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No.41018の一覧
[0] ファースト・バースデー[H.B](2015/02/24 22:37)
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[41018] ファースト・バースデー
Name: H.B◆5ba7e57d ID:222060e9
Date: 2015/02/24 22:37
ファースト・バースデー

 二月。新世紀の到来に賑わった世間もようやく落ち着きを取り戻し、世界は再び日常へと回帰しつつある。やわらかい日差しが心地よかった先週とは打って変わって、今週は真冬日が続いている。まるで近づきつつある春に焦りを覚えた冬が、最後の意地でも張っているかのように。


 町を恐怖に陥れた殺人鬼が消えてから一年が経とうとしている。私にとってこの一年は気が遠くなるほど長かったような気もするし、瞬きする間に過ぎ去っていったように感じられもする。それは私という人間が生まれて初めて得た安息の日々。振り返ってみれば数えきれない程の豊かな思い出がある一方で、濃密な日々を過ごしている内に日付は目まぐるしく変わっていった。
 私と彼(シキ)が願ったユメの日々は、こうして現実のものとして形を成している。

「今度の木曜日、式の誕生日だよね。いいお店予約しといたよ」

 ――こんにちは、式、と変わり映えのしない挨拶をするなりいつものようにアパートに上り込んできた幹也は、そう口にするなりベッドの横までやって来た。この数日の雑事から来る疲れで先ほどまで眠っていたままだった私は、ベッドに寝そべったまま彼を見上げる。
 誕生日、か。
 私は心の中でその言葉を反復する。幹也の言う通り次の木曜日はこの私、両儀式という人物の誕生日である。いや、正確にはそのように聞かされていると言うべきか。自分が生まれた日のことなど覚えている筈もないし、世間一般で行われている誕生日祝いという行事にも何の興味も抱いてこなかった。
 幼いころより他人と関わりを持つことを嫌っていた私は、今までそういった行事を徹底的に避けてきた。覚えのない事で祝われるなんて、しかも何かを成し遂げたわけでもなくただこの世に「在る」ことを祝福されるなんていうのは、かつての私の視点からしてみれば滑稽を通り越して不気味にすら感じられていたものだった。今はといえば…そういう風に世の中に迎合してみるのも悪くないという事を、幹也に教えられてきてはいるけれども。だからといって素直に一緒になって祝う気分にはなれなかった。

「去年は例の事件のせいで誕生日どころじゃなかったからね。今年こそはちゃんとお祝いようと思ってさ。あ、もちろんプレゼントも用意してあるよ」

 そんな私の心中を気に留める素振りも見せず、平凡をカタチにしたようなこの男は更にありきたりなことを口にする。
プレゼント。
 誕生日にプレゼントを渡すという行為はこの男にとって至極当然のことなのだろう。白純の一件がなかったならば去年の今頃全く同じことを口にしていたに違いない。「常識」という概念を見せつけるそうした振る舞いが、当時の私の存在意義を根本から揺るがしていた揺るがせていたなどとは考えもせずに。

「誕生日を祝えなんて、誰がいったんだ。この忙しい時によくそんな事にまで気を回るもんだな」

「そんな事って、そういう言い方はないだろう。誕生日は一年に一回だけの大切な日なんだし、忙しくたってお祝いはちゃんとしないと」

 私の突き放した言い方に対し、幹也はいつものように一般論を振りかざして対抗する。こういう時の幹也に逆らっても無駄だというのはこれまで散々思い知らされてきたのに、今日の私はどういうわけかなおも食い下がっていた。

「一年に一回だったら、またいくらでも来るってことじゃないか。オレに構ってる暇があったら引っ越しの準備でも進めたらどうなんだ。」

 どうしてだろう。こんな言葉は彼の好意を踏みにじるだけだと、頭ではわかっているのに。幹也の言葉は何か私の心に引っ掛かる。名状し難い不快感の正体もわからないまま、私は幹也から視線をそらしてベッドに突っ伏した。

「いくらでもって……せっかくの記念日なんだしなるべく沢山思い出を作りたいじゃないか。あと引っ越しの準備なら昨日までであらかた片付いたよ。後は両儀のお屋敷に僕の荷物を運びこんでもらうだけかな。」

