何とも信じがたいことではあるが、目の前に荘厳な城がある。 高校一年生の少年――宮川優斗は周囲を見回すと、小さく溜め息を零した。 「これって……あれかな?」 優斗は側にいる友人達に同意を求める。「まあ、そーじゃね? 他に思い当たるもん、俺は知らねーぞ」 まずは長身短髪の少年――内田修が気軽に頷いた。 どうやら起こった事態に対して驚きは一切ないらしい。 次いで修の隣にいる一番背の低い少年――佐々木卓也が、口をあんぐりさせながら大きなジェスチャーで肯定した。「た、たぶんな」 正直、信じられないことではあるが知識としては彼も知っているので、かろうじて呆然とはなっていない。 そして最後は優斗の隣にいるボサッとした、やぼったい髪型をした少年――豊田和泉が一切表情に感情を出さず肯定した。「無論、そうだろう。でなければ超常現象にも程があるというものだ」 友人達と共通の理解があることを知って、優斗はさらに溜め息を吐いた。「どうしてこうなったのかな?」 意味が分からないし、状況が一切合切理解できない。 それは友人達も同様で、今この瞬間の状況を説明出来る人物は一人たりともいない。 とはいえ優斗は周囲を見回し、「一応、こうしておいたほうがいいのかな」 両手を上げた。彼の行動が意味するところは全員が理解しているので、友人達も優斗に倣って手を上げる。「ほんと、どういうことなんだか」 優斗は意味不明な状況を前に呟く。 そう、彼らの今の状況は──剣の柄に手を置いている騎士達に囲まれていた。 ◇ ◇ 高校一年の春休み、優斗達はスキー旅行を予定していた。少しばかりとはいえ休みに入ったということもあるし、高校生なのだから親友達と旅行に行きたい願望もあった。 そうして優斗、修、卓也、和泉の四人はスキー旅行に出ることにしたのだ。 夜行バスに乗って行く初めての旅行に、全員が図らずもテンションがあがったものの、次の日の朝には銀世界が待っている。遅くまで起きているわけにもいかないので、夜中の一二時を過ぎた頃には全員、静かに寝静まった。 そしてバスがあと一○分ほどでパーキングエリアに入り休憩を取る、というアナウンスがあった後だった。大音量ではないにしろ、その声は確かに優斗は聞こえていて、薄っすらと耳に残っているのは覚えている。 しかし数十秒後、だっただろうか。大きな揺れを感じた。 何事だろう? と優斗が思って目を開けた瞬間、視界の全てが真っ白な光に覆い尽くされていた。 そして現在へと至る。 とりあえず全員で手を上げると、彼らは優斗達を丁重に城の中へと導いていった。 一様に注意をこちらへ向けながらも、戸惑った表情を浮かべている。 四人が耳を傾けてみれば、何を喋っているのか分かった。どうみても日本人ではなく、さらに騎士のような風体の方々からは『まさか!?』とか『どうしてここに?』などといった言葉が聞こえてくる。「なんかあいつらの言葉が理解できんの、俺だけ?」 修が全員に訊いてみる。もしかしたら自分だけ分かるのではないかと思った結果の質問だったが、それは杞憂に終わる。「いや、少なくとも俺は修と同様に問題がない」 和泉が同意する。耳の中に指を入れたり叩いたりしてみるが、それでも変わらずに言葉が理解できている。優斗も卓也も頷きを返した。「僕も分かるよ。それに口の動きからして、別の言語を話してるようには思えないかな」「オ、オレも分かっちゃってるんだけど」 けれど唯一、卓也だけが落ち着かない様子だ。 先ほどからテンパっている彼の様子に優斗が呆れる。「いい加減、卓也も落ち着いたら? 慌てたって何の特もないよ」「いや、だっておかしいだろ優斗!? バスに乗ってたはずなのに広場にいるし……っていうか城が目の前にあるなんて意味が分からない! しかも明らかに日本人じゃないのにオレ達、言葉が理解できてるって何なんだよ!?」「まあ、ごもっともなツッコミではあるんだけどね」 確かに分かりやすいほどに変だと優斗も思う。