西日がサングラスを通しても眩しいほど、強く目の奥に差し込んだ。
シノは目を細めた。
日中の暑さは和らぎ、少しひんやりとした心地よい風が頬を撫でた。
先生、と呼ばれるようになって早1年。
今日も一日の授業を終え、帰路に着いていた。
生徒との日々は充実していたが、時折忍としての張り合いを無くして惰性化していく自らの心情に戸惑っていた。
自宅に着くとひどく喉が渇いていることに気づいた。
今朝、部屋を出る前に作った麦茶を取り出そうと、冷蔵庫を開けると、なぜかコーラの缶が2本あった。
買った覚えの無い物だ。
3秒考えたのち、キバが勝手に置いていった物だという考えに至った。
なぜなら、彼は勝手にこの家に上がり込むことが多いからだ。
そもそも、他に家に上げたことのある友人もいない。
空腹感がないシノは夕食を取らず、読みかけの本を開いた。
縁側に座り夕方の風と夕日を堪能しながら読書にふける。
「シノ、腹減ったんだけど、なんか食うもん、ねぇ?」
顔を上げると、キバがそこにいた。
薄闇の中ほとんど見えなかったが、気配に気付いていたシノは、特に驚くこともなく、表情を変えずに頷いた。
今朝の残りのほうれん草のおひたしと、自家製の漬物を食卓に並べるとキバは肉はないのかとぼやいた。
「わびしいなあ」
シノはキバの嘲笑をを聞き流して、冷えたコーラをグラスに注いで、氷まで入れてキバに差し出した。
シュワシュワと泡の弾ける心地よい音がした。
キバ喉を鳴らしてその黒い液体を流し込む。
「お前の家の漬物は美味いけど、コーラとは合わねえよな」
そう良いつつも、指できゅうりの漬物をつまんで口へ運んだ。
空になったグラスに、シノは残りのコーラを注いだ。
「サンキュ」
「焼酎で割るか?」
「あぁ、いいな、それ」
シノは酒を一滴も飲めないが、キバが飲むためにビールや焼酎やウィスキーが、常備してある。
シノが用意してあげたわけではなく、コーラと同様、キバが勝手に置いていった物だ。
2本のコーラと、焼酎の瓶を1本空け、程よく酒が周り、キバは顔を赤らめて、畳に寝そべった。
「キバ、そこで寝ると風邪を引く」
「あぁ」
キバは、安心した様に、ふわりと笑った。
「…帰れ、とは言わねえのな」
シノは、一瞬、固まった。
「言うはずがないだろう」
シノは寝室から布団を持って来ると、月明かりに照らされた縁側のそばに敷いた。
キバはうつ伏せに寝そべった。
「明日、6時には起こしてくれ。任務だから」
「いつも、オレより早く起きているだろう」
「けっこう飲んだから起きれないかも」
「お前…赤丸は?」
「明け方には来るよ」
シノはキバの隣に少し距離をあけて仰向けに寝た。
「任務は、大変か?」
「別にー。オレと赤丸にとっては余裕よ。お前こそ、どうなんだよ、シノ先生」
「問題児は多いが毎日充実していて、やりがいを感じている」
キバはそれを聞き笑った。
「オレには愚痴を言ったっていいんだぜ」
シノは黙ってキバの方を見ると、彼は目を閉じて眠りに落ちていった。
ありがとう。
顎髭が生えて大人びたキバの横顔。
しかし中身は良い意味で変わらず、率直で素直なままだと思った。
シノはサングラスを外した。
太陽の光を反射する夜の月光は、眩しさを増した。