 この春に入籍することが決まった私達は、近頃ずっとその準備に追われている。
 両儀家に婿入りする幹也は、引っ越しやら役所の手続きやら親戚回りやらで息つく暇も無い日々を送っていて、幹也に付き添うことの多い私にとってもそれは同じことであった。今日のように珍しく用事のない日は一日中部屋で眠っているというのが最近のもっぱらの過ごし方だ。
 それにさ、と幹也は続ける。

「君と出会ってからそろそろ五年になるっていうのに、僕はまだ式の誕生日を祝ったこと一度もないんだぞ。高一の時は君の誕生日さえ知らなかったし、一年生の三月に君が昏睡してからはもちろん祝えなかったし、去年は去年で駄目だったし……そろそろお祝いさせてもらってもいいんじゃないかな」
 
 その台詞を聞いて、私はようやく先ほどから抱いている感情が何であるか把握した。
 それは、罪悪感。原因は、口に出すことも憚られるほど単純で、下らなくて、シアワセな――

「……オレ、幹也の誕生日、祝ってない」
「え?」
「去年の四月。もうあの時幹也は退院してて、祝おうと思えば祝えたのに、結局なにもしなかっただろ」

 去年の春。退院した幹也を迎えに行ったところから始まった、日常という名の奇跡の日々。その頃の私は幹也がくれた幸福な時間を生きるのに精いっぱいで、幹也の部屋に置かれた鮮花からのプレゼントを見るまで気が付きもしなかった。その時になって言い出すわけにもいかず、幹也の方から切り出されることもなく、私達は幹也の誕生日を完全に素通りしてしまった。
 それなのに、こいつは私を祝うという。私は幹也を傷つけてばかりなのに、幹也は私に何もかも与えようとする。そのことを考えただけで、胸が苦しくなる。だから先ほどから気が乗らないのだと、私はようやく認識する。
 私の言葉を聞いてしばらく黙っていた幹也は、やがて思い出したように口を開いた。

「そういえばそうだったね。まああの時は橙子さんがいなくなって僕もてんやわんやだったし……。ていうか式、僕の誕生日覚えててくれたんだね。なんか意外かも」

 この底なしの鈍感男は、どこまで人をみくびっているのだろう。そりゃあ、そんな風に思わせてしまった原因は私にあるけれど。

「幹也の方が誕生日は早いんだから、祝うんだったらそっちが先だろ、普通。だから今回のお祝いはなしにしろ。順番を守れ」

 理屈にもなっていない無茶苦茶な言い訳だった。それでもこうして意地を張っていないと、私は今まで以上に幹也に負い目を追うことになる。両儀式ともあろう者が、そんな無様を認めるわけにはいかない。

「順番って……そんな話、聞いたことないけど」

「うるさい、とにかくオレは祝われるつもりなんかこれっぽっちもないからな」

 心にもないことを口にしてしまう。自分でも損な性分だとわかってはいるけれど、それでも……やっぱり、こいつに施してもらってばっかりなんて情けない真似は御免だ。
 
沈黙。

 うつ伏せになっている私の背後で、幹也は何もいわず立ち尽くしていた。いくらお人よしのこいつでも、ここまでかたくなに好意を拒絶されれば気にくわないだろう。
 気まずい空気にどうしたらいいか分からないまま黙っていると、幹也は私の横に腰を下ろしてきた。そして、枕に顔を沈めたままの私に手を伸ばす。

「……!」

 幹也は何も言わないまま私の頭を撫でつける。こんなことでごまかされるものかとも思ったが、彼の手が髪を梳いていく感覚が心地よくて、振り払うことができなかった。
 眠っているあいだにほつれた髪をほぐしていくその手は、まるで凝り固まった私の心も少しずつほどいていくかのよう。
 時折幹也が大胆な真似に出ると、こんな風にになすがままになってしまう。たとえそれがどんなに無様だとしても、甘んじてそれを受け入れる。彼の腕の中で生きていくことを選んだ私にとって、彼と触れあう時間こそが日常(シアワセ)の象徴なのだから。