ちらりと騎士っぽい方々の様子を見れば、口を挟みはしないものの自分達の様子を窺っていた。どうやら会話をするのは許されているらしい。「さっきも言ったけどさ。これ、やっぱりあれだよね」 優斗の断定するような言葉に全員で頷く。四人の共通した知識は一つの結果を示している。案の定、和泉が躊躇うことなく言葉にした。 「異世界召喚だろう」 ゲームや小説でよくあるネタの一つ、異世界召喚。まさか自分達の身に降りかかるとは考えもしなかった。優斗はふむ、と考察するように顎に手を当てる。「異世界召喚って空想の産物だけだと思ってた。正直、自分が今まで持ってた常識の範疇は超えてるかな」「だけどよ、優斗。想像出来るものって実際にあり得ることだって聞いたことあんぞ。だからあるだろ」 修が面白げな笑みを浮かべた。楽しいことが好きな彼は嬉々として現状を受け入れており、それは和泉も同様だ。 一方で卓也は親友達が落ち着き払っている姿を見て、呆れ果てるように項垂れた。「……お前達を見てると、慌てるのが馬鹿らしくなってくる」「修や和泉はともかくとして、これでも僕は驚いてるんだよ」「……優斗。だったらオレぐらい表情に出してくれ」「そんな無茶なことを言わないでよ」 とはいえ、だ。確かに随分と余裕のある会話をしていると優斗は思う。 気付いたら変な場所にいるし、騎士のような方々に囲まれて歩いているというのに。「さて、と。卓也も慌てるのを諦めたことだし、状況を考えよう」 優斗は落ち着き払った様子で会話を切り出した。 言葉には僅かに真剣さが帯び、目も微かに細まる。「たぶん、というよりほぼ絶対に僕達は異世界へ飛ばされた。理由はいくつかあるけど、確実なのは時間帯が違いすぎる」 夜中に雪国を目指していたのに、今の自分達がいる場所は真っ昼間。しかも三月とはいえスキーをする場所へ向かう為の格好が、気温以上に暑さを感じさせた。 左腕に嵌めている腕時計を確かめてみても午前二時前を指しており、自分達が眠ってから二時間と経ってない。 さすがに太陽が真上にあることを納得するには無理にも程がある。「外国だとしても、どうやって? ってことだよね。飛行機に乗ったわけじゃないし」「まあ、そりゃ飛行機で外国とかはねーよな。しかもロマンを感じないから却下だ」 修がトンチンカンな感想を言いながら、ニヤっとした笑みを零す。「それに軽いとはいえよ、オタクが二次元展開を否定したら終了だろ」 一応は彼ら四人ともゲームやアニメ、ライトノベルを好んでいる。ゲームに至ってはRPGやスポーツ系はもちろんのこと、ギャルゲーだって平然と手を出しているのだから、こういう状況だって知識としてはある。「だからって自分の身に起こると思わないだろ……」 卓也がげんなりとしながら反論した。アニメはアニメ、ゲームはゲームだと言いたい。 だが修は分かってない、とばかりに首を横に振った。「自分の身に起きた時の妄想ぐらいはしてろよな。俺はちゃんと、こうなった時の妄想もしてたぞ」「……人によるだろ、そういうのは。オレはそんな妄想、やったことない」 事実としては受け止めなければいけないのだろうが、普通は軽く順応できるわけがないと卓也は思う。もちろん彼らのことをよく知っている身としては、順応できることがおかしい、などとは露も考えないが。 と、兵士たちが止まった。目の前には厳かな扉があり、いかにも王様とかが待ち構えていそうな場所だ。和泉がしげしげと扉を見つめる。「謁見の間というやつか。ということはデフォルトな異世界召喚から考えると、勇者認定か要らない子扱いかのどちらかだろう」 あくまで和泉が知識として知っている展開だと、そういう展開になる。 基本的な王道であれば勇者と認定され、魔王を倒せと言われる。 少し違った方面であれば、要らない子と言われて放り出される。「できれば前者がいいんだけどね。余計な面倒がなくて助かる」 優斗が希望を言葉にし、「オレも優斗に同意だよ。