いで手でも握ってしまえばよろしいではないですか」 アリーの一言にピシッとレイナが固まった。 「手を……握る?」 頭の中で想像する。 顔が真っ赤になってきた。 「む、無理だ」 「どうしてですか?」 フィオナが訊く。 何が無理だというのだろうか。 「私が和泉と手を繋いでいるところを想像してみろ。……変だろう?」 「変じゃないですよ」 というか抱きしめあったのに何を言っているのだろうか、この人は。 しかも卒業式では告白……というかプロポーズとしか思えないことを全員の前で言ってのけた。 これからずっと話題として継がれていくほどの卒業式をやったのに、今更手を繋ぐ云々はありえない。 なのでフィオナはばっさりと彼女の発言を切り捨てる。 「だ、だが――」 「残念だけど着いちゃったわね」 リルがそう言い、思いっきりレイナを突き出す。 「お、お前達!」 レイナが叫ぶが彼女達は意に介さず、 「あとはお楽しみに」 ひらひらと手を振って帰って行く。 するとレイナの背後から笑い声が聞こえてきた。 「騒々しい登場だな」 和泉がくつくつと声を漏らす。 「……っ!」 ギギギ、とゼンマイでも仕掛けているかのようにカクカクとした動きで振り向くレイナ。 先日に誓い合った男性が笑みを零している。 「珍しい服装だな、レイナ」 「い、言ってくれて構わない。似合わないだろう?」 こういう服装はアリーやフィオナに似合うものだと思う。 男っぽい自分には似合わない。 「嘘は言えないが、それでもいいか?」 和泉が前置きをした。 それをレイナは否定的なものと捉え、 「……ははっ、そうか。やっぱり似合わ――」 「似合っている」 彼女の自嘲を遮り、和泉は直球に褒める。 「あいつら、グッジョブだ」 素晴らしい。 可愛いが、可愛すぎない。 彼女の髪の色にも合った色合い。 さすがは王族に貴族。 センスがある。 「さあ、行くぞ」 レイナを促す。 けれど彼女は動かない。 どうした? と和泉が声を掛けようとした瞬間、服の裾を摘まれる。 「ど、どど、どうだ!?」 「いや、何がだ?」 和泉としては意味が分からない。 レイナは顔を伏せたまま、 「わ、私のほうが年上だからな! リードしてやらねばなるまい! 一応はデ、デデ、デートなのだしな!」 気恥ずかしいけれど、勢いままに一気にまくし立てる。 まさしく「どうだっ!」と言わんばかりの言い草ではあるが、 「顔を赤くして袖を摘むだけだと何一つ説得力がないぞ」 和泉がさらっと反論する。 「……っ! お前はどうして平然としている! こ、こんなことをしているのに!」 一応、気持ちは伝え合った。 ということはつまり、そういう関係にもなったと考えられるわけで。 だとすれば関係に見合ったこともしていくわけなのだが。 「……優斗やラグはかなり初心だと思っていたが、上には上がいたな」 和泉は呆れる。 むしろ今までの関係より触れ合いという点では退化してるとしか思えない。 けれど、その姿を可愛いと思ってしまう自分はやはり重傷なのだろうな、と和泉は思う。 「どうせなら手を繋げばいい」 彼女の指を裾から離すと、一気に手を握る。 いわゆる恋人繋ぎをした。 「行くぞ。今日は武器屋を巡るんだろう?」 そして彼女を引っ張るように歩き出す。 レイナは真っ赤にさせた顔を伏せたまま、 「……は、破廉恥だ」 「それを言ってしまうと優斗とフィオナにはモザイクがかかるぞ」 あの二人、照れながらも腕組みまで堂々とやってのけているのだから。 「レイナは手を繋ぐのが嫌か?」 「い、嫌ではないっ!」 ぶんぶんと頭を振る。 「……嬉しいに決まっている」 「なら今日は離すな」 少しだけ、握る手の力を強くする。 ちらっとレイナが和泉の顔を見ると、少しだけそっぽを向いて照れたような様子だった。 「……ん」 何となく、嬉しくなった。 だから同じように、ちょっとだけ握る力を強くして、 「……わかった。離さない」 レイナは幸せそうな笑みを浮かべた。