「相変わらず意地っ張りだなあ。式は」
 ふと、彼はそんなことを口にする。

「うるさい、莫迦」
「君の言い分はわかったよ。だから、今回大人しく祝われてもらうことが、去年の分の僕の誕生日プレゼントってことで」

 なんだそれは。言うに事欠いてこいつまで屁理屈を述べ始めるなんて。なんだかそれがおかしくて。私は幹也の方に顔を向ける。

「そういうの、こじつけって言うんだぞ。」

 からかうようにそう言ってやると、幹也は髪から手を離して不満そうに口をとがらせる。

「確かにこじつけだけど、何というか君にだけは言われたくないけどね……。それにさ、式の誕生日を祝いたい理由はもう一つあるんだ。それも今度の木曜じゃなきゃいけない理由がね」

 もう一つの理由?そんなものがあるのなら、どうして今になって言うのだろう。
 怪訝そうな視線を投げかける私に応えるかのように、幹也は続ける。

「僕が両儀の家に入ったら、今まで見たいに二人で気軽にどこかへ行く、なんてこともしづらくなるかもしれないだろ。だからさ、今の生活が続いているうちに、二人だけで色んなことをやっておこうと思って」

 そう言うと幹也は恥ずかしげにはにかむ。そんな顔を見ていると私まで頬が紅潮しているような気がして、再び枕に顔を押し付ける。
 私も幹也もこういうことを言うのは得意ではない。だからこそ、このように素直な愛情表現みたいなものをされると反応に困ってしまうのだ。幹也が 最初に口にしていた一般論は、言うのが恥ずかしい本音を包み隠すためのものだったのだろう。こいつはたまにそういう手を使う。
――でも。私が本当に欲しいのは「誕生日は祝うもの」なんていう一般論なんかじゃなくて

「わかったよ」

 ――言うのも聞くのも恥ずかしい本心ってやつなんだって

「今回は、お前の口車に乗ってやる。特別、だからな」

 目の前でこぼれんばかりに破顔するこの男には、多分一生わからないんだろう。

「うん。いい誕生日にしようね、式」

 気持ちの整理もついたことだし、仰向けになって改めて幹也の方を見る。すると、寒さと乾燥で白く変色した
 ……遅くなってしまったけれど、寒い中やってきたんだから茶でも出してやるか。
 見ているだけで満たされるくらい純粋で眩しい笑顔を眺めつつ、私は体を起こすことにした。
 窓の外に目をやると、真綿をちぎったような雪がこんこんと降り注いでいる。あとでこの雪の中を幹也と散策してみるのもいいかもしれない。
 そんな他愛もないことを考えつつ、私は台所へと足を向けた。


 迎えた木曜日。お気に入りの料亭で夕食を済ませた私は、久々に幹也の部屋に足を踏み入れていた。
 もともと多いわけではなかった家具のうち大部分が引っ越しに際して運び出された結果、現在は冷蔵庫とベッド、電話といった暮らしに必要な最低限のものだけが残されている。

「随分殺風景になっちゃっただろ?まるで君の部屋みたいだね」

 幹也はそういって笑うと、備え付けの棚からペンケースほどの大きさの、箱紐でくくられた桐の箱を取り出した。

「はい。誕生日おめでとう、式。これは僕からのプレゼントだよ。気に入ってもらえるといいんだけど」

そう言うと、幹也は屈託のない笑顔を浮かべながらその箱を私に差し出した。

「……ありがと」

 なるべく顔を上げないようにしながら受け取る。今こいつと目を合わせたら間違いなく赤面してしまうと思ったからだ。
 幹也はよくご飯を奢ってくれるけれど、何か贈り物をされるという経験はあまりない。そのせいもあって、慣れない緊張感を抱きながら箱を紐解いていく。何が入っているのだろうという期待を抑え、あくまでも平静を装いながら。
 箱を開けると、中には真綿が敷き詰められていた。更にそれをかき分けていくと、中心部から目当ての物が姿を見せる。

 それは、3本の玉かんざしだった。3本は玉の色が異なっていて、それぞれにうさぎの絵柄があしらわれている。

「どうかな。式は普段そういうの付けないけど、前に初詣に行ったときに髪をまとめてるのを見て、すごくいいなって思ってたんだ。まあ、君の着ている着物に合うような上物を見繕うのは結構大変だったんだけどね」