これ以上、変なことにならなければいいな」 卓也が頷き、「まあ、話せば分かんじゃん。今からネガティブに考えたってしゃーないだろ」 修が結論付ける。そして優斗がさらに真剣さを帯びた声音を出した。「さて、どうなるだろうね」 少なくとも連れて来られている最中も悪い感じはしなかったのだから、最悪な結果になることはないだろう。 そう優斗は踏んでいた。 玉座のすぐ近くまで通される。真っ正面を見れば長い顎髭を蓄え、いかにも威厳ありそうな王様っぽい男性がいる。傍らには王妃、そして──おそらくは彼らの娘であろう王女様のような女の子がいた。男性は優斗達の姿をしっかり認めると、ゆっくりと口を開く。「我はリライト王国の国王、アリストだ。君達が異世界の者か?」 威圧しているわけではないが、聞いただけで『ああ、王様だな』と実感させられる声音が四人の耳を通り抜けていく。 加えて王様の言葉から、この場所が自分達のいた世界とは別であることを確信する。「おそらくは、そうなのだろうと思います」 返答は優斗がした。キッチリとした場面のときは基本的に優斗に任せるのが、彼らの中での必然的な役割分担だった。「そうか。まずは唐突に召喚を行った非礼を詫びよう」「ということは貴方様が我々をこの地へ呼んだ、と解釈してよろしいのでしょうか?」「その通りだ」 一も二もなく頷く王様。優斗は真実を見定めるかのように王様から視線を動かさず、「なぜ? とお尋ねしてもよろしいでしょうか?」「もちろん、全てをきちんと説明させてもらおう」 王様は蓄えた髭を撫でると、四人を見回す。「君達の中に“勇者の刻印”を持つ者がいる。その者に我が国の勇者になってもらいたい」「勇者の刻印、ですか?」 優斗が努めて平然と聞き返す。だが四人の内心は総じて『前者来た!』と喜んでいた。 王様はさらに言葉を続ける。「そうだ。先代の勇者が老衰で亡くなり、後任を呼ばなければならなかった。我が国では代々、異世界人を召喚して勇者になってもらっているのだが……」 不意に困ったような表情になった。何事かと訝しんだ優斗だが、すぐに王様の表情が変わった理由を理解することになる。「その……だな。四人も異世界の人間が来るとは予想外だった」 本当に想定外だったのだろう。威厳ありそうな顔や雰囲気からは想像も付かないほどに、申し訳なさそうに落ち込んでいた。「それはもしかして、勇者以外の我々は……」 優斗はある程度、事態の想像が付いた。勇者を呼び出したのにも関わらず、四人もいることで困ったやら申し訳なさそうな顔の王様。要するに、「勇者以外の異世界人は巻き込まれた、ということでしょうか?」「……そうだろう。勇者にも申し訳ないことをしているのは分かるのだが、勇者以外の者にはさらになんと言えばいいのやら」 本当に申し訳なさそうに頭を下げる王様。優斗としても巻き込まれた、というのは意外だったが四人一緒に異世界へ来たのは心強くもある。「いえ、気になさらないでください。それで勇者の刻印というものは、どこにあるのでしょうか?」 さして動揺した様子もなく優斗が尋ねると、王様は気を取り直すようにかぶりを振って答える。「右手の甲だ。強く力を込めて念じれば浮かび上がってくる」 説明を受けると優斗は振り返って卓也、和泉と三人で修を見た。 けれど注目を浴びた修は首を捻り、「なんで俺を見てんだよ? 一緒にやりゃいいだろ?」「俺達が面倒なことをやる必要がどこにある。主人公体質であり“チートの権化”であるお前のことだ。確実に刻印を持っているだろうから、さっさとやってしまえ」 和泉が問答無用でやらせようとする。というのも修は運動神経抜群、一応は勉強もできるし顔もイケメンで『何かを持っている』と思わせる雰囲気を醸し出している。 若干オタクなのが全てをぶち壊しているが、それでも言ってしまえば修は紛うことなき主人公体質だ。