剣と剣が打ち合う音。
轟く爆音。
召喚術が大地を抉り、怒号と悲鳴が錯綜する。
幾度も再生され、伸びきったテープのように聞きなれたそれを背にしながら、イオスはひとり、その戦闘が一望できる丘へと歩を進めていた。
(部外者、か)
この場に至るより数時間前。レックスたちの下へ訪れた帝国軍からの伝令――ギャレオによるカイル一派への宣戦布告が行われた際に、イオスへと向けられた言葉がそれだった。
『貴公は元帝国軍人とはいえ、現在は我らとは無関係。そして、そちらの海賊に属していない部外者であるならば、我々の決闘への介入は止めていただこう』
至極、正当な言い分だった。
アズリアは魔剣を求め、レックスはそれを拒む。
彼らそれぞれに主義主張があり、各々の目的を成そうと懸命に生きている。レックスの言うように、かの魔剣が強大な力をもたらすものであるなら、確かに帝国のような一国家が手に入れることは好ましくない。軍事利用されることは間違いないからだ。かといってアズリアの言い分に否は全くない。彼女らにしてみれば、レックスたちはまさに海賊、自分らの積荷を奪った泥棒なのだ。軍人としての矜持が、そんなことを許せるはずもない。
結局、部外者でしかないイオスは、彼らの生き方を肯定も否定もできないのだ。
「……だがそれ故に、僕にしかできないこともある」
槍を握る手に力を込め、イオスは雑木を切り払いながら丘を登る。まだ下で行われている戦闘の剣戟は届いているが、もはやイオスの意識にそれはわずかに引っかかる程度になっていた。彼の意識は下ではなく、視線の先で丘に立つ、ひとりの男に注がれていたのだから。
「こんなところで油をうっていてもいいのか、ビジュ?」
氷を打つような声音で、イオスは目の前に立つ、刺青の男へと言葉をかけた。
*****
「……あの一件以来、まだ干されてんだよ」
背後からの殺気を感じ取れないはずもないだろうが、イオスに声をかけられたビジュは振り返りもせずに答える。彼の傍らには大きな鉄の筒――大砲が一門、眼下で戦闘を繰り広げる集団を見下ろすように鎮座していた。
ビジュの口調と内容を聞いてとり、イオスはこの場に彼がこうして待機しているのは命令ではなく、やはり彼の独断だと確信した。だが、それとは別に新たな疑問を覚えた。
「禁固中の脱走は、一時的といえども厳罰ものだぞ。仮にその大砲を使って上々たる戦果を得られたとしても、あのアズリアがそれを評するとは思えない」
一定の距離を保ったまま、イオスは背を向けたまま振り向かないビジュに言葉をかける。微動だにせず眼下の戦闘を注視していたビジュは、イオスの言葉に小さく舌打ちしたかのようにわずかに肩を揺らし、めんどくさそうに言葉を返した。
「んなこたぁ、わかってんだよ。こいつは保険だ。隊長殿が無事にあのクソ野郎を叩きのめせれば、こいつに出番なんかねぇ」
「……自分の上官を信用していないのか?」
自己中心的だと思っていたビジュの意外な一面を垣間見て、多少の驚きを覚えたイオスだったが、彼の言い分ではまるでアズリアはレックスに勝てないと談じているように聞こえる。イオスの意を理解したのか、ビジュはヒヒヒと笑いをこぼして言葉を継いだ。
「隊長殿の実力も、人となりもよーっく知ってるつもりだよ。確かに女のわりには大したもんだと思うがな。所詮、女ってことだ」
その言葉に導かれるように、イオスはレックスと切り結ぶアズリアを見やる。刺突を中心に構成されたスピード重視の剣戟。確かに男のそれに比べると非力な感は否めないが、十二分に一線級の技量の持ち主であることは疑う余地もない。
そうアズリアを評したイオスに、ビジュは『わかってねぇな』といい捨てる。
「剣術の腕はすげぇよ。俺だって正直歯がたたねぇし、それは認めてる」
「ならば……」
「だが、あの女は俺に勝てても、ギャレオに勝てても、アンタに勝てる力があったとしても……目の前のあの男には絶対勝てねぇんだよ」
ああ、とイオスは納得する。
だとすると彼女は随分と不利だろうなとイオスは思う。それでもまともに戦いになっているのは、彼女の実力というより、レックスの非情になれない甘さによるところが大きいのだろう。そういう意味では、案外似た者同士なのかもしれない。
「……こういっては失礼だが、君は見た目によらず女性の心に敏いな」
「マジで失礼だな。ったく、俺はこんなツラになるまでは女に不自由しなかったからな。経験の差ってやつだ」
上辺だけの不満をたれるビジュの言葉に、イオスは彼の傍まで歩み寄り、その横顔を見やる。
「火傷の痕か。随分と派手に残ったものだな」
「……若気の至りってやつだ。っと、勝負ありか」
語らいの間も眼下の戦いを注視していたビジュの分析は正しく、明らかにレックスたちに戦況が傾いていた。イオスの目から見ても、大勢は決したと言って良いものだろう。やれやれと大砲の準備にかかるビジュを見て、それを止めにきたはずだと思いながらも、今のイオスにはそうすることができなかった。