 こちらの反応をうかがっている幹也を後目に、私はかんざしを手に取って見分する。
 ……確かに上物という言葉にどうやら嘘偽りはないようだ。これらは材質、意匠のどちらをとっても、両儀家の蔵にある一級品と比べて遜色ない一品だ。満足いくまで見澄ますと、私はかんざしを箱に戻し気になっていた事を尋ねる。

「とりあえずいい物だってことは分かったけど。なんで3本なんだ」

「ああ、それはね。何か一本だと物寂しいなって思ったっていうのがまず一つ。それから、今日は君の誕生日だけど、君だけの誕生日ってわけじゃないだろ」

幹也の言葉が持つ意味は、考えるまでもなく伝わった。今日という日はこの両儀式の生まれた日であると同時に、生まれてからずっと共にあったもう一人の織(ワタシ)の誕生日でもあったんだ。
だが、それでは理屈が通らない。だって―

「ああ、2つにしなかったのはね、ええと……。うん、2つだと見栄えがあんまりよくないだろ?どうせ買うなら3つにしておこうって思ってさ」

 怪訝そうな私の視線に応えるように幹也はそう口にした。言い訳じみたその口調の、そのあやふやな論理の裏には、当然何か別の意図が隠されているに違いない。
 そこまで考えた所で、急にこの話題への興味が失せた。これ以上問いただした所で不毛な結果しか生まない。何故かそんな直感めいたものを感じていた。

「ふーん、まあいいけど。……一応、もらっとく。そのうち使ってみるよ」

 照れ隠しにそんな事をいいつつ、これらを身に着けた自分の姿を想像する。
 今まで、用もないのにやたらと着飾るのは面倒だと思っていた。巫女しかり神官しかり、ヒトが自分の姿に手を入れるという行為は元来それ自体が特別な意味を持つ儀礼のために生じたものだ。だから、何の変哲もない日常において自分を繕ってみたところでそんなことには何の意味もない。それが私の持論だった。
 でも、こいつのくれたものだっていうなら、少しくらい髪をまとめる機会を増やすっていうのも……まあ悪くない、かもしれない。こんなこと、本人には絶対に言ってやらないけど。
 幹也の方を見ると、私の言葉を聞いてのことか、その顔に安堵と喜びの色をありありと浮かべていた。
 ほんと、この程度の言葉でこんなに喜べるなんて単純なやつ。 
 ――そんな普段と変わらず平和そのものといった幹也の笑顔を見ていたら、ちょっとした悪戯心が湧いてきた。うん、穏やかな水面(みなも)には波紋を起こしてみたくなるのが人情ってものだ。慣れないことをされる気持ちってやつを、人の世話ばかりで自分のことにはほとんど無関心なこいつにも味あわせてやろう。私は口元が緩むのを感じつつ、小さな石を投げ込んでやった。

「そうだ、お返しに4月の幹也の誕生日には両儀家総動員で祝賀会を開いてやるよ。なにせ新しい若旦那様の誕生日だもんな。うちでも一番の大広間を使わないと。家の連中だけじゃ物足りないだろうから、親戚や関連会社の重役たちにも招待状を――」
「ええっ!?」

 思惑通り急に慌てだした幹也を見て大いに満足する。幹也と共に過ごすようになって、私の感情回路も随分単純になってしまったようだ。
 日常(ユメ)の世界を歩み始めて最初の誕生日は、幹也のおかげで一生記憶に残るものとなった。だから次の幹也の誕生日も、忘れられないくらい素晴らしい日にしてやろう。


 今の甘美な生活は、もうすぐ終わってしまう。それは寂しい事だけど、残された日々の大切さをより確かに実感できるということでもある。
 それに、新しい暮らしが始まっても、私の傍らにはずっと幹也がいる。そんな平穏な人生は物語には向かないかもしれないけれど、私には彼さえいれば十分だ。
 
 今日という日を新たな思い出として、私達は明日へと向かう。その先に待つ未来が、希望溢れるものであることを願って。
 





 式誕生日記念SS(一週間遅れ)。二人に幸あれ。


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