なので優斗や卓也、和泉は自分達の中で誰をリーダーとして中心に動いているか、と問われれば間違いなく修と答える。「しゃーねーな。出なかったら何か奢れよ」 ぶつぶつ言いながらも、修は右手の甲に力を込める。そして勇者の刻印は──あっさりと浮かび上がった。 当然の結果といえば当然の結果なので、修以外の三人は驚きを示すことすらしない。優斗は修を手の平で示しながら王様へ結果を報告した。「勇者の刻印を持っているのは彼、内田修というものです。他の三人──宮川優斗、佐々木卓也、豊田和泉は何の力も持っていない異世界人ということになるのですが……どうすればよろしいでしょうか? 元の世界に戻されたりするのでしょうか?」「……重ね重ね申し訳ないが召喚は一方通行であり、元の世界に返す方法は現在に至っても確立されていない。しかし異世界の者達は皆、基本的に優れた能力を持つはずだ。勇者の刻印がなかろうとな。そして勇者の年齢が若いということもある。できれば友人である君達が勇者を支えてくれると助かるのだが」 ここで帰れない宣言が来た。もちろん優斗としても修を残して元の世界に帰ることは考えてはいなかったし、まったくと言っていいほどショックは受けていない。 しかも勇者の刻印とやらがなくてもチートがあることも判明した。優斗が視線で卓也と和泉に王様の発言に乗っていいか確認を取ると、すぐに頷きが二人から返された。「そのご提案に乗らせていただいてもよろしいでしょうか。我々も彼を一人にするのは心配だったもので」 と、ここで確認し忘れていたことに優斗は気付く。今のところは修が勇者をやる、といった方向性で会話をしていたが、肝心な本人に確認を取ることを忘れていた。どうせ返答は決まっているけれど、一応は確認しておく。「そういえば修、お前はこの国の勇者になるんだよね?」「ん? まあ、勇者やったほうが楽しいだろ」 分かりきっていた答えをあっけらかんと言われ、優斗が苦笑した。「というわけで、よろしくお願いいたします」 ◇ ◇ 王様と一応の話が終わると、傍らにいた王女様が優斗達のところまで寄ってくる。「貴方様が新しい勇者様なのですね!」 美しく長い金髪。吸い込まれそうな碧眼。そして均整の取れたプロポーションを持つ王女様。まるで絵本から出てきたような彼女は、修の手をしっかりと握った。「わたくし、王女のアリシア=フォン=リライトと申しますわ。アリーとお呼び下さい」 修の手を握りながら、他の三人にも頭を下げる。「皆様もよろしくお願いいたしますわ」 挨拶されたと同時に優斗、卓也、和泉の頭に直感が過ぎった。 早速、修はフラグが立っているんじゃないか、と。 勇者の刻印を持つイケメン勇者。召喚した国の王女である美少女。 テンプレ展開と思うには十分過ぎるだろう。卓也が優斗の肩をトントン、と叩く。「どう思う? オレはフラグが立ったと思う」「僕も同感。立ったと思うには十分なやり取りだよね」 二人はニヤリと笑みを浮かべる。しかし和泉が僅かに眉を下げて、「だが王女様に修を攻略できるのか? あいつを攻略するのは、至難という言葉さえ簡単に思えてしまうほどだ」 和泉が身も蓋も無いことを言う。全員、リアルで恋愛などしてきていないし、彼女や恋人などいたこともない。 修に至っては恋愛に興味があるのかどうかすら怪しいほどだ。「お前ら、なに喋ってんだ?」 男三人で密談していると、修が王女様に話し掛けられている合間を縫って訊いてくる。優斗は手を横に振りながら、「修は気にしないでよ。どうでもいい話し合いだから」 とりあえず王女様の相手は修に任せることにしようと決めた。 むしろ一応の話が終わっただけであって、王様へ訊かなければならないことは多い。「僕は話を詰めてこようと思う。王様、よろしいでしょうか?」 確認するように尋ねると、素直に了承してもらった。ついでに卓也か和泉のどちらかを連れて話を聞こうと優斗は考えていたのだが、揃ってお見送りをしてくる。