たいまつに火をつけ、いつでも導火線へとそれを点せる体勢になったところで、ビジュはふと肩越しにイオスへと軽口を吐く。
「止めねぇのか? こう言っちゃ何だが、アンタが止めてくれると俺はあの隊長のストレス発散に付き合わなくて済むんだけどな」
「口で言って止めるなら最初からこんなことはしないだろう。どうしても止めてほしいなら、そんな中途半端な方向ではなく、きっちりレックスたちを狙うといい」
「助言をどうも」
言い終わるまでもなく、ビジュはマッチを擦るような気軽な動作で導火線へと着火する。
じりじりと導火線を焦がす音を背に、イオスは再び来た道を戻っていく。大砲の重低音の発射の一瞬後に、よく通る皮肉げなテノールがイオスの耳にも届いた。
「感謝してくださいよぉ、隊長殿! 俺のおかげでまんまと逃げられるんですからねぇ!」
(不器用な男だ)
結果だけ見ればこのビジュの行動で、帝国側は九死に一生を得た。が、そうだからといって彼の処罰は免れないと、イオスはわかっている。ビジュ自身もそうなることは当然理解しているだろう。
だからこそイオスは今回、ビジュの行動を咎めることなく見逃した。
彼の行動は不器用で、暴力的で、ひどく独善的なものだが、一番割を食うのは彼自身なのだ。
それをわかっていながら、さも当然のようにそう行動するビジュが、イオスにはどこか誇らしげに、少し悲しく思えたから。
*****
レックスら海賊側とアズリア率いる帝国軍側との決闘の行く末を見据えることなく、まっすぐにメイメイの店へと戻ったイオスは、夕食もそこそこに恒例となった屋外での鍛錬を行っていた。いつもと変わらない、反復された動きであるが、彼自身それに集中できない自分を感じ取っていた。
槍を突き、薙ぎ、切り下ろし。イオスはただ思考のもやを切り開こうとそれを振るい続けた。
(この世界には、本当にたくさんの人間がいる)
数の上でのことではなく、イオスは改めて、人とは無限の個性、思考を持ちえているのだと、ここ数日を反芻する。
この島に降り立ったとき、最初に出会ったのはベルフラウだった。
彼女は幼く、未熟でありながらも、それを自覚し、自身の感性を信じることのできるまっすぐな少女だった。
そんな彼女を救うために、イオスが交渉を持ちかけたのがアズリア。
精悍な双眸に、気高い気風を兼ね備えながら、彼女もまた義と想に戸惑うひとりの女性だった。
無事、ベルフラウを助け、すぐさま出会ったのが彼女の教師であるレックス。
つい昨日の会話でも、彼が理想を追い、求め続けるであろう男であることは簡単に想像できることだった。
森の中で出会ったのが、フラーゼンであるクノン。
ある意味、ベルフラウよりもはるかに精神が未熟である彼女は、それでも考えることをやめない、ひとりの小さな女の子だった。
そして今日も、イオスはひとつの不器用な生き方に出会った。
「……わずかな考え方の相違からくる行動原理の違いなのだろうが、やつは僕と似ているのだろうな」
彼――ビジュがどういう思考をもって行動し、判断しているかなど、イオスには想像もつかないし、知る必要もなかった。ただ、イオスが初見で感じた『ただ卑怯な男』という印象は、すでに完全に当てはまらないとも彼は判断していた。
もちろんイオスは独断で人質などを捕らえないし、それを元に交渉に臨むこともない。大砲で決闘に水を差すことなど、論ずるまでもないことだった。
だが、ただ一点。
自己のことを極端に軽んじる傾向があるという点で、ビジュの行動はかつてのイオスを思い起こさせるのに十分だった。
ビジュ自身は笑って否定するだろうが、彼は自分の判断でありながら『自己』を鑑みていない。
イオスにビジュの過去に何があったかなどわかるはずもないが、ただ彼はかつてのイオスのように自分が無価値だとどこかで思っているのは確かだとイオスは確信した。
そして、その先に待ち受けているものもまた同じであることも。
「僕に止められるのか……」
いつのまにか、槍を振るう手を止め、イオスは目を細めて闇夜を見上げていた。
あとがき
期待させておいてバトルシーンはありません。ごめんなさい。青箒です。
正直、イオスがアズリアたちと戦った場合戦闘になりません。無理して戦わせる理由もありませんでしたので、今回は裏方に回ってもらいました。結局、大砲とんでますが。
サモ3やり直して思いましたが、ビジュはこの戦いでは間違ってないんですよね。結果を求められる帝国軍人としては当然というか、周りがみな騎士道精神旺盛ゆえにわり食ってると思いました。ですのでちょっと救済しようとおもったんですが……ちょっとビジュがかっこいい。どうしよう。
と、ともあれ! レックス、アズリア、イオスの立ち位置がはっきりしたところで物語は進んでいきます。
先を楽しみにしていらっしゃる方もおられるようですし、これからもがんばっていこうと思います。
こんなところまで読んでいただいてありがとうございました。