「オレ達はゆっくりしてるから、あとは頼むな優斗」「俺は修と王女様とのやり取りを楽しむつもりだ。王様との話し合いは任せた」「……お前達も来てよ」 と言いつつも優斗は連れて行くことを素直に諦めて、王様と今後のことについて話し合うことにした。 数時間後。 あらかた話し合いが終わり、優斗は騎士に修達がいる客室へ送り届けられる。そして部屋に入り、ベッドの上でのんびりしている三人に話し合いの結果を報告し始めた。「とりあえずは分かった状況と決まった現状を最初から確認していこう」 まず自分達は異世界に来た。そして王様に修が勇者と認定された。 自分達は彼をフォローするためにこの国へ残る。「ここまでは修達もいた場所で話したこと。それで、ここからが追加情報だよ」 どうやら自分達は年齢が若いことから魔法学院に通うということ。 寝食はその学院にある寮を使うこと。異世界人というのはやはり目立つらしく、基本的に隠したほうがいいこと。 まあ、どこにでもあるような異世界物語の流れではあるが、その中で修は一つの単語に嬉しそうな頷きを見せた。「やっぱ魔法もあるってのは、さすが異世界って感じだわな」「異世界のデフォルトみたいなものだけど、やっぱり実際にあるって言われると感慨深いものはあるよね」 ゲームやアニメでしか存在せず、実際にはあり得なかった魔法が使える。 しかもあと少しで実感できるとなれば、少々興奮しても仕方ないことだろう。 「あとはバッドニュース? なのかは判断できないけど、王様と話していて分かったこと。僕達って向こうの世界で死ぬ直前だったみたい」「「「……はぁ?」」」 優斗の想定外な話にハテナマークを灯す三人。いきなり死ぬ直前だと言われて、はいそうですかと理解できる人間はそうそういない。「さっき王様に訊いたんだよね。『召喚される人って偶然で選ばれるんですか?』ってさ。そしたら基本的に異世界の人間が召喚される条件って『死にそうな者』らしいんだよ。つまりはこっちに来ても問題ない人が、この世界へ召喚されてるっぽい」 なぜそのような条件が付随しているのかは分からないが、今まで召喚された者は総じて『死にそうな者』だったらしい。「少なくともスキー旅行に行く状況で僕達が死のうとするわけがない。そして僕は召喚される直前に揺れる感覚があったことを覚えてる。これって召喚されてるからこそ揺れてると思ってたけど、実はあれってバスが横転しただけなんじゃないかなって考え直した」 召喚される際に感じる目眩みたいなもの……だと優斗は思っていたが、実際は全然違ったらしい。 「たぶん、僕達って元の世界だと死亡扱いだよ」 おそらく向こうでは大惨事として、ニュースで大々的に報道されていることだろう。「まさしく死ぬ瞬間だった修が召喚されて、僕達は固まって寝てたから巻き込まれてこっちに来た……というのが僕の予想」「なるほど。ということは修様々ということか」 和泉が端的に述べる。つまり修が主人公体質だから助かった、というのが異世界召喚された事の真相らしい。 なぜか自慢げに胸を張る修だが、和泉は優斗に改めて問い掛ける。「しかし、だ。優斗、それは“どこまで本当のこと”なんだ?」 不意に真面目な話になり、卓也も少しだけ身体が強張る。「確かに気になるところではあるよな。簡単に信じられる状況でもないし」 はいそうですか、と何も疑うこともせず信用できるような展開でもない。 だからこそ和泉は優斗に問い掛けた。 彼や修の判断ならば、間違いはないと断言できるから。「……そうだね。少なくとも王様は嘘を吐いている感じはしない。あくまで見ている通りの感情は持っているみたいだね。僕達に対して『召喚して申し訳ない』と思っているのもね。修はどう?」「信用してもいいと思うぜ。どうにも悪い感じはしねーから」 二人の感想に卓也と和泉が肩の力を抜いた。「お前達がそう言うなら、別に気にする必要ないってことだな。変に重い展開とかになるのは嫌だからよかった」「俺としては少し楽しみにしてはいたんだが。リライトの内政に巻き込まれる、というのも乙だろう」「……和泉。オレはそんなもの楽しめない。心臓に悪すぎる」 げんなりした様子の卓也に、優斗が肩を震わせて笑った。「他にも異世界人っているらしいし、他国だったらあるかもね」 いきなりの発言に、思わず優斗以外の三人が目を丸くした。 優斗は笑みをさらに濃くすると、自分が得た面白い情報を伝え始める。「召喚陣、少なくとも二桁はあるらしいよ。修以外の異世界人勇者も三人いるし、ご当地勇者も四人いる。勇者って計八人いるんだってさ」「何だよ、それ。いくらなんでも多すぎじゃないのか?」 卓也はあんぐりと口を開ける。和泉も自分の知っているファンタジーとかけ離れていることに、意外だと言わんばかりの表情を浮かべた。「基本から外れすぎてやしないか? 俺達のように巻き込まれて召喚される作品に覚えはあるが、召喚陣がたくさんある作品というのはあまり記憶にない」「それがこの世界の異世界人召喚ってことなんだと思うよ。いつか会うこともあるんじゃない? 特に異世界人の勇者とかはね」「かもしんねーな。俺も同じ勇者なんだしよ」 修だって異世界人の勇者という枠にいる以上、出会う機会はありそうだ。 と、優斗は不意に話を変える。「一応訊いておくんだけどね。元の世界に戻れないって話だけど『戻りたい』って思う人、いる?」 分かりきっていることだけれど、念のために確認しておく。 常識的な考えでいけば、誰もが元の世界に戻りたいと言うだろう。 けれど自分達は違う。そんなことを思えるような集まりじゃない。案の定、修が肩をすくませて笑い飛ばした。「俺が『戻りたい』なんて言うわけがねーだろ」 そして卓也も和泉も当然とばかりに首を横に振った。「あんな親がいる世界に戻りたいと思うバカにはなれない」「俺も同様だ。分かっていることだろう」 和泉が優斗に視線を向けると、優斗も大きく頷いた。「うん。僕らにとって大切なのは全部、ここにあるんだから」 そう言って大きく伸びをした。難しいことを含めた情報共有はこれで終わり。「面倒なのは大体こんなところだけど、何か聞きたいことある?」「そんじゃあ、質問」 修が手を上げた。「魔法って簡単に使えんの?」「みたいだよ。簡単なものなら、どんな人でも魔法は使えるみたい」 続いて和泉が部屋の中にある書棚を指差して問い掛ける。「会話は大丈夫だったが、文字はどうだ? さっき一冊取って読もうとしたが無理だった。何か特殊な魔法で読めるようになったりするのか?」「読めないし、そんな魔法は存在しないっぽいよ」「……覚えろということか?」「そういうことなんだけど、たぶん大丈夫」「なぜだ?」 独学で覚えられる自信はない。授業で習っている英語であればどうにかなりそうなものだが、全然違っている。いきなりアラビア語で書かれている本を読んでいる気分になった。 要するに理解不能の文字に対して、どう対処するのだろう。「僕らのために一人一人、家庭教師を付けるって言ってたから」「そうなのか」「今のところ決まってるのは修の家庭教師だけ。他三人は明日中に王様が決めるってさ」 さらっと面白いことを優斗が言った。修だけは面白くなさそうに眉を寄せる。「何で俺だけ決まってんだ?」「僕が『王女様でいいんじゃないですか?』って言ったから」 さっきのやり取りで邪気も悪意も敵意もないことは確認済みだ。しかもフラグが立った疑惑もある。 だとしたら面白さを求めて何が悪い。「問題あった?」「まあ……特にねーけど」 修的になんとなく釈然としない。とりあえず、ネタにされてからかわれていることだけは理解した。 「明日の予定は学院に通うために制服の採寸とかあるから、起きて朝飯食べたら王様のところに向かいます」 修、卓也、和泉が頷く。「それじゃ、寝るとしようか」 優斗の合図で四人はベッドに潜り込み、就寝する。 こうして長い異世界での一日目は終了した。